111 国境奪取 sideヘルゲ
作戦開始までに、敵に知られないよう遊撃隊と伐採担当は撤収した。
宝玉は基本的に”一人軍隊”なので、命令系統は司令官直下。
他の部隊への指揮権もないが、単独で動けるので俺には都合がいい。
「では出撃します」
「おう、とりあえず地形把握と木魔法を見に行くんだったな。戻ったら今後の予定を立てて報告しろ。森の外縁に警戒用の歩哨は立てているからな、間違えて攻撃するなよ」
「了解しました」
歩いてベースを出ていくと、歩哨に軽く合図をしながら森に入った。
本物の森とは違って、急激に魔法で成長させられた森には下生えがない。荒れ地を引き裂いて伸びた大木は、定着できるほどの栄養が取れるものなのかと疑問に思う。
しばらく歩いて、歩哨から見えなくなったあたりで立ち止まった。
索敵対象を敵に設定し、範囲を広げる。
…進行方向6.3㎞と9.8㎞先に大きな反応。左右それぞれ、たぶん森の中に警戒の歩哨がいるな。4マンセルで6組か。国境線は9.8㎞地点辺りのはずなのに、敵軍もそんなに侵攻できていないのか?
森の生成作戦でこちらを追い払ったはいいが、自分たちの足も遅くするとは…阿呆なのか。
まあいい。
国境線近くか…9㎞先、やや右手に範囲200、出力600ほどで木を燃やしてみよう。木魔法使いは出てくるか?マナを山なりに撃ち出すと、座標設定どおりに着弾した。
ゴアアアアアァァァァァァ!!!
小規模な範囲での炎獄による火災だ。
それにしても生木がよく燃えるものだ。
高温だからというのもあるが、あの大木を維持できるような水分がこの荒れ地にはないと見た。
さて、硝子化した地面も割って大木を出せるのか?
ご丁寧に火災を鎮めた後、地面を冷却させておいた。
索敵すると、国境付近のベースから数人が現場へ出るのが視える。
…木魔法の使い手は複数なのか?
数人のうち、二人からマナ錬成の気配があるな。
複数でのミックスなのか、器用なマネをする。
水と…土。水主体か…配合は、水7.56に土2.44。特に他の要素は見当たらないと思うがな。フィーネの嗅覚が欲しいところだ。ベースに戻ったら実験しよう。
お、硝子化しても生えてきた。
さすが植物は強いな。
よし、索敵で地形も把握したし…戻るか。
「ヘルゲです、戻りました」
「ハァ!?お前…さっき出て行ったよな?あの火柱、やっぱりお前か」
「はい。木魔法の実験をしたいのですが、森の外縁で許可願えますか」
「おう…まあいいが…俺も見よう」
森の外縁に戻り、歩哨に少し避けていてくれるよう頼む。
さっきの配合で…ふん、あの木魔法使い、魔法を訓練された兵士じゃなさそうだな。たぶん植林専門の魔法使いを、作戦のために駆り出したんだろう。
木魔法使いたちと同じ出力で魔法を撃ち出すと、先ほど見た範囲を超えてゴバッと針葉樹が生えてきた。周囲の大きな植物を模倣して、クローンを作り出すのか…これはまた、あまり使い勝手がよくない。伐採して木材加工するにはいいだろうが、小さな草や木は模倣しないようだな。下生えがないわけだ。
「リーヌス司令。木魔法で生やした森は、維持するための水分が少なすぎて遠からず枯れて倒壊していくと思われますので…小規模の伐採目的の植林に適した魔法かと思います。植林についてのご判断はお任せしてよろしいでしょうか」
「あー、そんなこったろうと思ってたわ。そうだな、国境線奪取した後にいくらでも考える時間はあるだろ。んで、これからどうする」
「ご命令があれば、そのまま国境線を奪取します。…その後、やることがないままここにいることになりそうですが」
「あっはっは!お前、レーション初体験なんだってな?気力が萎えきっちまう前に国境線は奪ってこい。その後は少しくらいダラけてもいいぞ」
リーヌス司令は交替しないまま半年以上ここに駐屯しているはずだ。よく耐えられるな、あのメシ…誰かレーションの改良をしてくれないものかな…
「…わかりました、このまま行ってきます。30分後まで待ってから開始しますので、歩哨は外縁から所定の位置まで下がるように連絡をお願いします」
「ああ、わかった」
俺は森へ入り、手ごろな木の根に座って時間を待つことにした。
索敵すると、さっきの木魔法使いたちはベースに戻ったようだ。
警戒の歩哨6組のうち2組が、先ほど炎獄を使った場所にいる。
様子を見にきて、硝子化した地面でも見つけたんだろう。
…時間だ。
フィーネご推薦のマツリだ、味わえよ。
自分でもここまでやったことはない、という量のマナを錬成する。
…さすがに許容量ギリギリかな、少し零れている。
ギュバッ!という収束音がし、頭上に直径2mほどの球体が輝く。
並列思考を4つ使い、座標設定を密に演算させている。
とにかく今回は範囲が広いからな…
土魔法主体で水魔法を2.5の割合で混成させる。
よし、行け。
また球体を山なりに撃ち出し、範囲の中心点に着弾させる。
一人ミックス魔法”山津波”だ。
ゴゴゴ…ゴゴゴゴゴ…
ゴッバァァァァァァァ!!!!
ドオオオオオオオオオオ…
針葉樹の浅く広い木の根を支えに、地表はそのまま維持。
敵軍全てと森の大部分を乗せた”土のイカダ”は、地下20mの地層で流動化した土石流に流されて国境線を越えた。自分たちの作り出した森に阻まれる形で国境から引き離され、敵軍は無事に帰国したようだ。
…よし、死人はいないな。
崩れ去った国境線に、土魔法でドバッと50mの高さの壁を作った。
流されてまっさらな泥だらけの土地に、また土魔法で土砂を補填する。
敵国側の高低差なんぞ知らん。
地下20mプラス壁の30mで、より侵攻しにくくなるだけだ。
高低差をなくして固めたら、作業終了だ。
リーヌス司令は監視方陣で状況を俯瞰すると言っていたし、何が起こったかは分かっているだろう。
後で監視方陣の映像も見せてもらおう。
綺麗に撮影されているのなら、フィーネとコンラートに見せてやれるしな。
…あぁ、これでメシが普通に食えるなら何も問題ないんだがな…




