108 餓狼に愛を sideニコル
「朝メシ抜くって、けっこうキツいなあ…」
「ほら、キリキリ歩く!これから行く場所はパラダイスなんだからね!」
「リア先生、俺は相当食うよ?皆の分なくなるんじゃないか?」
「願ってもないわ!オスカー、今日のあなたは戦士なのよ。食欲の権化になって、思う存分喰らうがいいわ!」
「リア先生が何言ってるか、わかんねーよ…つか、どこ行くの…」
週末になり、皆でアロイス兄さんの家へお出かけです。
もちろん女子会+1の開催日だからです。
ちなみになぜか、オスカーに行く先を知らせていません。
昨日、さすがに準備が大変だろうから私も手伝うって言ったんだけど…
「いや、もうこうなったら僕は思う存分やらせてもらう。大丈夫、前回で慣れたしね。ディルクさんも協力してくれて、魚は捌いてから売ってくれるって言うんだ。だから楽しみにしておいで」
なんかもう、この前とは違うテンションのアロイス兄さんが心配です。ほんとに、よっぽどストレスたまってるんだな…
「うぇ?ここアロ兄の家じゃん…」
「アロイス兄さーん、ニコルです、入るよー?」
「はーい、どうぞー」
いつもの声が聞こえ、私たちが家に入ると…
「ええぇ~…」
「すっご…」
「はァ!?」
予想を上回る状態になってました…
ケーキが三種類あります。
前回好評だったシブースト。紅茶のシフォンケーキ。ぶどうのタルト。
マカロンに、5種類はあるプチフール。
色とりどりのムースが小さなグラスに入ってる。
氷でできた大きな器に盛られているジェラートも三種類。
バニラにチョコにストロベリー。
同じくシャーベットがレモンにカシスに桃。
お料理は前回よりもすごく多い…
ブルスケッタ。牛肉とルッコラのカルパッチョ。お魚のマリネ。
モッツァレラチーズとトマトのサラダ。ゴルゴンゾーラのリガトーニ。
トマトソースのニョッキ。ローストビーフ。アクアパッツァ。
ベビーリーフと生ハムのサラダ…
ちょ…これ一人で作ったのかな、アロイス兄さん…
いや、作ったんだね…スッゴイいい笑顔だもん…
「キャー!やっぱ最高よぉ、アロイス兄さーん!!」
「すごいわ…またレパートリー増やしたのね…」
「うっは!私ローストビーフ大好き!」
「…な…なんだコレ…なあ、ニコル…これ、まさかアロ兄が全部作ったのか?俺らでコレ食うの?」
「うん、アロイス兄さん料理すっごく上手なの!絶対おいしいから、全部食べるつもりで挑んでね、オスカー!」
「ぜ…全部って…何言ってるんだよ…今からあと10人くらい来るんじゃなくて?その規模だよな、この量…」
「オスカー。アロイスの健康は、あなたの食欲にかかってるのよ。さあ行け、暴食戦士!」
「リア先生が何言ってるかわかんねーよ!!」
オスカーが悲鳴をあげていますが、私の目はお菓子に釘付けです…
ほあぁ、おいしそ…
「さー、どうぞ!飲み物もたくさんあるからねー。桃の濃厚ジュースに、はちみつレモンソーダ。ジンジャーエールにアイスティー。オスカーはコーヒーがいいかい?紅茶の方が好み?」
「あ、俺コーヒー飲みたい…」
「りょうかーい。濃さはどれくらいかな。深煎りじゃ苦すぎる?中煎りでカフェオレもおいしいよ?」
「うーん、たまには苦いのも挑戦したいな…でも飲めるかな…」
「じゃあ、エスプレッソにフォームドミルク入れてあげる。カプチーノはどう?」
「おぉ、それうまそう…すげーなアロ兄…」
「はは、今日はオスカーも来るからたくさん用意したんだ。遠慮なく食べていってよ」
「うん、いただきまーっす!」
まさか徹夜で作ったのかなあ、アロイス兄さん…
なんか笑顔がふわんふわんしてる。
うう、でもすっごいスッキリした!って言ってて、すごく楽しそうだからいいか…
そして今日も、屍の宴です。
でもオスカーすごい。半日かけて、皆の倍…ううん、三倍は食べてくれたみたい。
それでも少し残ってるから、どれだけアロイス兄さんがたくさん作ったかってことだよね。
「…はぁ、楽しかったなー。ねえ、みんなに相談があるんだけどさ」
「なになにー?アロ兄が相談とかめっずらしー。いつもと逆だね!」
「いや~、ナディヤとかは知ってると思うんだけど…ヘルゲって今、戦場にいるんだよね」
…さらっと言った…
どうしたんだろ、アロイス兄さん…
「…そうね、北方の国境線よね?」
「うぇ!?そこ激戦区じゃん…」
「そうそう。まあ、ヘルゲ一人行ったら、あっさり国境線は奪還したらしいから大丈夫だけどね」
「さすがドSね…」
「リア?」
「ごめんなさいぃっ」
「まあ、そんでね、ヘルゲがげっそりしてたんだよ」
え…っ
どうしたんだろ…戦場だし、イヤなことでもあったのかな…何か辛い目にあったのかな…
「国軍のレーションが、くっそまずいんだってさ!僕にメシ作りに来いってヨボヨボになって言ってくるんだよー」
…は?
「ぶっは!軍のレーションはまずいから、覚悟して来いよってコン兄も言ってたよな!」
「ヘルゲ兄さん、アロイス兄さんの料理で舌が肥えてるのにねぇ。相当地獄見てるんじゃないかなァ」
「あら…やっぱり食事って大事だものね…健康が心配ね…」
「んー、まあそんなに経たずに中央へ戻るだろうから耐えられるとは思うけど。でさ、相談ってのはね。ヘルゲがニコルとか皆の様子はどうだってよく聞いてくるわけだ。…で、この女子会+1のこと話したら、ヘルゲが発狂するんじゃないかと思ってねー」
「「「「「あぁ…」」」」」
「皆なら話す?話さない?」
「…ぶっくく…私なら話す!絶対話して、切ないヘルゲ兄の顔を拝む!」
「えぇ~、かわいそうだよユッテ~」
「ええ、そうね…ちょっと可哀相かしら…」
「でもこれからだって戦場を回るんだろ?ヘルゲ兄は紅玉だもんな。そしたら、この程度の話で耐えられないってのは問題だよな」
「私は、ちょっと話すのかわいそうかなって思っちゃうなあ…」
「うーん、ニコルもか…あれ、リアは?」
「私もねえ、かわいそうっちゃあかわいそう。でもオスカーの意見にも賛成」
「それじゃダメじゃーん、リア先生」
「いやいや、そこでこの状況を打開する方法が一つあるわよ、アロイス」
「え、打開??そこまでの話では…」
「ふふ…ニコルよ、ニコル。あのシスコンはステージ4なのよ。もう全身ニコルで出来ていると言っても過言ではないわ」
「うふぇ!?何か私が寄生体みたいな言い方しないでよぅ、リア先生!」
「そこで原因であるニコルの出番よ!『さらっと無視された!?』ニコルに、この女子会+フードファイター『それ俺!?』が楽しかったことを、可愛さを前面に押し出してシナを作り『またソレ!?』、鼻にかかった声で『新兵器出てるし!?』、戦場の餓狼に『誰ソレ!?』愛と共に情報を届ける!これで餓狼は腹ペコでも心は満腹よ、完璧ね!」
「…えーと要するに、ニコルに通信で話してもらえば、ご飯がまずいことも忘れてヘルゲは元気になるだろうっていうことだね?」
「そういうこと!」
「…アロ兄すげぇ…! 今のでよくわかったね…俺、リア先生がいかがわしいこと言ってるようにしか聞こえなかったんだけど」
「教導師って、なんかミラクルな職業なのかもしれないよねぇ…」
…なんか、毒気抜かれたってこういうことを言うのかな…
皆でお片付けしてから、帰ります。
私はそのまま泊まるので残りましたが、帰り際にリア先生が「ファイトよ!」と励ましてくれたことに軽く眩暈がしました。
でも…ヘルゲ兄さんに通信させてほしいなぁ…久しぶりに話したい。
「…ニコル、今までヘルゲと話をさせなくて、ごめんね」
「え…うん、わかってる。戦場だから、でしょ?」
「ん~、そうだね…というか、ヘルゲが『戦況が定まらないうちはニコルに戦場での俺を見せたくない』って言ってたのもあってね。でも今は落ち着いてるみたいだからさ。ただ、今晩話せるかはわからない。こっちから連絡した時に、戦闘中だったら気が散って危ないからね。ヘルゲから通信が入れば、話せるから」
「うん、わかった。アロイス兄さん、気遣ってくれて、ありがとう。でも私、もう高等学舎に入ったの。少しはそういうこともわかるつもりだから…ヘルゲ兄さんのこと、できたらもっと教えて?そうしないと、逆に淋しくて泣きそうになるから」
「…そっか。そうだよね、淋しいよね」
そう言うと、アロイス兄さんは私を抱きしめて頭を撫でてくれました。
…よかった。ちゃんと勇気を出して伝えてよかった。
なんだか淋しい気持ちを分け合っているみたいに、私たちはヘルゲ兄さんから通信が入るまで、ずっとくっついていました。