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1 憂鬱なニコル







若草が一面に生えた野原で、銀髪の少女が座って海を眺めていた。


その場所は村から少し離れた場所で、丘を挟んで緩斜面になっている。

身を隠すにしてはお粗末な灌木を背に、毎朝の修練をさぼってきた少女はため息をついた。



「あー…もう明日か…また『濁り玉』とか言われるのかなぁ」



愚痴をこぼすと、気が滅入ってくる。

海風に煽られてきれいに刺繍された紺色のワンピースがはためいてしまうから、膝をかかえた。


…で、そんな恰好をしているとさらに気鬱になってしまう。



「品質検査なんてもうヤだよ…ダメ品質だって言うなら、ほっといてくれていいのに…」



少女は乳白色の斑が散る緑色の瞳を伏せ、またため息をついた。


明日はマギ・マザーによる半年に一度の定期品質検査。


修練によって上げた「瞳」の透明度・屈折率・硬度等の上昇値や到達度を測定し、合格品質となった時点で、同期の子はどんどん軍部予定者へ内定したり各セクトへの進路が決まる。現状で合格の見込みがまったくない少女の肩身が狭いのは当然のことだった。


だが少女の肩身をもっと狭くしているのは「低品質の瞳でありながら、軍部配置予定者というエリートコースに決定している」こと。


三つあるセクトの中で、なぜ自分が軍部セクトの配置予定者なのか未だにわからない。


村の管理運営をする維持セクトに配置希望を出したけれど、一回も希望が通ったことはなかった。ナニーのセリ婆は「マザーの適性判断がそうそう覆るもんかね。何かしら素養があるってことだよ、がんばりな!」と言ってくれた。


でもこうまで品質検査に落ちては、自信もなくなるというものだ。



(…今は『紅玉』のヘルゲ兄さんがいるんだし、別に私一人がいまさら軍に行っても大差ないのに)



この少女、ニコルを可愛がってくれたヘルゲは、2期前の品質検査で最高ランクの数値をたたき出した後、正式に軍へ配属されていた。


そしてヘルゲが村を去ってからというもの、ニコルは精神の拠り所を失ったこともあり、自棄ぎみになっていたのだった。




*****




「みつけた!ニコル姉ちゃん、修練出なかったでしょう。アロイス先生が怒ってたよ!」



4つ年下の少年アルノルトは、村の者なら誰でも見つけ出すのがうまい。


彼いわく、「ニコル姉ちゃんは気配がユラユラしてるから、そういう波のある場所を探せばいる」のだそうだ。


ニコルも他の人も彼の言うことは理解できなかったが、苦も無くひょいっと見つけ出すのだから、きっとアルノルトのユニーク魔法なんだろうなと皆理解していた。


「瞳」の種類が係るのは反射率や屈折率だけで、得意な魔法属性とか、ユニーク魔法は単に個人の資質の問題だ。


アルノルトだけではなく、ユニーク魔法と思われる力が顕現している者はそれだけで重用されるに値した。


特にユニーク魔法顕現の自覚もなく、品質検査にもなかなか合格しないニコルには、うらやましい話だった。


ともあれ見つかってしまったニコルは、束の間の逃避行が終わったと観念し、おとなしくアルノルトに連行されていく。



「アロイス先生、怒りボルテージどんくらい?」


「んー、そろそろレッドゾーンだね。姉ちゃんここんとこサボりすぎ。『気持ちはわかるけど、わかってあげない』って、ワケわかんない怒り方になってたよ」


「あ、そう、ですか…」



逃避行のツケは、たぶんアロイス先生のお説教2時間コースかな、とうんざりするニコルだった。




*****




瞳が結晶でできた一族『白縹しろはなだ』は、その瞳の美術的価値で乱獲された歴史を持つ。眼球を目当てに狩られ、失明すれば用無しとばかりに犯され、殺される。


そんな凄惨な運命の一族の中に、一人の「修験者」と呼ばれる人物が現れて光明をもたらした。彼は修練の末に瞳の到達度を上げ、生来持っていた結晶の上位宝玉である「紅玉」へ昇華させた。


また、マナを宝玉の中で高速反射・増幅させた上での大規模攻撃魔法の行使。その威力は、とある「宝玉狩りの国」の王都を壊滅させるに至ったが、修験者自身も極大の力を過度に行使して「自壊」してしまったと伝えられる。


以来「紅玉」は白縹が産する最高の生体兵器のことを指すようになり、瞳の赤い子供が生まれれば紅玉候補として手厚く育成される。


こうして、白縹の有用性は極端な振れ幅で軍事への方向転換となった。しかし白縹は数を減らし過ぎていたため、結果として「殺されなくなった」だけ。保護した大国の生体兵器牧場の中で飼われるしか、生き残る道はない。


修験者亡き後保護された一族は、人工受精と人工子宮による人口調整管理をされた。稀に自然分娩で生まれた子供も、家族単位でなく一族全体の子として養育される。そして、生体兵器所持による大国の威力顕示という最重要の役割。


“白縹”という存在は依然として非常に高い価値を維持しつつ、一族としての矜持はヒトとして相当ズレたものになっていく。


つまり「紅玉に並ぶ品質を獲得することが誉れ」「美しさと強さを兼ね備えた、史上最高品質の瞳になりたい」という、自らを物質的に高める方向へと。


永すぎる年月は彼らを、立派な「兵器」にしてしまっていた。




*****




アロイスにたっぷり3時間説教され、おまけの課題も出されたニコルはぐったりしていた。


(リスクの読みが甘かった…)


明日は品質検査だから、そうそう前日に無茶なペナルティはないはず!という読みでサボった訳だが、どうも違っていたらしい。



「課題出すってどういうことですかあ…どうせ品質検査に受からないだろうから?」



ここ一年で相当やさぐれているニコルなので、思考も卑屈になってきている。しかしアロイスにしてみれば、こうもしょっちゅうサボられては他の子供に示しがつかないのである。ヘルゲと共にニコルを可愛がっているアロイスだが、甘やかすことはしない。



「文句言わずにやる。何かあったらすぐ指導できるように、ここにいてあげるから」


「1on1で監視とか、ナニソレ…」


「監督、だよ?」ニッコリ。



アロイスの寒冷極上笑顔に、「これ以上グダグダ言ったらペナルティ更に倍」と書いてある。


…逆らってはいけない、とニコルは気持ちを切り替えることにした。



(苦手な「収束」で課題出すあたり、さすがアロイス兄さん…こういうとこ、Sなのが出ちゃってますよ…)



とはいえ、ニコルもアロイスとのつきあいは長い。


この笑顔だけは極上な隠れS男が、検査前日にニコルを独りにしないためにわざわざつきあっていることは明白だった。



(…優しいんだからなぁ、もう…でも、優しさの示し方が違うと思いまーす…)



絶対に声に出せない抗議を押し殺し、たぶん夕方までカンヅメですよねぇ、と遠い目になりながらマナを練る。






  

ヘルゲとアロイスは、ニコルより7歳年上です。

今話でのニコルは17歳、兄二人は24歳ですね。

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