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122 覚醒 sideニコル

  





品質検査の前日だから、お説教も軽いだろうなんて目論見が見事に外れた日。3時間ものお説教をくらったあげく、収束の課題まで出されて疲労困憊だった。


あぁ、もう自分でもわかってるのにな…

たぶん、全ての原因は”私が宝玉らしい魔法を使えないこと”。



明日…品質検査が終わったら、もう一度考えてみよう。

私が欲しいもののことを。私の非力さを購う術を。





*****





アロイス兄さんの声がおじいちゃんの木から聞こえた時は、声を殺して泣いた。こんなに…こんなに私は愛されてるのに。私はなんでこんなに醜い心のまま、素直になれずに逃げ続けるの?こんな子がアロイス兄さんやヘルゲ兄さんに好かれるとでも思っているの?


私の中の”いい子のニコル”が責めると、即座に”やさぐれたニコル”が愚痴を言い始める。


だって、私はアンバランスな宝玉級の濁り玉。この矛盾した自分を抱えて、役に立たないことがわかっている軍へ行かされる。おっかし…マザーは何も”判定”なんてできてないじゃない。案外、”濁り玉”判定が出た方が今の私には正確な判定だと思える。ヘルゲ兄さんに…こんな私が同じ宝玉だなんて言えると思う?あの煌めく紅の横に、濁り玉が並ぶ?何の冗談なんだろ…



そして私は”やさぐれたニコル”にすぐさま引っ張られ、心地いい思考停止の泥にとぷんと浸かる。…そんな日々だった。






だんだん、ドロドロな自分がイヤになりすぎて…何も考えたくない、と逃げた思考にも疲れすぎて…

ある日、ふっと妙に気分が軽くなった。考えすぎは私の悪い癖。シンプルに自分が何を厭い、何を求めてるのか。それだけを…感じてみようと思って。



ああ、私は、ヘルゲ兄さんが欲しかったんだ。

ヘルゲ兄さんのそばに行けない、自分の非力さが憎かった。

私は…私は、ヘルゲ兄さんに恋してたんだ…



ようやく気付いた…




その日の夜、ナディヤ姉さんからバレッタを渡されて、私は固まってしまった。ヘルゲ兄さんと私の色。対極にあって、一番遠い色。一緒にいるとお互いを引き立たせ合う、補色の関係。表裏一体の、ふたつのいろ。


遠い一番星を捕まえようとする私は、身の程を知らない地を這う獣?


それとも、振り向いたら…ヘルゲ兄さんは、手の届くところにいるの?


気付いたらナディヤ姉さんに縋って、わんわん泣いていた。

ナディヤ姉さんは「恋は、自分ではわからないものよね…苦しかったわね、ニコル。でも気付いたら…後は自分に何ができるのか、彼に何をしてあげられるのかを考えればいいんじゃないかしら…」と静かに言った。


それは沁みるような、浸透する言葉だった。







*****





品質検査の日の朝。

私はアルマやユッテ、オスカーと一緒に検査場への道を歩いていた。



「ねぇ、ニコルぅ…何か顔色良くないよ、大丈夫ぅ?」


「あ、うん。ちょっと寝不足なだけ。大丈夫だよ」


「…ニコルは、考えすぎだってのに」


「うん、そだね…ごめん」




普段は楽しい話をすることもあるけれど、こういう話になると途端に空気がギシギシするのは私のせい。ユッテいわく「今までが素直すぎて、急激に思春期が濃縮されて出てきてる」んだって。すみませんね…



でも、今日は少しだけ気構えが違う。

私はヘルゲ兄さんに近づきたいから…

だから、自分に何が出来るのかを感じたい。






検査場で順番を待つ。

やっぱり我慢の利かない初等の子たちから試験が始まるので、高等学舎の生徒は少し遅い時間になる。ジリジリと順番を待っている間、ヘルゲ兄さんのことを考える。


アロイス兄さんに見せてもらった”炎獄”は、すごかったな…”山津波”なんて、自然災害クラスだし。

…でも、あのだだっ広い演習場のほとんどを焼き尽くす火魔法は、ヘルゲ兄さんの苛烈な一面を体現したかのようで、私は少しだけ胸が痛くなった。


どうしたら彼を癒せるんだろう。…ううん、その前に…彼をあんな風に痛がらせて、怖がらせて、殺される前に殺してやるっていうような考えを持たせたのは…


ここまで考えて、ハッとした。


「まざーにとられた」って言ってたのに。なんで私は意図的に考えないようにしていたんだろう。あの子を傷つけたのはマザー。分かり切っていたことなのに。思考誘導されてた?マザーに敵意を持たないように?


ぶわっ!と総毛立った。


あの時…ヘルゲ兄さんの寝顔を見ていた時に不意に湧いた、あの怒りが顔を出す。


あの子を泣かせたのは、マザー

あの子を怖がらせたのは、マザー


絶対許せない。絶対、許さない。

二度とあの子に手出しさせない。

ぜったい、わたしがまもる。


…そう、私が。

…テキハ、ココニ、イル。






私の思考の大部分は敵を探して、フゥフゥと息を荒げる獰猛な獣に支配されている。なのに、私の外側は、少しぼんやりしたニコルのままだった。



「お、俺らの番だ。行こうぜー」


「ニコル、いこ!」


「…うん」



学科の記憶定着度を検査する信号を受け、皆ビクッとしながらも検査結果に一喜一憂している。

私の番が来たので、音もなく椅子に座る。


マザーから、検査信号が来た。


ビクゥッ!


私は今まで感じたこともない嫌悪感を感じて、こみ上げる吐き気と戦った。


学科 B+判定


…ふざけないで…ふざけないでよ!

学科の判定なんてどうでもいい。

私のナカに…私の許しもなく、入ってくるな…!!



「ちょっとニコル…ほんとに顔が真っ青なんだけど…」


「ん…ちょっとだけ休んだら、すぐ行く…」


「俺、付き添ってるから。なんかあったら、お前らじゃニコル背負えないだろ。いいから先に行け」


「悪いね、オスカー。終わったら戻るから、ニコル頼むね」


「うん、いいって。ほら行って来いよ」



ユッテとアルマは心配そうに振り返って、でも列に流されて進んで行った。



「…水飲むか?」


「…ううん、いい。もう、平気」



今、私は吐き気なんてほとんど気にならなかった。怒りに凌駕され、怒りに染まり、脳内麻薬が全ての体の不調を無かったことにしているみたいで…


心配そうなオスカーに小さく「ありがと、もう大丈夫」と言えたのだけが、自分に良心が残っている証だった。


不思議な感覚。


足元がフワフワしていて、地面を踏む感覚に乏しい。

全ての必要な感覚は、テキに向かっている。


マザー。


私の大事な人を、よくも。

自分が悲しんでいることにも気づかない、私たちを大切にすることだけをよすがに生きる、自分を大切にすることを知らない、あの優しくて美しくて哀しい人。



彼をお前のくびきから解放する。



彼の代わりに、私がお前を”否定”してあげる。



そう思った瞬間、おじいちゃんだったモノが私に話しかける。違和感がないのは、元おじいちゃんだとわかるから、かな…それとも私がいまおかしくなってるからかな…


( 敵対者認識。直接的加害者はヘルゲの専用養育システム。間接的加害者はマザー本体の基幹倫理システム。距離的問題がある為、ヘルゲ専用養育システムの破壊のみ可能。追加策として、白縹のマザー分体の破壊も可能 )


…私だってそんなにバカじゃない。マザーの本体、分体への攻撃は国や村の機能停止と同義だよ。

でも…養育システム…それ、誰にも気付かれずにデータ消去できるかな。


( 是 )


ニヤリ、と私の外側まで笑うのがわかった。

…私って、こんな気持ち悪い笑い方ができたんだな。


品質検査を、とりあえず終わらせなきゃね…



「次、ニコル」


「はい」



ひゅん、とマナの走査線が瞳を走る。


( 敵対者によるスキャン。防衛反応により偽装済 )


うん、ありがと。



屈折率・反射率・硬度…宝玉級、A+判定

透明度 S判定

総合到達度 A+判定。



…さっさと次に行こう。

早く…一刻も早く、テキを。



演習場に行く。オスカーの風魔法は独特で、ミックスしているという自覚ナシで混成魔法を出す。ほとんど風が主体なのに水が混ざり、雷付きでダウンバーストを起こす。ユニーク魔法というほどではないけれど、個性的な魔法として認識される”風神”。派手な彼の魔法の後で、私の番になった。


いつもならため息しか出ない状況だったと思う。

でも、私は気にも留めない。

さっさと終わらせる。


ね、うまく収束するにはどうしたらいいの?


( 収束など不要。マナへ直接願えば済む )


…そうなんだ?ま、いっか。早く終わればそれでいい。




マナを錬成。相変わらず量だけは多いんだけど。

ねぇ、お水になってくれないかな。手早く終わらせたいから、何の動きもしなくていい。とりあえずお水に。


( 是 )


眼前に、とぷん、ちゃぷん、と揺れる、幅100m奥行き200mの楕円の湖。うあ、演習台の高さ考えてなかった…足元ギリギリじゃない。


( 主を危険になど晒さない )


憮然とした返事が返ってきて、そっかゴメンと心の中で苦笑する。

もういいよ、このお水消してください。


( 是 )



錬成量 S判定

錬成速度 A+判定

収束度 測定不能 収束過程皆無

放出精度 A+判定

総合 A+判定


”緑玉”到達認定




よし、終わった。

さて…どうやって養育室へ一人で行こう。



「オスカー、私ちょっとアロイス兄さんに…オスカー?」


「…ウソだろ…なんだよあれ…」


「いた!ニコル!…あれっ何??何なのあれっ」


「…えっと…何って…水…魔法?」



ちょ…待ってお願い、今引き留めて欲しくないんだけど。



「あ…あのさ、ごめん。やっぱり私、さっきまで気分悪かったし…アロイス兄さんのとこに行くから、話は後でいいかな?」


「あ…そっか、そうだよね…」


「俺、送るよ」


「あ、いい!ほんと大丈夫だから!ね?今は割と元気。念のためだから。ね?」


「…ほんとにぃ?大丈夫なのね、ニコル…?」


「うん」



渋る3人を何とか宥めて、試験場から出ていくのを見ていた。


…案内して。

なるべく人に見つからないルートで、テキのところへ。


( 是 )







  

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