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まだまだ休憩しよう

バカなことと笑われるかもしれないけど、私は部活で怪我をすることが多くなった。故意に怪我をしたわけではなかった。でも、蒼巳君に会いたいと思っていたのは事実だった。

その思いが気づかぬうちにプレーを大胆にさせて良く怪我をするようになってしまった。部活では活躍するようになったけれど。

身体は小さいけれど前線で戦えるようになった。

毎日が楽しく充実していた。いつまでもこのような日々が続くと思っていた。

しかし実際には永遠に続く物事などなく、その楽しい日々の終わりは刻一刻と近づいていたのだった。

それは昼休み、私がクラスメイトと一緒に食事をしていた時のことだった。

「ねえねえ、知ってる」

一緒に昼食を共にしている友達の一人が言った。あだ名はゆーちゃん。

その質問に「知っている」と答えられる人はエスパーに違いない。

もしかしたら世の中にはそういう能力の人間がいるかもしれないけれど、私はそうではないので答えは決まっていた。

「何がっすか?」

「C組に紅糸紬さんっているじゃない?」

「あぁ、あの綺麗な子でしょ?いつも一人で何考えているかわからなそうな」

今のゆーちゃんの問いかけに応えたのはもう一人の友達のやっちゃんであった。

部活は違うけれど、いつも私を含めたこの三人で行動している、言わば仲良し三人組であった。

やっちゃんは続けて言った。

「あの子、男子に人気あるのよね。美少女でミステリアスだって。うーむ、私もそっち系のキャラで売っていくべきだったかな?」

私もその女子生徒を知っていた。とても有名な生徒だ。端正な顔立ちでスレンダーな体つき。当然男子に人気があるのだけれど、誰とも関わり合いを持とうとしない変わった女子生徒。

男子は彼女とお近づきになりたいかもしれないが、正直私たちにとっては関わりあいたくはない生徒であった。

そういえば、紅糸さんと蒼巳君って同じクラスだったっけ?

蒼巳君も紅糸さんのことを素敵だとか思うのかな?

でも蒼巳君は誰にでも優しくするけれど、自分から関わり合いを持とうとしない子にまで優しくはしないよね。

うん。だから、大丈夫。

「それで、その紅糸さんがどうしたっすか?」

興味はそれほどなかったけれど、話を先に進めるために私が聞いた。

「聞いた話なんだけど、紅糸さんね、彼氏が出来たらしいんよ」

「えー」

「ガセっすね」

即その情報を否定するやっちゃんと私。

「ちょっ、本当なんだって!目撃証言いくつもあるんよ!」

「いやだって……」

「想像できないっすヨ。紅糸さんが男性と、いえ誰かと仲が良さそうにしているところなんて」

あれほど他人を拒否してきた紅糸さんに、彼氏?

それはナイナイ。

直ぐに嘘だってわかる情報をどうしてゆーちゃんは信じたんだろうか?

「私だって最初は『それはいくらなんでも嘘でしょ』って思ったさ!でも、C組の子に聞いてみたら、それなりにその情報が本当じゃないかってぐらいの目撃情報があったんよ!」

「それなり、っすか?」

とてもあてにはなりそうにない情報であった。

「それで、その目撃情報によるとお相手は誰だったの?」

「あ、それ気になるっすね」

「目撃情報があるっていうことは当然彼氏といたところの目撃情報なわけよね?まさか、紅糸さんがそわそわしているからそれで彼氏が出来たんじゃないかっていう早とちり情報を掴まされたとか、そういうわけじゃないわよね?」

ゆーちゃんならそれはありそうかな、と思ったけれど勿論口に出したりはしない。

しかし、ゆーちゃんは自信ありげに胸を張りながら言った。

「勿論、彼氏と一緒にいる目撃情報もゲットしてあるんよ」

「本当?」

「しかも!何とこの学校の生徒!さらにしかも!紅糸さん同様にそれなりに有名人!」

ゆーちゃん、テンション上がってきたなぁ。

「ゆーちゃん、それなりに有名人ということは私たちも知っているっすか?」

「当然んよ!」

私たちが知っているほど有名な男子生徒というと……

サッカー部の藤崎君あたりだろうか?

でも確か彼には彼女がいたような気がする。

違うのかな?とするといったい誰が?

「それで相手は誰っすか?」

「聞いて驚きなさいんよ!お相手は何と!蒼巳観凪君よ!」

「え?」

「ほー」

「あら、やっちゃんはそれほど驚きはしてないんね?」

私は驚いている。

というか信じられない。信じることが出来ない。

だって、この前あった時だって蒼巳君はそんな素振りは何も見せてなかったし、それに、それに……

「やっちゃん、もしかしてこの情報知ってたん?」

「知らなかったけれど、妥当じゃないかしら?紅糸さんと同じクラスだし、蒼巳君性格良いしね」

「そんなことないっす!」

バン!と私が机を叩いた音と私の声が教室に響き渡った。

あ、しまった。

つい、感情的になってしまった。

私が蒼巳君のことを好きなのは秘密にしていたから、こういうおかしな態度をとるのはおかしい。

「蒼巳君、そんなに性格悪くないと思うんけど」

あ、そっちでとらえてくれたか。危ない、危ない。

「あ、蒼巳君と紅糸さんは釣り合わないと思うっすよ。だって蒼巳君、普通っすもん。紅糸さんは美少女なのに……」

「そう?私は意外とお似合いだと思うんよ。やっちゃんはどう思うん?」

「というか、紅糸さんほどの対人バリアを張っている人間と接することが出来る人間って蒼巳君以外考えられないわね。紅糸さんと付き合える人間ってこの高校だとザ・お人よしの蒼巳君ぐらいでしょ。そう考えれば、別に不思議でもなんでもないよね。二人が付き合っててもさ」

なんでもなくはない!

私にとってその情報は全然なんでもなくない!

「ゆーちゃん!そ、その情報、どれほど信頼できるものっすか?」

「割と、じゃないかなん?知り合いの話だと一緒にいるところ何度も見たっていうし、仲良さそうに話してたっていうしねん」

「でも、それってただの友達っていうこともあるっすよね」

「いや、ないよん。それ」

「うん。ないない」

今度は私の意見が即座に否定されてしまった。

「な、何でっすか?」

「何でって、だって紅糸さん今まで友達らしい友達作らなかったのにさ、突然男友達が出来ましたっていうのは変じゃん?それに私は男女間の友情は成り立たないと思ってる人間ですからん」

「私もゆーちゃんと同意見だな。男女間の友情は、まあ最初はあるかもしれないけれど接しているうちに好きという気持ちは抑えられなくなる。それが男と女ってものでしょ?男性と付き合ったことがない私が言うのもなんだけどね」

「で、でも……っす」

「もしかして……心配しているん?」

「っ!!」

バレた!

私が蒼巳君が好きだってことを。ゆーちゃんとやっちゃんに知られてしまった!

どうしよう!どうしよう!

「そりゃそうよね。蒼巳君がいなかったら怪我した時に治してもらえないもんね」

「え?ああ、うん。そうっす」

ゆーちゃんもやっちゃんもとても鈍い方々だった。

ともあれバレてないようなので問題なし。

「蒼巳君が紅糸さんと付き合ってしまったら、私思いっきり部活できなくなってしまうっすからね。だからその噂、本当かどうか心配っすね」

そう、心配だから確かめなければならない。

噂が本当かどうか。



ここで言い訳を一つ。

いやぁ、今日は疲れたなぁ。朝の紅糸さんへのツッコミから先程の風雲さんとのやりとり、とても濃い一日だった。

そういうわけだから、うん、まあ、ありえないことなんだけど、忘れていた。

「どうした、ミナギン。さっさと扉を開けろ」

マンションの部屋の前で立ち止まる僕。

紅糸さんは買ってきたゲームソフトを僕とやるために宣言どおりついてきたのだった。

だけど僕にはどうしても扉を開けられない理由があった。

ひまわり。橙灘ひまわり。

彼女のことを僕はすっかり忘れていたのだった。

風雲さんとの会話で名前があがったときに気づけよ、僕。

僕とひまわりが一緒に住んでいることは紅糸さんに言っていない。言えるはずがない。

そして知られるわけにはいかなかった。

知られるわけにはいかないのに、部屋まで案内している僕っていったい。

もっとしっかりとしなければならない。

物事に流されないようにしっかりと。

と、今は自分の性格改善を考えている場合ではない。

この現状をどう乗り切るかが最重要項目である。

咄嗟に案が三つほど考え付く。

案1.紅糸さんに帰ってもらう

案2.ひまわりをどっかに行かせる

案3.とりあえず部屋に入って後はノリで乗り切る

ノリで乗り切るって、咄嗟に考え付いたものなので駄洒落みたいになってしまった。しかもつまらない。

とりあえず、案3は却下である。

駄洒落がつまらないからではなく、それが出来るのならば迷うことなくこの扉を開けている。

残るは案1か案2。

個人的には紅糸さんとひまわりを比べた場合、紅糸さんのほうがおそろしいので案2を推奨したいのだけれど、部屋の前まできて今からひまわりをどこかに行かせるのは現実的に不可能である。

ということは案1か。

それを紅糸さんに言うことは勇気のいることだけれど、ここにひまわりがいると知られるよりはマシである。背に腹はかえられないということだ。

問題はどうやって紅糸さんに帰ってもらうかだ。

よし、ちょっとした演技で紅糸さんを騙して帰ってもらおう。

「ミナギン、どうして扉を開けないんだ?こっちは待っているんだぞ」

「あ、うん。それが……」

まあ妥当なところでこの言い訳かな?

「鍵、落としちゃったみたいで」

「うな。それは大変だな」

「僕今から来た道を戻って探してくるから、今日はかいさん」

がちゃ。

僕の話の途中で紅糸さんが難なく扉を開けた。

「え?」

「万能具現化能力『紬糸』。忘れたか?私に具現化できないものなど少ししかない」

忘れてたぁ!

そうだよ。紅糸さんは何でも具現化できる能力を持っていたじゃないか。

それこそこんな鍵穴に鍵を刺して回すだけの鍵なんて、彼女にとってみれば何の防犯の価値もなく簡単に開けてしまうのだった。

「鍵は後日ゆっくり一緒に探してやる。とりあえず今はゲームやろう!」

「どんだけゲームを待ち望んでいたんだよ!小学生か!」

「心は永遠の十二歳だ」

「やっぱり精神年齢それぐらいだった!」

と、そんなふうなやりとりをしている場合ではない。

引きこもりのひまわりはおそらく部屋の中にいるだろう。というか、部屋の中からそんな気配がするし。

ここで部屋の中に入られたら、入られたら……

「お邪魔しまーす」

「あ」

制止する暇もなく紅糸さんは部屋の中に入っていった。

しまった!紅糸さんの行動力は僕の予想よりも上を行っていた!

しかしまだ玄関だ。止める間はあるはず。

「紅糸さん!待って!部屋散らかってるから!」

現段階では非常に難しいが案2を決行するしかない。

「気にするな。私がゲームをしている間にミナギンが片付けてくれればいい」

「僕が気にするし……」

「私はゲームに気が行っていてそれどころじゃないだろうから、気にするな」

「いやいやいやいや、ちょっとぐらい片付ける時間を」

「私が待てる人間だと思うか?」

思いません。

現に紅糸さんは僕の制止も虚しく、靴を脱いで勝手に上がる準備をしていらっしゃる様子であった。

うぬ、流石はゴーイングマイウェイ、紅糸紬。

強敵也。

どうする?どうにかして紅糸さんを止める策を……

たったったった。

僕が思考をしていると、部屋のほうから足音が聞こえてきた。

しまった!ひまわりも居たんだった!

ひまわりが僕を出迎えるのはいつものことだから、まずい!本当にまずい!このままでは二人はご対面……

「おかえりなさい、観凪さん。あら?」

「うな?」

「あわわわ」

ご対面してしまった。

しかも、やっぱりひまわりはメイド服着用であった。

強制的に案3が始まることになってしまった!

えーっと、そうだ家族!ひまわりを妹か姉、どちらかというと妹だろうか?ともかく兄妹として紹介すれば何らおかしいことは……

妹、メイド服着用なんですけど!

で、でも現実を知られてしまうよりはマシかもしれない。

よし!それで無理矢理行く!

「ひさしぶりですね。紅糸さん」

ひまわりスマイル。

ひまわりが先手を打って挨拶をした!

ひまわりにそんなつもりはさらさらないのだろうけれど、ともかくイニシアチブをとられた僕は『兄妹案』を却下せざる負えない状況に陥った。

「うな?ミナギン、こいつ誰だ?」

「えっと、彼女は……」

「私ですよ、紅糸さん。黄虎です。本名は橙灘ひまわりですけど」

「こらぁ!」

「わっ!びっくりしました。何ですか、観凪さん?おどかさないで下さいよ」

「何で、そんなに暴露しちゃうの!空気読んで空気!」

「?空気を読む?」

首を傾げるひまわり。

ダメだこの子。

まったくひまわりの行動には期待していなかったが、ここまで場をダメにするとは思いもしなかった。

ひまわりも紅糸さん同様、僕の想像の上を行っていた。

「オウコ……あぁ、こないだの『正義』のやつか?」

意外とあっさりと理解をした紅糸さん。

「今は違いますけどね」

「ほう、黄虎は女の子だったのか。うな、可愛い子ではないか」

「そんな、可愛いだなんて」

ちょっと頬を染めて照れるひまわり。

「それで、こいつが何でこんなところにいるんだ?ここミナギンの部屋だろう?」

ここ!

ここの返答重要だからな!

目でそうひまわりに合図を送る。はたしてひまわりは気づいてくれるだろうか?

僕とひまわりは、数日だが一緒に暮らしてきた。

少しぐらい、ここ一番というときぐらい、以心伝心が出来てもいい筈だ。

「あ、私ですね、あれから『正義』を辞めて観凪さんのメイドをすることにしたんです」

やっぱり以心伝心なんて無理だった!

というかひまわりは本当に全く空気を読まない子だった!

対人恐怖症の癖に、ぺらぺらと……

あとで叱ってやる。

「うな。ミナギンのメイドをしているのか?だからメイド服着用しているんだな?」

「はい。まだ半人前ですけど」

「うなうな。まずは形からということだな。人によっては形から入るのはよくないことだと言うが、私はそうは思わないぞ。形から入るということは少なくともやる気がある、ということだからな。やはり人間やる気は重要だからな。やる気がないやつとあるやつでは同じことをやらしても、結果は物凄い違うからな。うな、頑張りたまへ」

「はい!頑張ります」

「……」

「……?」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………う、」

「……う?」

「うなぁああぁあああああぁあああああああぁあああぁああ!!」

「きゃっ」

紅糸さんが爆発した。

どうやらようやく情報の整理が終わったらしい。

「ミナギン!どういうことだ!?これ、どういうことだ!?」

「お、落ち着いて、紅糸さん」

「これが落ち着いてられるか!?何で『正義』がミナギンのメイドやってるんだ!?おかしいだろ!?とてもおかしいだろ!?」

「とてもおかしいけど。今から説明するから、とりあえず落ち着いて!」

「大体何だ、ひまわりって名前!?可愛いじゃないか!?」

「紅糸さん、言ってることおかしいから」

「それに黄虎じゃない!声違うし、顔も違うじゃないか!?」

「いや、声は変声機で変えていて、顔はそもそもあれは被り物だったじゃないか。とりあえず落ち着こう、紅糸さん」

「うなぁああぁああああぁああ!」


紅糸さんを落ち着かせるのに数十分の時間を要した。

ひまわりも落ち着かせるのを手伝ってくれていればもう少し時間を短縮できただろうが、ひまわりはオロオロしていただけで何の役にも立たなかった。

しかし、下手にひまわりに動かれると逆効果になるとも考えられるのでこれはこれで最短の時間だったのかもしれない。

ともかくようやく紅糸さんは落ち着いた。

とりあえず部屋に通して、座ってもらっている。

「何か飲み物をお出ししますね」

と、ひまわり。気分は僕のメイドのようで、客人である紅糸さんにおもてなしをするつもりだろう。

あまり動いてもらいたくはないけれど、ひまわりの厚意を無下にしてはいけないだろう。

「観凪さんはオレンジジュースでいいですよね?」

「うん」

この数日でひまわりは僕の好みを理解したようだ。

何か、照れくさいなぁ。

「紅糸さんは何がいいですか?」

「……ミナギンと同じでいい」

ちょっとふて腐れた感じで紅糸さんは言った。

「わかりました。直ぐにお持ちしますね」

ひまわりが台所に向かった。

必然的に僕と紅糸さんの二人だけの世界になる。

き、気まずいなぁ。

「……ひまわり」

「え?」

「随分手馴れているように見えるが、長いのか?」

「えっと、何が?」

「その……メイド期間」

メイド期間って何だ?

ひまわりがメイドをやっている期間のことかな?

それ以外の答えはなさそうなので、そう解釈することにした。

「そんなに長くはないよ。あの後からだからせいぜい数日」

「うな。成るほど成るほど。ところでミナギン。あの格好はどう思う?」

「まあ似合っているとは思うけど、そこまでしなくても、と」

「そうじゃなくて、格好が可愛いか可愛くないかだ。どっちだ?」

「何それ?うーん。どちらかといえば可愛いと思うけど」

「うな。ミナギンはメイドフェチ、と」

「こら!何メモってるの!?」

「何って、ミナギンの性癖だが?それが何か?」

「いつ、どこで、僕がメイドフェチだと言ったか!?」

「むきになるところが更に怪しいな」

そうこうしていると、ひまわりがお盆に飲み物を載せてやってきた。

一、二、三……オレンジジュースが三つ。

ちゃっかり自分の分まで用意してあった。

「おまたせしました。飲み物です」

まず自分、次に僕、最後に紅糸さんという順番で飲み物を配るひまわり。

その順番はメイドとしてどうなのかと、僕は疑問に思った。

「うな。それでは皆が揃ったところで話に入ろう」

「……はい」

僕とひまわりは借りてきた猫のように大人しくなった。

判決を待つ被告人ってこんな気分だろうか?

「では現在の状況を説明したまへ」

「はい。えっと……どこから説明したらいいのかな。とりあえずひまわりと一緒に住んでます」

「うなぁあぁあ!省略しすぎだろ!経緯!経緯を聞いてるの!」

「経緯って言われてもなぁ」

ひまわりと一緒に住んでいる経緯を説明するのならば、あの日から説明しなければならないだろう。

がさごそ。

「あのひまわりと戦った日にさ、この部屋に帰ってきたら……ってひまわり!何やってるの?」

「いえ、ゲームショップの袋があったから中身は何かなぁと思いまして」

「それ紅糸さんの!紅糸さんのだから勝手に開けちゃダメ!」

勝手に客人の持ち物を開封するメイドってどうよ?

というか人として間違ってないか?

ひまわりにはそういうマナーから教えないといけないのか?

がさごそ。

「というか僕の制止の言葉聞こえてない!?」

「好奇心って凄いですよね」

「そんな言い訳通用するか!」

「あ、こ、これは!今日発売の人気格闘ゲームじゃありませんか!?」

「お前もか!?」

そんなにこのゲームは有名なのだろうか?

僕はまったくこのゲームの存在を知らなかったのだが、もしかしてこの場においてはそっちのほうが普通なのだろうか?

「うな?ひまわりもそのゲームをやるのか?」

「いえ、私は引きこもりなのでこの作品自体はやったことはないんですけど、前作は結構やりましたよ。前作なら私、負けなしですよ」

「うなうな。面白くなってきたな」

「……あれ?」

経緯はどうした?

紅糸さんとひまわりは話そっちのけでゲームの準備をし始めた。


「うなー!勝ったぁ!んで、ミナギンその言い訳はないな。何だ、その帰宅したらひまわりが部屋で気絶していましたって。どんな確率だ。そんなことあるわけないだろう?」

「負けました。うーん、まだ前作との違いに戸惑っていますね。いえいえ、紅糸さん。それが本当なんですよ。私も最初はびっくりしましたもの。このキャラ前作よりも技の連結のタイミングがシビアじゃないですか?」

「ふふん。ゲームセンターで鍛えておかないからだ。うな、そんなこと言って実はミナギンが誘拐してきたんじゃないか?ひまわり可愛いからな」

「可愛いだなんて、そんな。あ、もう慣れてきましたから多分次辺りから負けませんよ」

「ミナギン!どうなんだ、真相は!?ふふん、なら私はこのキャラを使うぞ」

何だこの空気。

先程までの剣呑な空気は何処にいったのだろうか?いや、どちらかといえばこの空気のほうが気が休まるのだからいいのだけれど、しかしそれにしたってグダグダにもほどがあるってものだ。

何で僕ら三人が集るといつもこうなるのだろうか?

相性だろうか?

グダグダになる相性でもあるのだろうか?

……なんかあるような気がしてきた。

「ミナギン!答えんか!お、またそのキャラか。ふふふ、先程の二の舞にしてやるぞ」

「あのゲームやるか話するかのどちらかにしてもらえませんか?」

ゲームの話になったりひまわりの話になったり、いちいち分別をつけるのが面倒くさい。

だからそういう提案をしてみたら、

「じゃあゲームしてるからしばらくはその話は無しだな」

「そうですね」

「お前らバカだろ!」

別に僕はいいのだけれど、ひまわりの話を聞きたいのは紅糸さんじゃなかったのか?

どうやら僕とひまわりが一緒に住んでいることよりも、ゲームのほうが紅糸さんにとっては重要なことらしい。

「うな、うな」

「ほっ、へりゃ」

「うな、うな、うなにぃ!」

『うなにぃ』って凄い変化したな。

画面を見ると紅糸さんのキャラがやられていた。

「ば、バカな!今の技の連結に必要な指の動きは不可能と言われているのに。何故それが出来たのだ」

「ふふふ、お忘れですか、紅糸さん。私の能力を」

「ま、まさか!」

「そう、私の能力は『雷華』。肉体強化系能力。不可能と言われる指の動きなど私にとっては児戯にも久しい」

遊びに能力を使い始めた。

バカだこいつ。

「く、しかしまだ第二ラウンドがある!うなぁああ!」

「返り討ちです!」

「うな、うな」

「にゃ、た」

「うな、うな、うなぁあああぁああ!負けたぁああぁああ!」

「ふふふ、勝ちました」

「うな、うな、うな、お前強化しているのは肉体だけではないな」

「気づきましたか。そう私の能力は反射神経なども強化されるのです!」

「何だとぉ!」

前の紅糸さんとの戦闘を見ればそれぐらいはわかりそうなものだけど。

「くっ、強化系能力恐るべし」

「今までやられた分をやり返しますよ~」

「させるか!」

……この二人にはついていけない。

さて、この戦いはいつまで続くのだろうか?



その日の放課後、私は早速事の真相を確かめに行った。わざわざ足に怪我をさせてまで。

まさしくそれはバカな行為だったけれど、でも止めることはできなかった。

知りたい、知りたい、どうしても知りたい。

蒼巳君が紅糸さんと付き合っているのかどうか、どうしても知りたい。

はやる足取り。

痛みが奔るけれどそんなこと気にしている場合じゃない。

保健室へ。一刻も早く保健室へ。

保健室へたどり着くと、そこにはいつもどおり蒼巳君がいた。

私の気持ちとは対照的に彼の様子はいつもどおりだった。あくびなんてしている。

おかしそうなところは、何一つない。

「ん?あれ、また君か。もしかしてまた怪我したの?」

「え?えへへ。はいっす」

そう言って椅子に座り蒼巳君と対面する。

「てへへ。参った参った。またやっちゃったですよ」

「本当によく来るね」

「仕方ないっすヨ。自分のジャンプ力半端ないっすから」

会話にもおかしな感じは見られない。

誰かと付き合っていたら、もうちょっと対応が変わってもいいと思うのだけれど……

「もうちょっと気をつけて飛んだら?」

「何言ってるっすか!思いっきり飛ぶのが気持ちいいから飛ぶんすヨ!気をつけて飛んだらつまらないっすヨ!」

「それで怪我してたら本末転倒のように思えるけどね」

「蒼巳君はわかってないっすね。私は楽しいから飛ぶんス。飛ぶのが楽しいから、バレーをしてるっす。なのにそこで力を抑えて飛んでちゃ何も楽しくないっす。楽しくなければやる意味はないっすヨ」

「楽しくなければやる意味がない、か。成るほど」

と納得したのもつかの間、突然蒼巳君は頭を抱えだした。

「どしたっすか?頭抱えて?」

「なんでもないよ。無駄話はこれぐらいに、してちゃっちゃとやっちゃおうか?」

「そっすか?もう少し無駄話をしても……」

私は当初の目的を忘れて、今は純粋にもっと蒼巳君との時間を過ごしたかった。

そう思ったのだけど、足の痛みがひいていった。

「あ、痛みがひいたっス。もしかして、治ったっすか?」

「多分ね。それじゃあ、僕はこれで」

「あれ?もう帰るんっすか?だったら一緒に……」

蒼巳君と一緒に帰ったことはなかったけれど、私は勇気を出してそう提案しようとした。

その矢先のことだった。

バン!

保健室の扉が乱暴に開かれた。扉の先にいたのは……

「ふふふ。ここにいるのはわかっているのだよ。ミナギン!」

紅糸紬さんだった。

でもミナギンって……

「ミナギンって誰っすか?」

わかっていた。本当はわかっていた。

蒼巳君の本名は蒼巳観凪。つまりミナギンとは名前の愛称なのだ。

でも私はその事実を認めたくなくて、否定してもらいたくて、訊ねた。

しかし返答は来なかった。

二人は楽しそうに話し始め、そして去っていった。

私は一人保健室に取り残されてしまった。

「噂、本当だったっすね」

どうして?どうして紅糸さんなの?

どうして……

「私じゃ、ないの?」



「うなぁ、眠いぃ。ここが限界点かぁ」

「勝率はえっと、私が257勝で紅糸さんが221勝。やった私の勝ちですね!」

「うなぁ、恐るべし強化系能力者」

「……」

本当に朝までゲームをしている二人がいた。

僕はというと夜の十時ぐらいで眠くなってきたので先に就寝させてもらっていた。

そんな僕にお構い無しに二人はゲームをしていたらしく、翌日の朝僕が起きてもまだ二人はそれを続けていた。

そして今ようやくそれが終わった。

「……朝ごはん、パン焼いたけど食べる?」

「あ、私頂きます」

「うなぁ、私はもうだめだ。長時間神経を集中しすぎた。寝落ちする。うな、うな、ぅなぁ」

バタン。

紅糸さんが倒れた!

「紅糸さん!」

「ぅな、ぅな、ぅな」

「……寝てる?」

寝てた。本当に体力の限界点までゲームをしていたらしい。

このままだと風邪をひいてしまうとおもい、紅糸さんにシーツをかけた。

「ぅな」

「これでよし、と」

「……あいかわらずお優しいんですね」

「普通だよ。ひまわりはパンに何つける?」

「苺ジャムで」

「はい」

紅糸さんが寝てしまったことで、ようやくいつもどおりの朝が訪れた。

いつもどおりひまわりと一緒に囲む朝食……なんかこそばゆいなぁ。

「観凪さんも後でどうですか?ゲーム」

「いや、僕はあれほど指が動かないよ」

「でも、楽しいと思いますよ。たとえ勝てなくても」

「やっぱり負けることが前提なんだ」

「誰かと一緒に何かを為す。それはとても素晴らしいことだと思います」

「ひまわりが言っていることは正論だが、君たちが先程まで行っていた行為は何も成し遂げていない、非生産的行為だから」

そう、あの時間に意味などなかった。

それでも、

「でも、後で少しだけやろうかな」

「本当ですか!?是非皆さんでやりましょう」

「絶対、僕勝てないだろうけどね」

それでも、僕はあの二人と同じ時間を共有したいと思った。

昔なら、それを意味がないことと笑って行うことをしなかっただろう。

完全に傍観者を気取っていただろう。

変わったのだ。僕はあの二人と出会った事により変わったのだ。

「ところでひまわりは眠くないの?紅糸さんとずっとゲームしていたんでしょ?」

「私は大丈夫です。強化系能力ですから、身体能力には自信があるのです」

「眠気も能力でどうにかなるのか……凄いなぁ」

「本当は昨日の昼間に熟睡していたから耐えることが出来たんですけど」

「やっぱり引きこもりは違うね」

引きこもりに昼夜は関係なかった。

そうだ。引きこもりで思い出した。

ひまわりの仕事。

僕は昨日ひまわりに仕事を探して来いと命じたのだった。結果はどうだったのだろうか?

物凄い期待は出来ないが、一応、念のためひまわりに訊ねてみることにした。

「そういえばひまわり。仕事探しはどうだったの?」

「あ、はい。私にあった仕事見つかりましたよ」

「そうか、やっぱり見つからなかったか。というか探す気がやはりなかったんでしょ?」

「え?観凪さん?見つかったんですけど」

「だからひまわりにはもっと積極的になって……………………………え?見つかったの!?」

「だからそう言ってます。酷いです、観凪さん」

だってまさかこのひまわりが仕事を見つけてくるなんて思いもしなかったから。

てっきり、僕に仕事を探せと言われ続けても『メイド一筋頑張ります!』とずっと自堕落に過ごしていくと思ったのに。

いやぁ、ひまわりを僕は見くびっていたのかもしれないな。

ひまわりの株が僕の中でちょっとだけ上がった。

「それで何の仕事をすることにしたの?」

「あ、ちょっと待ってくださいね」

「待つ?」

ひまわりは立ち上がってどこかに行った。

待つ?待つって何?

何で待たされるの?何が起こるの?

「えっさ、ほいさ」

「ひまわ、り?」

変な掛け声と共にひまわりらしき人物が現れた。

ひまわりと断定出来ないのは、身体の半分が大きなダンボール箱に隠れてしまっていたからだ。

ドン。

「これです」

「これって、なに?」

「これが仕事です。見てください、箱の中を」

言われたとおり箱の中身を覗くと、そこにはいくつもの花が敷き詰められていた。

しかし本物ではない。偽者の、つまりは……

「これは……造花?」

「そうです」

「……つまり、ひまわりにあった仕事というのは」

「はい。内職です」

「やっぱり引きこもりで人見知りは治ってなかった!」

そんなに簡単に治るものでもないか。

でも、まぁ、一応仕事だし、お金も入るだろうし、いいのかなぁ?

「引きこもりで人見知りの私に出来る仕事はこれしかないです」

「はぁ、僕としては普通の接客業などをして社会と関わってもらいたかったのだけれど」

「無理です」

「否定スピード早っ!自分にもっと自信を持ってよ」

「無理です」

「その即否定、なんだか悲しいよ」

何が原因でひまわりの自信をなくしているのだろうか?

あれだけの能力を有しているのにこれほどの劣等感を抱いている理由、僕はそれが気になったが聞けるわけなどなかった。

「観凪さん、観凪さん」

「何?」

「これで観凪さんも私をメイドさんだと認めてくださいますよね?」

ここでひまわりの無垢な笑顔。

うわぁ、可愛いなぁ。

やっぱり保護欲というか、なんかそういうものが働かされるよね。ひまわりって。

とにかく、仕事も見つけてきたし、そうだな。

ひまわりのメイドを認めてもいいかもしれない。

そうして状況に流されまくる僕であった。

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