104 頂点の成績と最後の夜 sideアロイス
「到達度検査が…屈折率S判定、反射率S判定、硬度S判定…宝玉級S判定。透明度S判定。総合到達度S判定。”紅玉”認定」
「…俺、S判定なんて初めて見たぞ。卒舎時にこんなんあったか?」
「ああ、宝玉級のS判定はあったな」
「こんなにSが並んでると、ゲシュタルト崩壊が起こるよ…」
「んで?”炎獄”だっけか。アレの判定は?」
「錬成量S+判定、錬成速度S+判定、収束度S+判定、放出精度 測定不能 予測精度S+判定、総合S+判定…」
「…なんだ測定不能ってよ…Sも初めて見たのに、Sプラスって何なんだよ」
「ああ、測定起点になる着弾点が全部溶解していてな。リアルタイムでも中心部が高温すぎて測定不能、事後検証でも溶解していて測定不能だった。やりすぎた」
「つか予測精度だっつうのにプラスが付くのかよ?…ああ、半年前のバレット型でも参考にしてんのか?」
「…あの時も予測精度だったぞ、壁を壊したからな」
「あ、そ…」
…んー、何となく想像してはいたけど、ほんとに史上最高成績を叩き出したか。明日の朝出発するヘルゲを見送るために泊まりに来ていたニコルは、言葉を失くしてるみたいだ。
ここに来た時は「今日は泣かないっ」とか言って、かわいく拳を握りしめていたんだけど…今は泣くどころか、瞬きを忘れて固まってる。
「ニコル、大丈夫?」
「ほぁっ だ、大丈夫…びっくりしすぎて…どう反応していいかわからなかったの…ヘルゲ兄さん、すっごいね…やっぱり、一番すごい人だった!」
段々興奮してきたニコルはきゃあきゃあ言って、ヘルゲのそばを離れずにデータを見ながら話しだした。コンラートも笑いながら聞いていたが、立ち上がって帰る支度をする。
「んじゃよ、ニコルちゃん元気でな。明日の朝も会うだろうけど、お前らと訓練してて楽しかったってオスカーたちにも伝えてくれ」
「うん、わかった。私もすっごく楽しかったよコンラート兄さん。でも淋しいから、なるべく村に帰ってきてね?あと、お仕事がんばってね?えっと、あと…風邪とかひかないでね?」
「ぶはは!おう、わかったわかった。あー、それと…ナディヤのこと、頼むな」
「まっかせて!!淋しいのを忘れちゃうくらい、私たちが手を焼かせるからっ!」
「ぶあっは!そりゃいい、ナディヤも忙しくなるなァ。…んじゃな、アロイス」
「うん。早く帰ってあげなよ、ナディヤが来るんだろ?」
「おー、じゃあなー」
コンラートの住んでいた4階建のアパルトメントだが、明日からオーナーが変わることになっている。賃貸物件なのは変わらないんだけど、2階のコンラートの部屋と最上階の部屋は、いつでも使えるように空き部屋のままだ。
新オーナーの名前はフィーネ・白縹。
パピィとパープの売り上げが予想を遥かに超えていて、移動魔法を入手してもまだ唸る程の資金があるのだそうだ。ヘルゲの用意した隠し口座に突っ込んで、皆と相談しながら有意義に使うとのこと。
手始めに、僕らの住んでいる家とコンラートのアパルトメントを買い上げたというわけだ。もちろん最上階は、帰省した時にフィーネが使う。
…フィーネはこれだ!と決めた時のお金の使い方が豪快すぎるよね…
「ヘルゲ兄さん、私が高等学舎を卒舎したら、私にも通信機作ってくれるよね?」
「ああ、ぬいぐるみを選んでおくといい」
「うはー、何にしよっかなぁ…銀色のぬいぐるみってあるかな…」
「あはは、どうしてもなかったら銀色に近い白っていう手もあるかな?ウサギとかかわいいんじゃないか?」
「うー、うー、ウサギかあ…すっごくかわいい…大好きなんだけど…」
「何か問題あるの?」
「人のことはくまみたいとか猫みたいとか、すぐ思い浮かぶのに…自分はわかんないもんだね…」
「ああ、なるほどねぇ。ニコルは…うーん…なんだろうね…」
「雪ヒョウ」
「ほぇ!?…私、そんなに肉食獣っぽいかな…」
「色が、雪ヒョウに似ている」
「あ、そっか色かぁ~。えへへ、じゃあヘルゲ兄さんが黒ヒョウで、私が雪ヒョウだね」
「…? 俺は黒くまなんじゃないのか?」
「…あっ!」
「ぷはっ あはは!ナイショにしてたんだ、ニコル?」
「あう…自分でバラしちゃった…あのね、ヘルゲ兄さんてね、中身は黒くまで外見は黒ヒョウだと思ってました…」
「…そうか」
ヘルゲは優しい顔で微笑むと、隣に座るニコルの頭を撫で始めた。
今日はなるべく二人にしてやろう。
ああそうだ、今日こそいい気分でアスティ・スプマンテを出してやらなくちゃ。
キッチンで料理を始めると、ニコルが手伝いにやってきた。
「ニコル、今日はヘルゲとゆっくりしてていいんだよ?」
「ううん、お手伝いくらいするよ。いつもありがと、アロイス兄さん」
「いいんだよ、僕は好きでやってるんだからね」
…強い子になったなあ。
4年前はひどく泣いて、しばらく浮上しなかったのに。
ニコルの頭を撫でて、下拵えは済んでいる具材を仕上げていく。
ダイニングテーブルをセッティングしながら、ニコルが「思い出した!」と僕の方を見て言った。
「ヘルゲ兄さんがね、”今日は当然いい酒出すよな?”って聞いてたよ」
パキャッ
既に封を切ったアスティ・スプマンテと、握り締めすぎて脚が折れてしまったワイングラスが、それぞれ僕の両手にある。
狙ってないか?狙ってるんじゃないか、ヘルゲ?
僕、この脚の折れたグラスを君のつむじに差し込んでもいいよね?
「わぁぁ、アロイス兄さんっ ケガしてない!?」
「…大丈夫だよニコル。ケガするのは僕じゃなくてヘルゲだからね…」
「ああぁぁ、ちょ…アロイス兄さん、目が…落ち着いてぇ~」
「うんうん、僕は落ち着いてるよ、大丈夫。このグラスは紅玉の脳天にあるべきものだからね、仕舞ってくるよ」
「ええっ そんな”頭にチューリップ”みたいな面白いことするのやめてー!」
結局ニコルの尽力により、僕はグラスを仕舞うことができなかった。
非常に残念だ、次回はニコルがいない時にチャンスが来ることを待とう。




