109 人生経験の権化 sideヘルゲ
俺が中央に戻り、バジナ大隊長とホデク隊長に簡易養育室を与えられた日の夜だ。ヴァイスに戻ると、俺を見咎めたデニスがツカツカと向かってきた。
「…おい、バルタザール大佐の執務室に着任の報告に行け。呼んでたぞ」
「そうか」
「コンラートはどうした」
「知らん」
「…チッ、変わってねーじゃんか…」
デニスを無視してそのまま大佐の執務室へ向かった。
ノックをすると、エレオノーラ中佐の声で「お入り」と返事があった。
「デア ナーメ イスト ヘルゲ・白縹。ゾルダード フォン ゼプツェーン フンデァート ドライ。コード0268499。本日よりヴァイスに着任致します。長期に渡り、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
形式通りの着任挨拶をして、さすがに迷惑を掛けたので謝罪しておく。
…どうせ、見透かされているとは思うが。
「ふん…ヴァイスで堅苦しいのはナシだっつったろうが。どうせ謝罪なんぞ口だけだろう、おめぇ」
「…」
「で?目的は果たせそうか」
「俺に未来視の能力はない」
「…へっ、言いやがる。じゃあ言い方を変えよう。計画は順調か」
「ああ」
「おめぇ、誰を守ってんだ」
「…」
「ニコルって娘か」
「これから生まれる者も含む」
「デカく出たな。そりゃあ”白縹”と同義だぜ?」
「なら、そうなんだろう」
「おめぇ、マザーに何された」
「それが分かれば苦労しない」
「…やれやれ、それじゃ埒があかないよバルト。ヘルゲ、アンタは私らに計画を話す気はないのかい」
「俺にはヴァイスを巻き込んで平気でいられるような器も、勇気もない」
「私らに話した方が、リスクコントロールができると言ってもかい」
「誰も知らないうちに、いつのまにか変わっている。表面上は、何も起こっていないことになる。俺はヴァイスが動く必要がない以上、ヴァイスに余計なリスクが増えるだけだと考えているが…フィーネもコンラートもアロイスも話すべきか悩んでいる。時間が必要だ」
「そんなに、怖いかい」
「ああ」
「私らを巻き込んだ方が、アンタらの恐怖は薄れるのにねぇ。それをしないのも、恐怖かい?それとも矜持かい?」
「…俺は矜持などとは無縁だな」
「…そうかい、わかった。私らは予測で動くだろう。致命的にジャマならば”必要”なことなんだからお言い。いいね?」
「ああ」
「下がっていいよ」
俺は一礼して執務室を出た。
…まったく、ほぼ知られていると見ていい有様だな…
俺の浅知恵など、お見通しか。
知略の権化エレオノーラ・白縹…
人生経験の権化、と言った方がしっくりくるな。
あの執務室に、”完全に消えた”コンラートも”方陣で隠れた”フィーネも同席させられていた。中佐に呼ばれて隠れているように言われたんだろう、まったくいい趣味をした婆さんだ。
まあいい。
敵でないことを喜ぶしかないだろう。