とりあえず『正義』を倒そう(後編)
「先に言っておくことがある」
一触即発の空気の中、声をあげたのは紅糸さんだった。
「ミナギンは非戦闘要員だ。よって、どんなことがあっても手を出すな」
「紅糸さん」
その言葉に不覚にも感動してしまった僕だった。
紅糸さんはやはり優しい人だった。僕のこともちゃんと考えてくれている。
元はといえば紅糸さんの無茶から始まったことだけど、何故だか僕は紅糸さんのその心遣いに感謝した。
『心得ています。私も『正義』の端くれ。彼が戦いに慣れていないことぐらい肌でわかります』
今まで弱気発言が目立った黄虎さんも、雰囲気が違った。
おぉ、二人とも格好いいなぁ。
これが戦うものが纏うというオーラだろうか?
凄いなぁ、二人とも。
「もう一つ。ミナギンをここに呼んだのは、ただ単に私が一人で寂しかったからついてきてもらったのではないということを理解してもらいたい」
『どういうことです?』
?どういうことだ?
僕も黄虎さんも紅糸さんの発言をいまいち理解できなかった。
「私は人殺しをするためにあの果たし状を書いたのではないということだ。とりあえず力を誇示したいからあの果たし状を書いたんだ。人を傷つけるために私は世界征服がしたいのではない。綺麗事だと笑うかもしれないが、死傷者も負傷者も出したくない。故に……」
紅糸さんと目が合う。
「どちらが勝とうが負けようが、ミナギンに治療してもらう」
「え?」
ちょっと待って欲しい。そんな話は一言も聞いていない。
え?嘘でしょ?痛いのいやだよ。
ヘタレかと思うかもしれないけれど、最強を語る紅糸さんと『正義』の黄虎さんとの戦い。ただで済むような戦いになるとは思えない。
かなりの痛みを伴う戦いになるだろう。
そして傷を治すとなると、僕はその痛みを感じなければならない。
あれ?
どうしてだか、僕の仕事きつくない?
……しかしここまで乗りかかってしまった船だ。
今更降りるわけにはならない。
僕は(仕方が無くだが)突如紅糸さんが出した提案を飲むことにした。
「もっとも、私がやられるなんてことないがな」
紅糸さんは物凄い自信だ。
被り物が虎ではなく虎猫だと考えるようになってからは、見違えるほどその顔は自信に満ち溢れている。
それが言葉にも反映されているようだ。
『お言葉ですが、私にも必要ありません。敵の情けを受けるつもりは無いとかそういうわけではなく……私も負けるつもり、ありませんから』
そして黄虎さんも強気発言だ。
どうやら二人とも強さには相当の自信があるようだ。
果たして真に強いものはどちらなのだろうか?
互いに自身を最強の矛だと考えている両者。
どちらが矛盾を孕んでいるのか。それがもう少しでわかる。
「うむ、じゃあやるか!」
紅糸さんのその言葉が戦いの火蓋を切る一言となった。
それは規格外の力だった。
常人である僕にはとても目で追えない。
それでも。
それでも、戦況は一方的なものであることはわかった。
片方が攻撃を繰り出し、もう片方がその攻撃を受ける。単純な攻撃と防御の図。
それが数回、いや数十回繰り返されていた。
攻撃しているのは黄虎さんで、防御せざるおえない状況に陥らされているのは紅糸さんであった。
状況は変わる兆しを一向に見せない。
これは紅糸さんが決して弱いわけではない。むしろ紅糸さんの力はかなりのものだと見て取れる。
それでも、それでも、それでも状況は一変しない。
黄虎さんの攻撃は正に疾風怒濤。
素早く重い攻撃がその拳から繰り出されていた。
戦いの始めを合図する紅糸さんの掛け声の後、二人は同時に動いた。
動いた、と言っても紅糸さんはその場から動いたわけではない。『紬糸』の能力で黄虎さんを打倒するための武器を具現化させようとしたのだ。
紅糸さんの具現化にかかる時間は正に刹那である。瞬きをしていたら見逃してしまうほど早いだろう。
しかし、黄虎さんの動きはそれ以上に素早かった。
具現化にかかる刹那の時間にその距離を零までに縮め、そして拳を繰り出したのだった。
紅糸さんもだたで引き下がったわけではない。自分の攻撃が間に合わないと悟ると、攻撃のために具現化しようとしたものを諦め、防御のための具現化に切り替えた。
それはぎりぎり黄虎さんの拳を受ける盾になり、紅糸さんは攻撃を防ぐことに成功した。だがそれでも紅糸さんの体は数メートルばかり後ろに飛ばされることになったが。
それが戦況の全てだった。
後はその様子が永遠に繰り返されているだけだった。
黄虎さんの攻撃を紅糸さんは受けるしか術がなく、攻撃に移る隙さえ与えてもらえずにいた。
これが『正義』……噂どおり、いや噂以上の実力だ。
時間にしてみるとまだ一分の時間も経っていなかった。しかし紅糸さんたちはその時間の中で数百以上の攻防のやり取りをしていた。
それだけの攻防をしていたのだ。
痺れを切らしたとしても何らおかしなことは無かった。
つまり……
「う……」
思い通りにいかなくなった子供に限界が来ていたのだった。
「うなー!!」
空気が爆ぜたような大きな声。発したのは勿論紅糸さんだった。
「タイム!愚痴タイム!」
「愚痴タイムって……」
これは真剣勝負なんだぞ?そんな時間が認められるわけない。
『そうですね。それじゃあちょっと休憩にしましょうか?』
「認められた!」
『お菓子食べます?私のはもうないけれど、確か紅糸さんはうまひ棒と食玩があるんですよね?遅刻してきたんですからうまひ棒の一本ぐらいくださいよ』
「めっちゃフレンドリーですね!」
なにわともあれ、愚痴及び休憩タイムになることになった。
なんだろう、このグダグダの勝負は。
先程までの素晴らしい攻防が嘘のようだ。
『うまひ棒何味があります?私明太子が食べたいのですが』
「うっさい!お前なんてサラダ味で充分だ!」
『ひ、酷い。私、味が濃いのが好きなのに』
「そんなもんばっか食べてたら生活習慣病になるぞ!自重しろ!ほらサラダ味だ」
鞄からうまひ棒を取り出し、まるで友達に接するように渡す紅糸さん。
『うぅ。わかりました。ありがたく頂きます』
「私は明太子だな。ミナギンはチーズだ。ほらありがたく頂け」
「はぁ。ありがたく頂いておきます」
僕もそれを素直に頂くことにする。
と、ここである事件が発生した。
『あぁ!まだ明太子あるじゃないですか!そんなにあるんなら下さいよ!』
「うっさい!明太子は全て私のものだ!独占禁止法は適応されんのだ!」
『この無法者!独占禁止法の適応を今すぐに!』
「……バカですか?この二人は?」
きっとバカなのだろう。だからまともに相手にしてはいけない。
適当に、適当に相手をしよう。
『知ってます?うまひ棒ってこうやって掌で潰すと四つに綺麗に割れて食べやすいんですよ。あ、失敗した』
「あはは、バカだなぁ。もうやらんからな」
『うぅ、粉っぽくなりました。でも、食べられないわけじゃないですけど』
ムシャムシャ、パクパク。
……何?この遠足のような雰囲気。
僕ら何しにここに来たんだっけ?
『それにしても、紅糸さんって強いですね。接近戦に持ち込んで攻めきれないなんて初めてですよ』
「それを言うなら黄虎さんだって相当のものですよ。僕なんて全然目が追いついていかなかったですよ」
……僕も空気に飲まれていたり。
「それだ!それ!」
紅糸さんが声を荒げた。うまひ棒の食べかすが僕の顔に飛ぶ。
そんなに興奮しなくても。
「お前、動き早すぎだろ!何だあれ!私が具現化するよりも早く距離を詰めるなんて規格外すぎるだろ!おかげで全然攻めに回ることが出来ないじゃないか!」
『素早さが私の持ち味ですからね。先手必勝!やられる前にやれ、って感じです』
「だからってやりすぎだろ!私防御しかしてないんだぞ!何だ、それ!防御週間か!?今週の私は防御週間で攻撃には移れません、というのか!?」
「ちょっと、落ち着いてよ。紅糸さん」
「これが落ち着いていられるか!ミナギン、このままだと私たち負けてしまうぞ!」
負けてしまうのにお菓子タイムに入っている僕らがいた。
いやぁ、そういうわけで全然危機感が無い僕だった。
『でも、紅糸さんもちゃんと防御していたじゃないですか?あのままやっていても私切り崩せるかわかりませんでしたよ?』
「へぇ、そうだったんですか。よかったね、紅糸さん。あと少しやれば反撃できるそうだよ」
「それはお世辞だ!バカミナギン!あのままやってて私が反撃にうつれるわけないだろ!防御だってギリギリだったんだぞ!一見簡単に防御しているように見えるかもしれないが、あの素早い攻撃に合わせるのは超大変だったんだぞ!例えるなら高速で針の穴に糸を通すぐらい難しかったんだぞ!」
「……よくできたね」
というか、奇跡のレベルじゃないか?
「まあ私の集中力は常人には理解しがたい領域に至っているからな。うん、それぐらいならわけないのだが、長時間となると疲れるから嫌なんだ」
「はぁ、そうですか」
「それで、どうするミナギン?このままでは私たち負けてしまうぞ」
「どうするって言われてもなぁ」
僕に戦術指南を行ってくれと言われても困る。
僕はそういうものを学んでこなかったので、ここでそれを問われたところで紅糸さんが求めている回答を出すことが出来るわけがない。
と、思ったのだけど一ついい案が浮かんだ。
「そう言えば紅糸さん」
「何だ、ミナギン」
「紅糸さんって戦いになったら攻撃のための武器を具現化するんだよね?」
「うむ、そうだが」
「それで、その具現化が間に合わないから黄虎さんの攻撃に対して防御に回るしかなくなってるんだよね?」
「うな、何だその質問は?嫌がらせか?遠まわしに具現化が遅いって言われてるのか?私の能力がまだまだだって言われてるのか?」
「いや、そうじゃなくて。それならさ、戦いに入る前に具現化してから戦いに臨めばいいんじゃないの?」
「うな?」
「そうすれば先にかどうかはわからないけど、攻撃に入ることは出来るんじゃないかな?」
うん、これは思いのほかいい案だ。
しかしどうして紅糸さんはそうして臨まなかったのか、甚だ疑問である。
明らかにそちらのほうが有利に進めるというのに。
紅糸さんは俯いて、そして何故だかプルプルと震えだした。
「ば」
「ば?」
「バカー!!」
また爆発した。
なんだかわからないが、紅糸さんの逆鱗に触れてしまったらしい。
「バカミナギン!お前は本当にバカだな!」
「え?え?何が?」
「一からか!ミナギンには一から教えないとダメなのか!そこまでダメな子なのか、ミナギンは!」
「えっと、何で怒ってるの?紅糸さん?」
「いいか。この世の中にはお金では買えないものがある。それは何だ?」
「……」
僕は少し考えて、そして答えに至った。
「思い出?」
「う、うな」
「紅糸さん?」
「お、思いのほかうまいこと言ったな、ミナギン」
「それはどうも」
「だが、それは私の求めていた答えとは違う」
「でもお金で買えないものなんてたくさんあるよ。紅糸さんが求めているものなんてわかるわけないじゃないか?」
「バカ!ミナギンと私は何年一緒にやってきてるんだ!」
「一年も一緒にやってきてませんが」
「うな!」
実際には一ヶ月も一緒にやっていない。
そんな間柄の僕たちにツーカーで伝えるなどという芸当が出来るわけがなかった。
「全く、ミナギンは空気が読めないから困る」
「紅糸さんの空気が読める人が僕は見てみてみたいよ」
「ミナギンが頑張ってそうなれ。それで話を戻すが、お金では買えないもの。それはプライドだ」
「自尊心?」
「……うな?何だ、それ?」
「いや、プライドのことだよ。日本語で自尊心」
「何で日本語なんて使うんだ!ミナギン、貴様日本人か!」
「日本人だよ!生まれも育ちも日本だよ!」
「ミナギンはああ言えばこう言うな!何だ、弁護士にでもなるつもりか!口喧嘩最強を目指しているのか!」
「目指してないし、ただのツッコミだし!」
紅糸さんと接することで僕のツッコミのスキルはぐんぐんと上がってきているように思える。
そんなどうしようもないスキル上げたくはないのだけれど。
「まあいい。話を戻すぞ。お金で買えないもの、それは自尊心だ」
「何で日本語に直したの?」
「うっさい!格好いいと思ったから言い直したんだ!文句あるか!」
「いえ、無いです」
ここまで開き直られたらなんとも言えない。言えるわけが無い。
「私たち具現化系能力者の自尊心っていうものを、全くミナギンはわかっていないようだな」
「僕、具現化系能力者じゃないし」
「具現化系能力者には自信がある。それは何よりも、誰よりも早く自分の思ったものを具現化できるという自信が。例え先に具現化してそれで勝利したとしても何の意味もないんだ。わかったか?ミナギン」
「戦いに負けたら自尊心も自信も無いと思うのだけど」
「うな!」
それらは勝って初めて得ることが出来るものじゃないかと僕は考える。
「うーなー……うっさい!自尊心を無くしたら人間お終いなんだ!それはきっと無くしちゃいけないものなんだ!だから私は絶対にそれはしないんだ!」
「そうは言ってもなぁ」
このままだと僕らの勝率は限りなく零に等しい。
それはまずい。限りなくまずい。
黄虎さんは悪い人じゃないのは、何となく接していてわかった。
しかしそれは必ずしも『正義』全体が悪ではないという根拠にはならない。
かつて数百という人物がいた『フェンリル』を殲滅した『正義』。
一人残らず殺しきった『正義』。
それに喧嘩を売った僕ら。
黄虎さんが許してくれても、他が許してくれるとは限らない。
だから、グダグダになってはいるがこの戦い、負けるわけにはいかないのであった。
「黄虎さん」
『はい?』
そういうわけだから、紅糸さんの自尊心はとりあえず無視して話を取り付けることにした。
「黄虎さんは、紅糸さんが先に具現化することは許せませんか?」
普通に考えればNoであろう。
わざわざ自分に不利になる状況を飲み込んでくれるわけが無い。
……わけがないのだが。
『いいですよ』
あっさり飲んでくれる黄虎さんだった。
それは自信の表れなのか、それとも何も考えていないだけなのか?
今までのやり取りを見る限りでは後者のような気がしてならないのだが、それは決して口に出していっていいことではないので自重する僕だった。
「ほら、黄虎さんもそれでいいって言ってくれたんだし、そうしようよ。紅糸さん」
「うなー。いやダメだ」
「何でさ?具現化していれば勝てるかもしれないよ?」
「敵に砂糖を送られて喜ぶ奴がいるか?」
「塩だよ」
「私は砂糖のほうが好きだ」
「敵に砂糖を送られたら喜ぶの?」
「角砂糖なら大いに喜ぶな。あれはそのまま食べても美味しいからな」
「紅糸さん、敵に砂糖を送られて喜んでるじゃん」
「うな?」
「いや、『敵に砂糖送られて喜ぶ奴がいるか?』って質問したでしょ?で、紅糸さん角砂糖なら喜ぶんでしょ?なら敵に塩送られても別にいいんじゃないの?」
「ちょっと待て。今頭の中を整理するから…………………………………………………………………………………………………………………………うな!うな!うな!確かにその通りだ!しまったどうしよう!?」
「黄虎さんの好意を受けて具現化してから戦いに臨むべきだと思うよ」
「それは無しなの!敵は敵なの!そこはいい加減わかれ!」
あー、つまりどうあっても具現化したうえで戦いには臨みたくないということだな。
そこは譲りたくない紅糸さんの自尊心らしい。
「それならどうすればいいのさ?このままだと紅糸さんの勝ち目は薄いんじゃないの?」
『そんなことないと思いますよ。私の体調が悪ければ勝利できると思いますよ』
「まさかのフォローありがとう御座います。でもそれって今のままでは僕らに勝ち目はないってことですよね?」
「いや勝ち目はないわけではぞ。ピンポイントで黄虎に隕石が落ちてくれば無条件で勝利だ」
「それは天文学的な確率だね。それほどまでに僕らの勝利は薄いというわけだね」
もう帰りたい。
帰って今日のことをなかったことにしたい。
明日起きたらまた今日が始まるような能力が欲しい。そして今すぐ使いたい。
『あ、でも紅糸さんが攻撃に移れればどうなるかわからないですよ。紅糸さんの殺気凄まじいですから、攻撃を行われると思うと怖いですね。まあ、だからこそ私は必死に攻めて紅糸さんに攻める暇を与えませんけどね』
「結局勝てないんですね、僕ら」
「いや、待てミナギン。今、物凄い名案が閃いた!ものすっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっごい名案が閃いた!誉めろ!ミナギン!」
凄い溜めが逆に僕を不安にさせた。
何か、聞きたくないんですけど。その名案。
でも聞かなければならないんだろうな。そうしないと先に進まないしなぁ。
「……それで、その名案とは?」
「うむ、協同戦線だ。そうだ何故私はそこに気付かなかったのだ?勝利への道は意外なところにあったんだ」
「協同戦線?」
協同戦線ということは、力を合わせて敵と戦うということだ。
誰と誰が力を合わせて、誰に立ち向かうというのですか?
えっと僕と紅糸さんが仲間で、黄虎さんが敵ということだから……僕と紅糸さん以外仲間は存在しないから……
「前座、ミナギン!頑張って私が具現化する時間を稼げ!」
「ちょっと待って!!ホント、ちょっと待って!!」
それは選択できる戦略の中でも最悪に近いものだと僕は思った。
というか、人柱だ。しかもその人柱の役が僕だった。
「紅糸さん言ったよね?僕は非戦闘要員だからどんなことがあっても手を出すな、って?先程言ったばかりだよね?」
「うん、言ったな。確かに言った。でも、あれ心にもないことだったし」
「あの台詞にちょっと感動した僕がバカじゃないか!」
「心にもないことだから前言撤回する。蒼巳観凪!私の勝利のためにその命差し出せ!」
「待って、待って、本当に待って!」
この流れはまずい。
このままだとトントン拍子に事が運ばれてしまう。
ここはこの議題を却下させるための仲間を作る必要がある。
「黄虎さん。いくらなんでも二対一は認められないですよね?」
いくら大らかな黄虎さんだって自分が不利になる条件を飲むわけがない。
うん?あれ?
さっきも似たようなことを聞いた覚えがあるぞ。
確かそのときの答えは、
『別にいいですよ』
「また簡単に認められた!」
「ふふふ、ミナギンが却下しても二対一で私の案が認められるな。この国は民主主義で多数決は絶対だからな」
「多数決の権利なんかより僕の人権は!?絶対僕瞬殺されるんだけど!」
「そんなことはない!ミナギンなら出来る!」
「何を根拠にそんなこと言うの!?」
「私は知っているんだぞ。ミナギンが放課後に人知れず修行しているの」
「してないよ!そんなこと一度もしたことないよ!」
「ええぃ!うるさい!うまひ棒もう一本やるから黙って引き受けろ!」
「僕は十円で命を投げ出すほど安い人間だと思われているのか?」
『それじゃあ話が纏まったところで、また戦り合いますか?』
「話纏まってないよ!」
流された。
結局流された。
僕は人の意見を強く否定できる人間ではなかったのだ。つまるところ、それが原因であった。
紅糸さんの提案で僕はこれから死地に向かう。
前座、僕対黄虎さん。時間を稼いでいる間(僕が瞬殺される間)に紅糸さんが武器を具現化して攻撃する、というのが今回の流れだ。
僕は確信する。この計画は絶対に失敗すると。
だから僕は人生を振り返った。
振り返って考えてみると、流されっぱなしの人生だった。そんな人生もここで終わりだ。
いや、でも黄虎さんはああ見えて優しそうなところがあるから、命ばかりは助けてくれるかも……
戦いを始めるために黄虎さんと対面した。
…………表情はその虎のマスクによって見えないが、闘気のようなものがひしひしと僕の肌に伝わってきた。
戦いの素人の僕にでもわかる闘気。
それに少しあてられただけで、僕の背中は冷や汗をかいていた。
『先に断っておきます』
「は、はい」
『うらみっこなしですよ?』
「………」
それはどういう意味だろうか?
殺すつもりでやるけれど、死んでも化けては出るな。ということだろうか。
どうする?どうすれば僕は無事でいられる?
必死で頭を働かせる。もう手遅れのような気はするのだが、それでも最後の悪足掻きとばかりに僕は生き残る術を考えていた。
『紅糸さん。開始の合図はどうします?』
そんな僕の検討も虚しく、戦いは始まろうとしていた。
うわぁい!ちょっと待って!
紅糸さんはというと、僕の三メートルぐらい背後に立っていた。
だから必然的に(?)、紅糸さんを捉えるには僕を打破する必要があるというわけだ。いや、本当はなくてもいけるのだろうけど、話の流れ的に僕は確実にやられるはずだ。
「コイントス。コインが地面についた瞬間を戦いの開始の合図とする」
『今回はコンマ零秒の戦いになりそうですからね。それでいきましょう』
「コイントスはお前かミナギンがやれ。私がやった場合、ミナギンがそれを視認することが出来ないからな」
紅糸さんは僕の背後にいるわけだから、紅糸さんがコイントスを行った場合僕の背中に目がついていない限りその様子を視認することは出来ない。
故にコイントスを行うのは僕か黄虎さんだ。
ただコインを投げるだけ。
さて、どちらが行うとしよう。
『どちらがやります?公平にじゃんけんで決めましょうか?』
「どちらでも……いや、やっぱりじゃんけんをしましょうか」
どちらがやっても結果は同じであったが、しかし僕は二つの理由が為にじゃんけんでコイントス役を決めることに賛成した。
理由の一つが、単純に時間を稼ぐことが出来ること。
僕は今一秒でも引き伸ばしたい状況に立っている。その状況で勝負が長引く可能性があるじゃんけんを行うということは非常に望ましいことである。そう、じゃんけんはあいこになる限り永遠に続くことが出来るのだ。
二つ目の理由は、じゃんけんによってその人物の性格が判断できるのではないか、と考えたからだ。人が行動を起こす時、そこには必ず個性というものがついてまわる。その個性をじゃんけんによって引き出し、個性を知ることで来る戦いを有利に進めることが出来るのだ。きっと。
『最初はグー、でいいですか?』
「いいですよ」
黄虎さんは『最初はグー』を希望してきた。
まずそこから導かれる性格は……
性格は……
「わからない」
『はい?』
いくら考えてもわからない。
よくよく考えれば、何だ?じゃんけんによる性格診断って。
そんなものがあるのか?
例えあったとしても、僕はそれを一切知らないのだから、じゃんけんによって黄虎さんの性格を知ることは不可能とも言える。
いきなり頓挫してしまった僕の計画。
果たして僕は無事に今日を終えることが出来るのだろうか?
『あの、続けてよろしいですか?』
「あ、はい。すいません。ボーっとしちゃって」
『いえいえ。それじゃあいきますよ。最初はグー』
お互いにグーを出す。
ここでパーを出して勝ちを頂くなど無粋な真似はしない。
そんなことをするのは子供の頃までだ。
『じゃんけん……』
そして手を引っ込めて、
『ぽん』
両者の手が再び合間見える。
“グー”と“グー”。
結果はあいこであった。
「……」
『あいこで……』
黄虎さんの『あいこで』の掛け声の中で僕はある一つの結論に達した。
黄虎さんの性格は、おそらく単純だ。
最初はグーの次にグーを重ねてくるものは、じゃんけんを考えなしに行うものの可能性が高い。
そして単純なものはグーの後にチョキを出す。日本人の潜在的に植えつけられたじゃんけんの順番に、グー、チョキ、パーの順番がある。
グーの後はチョキ。
単純な日本人なら高確率でその目を出す。
それなら僕が出す手は決まった。
『しょ!』
案の定、黄虎さんが出した手はチョキだった。
そして僕の出した手もチョキだった。
そう、出来るだけ勝負を長引かせたい僕はあいこになることを望んでいるのだ。
『あいこでしょ!』
「……」
『あいこでしょ!』
「……」
『あいこでしょ!』
「……」
『あいこでしょ!』
「……」
『あいこで……』
「……」
そうして数十回以上のあいこを繰り返してようやく、
『あいこでしょ!あ、負けた』
「あぁ、勝っちゃったか」
僕の勝利でじゃんけんは終わった。
負けても良かったのになぁ。まあこれで黄虎さんの性格は粗方判断できた。
なんだかんだ言って判断できた僕だった。
その結果があいこ数十回であった。
よく考えれば、それだけをやってきた時期もあったのだ。僕が他人の思考がわかってもおかしくはないのだ。
『しかし、白熱したじゃんけん対決でしたね。ここまであいこになったのは初めてでしたよ』
「……」
それは僕が意図したものだったが、勿論それを口に出しはしない。
単純な黄虎さんにはそう認識してもらっていたほうがやりやすいからだ。
さて、どうこの危機を回避するか?
僕の中で案は既にいくつか考え出されている。
逃げ出すのが生き延びるには一番だが、しかしそれを選んだ場合紅糸さんの機嫌を損ねる可能性が高いので却下。
ここは一番下らなくバカらしい方法で時間を稼いでみることにしてみよう。
「それじゃあコインを投げますね」
『はい』
指先でコインを弾く。
コインは大きく弧を描いて、地面に吸い付いていき、そして、
キン!
コインは地面についた。
『!!』
「!!」
「……」
それぞれが取った行動は三者三様。
黄虎さんは僕に狙いをつけて迫ってこようと身構えたし、僕からは見えないけれど紅糸さんは具現化能力を開始したに違いない。
そして僕は、
「上は大火事、下は洪水。さて、何だ?」
黄虎さんにクイズを出した。
『お風呂です!』
僕に迫りながら答えを言う黄虎さん。
「違いますよ。お風呂の場合は逆でしょ?」
ぴたりと黄虎さんの動きが止まる。
『え?嘘です?だってその問題出されたことがありますよ。その時の答えはお風呂でした』
「その時の問題は下は大火事、上は洪水だったのでしょう?今回は逆です」
『それじゃあ答えは?』
「……」
時間稼ぎはそれだけで充分だった。
そう、今回求められた僕の仕事は時間を稼ぐこと。決して、黄虎さんを打破することが目的ではない。
それならば、いくらでも方法はある。
黄虎さんの性格を判断した僕にとっては、そんな方法いくらでもあったのだ。
「ふふふ、よくやったぞ。ミナギン」
『!しまった』
「ミナギンの協力によって、具現化は完成した」
僕は振り返って紅糸さんを見た。
……何か右腕が物凄い大きくなっていた。そして紅かった。
おそらくあの右腕が具現化したものなのだろう。
「私の現在使用する技で最強の攻撃力を誇る技だ。喰らったら物凄いことになるぞ」
『くっ!私としたことが油断をするなんて!』
「いや、最初から最後まで油断しっぱなしだったじゃないですか」
「わかるか?このプレッシャーが?わかるだろ?お前凄い能力者だからな。この攻撃を受けて無事に済んだ奴はいない。もっとも他に喰らわした奴はいないけれどな」
「いや、凄いのか凄くないのかよくわからないんだけど」
僕にはよくわからないのだけど、黄虎さんにはよくわかったようでその場から一歩も動けずにいた。
蛇に睨まれたカエル状態だ。
紅糸さんは一歩一歩黄虎さんに近づく。
黄虎さんは動けない。
「今までのお返しだ!喰らえ!」
『!!』
紅糸さんが手を振り上げた。
黄虎さんが逃走の為に動きを見せた、がもう遅い。
「乙種対人能力『でっかいパンチ』!」
「必殺技名、格好悪っ!」
『うきゃー!』
必殺技名は格好悪いけど威力は物凄かったようで、その『でっかいぱんち』を受けた黄虎さんは星になった。
もっとわかりやすく言うと、遠くに飛んでいった。
キラーンと効果音がつくほどに遠くに飛んでいった。
「……すごい飛んだね」
「そりゃそうだろ。何てったって私の現時点最強の必殺技だからな。あれぐらい飛んでも何ら不思議はないだろう」
「大丈夫かな?黄虎さん」
「何だ?ミナギン。敵を心配するのか?」
「確かに今回は僕らの敵だったけどさ、何だか黄虎さんって憎めない性格をしていたじゃないか?」
一緒にお菓子も食べたことだし、無駄な話もした。
情が移ってもおかしくはなかった。
「うむ、あいつ顔は怖いけど面白いやつだったな。まあ、あれだけの腕前なんだ。大丈夫だろ?根拠はまったくないけどな」
「でも最強の技だったんでしょ?」
「最強だけど攻撃面積が広いからその分殺傷力は低いんだ。敵を倒すことよりも退場させることに重きを置いた能力だな。今知ったぞ」
「もっと自己分析してよ」
ともあれ、僕らの最初の戦いは見事勝利に終わった。
あの『正義』に対して僕らは勝利を挙げたのだった。
あの『正義』に対して……
「って、忘れてた!」
「うん?どうした、ミナギン?」
「『正義』だよ!あの『正義』に対して喧嘩売って、しかも勝利しちゃったよ!僕らどうなっちゃうんだよ!」
「知るか!」
「まさかの逆ギレ!」
「『正義』に勝ったんだからもっと喜べ!これから打ち上げでもやるか?」
「文化祭の終了後か何かですか!?悪いけどそんな気になれないよ」
「何だ、ノリが悪いなぁ。つまらん」
「紅糸さんのノリがわかるにはもう少しかかるんだよ。今日は疲れたからもう帰宅させてもらうよ」
「うな。そうか……送っていこうか?」
「逆でしょ、普通は。まぁ、僕らにはそれが相応しいかもしれないけれど、必要ないよ。一人で帰れる」
「そうか。じゃあまた明日な」
「うん、また明日」
人々に畏怖された『正義』に勝利した僕らだったが、その後の流れは割と淡白なものであった。
それはおそらく『正義』に勝利することなど僕らにはどうでもいいことだったからだ。
僕らの目的はそんなところになどなかったのだ。
僕の住処は高級マンションの一室であった。
地上から数十メートルの一室。僕の両親が遺した多くのものの一つだった。
その一室に僕一人で住んでいる。
両親はいない。
数年前他界したからだ。
この部屋に戻ってくるたびに、僕はその時のことを思い出す。
あの凄惨な光景を。
赤い人、赤い部屋、嗤う子供……僕を見て嗤う子供。
赤い人を**ながら、赤い部屋で、僕を見て嗤う子供。
そんなことが起きた部屋だが、僕は帰らなければならない。
ここ以外に変える場所がないのだから。
鍵を差し込み、扉を開けた。
『うぅーん』
部屋の中でさっき見た人が倒れていた。
あまりのことに僕は現実を逃避して、扉を閉めた。
「何だ?今のは?」
疲れているから変なものが見えてしまったのだろうか?
うん、そうだ。
きっと、そうに違いない。
僕は扉を再び開けた。
『……うー』
やはり見覚えのある人が倒れていた。
頭痛い。
その物凄い不運の確率に僕は頭を痛めた。
いや、確かにかなり上空に凄い勢いで飛ばされてたけどさ、それは僕のマンションの方に飛ばされてたように見えたけどさ、ピンポイントで僕の部屋に墜落しなくてもいいんじゃないか?
倒れている人物は気を失っているのか、うなり声はあげるものの一向に起きる気配がない。
「どうしよう?」
このまま逃げるのが得策なのだろうが、この人はそれほど悪い人には思えないので起こすことにしよう。
「黄虎さん。黄虎さん。起きてください」
倒れていたのは黄虎さんであった。
どうやら紅糸さんの攻撃を受けてここまで飛んできたらしい。どれだけ天文的な確率が起こったんだよ。
どれだけ今日の僕は不運なんだよ。
まあ、いいや。
『うっ、うぅ』
黄虎さんが身体を起こした。
「あ、起きました?」
『ぐ、ぼ、が、ず、だ』
「……はい?」
『ぶ、じ、ぎ、じゃ、ど』
「……故障ですか?」
黄虎さんは首を傾げて、そしてその虎の仮面を取った。
「みたいですね」
「……は?」
「どうしました?」
僕は目が点になった。
虎の仮面を取った黄虎さんは、可愛らしい顔をした女性だったからだ。
「あの、そんなに見ないで下さい」
「いや、あの、ごめんなさい」
お見合いのように目を伏せあう僕ら。
何だこの気恥ずかしい空気は?
というか、黄虎さん女性だったの!声は物凄いダンディだったのに。今の声は可愛らしいものなのに。あれは変声機でも使っていたのだろうか?
「その、私がこんなことを言うのもなんですけど、どうしてこんなところにいるんですか?」
「それは僕が?それとも黄虎さんが?」
「あの……両方で」
「僕がここにいる理由は、ここが僕の家だからです」
「あ、そうなんですか?えっと、お邪魔しています」
「あ、えっとお邪魔されてます」
二人して頭を下げる。
き、気まずい。
「それで、私がここにいる理由は?」
「それは……」
「も、もしかして!」
「?」
「もしかして……私にいやらしいことをするのが目的ですか!」
「ぶはぁ!」
また厄介な思考パターンをしたものが現れたなぁ。
「あの後気を失った私をここまで連れ込んで、いやらしいことをするんですね!」
「あのですね」
「戦いに傷ついた私にいろいろするんですね!」
「だからですね」
「鬼ですね!悪魔ですね!鬼畜ですね!」
「話を聞け!」
「ひっ!」
黄虎さんは怯えてしまった。
そんな子犬みたいな目をされて僕を見られても……
「あのですね、僕が帰宅してみたら黄虎さんが倒れていたんです。それで今起こしてみたところです」
「そ、そうなんですか?本当にそうなんですか?」
「本当にそうなんです。大体、僕は黄虎さんが女性だと知らなかったんですから」
「そんな!酷いです!私に女性的な魅力が無いと言うんですね!」
「そういうことじゃなくてですね……あぁ!めんどくさい!」
虎の仮面を被っていたときから思っていたことだけど、ネガティブ思考がめんどくさいな。
それでも一から説明しなければならないんだろうなぁ。
「黄虎さん。仮面を被っている時は男らしい声をしていたじゃないですか?誰だって男性だと思いますよ」
「でも身体の大きさとか見ればわかるんじゃ」
「ダッフルコートに身を包まれてたらわかりませんよ」
実際僕は少し小さい男性だと思っていたのだし。
「どうして虎の仮面なんて被っていたんですか?それに変声機まで」
「えっと、その、私人見知りが激しくて……あの対人恐怖症って言えるぐらいに人見知りで、だから」
「そんなんでよく『正義』をやっていられますね」
「仮面を被っていれば何とかできるんです。目と目を合わせるのが怖くて……」
「じゃあ今僕と話しているのも苦痛なんですか?」
「す、少し」
また俯いてしまった黄虎さん。
さて、どうしたものか?
「うん?ちょっと待ってよ?黄虎さんは紅糸さんに飛ばされてこの部屋まで来たんだから……この部屋に入ってきた方法は……」
「あの、どうしたんですか?」
僕は窓のほうに目をやると、案の定窓は無残に割れていた。
「あちゃー」
「あ、これ。もしかして私が飛ばされてきたからですか?」
「うん、まあそうなんだけど。不可抗力だから仕方がないんじゃないんですか?」
「私のせいで、私のせいで、私のせいで……」
「あ、あんまり悪い方向に考えないで」
めんどくさい。本当にめんどうくさい。
強いし、可愛いんだからもっと自分に自信を持てばいいのに。
「ど、どうしましょう?べ、弁償とかしたほうがいいですか?で、でも私のお給料少ないし、そもそもあまり働いていないから無一文に等しいんですけど。ど、どうしましょう?本当にどうしましょう?」
「大丈夫だから。そんな悲観的にならなくても大丈夫だから」
「で、でも」
「あぁ、もうめんどくさいなぁ。僕の能力を忘れたんですか?僕の能力は治す能力。それは別に生物限定というわけではないんですよ」
「え?」
「だから物でも直せます。むしろ物は傷みを感じない分……いえなんでもないです。ともかく直せるんです」
「ほ、本当に?」
「いいから黙って見ていて下さい」
僕は『時観』の力を使い、窓ガラスの過去の状態を観測し、そしてその時の状態に戻した。
その所業は正に一瞬の出来事。手品のように窓ガラスはいつもの状態に戻った。
「す、凄い」
「誉めてくれてありがとう御座います。僕の、自慢の能力ですから」
そう彼らが残してくれた、僕の能力だ。
「治癒の力とは珍しいですね」
「そうでしょうか?よくわかりません……あれ?」
「?」
黄虎さんをよく見てみると、右足に切り傷があった。
窓ガラスを割ってこの部屋に入ったときに、割れたガラスで切ったのだろうか。
「ど、どうしたのですか?も、もしかして私にいやらしいことを!」
「そのネタはもうどうでもいいです。足です」
「あ、足フェチだったんですか?」
「勝手に僕のフェチズムを決めないで下さい。黄虎さん。足、怪我してるじゃないですか?」
「え?あ、本当ですね」
「ちょっと見せてください。治しますから」
「そ、そんな。悪いですよ」
「悪くないです。僕は人を治すのが趣味みたいなものですから、いいから勝手に治されていればいいんです」
「い、意外と強引なんですね」
「怪我人に対してだけです」
僕は黄虎さんの許可も取らないまま彼女の患部を観る。
そして正常であった状態に戻した。
そのときに右足に鋭い痛みが奔ったが、その痛みを表情に出さないように我慢した。
「あ、治った」
「よかったですね」
「……」
対人恐怖症であるはずなのに、僕をじっと見つめる黄虎さん。
何か言いたげな瞳をしているのだけど。
「えっと何か?」
「優しいんですね」
「え?」
「蒼巳さんは優しいんですね」
「ただの八方美人なだけですよ」
「私、窓ガラス割ってしまったし、怪我も治してもらったのに何も出来ないで」
「そんなに卑下しなくても」
元はといえば紅糸さんが吹っ飛ばしたのが原因なのだ。
黄虎さんは何も悪くない。
何も悪くないはずなのに、ネガティブ思考の彼女は全て自分のせいにしてしまうのであった。
「わ、私決めました!」
「何を?」
「私、メイドになります!」
「……はぁ」
「迷惑かけてしまった蒼巳さんのメイドになります!」
「……は、はぁ!!」
何か変な決意をし始めた少女がそこにいた!
「あ、黄虎というのは仮の名前で、私の本当の名前は橙灘ひまわりと言います。不束者ですがよろしくお願いします」
妙な同居人が増えてしまった瞬間だった。




