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119 オパールと水晶 sideヘルゲ

  




検査場の裏手で、ニコルのマナ固有紋を探す。


てっきり検査をして場外にでも出る頃かと思って、そっちに意識を向けていたのに…ニコルの反応は思いもしない場所から返ってきた。



…いた… ? なんで、そんなところにいるんだ、ニコル…



ニコルの反応があった場所は、俺が10年間育った、あの養育室だった。




ド  パァァァァァァァン!!!




俺が愕然としていると、突然すごい破壊音と振動に襲われた。

…魔法?にしては、マナの収束も何もなかった…

まさか、ニコル…



急いで、養育室へのゲートを開く。

ゲートへ飛び込み、俺が見た光景は。




部屋の中央に、ニコルがぼろぼろと涙を流しながら、どこも見ていない瞳でぺたんと座り込んでいた。なのに、澄み切った緑色の瞳は爛々と輝いていて。


白斑はない。今まで俺が焦がれて焦がれて、恐怖に怯えては眺めていた緑色そのままの瞳は、ニコルがひどく悲しんでいるということを如実に訴えていた。



養育室は…見事に破壊されている。


チューブも。


魔石群も。


俺の養育記録が詰まった何もかもを壁に押し付けて圧壊させているのは、半透明のオパールのように、ミルク色の虹に輝くいくつもの盾だった。



俺は…また、ニコルに救われたのだろうか。



俺を壊したこいつらを、お前が壊してくれたのか?



俺は、いつのまにか出た涙が頬を伝って落ちていくのを感じた。




…足音が聞こえてくる。

今の圧壊音に驚き、原因を調べに来たんだろう。

呆けている場合じゃない。…まずいな。


養育室のドアに隠蔽と誤認をかける。

遮音と結界の複合方陣も展開して、時間を稼ごう。




そっと、俯いたニコルに近寄って、乱れた髪をかき上げてやろうとした。

少し引き攣れた感じがしたので後頭部を見ると、赤と緑のステンドグラスでできた髪留めをしていた。パチンと外すと、サラリと細い銀色の髪がニコルの泣き顔を覆い隠し、白いうなじを露わにする。



「ニコル、来い」



声をかけると、ニコルはゆっくり顔を上げる。



「ヘルゲ…兄さん…ほんもの…?」


「ああ。迎えに来てやったぞ。来い」



ニコルは掠れた声でつぶやくと、くしゃっと顔を歪めて俺の首に腕を回してきた。そのままニコルを抱き上げ、耳元で話しかけた。



「…じいさん、この盾は消せるか。ニコルは俺が連れて行く。もう心配ないぞ」



スッとオパールの盾は消え、壁に埋まった魔石のカケラがパラパラと落ちた。ニコルのマナの残滓はない。この事件はたぶん綿密に調査されるだろうから…問題になるとしたら俺のマナ固有紋だな。


アロイス得意の”マイナスベクトル”を展開してマナを限りなくゼロに近づける。時限式でもう一つ設置。俺たちがゲートをくぐった後で、俺が使った全ての方陣の残滓を消すように設定した。


俺はニコルを抱きかかえたまま、アロイスの家へゲートで移動した。




*****




「アロイスか」


『ヘルゲ、ごめん!今ちょっと話しているヒマが…』


「ニコルは俺が保護した。今お前の家にいる」


『な!? …じゃあ、あの部屋は…』


「ああ、ニコルだ」


『…それに、ニコルが宝玉認定されて…』


「それも、知っている。あの部屋は調べても何の手がかりもないだろう。品質検査に行って、全て検査終了したニコルは検査場をもう出た。そういうことにできるか」


『うん、それは…大丈夫だと思う。ニコルは無事なんだな?』


「ああ。だが、ひどく憔悴している。できたら学舎へ帰さずに、このままここにいたいが…どうすればいい」


『…わかった。帰りに熱が出て、僕の家で寝かせていることにするから。ヘルゲも家から出ない方がいいと思うんだけど』


「そのつもりだ。移動魔法が完成したんで、ゲートを通って来たんだ。俺は、今はまだ中央にいることになっているからな」


『それは都合がいいね。いったん中央へ戻ってアリバイを作っておくのはどうだい?』


「それもそうだな、荷物も持たずに身一つで来たんでな。お前が戻ったらヴァイスへ顔を出す。コンラートとフィーネにも、その時に事情を話しておくことにする」


『うん、わかったよ。…ヘルゲ、ありがとう』


「おう」




通信を切ると、果実水とコップを持って客間へ向かう。

ニコルは、ベッドで上半身を起こしたままボーっとしていた。



「…やっぱり夢じゃなかった。ヘルゲ兄さんだ」


「なんだ、夢だと思ってたのか」


「うん、だって…会いたくて仕方なくて、いつも夢に出てきてたから」


「そうか。ビットの盾を出したのは、憶えているか?」


「…うん。なんか…久しぶりに目が覚めたみたいな気分。半年か…もっと長く、暗い迷路を歩いてるみたいな気分だったから」


「そうか、それは寝過ぎたな、ニコル」


「あはは…ヘルゲ兄さんが、コンラート兄さんみたいな冗談言ってる」


「一緒にするな」


「あはは…ふふ…おっかしい…」



ニコルは笑いながら、涙を流す。

ほろほろ、ほろほろと流れるそれは、水晶みたいにころりとした水滴だった。



「ヘルゲ兄さんに、会いたかった。ヘルゲ兄さんに、触りたかった。ヘルゲ兄さんが、好き。もう離れているのは、イヤだよ…」



俺はきょとんとしてしまった。

ニコルが、俺を、好き?それで、泣いている?

離れているのがそんなにつらいのか。



「…俺も、ニコルが好きだが。何で今さらそんなことを言うのかわからん…お前も、軍に来るんだろう?」


「あはは、そっか。ヘルゲ兄さんはそういうの取られちゃったから・・・・・・・・・わかんないか」


「どうしたんだ、ニコル。お前は…ずいぶん変わったな…」


「うん、そうだよね…私、変わっちゃったって自分でも思うもん。ヘルゲ兄さんから見て、私はヘンかな」


「ヘン…ではないが。大人になった?というのか、これは。よくわからん。こういうのはアロイスの専門だ」


「あは、別にアロイス兄さんの専門てわけじゃないよー。ああ、でも…アロイス兄さんには心配かけちゃったなあ…後でたくさん謝らなきゃ…」


「ああ、心配していたぞ。ちゃんと、話してやれ」


「うん。…私、少し疲れちゃった…眠っていい?」


「ああ。眠るまでここにいてやるから」


「手、握ってていい?」


「ああ」




俺は、ニコルが眠るまでずっと手を握っていた。

サイドテーブルを見ると、さっき外した赤と緑の髪留めが午後の光に反射して煌めいていた。






  

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