118 緑玉 sideヘルゲ
久々に、中央へ戻ってきた。
北方の国境奪還から、いろんな戦場を転戦していた。
戦争中の敵国へ行ってやっかいな急襲部隊を迎撃したり、敵中に孤立した部隊の救援のために火力で道を作ったり。
三か所連続で行ったあと、さすがに一度戻してくれないかと言うと、あっさり通った。もしかしてこれも、俺の「忍耐力」の試験の一環だったのか?
移動用に作った端末のおかげで”仕掛け”もできるし、移動魔法の研究も続けられる。これが良くなかったのか、「簡易養育室」に出向かなくてもいいくらいだった。だが、そこに執着しているフリくらいしないとマズいだろうということを思い出し、言ってみたらあっさり通ったという訳だった。
バジナ大隊長へ、不満げに「こんなに宝玉が休みなしに転戦しているなど聞いたことがありません。既定以上の任務ならば規定以上の休暇を要求します」と言ったら焦っていた。…やっぱり、俺がボンヤリしたただのマザコンだと思ってナメていたんだな。
移動魔法の効率化とスリム化は大成功と言っていいだろう。魔石一つ分の大きさで、当初の予想通り精密な座標設定が可能だ。…通信機といい、新型移動魔法といい…マザーをまったく経由せずに独自のインフラを敷いているというのは、俺たちの最高の強みではある。でも冷静に考えるととんでもないよな。
今さらコンラートの「自重しろ」という言葉が思い浮かぶが、反省はしていない。
ともあれ、移動魔法は中央へ戻って俺の端末で検証してからじゃないとこれ以上は何もできないところまで来た。マザーへの仕掛けの進捗ももう少し進めたいところだ。というわけでバジナから1か月の休暇をもぎとった。当然だ、一つの任務が終われば1週間は既定の休暇があるはずなのに、あのタヌキはすっとばして三連戦させてくれたんだからな。一週間余分につけさせて、長期休暇のできあがりだ。
まったく、コンラートがタヌキだヘドロだとブーブー言うのもよくわかる。
俺やコンラートのような「使い勝手のいい駒」は、徹底的に使い潰すタイプなんだな、バジナってのは。部下に慕われるわけもない。
1か月の休みなのだから、当然村へ帰省しようと思っている。
たぶん二日くらいかけて移動魔法の検証と”仕掛け”を進めておけば…実験も兼ねて、移動魔法で村へさっさと移動できる。
ニコルにみやげでも買っていってやろう。
たぶん二日後が初夏の品質検査のはずだ。
それに、数日経てばニコルの17歳の誕生日だしな。
…ここ一年、ろくに話せていないからな…
ニコルが何を欲しがっているのかがわからん…
村に移動してから本人に聞いた方が早いか?
…あ。
そういえば通信機を欲しがっていた…
まだ卒舎していないが、この一年でずいぶんニコルが淋しがっていたと聞いている。…持っているだけでも、安心感が違うんじゃないだろうか。ニコルは俺が戦闘中で出られないこともあるとわかっている。だったら、通信できる時は好きにさせてやればいいよな?うん、そうしよう。アロイスは甘いと怒るかもしれんが。
俺は勇気を出して、中央でぬいぐるみを扱っている店へ足を向けた。
*****
二日後、新型移動魔法が完成した。
これで、相当自由度の高い移動が可能になる。
アロイス、フィーネ、コンラートの分も作り、彼ら以外のマナ固有紋では作動しないようにロックを掛ける。
…まさか、これもぬいぐるみに仕込めとか言わないよなアロイス…
すぐにでも村へ飛びたいところだが、ここはガマンだ。
ヴァイスに休暇で村へ帰省すると申告をしてから、簡易養育室へ行って仕掛けを進め…ああ、フィーネとコンラートに移動魔法の魔石も渡してから、だ。
なんとなく、完成したニコル用通信機”ミニコル”を掴む。
ニコルの髪の色によく似た、白銀の雪ヒョウ。
瞳の色も変えられるというので、金目だったのを緑に変えてもらった。余計に愛着が出てきて、ミニヘルと一緒にシザーバッグに入れた。
ヴァイスへ明日から村へ帰省すると申告した。
フィーネもコンラートも戻っていないので、新型移動魔法の魔石は部屋へ置いてきてある。
軍部を出て、マザー本体のある建物へ行く。
管理室へ使用すると申告し、簡易養育室へ。
…久しぶりだな、メデューサ。
今度はお前をデリートしてやるからな、と思いながら接続。
…養育システムに虫はいない。問題なし。
パーテーションに仕掛けた穴から伸ばした、隠蔽された通路を通って本体に侵入していく。俺のマナ固有紋をマザー自身と同じ波形に偽装し、情報の海を泳ぐ。
…厄災の箱は、未だに見つからない。やはりただのフェイクなんだろうか…仕方ない、俺の設置した隠蔽部屋へ行こう。
誰にも見つからず、無事に俺のためた毒はひっそりとそこにあった。進捗は約90%…もうすぐ終わる。…ああ、あまりこういうことを考えるのは良くないんだったな。コンラートがよく”そういうフラグ立てんじゃねぇ”とか言っている。戦場のお約束なのだそうだ。意味がよくわからんが。
ダイレクトリンクなので、サクサク進むな。こっそり忍ばせたセンテンスをチビチビためていた時とは段違いのスピードだ。一気に進捗が1%伸びた。
そんなことをしていると、急に心臓がばくばく言い出した。
…何だ?警戒担当も不思議がっている。俺の本体には何もされていない。
だが、この動悸…ちょっと仕掛けは中断だ。
何かが起こっている…いや、何かが起こる??
隠蔽部屋を出た。養育システムのパーテーションの穴をくぐる直前、マザーの中を走っていく一つの情報に目が留まった。
『 定期品質検査 速報 : 緑玉 認定 : ニコル・白縹 』
ドクン。
…これだ。
だが、この焦燥感はなんだ。
白斑はどうした?なぜ宝玉認定されたんだ?
この感じ…じいさんのSOSに似ている…
戻れ。
戻って、すぐにニコルのところへ行かなければならない。
ニコルに何か起こっている気がする。
俺は養育システムの接続をやめ、起き上がった。
本体の接続が終わったと管理室に報告し、空き部屋を探して入り込む。
すぐに新型移動魔法の魔石へマナを注入していく。
座標設定…白縹のマザー…検査場裏手。
そこまで行ったら、すぐにニコルの固有紋索敵すれば居場所はわかるだろう。
俺は、逸る気持ちを抑えて村へのゲートを開いた。