110 北方ベース着任 sideヘルゲ
『あー、寿命縮んだ。あー、エレオノーラさんこえぇ』
『はっはっは、ぼくはそんなことだろうと思っていたからねぇ』
「まあ、俺もお前らがいるのはわかってたからな。しかし、あの”事象を繋げて考える”という思考方法…お前らの進化版みたいな婆さんだ。俺にはマネできん」
『お前、高レベルでヴァイスを索敵してんのかよ?そうじゃねーと俺は視えねえだろ?』
「いや、軍部内を断続的に索敵しているだけだ。ヴァイスでお前らの固有紋を指定した索敵をしたら、執務室にいたのが視えたんでな」
『ああ、軍部内か…って、固有紋索敵だァ?まぁた変態魔法かよ…』
『まあまあ。ぼくは本気を普通に出したヘルゲのマナが味わえて上々の気分さ。それとエレオノーラさんのあの思考方法というか、マナを見つめているやり方はぼくだってマネなどできない。人の心が千差万別なように、ヘルゲにもヘルゲの思考方法があるというだけだろうね』
「そういうものなのか。…ああ、俺は来週から北方の国境行きだそうだぞ」
『うっは、いきなりかよ。まぁ紅玉がどんだけやれるかを見るにはうってつけか…』
『はは、ヘルゲへの期待値の大きさが窺えるねぇ。命令は殲滅かい?』
「殲滅指令は受けていない。中枢はうるさいハエを追い払うとしか思っていないようだな」
『ふふ、それならばねぇヘルゲ。おもしろい方法があるのだよ、こんなのはどうだい?』
フィーネが”俺にしかできない”方法を楽しそうに話し、コンラートは突拍子もない発想にゲラゲラ笑う。およそ激戦区へ行く人間にする話と態度ではないが、俺なら問題なくできるとわかっているんだろうな。
戦場への忌避感など最初からないが、血まみれになるよりはいい方法だった。
「現地の司令官にも依るだろうが、いい方法だな。うまくいったら映像記憶を送ってやる」
『おお、それは楽しみだね!北方へは馬車かい?急いでも5日はかかるだろう?』
「あぁ、それがな…ありがたいことに、至急行けという意向で”紫紺様御用達移動魔法”の特別使用許可を申請するらしくてな…まさかのアレを使うらしい…」
『ぶぅっは!!まじか、ヘルゲざまぁ!!』
俺はマスター権限を行使し、ミニコンの口あたりから水魔法を発射させた。よくならず者がやるような”ぺっ”とツバを吐くアレだ。コンラートの顔に命中し、ぎゃあぎゃあ言っている。
『まあ、座標精度があやしいだけで魔法事故は聞いたことがないからね。無事に目的地近くへ繋がることを祈っておくとするよ』
フィーネは苦笑いしつつ、通信を終えた。
…まったくだ。しかも地上に繋がれば御の字だろうな…
*****
「ゾルダード・ヘルゲ。準備はよろしいか」
「はい」
「よし。繋げ」
紫紺の移動魔法担当は、例の石板にマナを注いでいく。
北方向にある魔石が輝き出す。
中央の魔石にもマナが充填され、ぐぐっとゲートが出現し出した。
…ずいぶん効率の悪いマナ錬成をする魔法使いだな…
ようやくゲートが開ききると、魔法担当が接続先を確認して肩を落とした。
「…申し訳ありません、北方ベースの上空に繋がりました。もう一度調整しますので、一度閉じます」
…ちょっと待て…地上に繋がるまでやり直すのを待つというのか…
一発で地上に繋がるとは思ってなかったが、どう見てもこれは高度500mはある。それをジリジリ調整するのを待てと言うのか!?
「…失礼ですが、ここが北方ベース上空に間違いないのでしたらこれで結構です」
「えっ」
「問題なく降りられます。許可いただけますか」
「…紅玉がそう言うなら…こちらは否やはないが…」
「ありがとうございます。では失礼します」
ゲートをくぐり、空中に足を踏み出す。
チラッと眼下を見下ろすと、真下はただの荒れ地で、ベースは少し先にあった。
円柱状の結界方陣を直下に展開。風魔法で上向きの強風を発生させながら降下を始める。…懐かしいな、木から落ちたニコルをこんな風に助けたっけな…
ベースの歩哨が驚いて俺を見上げながら仲間を呼んでいる。ああ、新手の敵襲と思われると面倒だな…
『デア ナーメ イスト ヘルゲ・白縹。ゾルダード フォン ゼプツェーン フンデァート ドライ。コード0268499。北方ベースへの着任許可を願います』
通信に使っている、マナを音声変換する方法で声を届けると、歩哨の顎が落ちた。
驚かせすぎたか、俺はまだ上空だしな。攻撃されるよりマシか。
ま、着任許可なんぞなくとも着地はさせてもらうぞ。
ドン、と最後は魔法を解除して飛び降りた。
「ヘルゲ・白縹です。着任許可をいただきたいのですが、司令はどちらに」
「あ…ああ、こっちだ」
さっきの歩哨がそのまま案内してくれた。
北方ベースはそんなに蘇芳的な戒律の厳しさがないのか?
「失礼します!”紅玉”ヘルゲ・白縹をお連れしました!」
「おう、入れ」
入ると、質素な木製の机に脚を投げ出した偉丈夫がコイコイ、と手招きしていた。
「よう、よく来たな。俺は司令官のリーヌスだ、まあ座れよ」
「失礼します」
「早かったなー、移動魔法使うって言ってたが、調整に時間かかるだろ?予定時刻そのままなんて聞いたことねーな」
「上空に繋がりましたが、自分はそのまま降りてきたものですから」
「ぶあっはっはっは!そーりゃいい。どんくらい上空だったんだ?」
「およそ高度500mほどかと」
「いいねぇ~、バジナ大隊長から不安定だと聞いていたが、けっこう活きがいいじゃないか。着任は許可する。ここの状況は聞いてるか」
「はい、敵の中規模魔法が特殊で泥沼化している、と」
「まあ、そういうこったな。あいつら”森”を生やしてきやがってな」
「森…ですか」
「ああ、針葉樹あるだろ。あれの植林技術らしくてな、水と土の混成魔法だ。樹木を一瞬で大木に成長させやがる。まあ、それも近くに大木となる種類の樹木があって初めてできることらしいが、ここらは針葉樹林帯だ。うってつけだったんだろ。んでまあ、国境の砦にいきなり足元から大木生やして瓦解させ、ガンガン森をでかくしていった。こっちは大木を切ってから前線を上げなきゃならん。切れても切株がジャマで馬車も馬も満足に使えんから、座標も絞れないまま魔法の撃ち合いってわけだ」
「…なるほど」
「俺らは木を切っては切株を燃やしたり移動させる土木作業にウンザリなんでな、今は少数精鋭の歩兵を中心に、敵陣へ近づいては魔法を撃つヒットアンドアウェイにしている。まあ、そんなことしてても国境線は奪えないんでな。宝玉の出動要請をしていたってわけだ」
「了解しました。優先順位は国境線の奪取、次点で生成された森林の除去でしょうか」
「そうだなあ、ここらは元々荒れ地だ。こんだけ木を生やしてくれたんだから、本当は残したいとこだがな。敵が潜伏しててもやっかいだ、根こそぎでいいぞ」
司令官は面白いものでも見るかのように笑いながら俺を見ている。
まったく、蘇芳の軍人らしくない人だな…
「…その木魔法、一度見られないものでしょうか」
「ああ、国境線近くを派手に燃やすと、やつら使ってくるぞ?」
「それでしたら、国境線の奪取と同時に現在の森林は除去します。その後木魔法で、指定の場所に森林の再生もできるでしょう」
「…そこまで出来るのか」
「はい。あと、国境線奪取の際、敵陣へのダメージはどの程度がベストでしょうか。極力殺さない方向なのか、殲滅なのか。もしくは反攻の意欲を失くす程度に大きく、でしょうか」
「くっくっく…お前、本当に面白いな。まあ、司令官としちゃ反攻の意欲を失くす程度に…というのがセオリーになるんだろうが。だが俺は一番難しい注文をしようじゃないか。…殺さずに、だ」
「はい。いつ実行しますか」
「…現在出撃している遊撃隊を戻し、森林伐採担当も撤収させる。二日後だな」
「了解しました」
「ぶぅっくっくっく…ああ、そういやここは蘇芳流じゃなくて驚いたろ?俺は緑青出身なんだ。…お前のことはデボラから聞いてるぞ」
「…デボラ教授から?」
「ああ、あいつは従兄妹なんだよ。俺も軍に入るなんて変人だと言われたが、デボラはマギ言語の変人だったろ。お前のことも変人仲間だと思ってやってくれと言われていたぞ」
「…それは…光栄です、とデボラ教授にお伝えください」
「おう、言っておくよ。たぶんお前があっという間に国境線を奪取したとしても、2か月はここに留め置かれることになるだろうよ。中枢もバジナ大隊長も”紅玉の安定度が知りたい”って言ってたからな、事後処理やらで前線での忍耐力を見るつもりだろう。ま、気楽にやれ」
「はい」
俺はリーヌス司令官の部屋を出て、簡易に建てられたベースをさっきの歩哨に案内された。
「しっかし驚いたよ。空から降ってくるなんて思わない上に、声が聞こえてくるんだもんな。俺はフリッツっていうんだ、遊撃隊2班に所属してる。よろしくな」
「ヘルゲだ、よろしく。ここには長いのか」
「ああ、俺は半年くらいかな。ま、長い方だよ…メシに不自由するから皆帰りたがるしなー」
「そうか」
「ここが宿舎だ。お前のベッドはこっち。まあ、仲よくやろうぜ」
「ああ、よろしく頼む」
荷物をベッドに置き、横になった。
…さっさと終わらせて帰ろうと思ったがな…面倒な。
二か月もここにいたら、移動魔法の改良が遅れそうだ。
…持ち運べる簡易端末でも開発しようか…
俺はそこが一番の問題点だと思っていたのだが、数日経つと最大の問題はメシだということを思い知った。