113 無感動な荒野 sideヘルゲ
「なぁなぁ、白縹の女の子ってレベル高ぇか?」
俺は初日にフリッツと仲が良くなったこともあり、ヒマな時は大抵フリッツ班のやつらの仕事を手伝うか、雑談するかだった。そしてこういう話題を振るのは、大体がエクムントという男だった。
「まーた始まったよエクムントの無駄調査!お前に靡く女のレベルが高いわけねぇだろ、自重しろ!」
「うーるっせーよ、夢見るのは勝手だろーが!」
「ヴァイスの女子なら見たことあるんだろう?他部族とそう違いがあるとは思わんがな」
「同じ軍部でもヴァイスと接触なんてそんなにないぜ?特殊部隊だから、俺らがいる所にそういう事態が発生しないと来ないしさ」
「そうそう、こういう力技が必要なとこは特に女の子は来ないな」
うーむ…昔アロイスに顔の美醜についての特別講義をされたような…そうか、俺に必要なくとも、エクムントのようなやつには重要情報だったんだな。
「まあ、美人もいるとは思うがな」
「そっかー!白縹っつーたら目が特徴なんだよな。目を褒めると気分いいかな?」
…これはまた…俺には高度すぎるぞ、その質問は…
「…瞳については繊細な問題があるからな、下手に褒めると逆効果ということも…あるかもしれんな…」
「うーん、やっぱ他部族の女の子は研究しないとダメか!」
「エクムントは研究したって蘇芳の女も落とせないじゃねぇか」
「蘇芳の女は見る目がないんだよっ だから他部族の子でいい子を探すのっ!ヘルゲ、お前の知ってる女の子の映像記憶見せてくれよ、参考までにさー」
…ナディヤを見せたらコンラートに殺されるな。ニコルもダメだ。
…とりあえずリアにしておくか…
「うは、キレイな子じゃん!もったいぶらずにもっと見せろって!」
だんだん面倒になってきたぞ…誰かエクムントを止めろ…
…なぜ、皆して映像を覗き込んでいるんだ。
引っ込みがつかないじゃないか…
以前商店で群がってきた女子の映像を次々に出していった。
「なあ、これってさ…目が潤んで、めっちゃ見つめてねぇか?全部ヘルゲ狙いの子じゃんか、どう見ても…」
「…村で騒ぎながら近寄ってきた女子の記憶しかない」
「お前…それはエクムントに玉砕しろと言ってるも同然だな…」
「…すまん」
美人と言われてようやくビルギットを思い出したが、この流れでは出せなくなってしまった…
*****
「美人の映像記憶を出せと大騒ぎだ。俺には高度すぎる」
『おい、ナディヤ見せてねぇだろうな!?』
「見せるわけないだろう、お前がそういう反応になるのはわかりきっている。知り合いではリアしか出さなかった」
『…お前にしてはナイス判断だな』
「うかつに他の知り合いなんぞ出せるか」
『リアは蘇芳の軍人でも褒められたって教えたら喜ぶかなぁ?ニコルに”地上にはいい男がいない”って叫んでたことがあるらしいけど』
『鳥でも狙ってんのか、リアは…』
「…ニコルはどうしてる?」
『うん、元気だよ。毎日メガヘルと訓練してるし、いつもの4人で仲もいい。…でも、ヘルゲと話したいと思うよ?まだ話さないの?』
…ニコルと話したくないわけではない。
ただ、違和感があるだけだ。
あの肉塊の襲撃以来、戦闘らしいものは何もない。索敵しても山津波で押しやったベースは撤収しているらしく、もう俺の知覚範囲内にはいない。北方ベース自体が国境に建設された新しい砦へ移動しているにも関わらず、だ。
それでも拭えないこの違和感は…うまく言えない。
コンラートが「自分が汚れていると感じて遠慮しているってことか?」と聞いてきたことがある。コンラートはそういう経験をしたらしいが、そうではないんだ。俺は全くと言っていいほど敵を殺すことに忌避感がない。忌まわしいことをする、汚れた自分だとは感じない。逆に、軍で褒められても高揚しないし、自分がすごいことをしたとも感じない。
ただ、やれることを当たり前にやった、というだけ。
村でニコルやアロイスと過ごしていた時は、いろんな感情で乱高下していた気がする。喜んで、悲しんで、怒って、また喜ぶ。ニコルのことを思い、アロイスのことを思い。
周囲の綺麗な魚が、鱗に虹色を反射させながら、自由自在に泳ぐのを見ているような。捕まえたいけれども捕まえてはいけないような気がする、そんな日々。
でも俺が今実際にいるところは…何もないんだ。
キラキラした魚はいない。
いるのは敵を掃討するために集合している狩人の群れ。
動く感情はない。
あるのは”やって当然のこと”。
この無感動な荒野で、ニコルに話してやりたいことが何もないことに気付く。北方のこの地には、ニコルに見せてやりたいと思うような景色も何もない。
たぶん俺は、空っぽな自分をニコルに見せたくないのかもしれない。
空っぽの俺が、空っぽの場所で、存在自体が感動的な”ニコル”と話す…
違和感しか、ない。
俺がうまく言えないまま黙っていると、アロイスは困ったように言った。
『…ヘルゲがまだ話したくないなら、すぐ話せとは言わない。でもニコルは、たぶんヘルゲと話すことが重要だし必要としてる。僕はニコルがどうしても話したいって言ったら、きっとミニロイをニコルの前に出すよ?それは…覚えていてね』
『ヘルゲー、考えすぎっと後悔すんぞ。さらーっと話せばいいだけだぜ?それだけで喜ぶ子がいるって、わかれよ?』
「ああ」
会議通信を切る。
…ふう…
これは、考えすぎ…なのか?
俺はいったい、どうしたんだろうな…