とりあえず『正義』を倒そう(前編)
新たな能力……それが人間を精神的に成長させたかというと、そうではなかった。
むしろ逆である。
個性的で、人によって差があるその能力は人をさらに傲慢にさせた。
隕石が地球に衝突し数年後。世界各国で新たな能力を使った犯罪が急増した。
日本も例外ではない。
それどころか能力を悪用する組織が出来たほどだ。
組織『フェンリル』。
組織名の由来は定かではないが、その脅威に日本政府は恐怖した。
能力者による犯罪。それを抑止するために日本政府がとった対策は酷く単純なものであった。
『毒をもって毒を制す』
つまりは能力者には能力者をぶつけてしまえ、というものだった。
犯罪抑止の為に設立された組織名は『正義』。
能力者による犯罪抑止の為ならいかなる手段をとっても構わないと許可された組織だった。
今から数年前。『フェンリル』と『正義』は真っ向から対立して、真っ向から勝負した。
そのときの『フェンリル』の構成員の数は数百にも上ったという。
対して『正義』の人数はたったの七人。
その戦争は一晩で決着がついた。
『正義』の勝利という結果をもって。
しかもただの勝利ではない。『正義』はその力を持って『フェンリル』の人間を全てを虐殺した。
それは公にされることは無かったが、しかし噂は広がり知らぬものはいないほど有名な話となった。
以後、日本における能力者による犯罪は極端に減った。
どんなに便利な能力を持っていても、『正義』に裁かれるのではないかと心のどこかで引っかかり、犯罪は減ったのだった。
『正義』はいつしか皆が恐怖する存在となっていた。
『正義』の事務所は隕石が落ちた町に存在した。
新たな能力は隕石の落下によるものが大きく、またその近くに住んでいる人間ほど能力を開花しやすい。つまり隕石に近い町ほど、能力による犯罪者が多いということで『正義』の事務所はそこに存在した。
現在事務所にいる人間は一人。
二十代前半の若い男であった。
その男は仕事もせずに欠伸をしながらテレビを観ていた。
「つっても、仕事ねーし」
ナレーションにツッコミをいれてくる、とても空気が読めない男だった。
「俺ら『正義』は基本的に暴力や殺人など、凶悪な行為にその能力を使う人間を裁くために組織された人材であって、コソ泥とか万引きとかに能力を使うようなコスイ人間に興味など全くないのだった」
勝手に現状を説明し始めた便利な男であった。
「ちなみに今のジャスティスは六人だ。他の四人は出張で日本のどこかで凶悪犯と対峙していることだろう。そして残りの一人は……」
『おはようございます』
やけにダンディな男の声でそれは入ってきた。
「このように遅刻だ」
『遅刻ではないです。昨日寝るのが遅かったので寝坊してしまっただけです』
「遅刻じゃねえか」
入ってきたものの顔は人間ではなかった。リアルな虎の顔。
といっても亜人ではなく、ただ単に人間が虎の被り物を被っているだけだった。
先にいた男はその光景がいつものことなのか、特にそのことについてツッコムことはなかった。
『風雲さんが早すぎるだけですよ。いったいいつからいたんですか?』
風雲と呼ばれた男は視線をテレビに戻して、その回答を言った。
「昨日から」
『帰ってないだけじゃないですか』
「うっせーな。遅刻よりはマシだろ。あんまり遅刻が続くようだと首にするぞ」
『風雲さんにそんな権限は無いでしょう?』
「ねえけど。だからといってお前頻発させんじゃねーぞ。遅刻は癖になるからな。時間を守れない人間は最低だ」
『すいませんが、来週のこの曜日も遅刻してきていいですか?』
「お前、ぶっとばすぞ。と言いたいが、先に理由を聞いてやる。理由はなんだ?」
『昨日やってた深夜アニメが面白かったんで、来週も見ようかと』
「お前、ぶっとばすぞ!」
『次週の内容が気になるんです!内臓破壊兵器ドペチャちゃんの前に現れた、五体切断兵器ギロチンちゃん!二人の人類の虐殺を賭けた戦いが今始まるんです!』
「お前、バカだろ!なんだ、そのアニメ!まあ、俺も実は観てたけど」
『観てたんですか!ギロチンちゃん可愛いですよね!』
「俺はどちらかというと、ドペチャちゃんかな。『あなたの弾けた心臓に胸きゅんよ』の台詞がツボだ」
そういうアホな会話に花を咲かせる二人がそこにはいた。
今日も『正義』の事務所は平和であった。
『そういえば、風雲さん』
深夜アニメの話も一段落し、虎顔は手に持っていた封筒を風雲という男に見せた。
「なに、それ?」
『事務所の郵便受けに入っていました。中はまだ見ていません』
「どこから?」
『書いてません』
「中に書いてあるかもしれないな。とりあえず、開けて読んでみ」
『了解です』
顔の割りに(被り物だが)細い手で、封筒を開ける虎顔。
『えー……読みますよ。
手紙を人に書くのは初めてなので緊張します。うまく書けるかどうかわかりませんが、どうかその海のように広い心で読んでくれると嬉しいです。
私は紅糸紬という者です。誠に勝手ながら、……
畏まるのも飽きたな。うん飽きた。飽きるのはいけないな。飽きは人を腐らす。
つまりだ。今の世の中は腐っていると思う。うん。私は思う。
故にだ。
私はここに宣言する。
世界征服をする!!
どうだ。正義の味方である『正義』はこんな私を止めなきゃダメだろ?
回りくどく書いたがこれは果たし状だ。
ということで、勝負だ。
日時は今日の16:45。
場所は裏山公園の横にあるでっかな空き地。
雨天不決行。
おやつは315円まで。もちろんバナナはおやつに入りません。だってあれデザートだろ?デザートとおやつは全く違うものだろ?バナナがおやつに入ると言った奴はアホなのか?だってそうだろ?それならお弁当に入っているパイナップルはおやつなのか?酢豚に入っているパイナップルもおやつに入るのか?違うだろ?そんなことないだろ?果物はおやつではなくあくまでも果物なのだ。よってバナナはおやつではない。いくら持ってきても構わない。断っておくが私はそれほどバナナが好きなわけではないからな。あ、ちょっと待て。今のなし。
仕切りなおして……
そ、そんなに好きなわけじゃないんだからね!!
どうだ?ちょっとツンデレっぽくしてみた。燃えたか?萌えただろ?
ちなみに私のお菓子はうまひ棒10本と食玩『世界拷問具』だ。
うまひ棒でお腹を満たし、食玩で心を満たす素晴らしい戦略である。
うまひ棒は凄いな。凄いと思わないか?
あれで十円だぞ?価格破壊もいいところだ。しかもそれでいて遺伝子組み換え作物を使用していないなんて、一体全体どうなっているのだと言うのか?
うまひ棒の秘密を知っているなら是非教えて欲しい。そういえばうまひ棒の元祖の味ってなんだろうか?チーズだろうか?サラダだろうか?明太子だろうか?個人的には納豆が好きなのだが、一般の方はなかなか手を出してくれなくて寂しい今日この頃だ。
ps.飲み物は各自自由に用意してください。
とのことですが』
風雲は苦悩しながら頭を抑えて、そして言った。
「手紙にツッコミをいれるのは間違っているだろうから、俺の考えを述べさせてもらうが。え?何?それどうするの?どうすればいいんだよ?」
『どうしましょうか?』
虎顔はズボンのポケットから財布を取り出し、百円玉三枚を握り締めた。
「ちょっと待て!お前行く気まんまんじゃねえか!?何!?行くの!?この手紙の送り主と対面する気なのか!?どう考えてもやばいぞ、こいつ。思考が普通じゃねえもん。いいよ行かなくても」
『仮にも果たし状と書かれているのです。ここで引いては『正義』の名が廃るというものでしょう?』
「台詞は立派なのはわかるが、そこで何故電卓を出す?」
『何故?それを私に問いますか?まあいいでしょう。答えます。三百円丁度お菓子を買うためです!』
「お前、もうお菓子買いたいだけだろう!」
風雲は虎顔の様子に半ば呆れた様子であった。
『ところで、風雲さん』
「あ?なんだ?」
『特売のお菓子は、値引かれた値段でいいのでしょうか?』
「もういいから早く行って来い」
世界征服の手伝いをすると宣言した以上、その発言に責任を持ち、何だかんだ言っても紅糸さんに手伝おうと辛うじて心に決めたのだけれど、一週間経って、仮に『さてこの一週間、世界征服のために何をしましたか?』と誰かしらに問われた時、その回答は『何もしてません』、というものであった。
というか紅糸さんが何も動かない。
紅糸さんと一緒に買い物をしたり、猫のニャータと遊んだりはしたものの世界征服らしきものはこれといって何一つ行っていなかった。
もしかして紅糸さんは僕と友達になりたかっただけなのか?とも思ったけど、それにしては方法が回りくどすぎだろう。
結局事態は何一つ進展しないまま一週間が過ぎたのだった。
そして一週間経った今日の朝、下駄箱で紅糸さんからあの手紙を渡されたのだけど、僕の頭は実に都合よく働きその事実を消去した。
だから僕は放課後に保健室にいたりする。
いつも通り怪我人を治すため、そこに存在した。
今日は前と違って暇というわけではなかった。つまり怪我人がいた。
バレーボール部の女子で、名前は知らないけれどよくここを利用する生徒だった。つまりよく怪我をする生徒で顔なじみ。妙な言い方かもしれないが保健室の常連だった。
「てへへ。参った参った。またやっちゃったですよ」
「本当によく来るね」
「仕方ないっすヨ。自分のジャンプ力半端ないっすから」
でもだからこそ自分レギュラーになれたっス、と彼女は続けた。
体型的には小柄な彼女だが、話によるとブロックやアタックなどピョンピョン飛ぶものが得意だそうだ。そういう能力なのだろうか?
だが、だからこそよく怪我をする。
高く飛べるということはその分着地の衝撃を受けるというわけだ。
今回もどうやら着地を失敗して足をくじいたようだ。
「もうちょっと気をつけて飛んだら?」
「何言ってるっすか!思いっきり飛ぶのが気持ちいいから飛ぶんすヨ!気をつけて飛んだらつまらないっすヨ!」
「それで怪我してたら本末転倒のように思えるけどね」
「蒼巳君はわかってないっすね。私は楽しいから飛ぶんス。飛ぶのが楽しいから、バレーをしてるっす。なのにそこで力を抑えて飛んでちゃ何も楽しくないっす。楽しくなければやる意味はないっすヨ」
「楽しくなければやる意味がない、か。成るほど」
ならば紅糸さんのあの手紙も、彼女は楽しんでやったということなのだろうか。
……記憶から消去したはずなのだが、何故かあの文面を僕は思い出した。
あー、頭痛い。
「どしたっすか?頭抱えて?」
「なんでもないよ。無駄話はこれぐらいにして、ちゃっちゃとやっちゃおうか?」
「そっすか?もう少し無駄話をしても……」
『みーなーぎーんー!!』
廊下の向こうから妙な単語を紡ぎだしている声が聞こえた。
その言葉は呪詛に近いものが含まれているように僕は感じ取ったので、さっさと彼女の患部を見て、『時観』によって過去の正常な患部を観た。
そしてその状態に患部を戻す。
戻したときに、僕も彼女の患部と同じ場所に彼女がくじいたときの痛みが奔った。
これがこの能力の唯一のネックだ。
他人の痛みを知ってしまうこと。それによって僕は大きな怪我は治せないという制約があるのだった。
痛みによるショック死。過去に一度、本当に一度だけ、死体を元に戻そうと、元の生きている時の姿に戻そうとして、僕は失敗した。
死の痛みに耐えることが出来なかった。
その時は気を失うだけで済んだのだが、この能力は死の恐れを伴う能力であると知った。
他人を治すことが出来る素晴らしい能力。ただしそれは万能ではなかったのだ。
万能ではなかったのだが、僕はこの能力を世の役に立てたいと思った。
世の役に立っていれば、それが生きる意味になるとそう考えたからだ。
「あ、痛みがひいたっス。もしかして、治ったっすか?」
「多分ね」
そんな会話をしている場合じゃない。
廊下の向こうから聞こえる声はどんどんと近づいてくるのだから。
「それじゃあ、僕はこれで」
「あれ?もう帰るんっすか?だったら一緒に……」
バン!
保健室の扉が乱暴に開かれた。開けたのは勿論……
「ふふふ。ここにいるのはわかっているのだよ。ミナギン!」
紅糸紬さんだった。
端正な顔立ちで、男子に人気があるようなのだが、しかし僕としてみればそれは猫を被っていたからであって(でも故意に被っていたようではないようだ)、実際には物凄い破天荒で、下僕になった僕にとってはとても手がかかる女の子であった。
身体能力は物凄い高く、おそらく僕が彼女に襲い掛かったところで直ぐに返り討ちにあうことだろう。まあ襲い掛かったりなんてしないのだけれど。
「ミナギンって誰っすか?」
一人状況が全くわかっていない人物がいた。
しかしそんな人物に優しく説明するほど、紅糸紬という人物は出来た人物ではない。
ゴーイングマイウェイ。我が道を行く女の子なのだ。
「またもや私に探させるとは、下僕の心得がなってないぞ!何だお前?ボイコットか?ストか?ストリートファイターか?」
「ストはストリートファイターの略じゃないから」
「そんなことは知っている。私が学がないと思ったか?連想ゲームだ。ストはストライキのこと。前にボイコットがきているのだから当然だろう?その後のストリートファイターは、まあ私のあれだな。冗談のようなものだ」
「面白くないんで帰ります」
「うな!」
帰宅するいい理由が出来たので、その理由を通して家に帰ることにしたい僕だった。
だけどそうはさせたくない紅糸さんがそこにはいた。
「手紙!」
「手紙?」
「今朝手紙渡しただろ!ミナギン読んだだろ!理解しただろ!なのに何でここにいるんだ!?おかしいだろ!?」
「……」
記憶から消去したはずの文面が頭に思い浮かんだ。
どうもあの文面には忘れられないインパクトがあるようだ。
しかしあの文面はどうやら僕に渡すために作成されたものではなく、そのコピーのようだ。
まあコピーだろうがなんだろうが、あの文面に僕は衝撃を受けたわけだが。
「あ、わかったぞ。さてはミナギン、お菓子を買ってないのだな?」
「確かに買ってないけど、そういうわけで忘れたかったわけじゃないから」
「仕方が無いな。私のうまひ棒を二本わけてやろう。だから、行くぞ」
「だから、そういうわけじゃないから」
「うー」
突然、紅糸さんが小刻みに震えだした。そして、
「うなー!!」
何か爆発した。
「ごちゃごちゃうるさいぞ、ミナギン!いいから黙ってついて来い!」
いつの間にか僕の首には赤い首輪がつけられていて、その鎖の先には紅糸さんの手があった。
え?いつつけたの?というか、いつだしたの?
そしてそれが思いっきり引っ張られた。
「ぎゃー!」
それはいつの時代の拷問だっただろうか?
僕は引きずられるまま保健室を後にした。
流石に外に出てまで引きずられるのは見た目非常によくないので、仕方が無く僕は紅糸さんに降参の意を示し解放してもらった。
首輪つけて引っ張られているのを見られたら、世間に何と思われるかわかったものじゃないからね。
さて、手紙か。
僕は今朝紅糸さんから渡された手紙の内容を、改めて思い出した。
……うー、帰りたいなぁ。
でも手紙に書いてあった『正義』って、
「あの紅糸さん?」
僕たちは手紙に書いてあった『裏山公園の横にあるでっかな空き地』に向かって歩いている最中であった。
そこで僕は手紙の内容で一番気になっていたことを質問してみることにした。
「うん?なんだ?」
「手紙に書いてあった『正義』って……」
まさかあの畏怖の名が轟いている『正義』ではないだろうな?
いくら紅糸さんが破天荒であるからといって、まさかあの『正義』に喧嘩を売るような真似するはずが……
「うん。あの『フェンリル』をぶっ殺した『正義』だが」
「ぶは!!」
僕の淡い期待も虚しく、手紙に書いてあった『正義』は僕の知っている恐ろしい『正義』だった。
今より数年前、新たな能力を使いありとあらゆる悪事を働いた『フェンリル』という組織があった。
その対応策として政府がとった政策が『正義』という組織の設立であった。
目には目薬を、歯には歯磨き粉をというわけだ。
……ちょっと間違えた。
ともかくハンムラビ法典びっくりな対策を日本政府は叩きだしたのだった。
つまりは能力者の力による制裁。
『正義』にはいかなる権限をも与えられた。
その結果『フェンリル』は全滅。いや絶滅した。一人残らず殺されたのだ。
たった七人の『正義』によって。
それから『正義』は皆から畏怖の目で見られている。
その事務所がこの町にあるというのは知ってはいたが、まさかそれに喧嘩を売るような真似をする輩がいるなんて思いもしなかった。
しかもそれが可愛らしい女の子などとは、『正義』の人たちも思いもしないことだろう。
「早朝に『正義』の事務所にミナギンに渡したのと同じ手紙を投函しておいた」
「いろんな意味で凄い勇気だね」
「そうだろ、そうだろ。私は勇者だからな。ドラクエⅢでの職業も勇者だったからな」
「それはデフォルトでその職業だから。生まれたときからその職業で唯一転職できないから」
「うな。ところでギガデインって魔法使いのお株を奪う魔法だと思わないか?」
「いや、魔法使いの本分は攻撃魔法ではなくスクルトなどの補助魔法にあると僕は思うのだけど」
とそれはさておかなければならない。
あまりのことでパニックになっているのかもしれない。
「それにしたってどうしてわざわざ『正義』なんかに喧嘩を売ったのさ?理解しがたいよ」
「他人に理解されようと、私は思わない」
「そう。僕、帰っていいかな?」
「うな!?ダメ!言う!理由言うから帰らないでぇ!」
「いや、理由聞かなくても帰りたいのが本心なんだけど」
「臆病ちゃんだな、ミナギンは。私を見ろ!私は勇者だ!」
また同じ会話を繰り返すわけにはいかないので、そこはあえてスルーする。
「それで理由はなんなのさ?」
「うむ。私は世界征服を目論むチャーミングな女の子なのだが」
「自分でチャーミングとか言い出したよ」
まあ確かに可愛い女の子ではある。そこは認めよう。
声に出してまでは言わないけれど。
「さて、ミナギン。では世界征服に必要なものとはいったいなんだ?」
「世界征服に必要なもの?」
いったいなんだろう?
世界征服に必要なもの。世界征服に必要なもの……
「……ざ、財力かな?」
「バカー!」
物凄い剣幕で怒られた。
「それじゃあ私は物凄い不適応じゃないか!財力って、私の今の全財産知ってるのか?三百円のお菓子を買うのだって躊躇ったんだぞ!一般人以下の財力だぞ!それなのに財力が世界征服に必要って、泣かす気か!私を泣かす気か!」
「いやそんなつもりは無かったのだけど」
紅糸さんはもう半泣きになっていた。
本当にそんなつもりは無かったんだけどなぁ。
「うな、うな……世界征服に必要なもの。うな、それは力だ」
「力……財力?」
「うなー!!」
「冗談。紅糸さん、冗談だから」
「そんな意地悪言うミナギンなんて嫌いだぁ!」
「ご、ごめんなさい」
「うな、うな、うな。うな、許す」
四回の『うな』の後、許しを得ることが出来た。
「うな。力というのは単純な強さということだ。強くさえあれば人は世界征服が出来る」
「そうかなぁ?」
「そうなの!そう決まってるの!」
駄々こね始めた。子供か?彼女は。
「それでは再び問うぞ、ミナギン。力を示すにはどうしたらいいと思う?」
「お金をばら撒いて客を集めて……」
「もうわざとやってるだろ!ミナギンわざと私をいじめているだろ!」
「今のは確かにそうかもしれない」
「うな!ぐれてやる!」
しかしここまでヒントをもらえば、嫌でもその意図は読めてくる。
「力を示すには……力を示している者を倒して、更に力があることを誇示すればいい。というのが紅糸さんの答えかな?」
「う、うな。その通りだ。うん、その通りだ」
「で、目を付けたのが『正義』というわけだね」
「その通りだ。なんだ?急に物分りがよくなったな」
「でも無茶じゃないかな?」
「うな?何がだ?」
「だって、あの『正義』だよ?実際にその腕前は知らないけれど、『フェンリル』を打倒したのは紛れもない事実だ。僕らが相手になるわけがない」
「ふふふ、ミナギンはまだわかっていないようだな。私は超強いのだよ」
「いや、それは前聞いたけどさ」
僕は実際に紅糸さんがどれぐらい強いか知らない。
この間猫を助けた時の動きを見る限り、身体能力が高いことは窺えるのだがそれが強さに結びつくかといえばそうでもない。
隕石が落ちる前なら、それがまかりとおったかもしれないが、そう僕らには新しい能力があるのだ。
新しい能力……人によって異なる能力。
僕は、まだ紅糸さんがどのような能力を有しているか、聞いていなかった。
「紅糸さんの能力って、結局なんなの?」
「うな?」
「机に穴を開けたり、ロープを作ったり、首輪と鎖を作ったりしてたけど、それが紅糸さんの能力なの?」
「うな。まあそうだな。うんその通りだな」
「……」
「……」
「……」
うん?あれ?もしかして……
自分で勝手に結論だして、紅糸さんから能力の詳細を聞きだすことが出来なかった!
もしかして僕は聞き下手か!?
あ、何か自己嫌悪に陥りそう。
「ミナギン、何か顔色が悪いなぁ。まあいいか。私の能力は『紬糸』といって万能具現化能力だな。例えばな……よく私の手を見てろよ」
パーに開いた紅糸さんの手を言われたとおりに凝視する僕。
「今回はゆっくりやってやるぞ。感謝しろよ」
すると紅糸さんの掌に紅く細い糸が出現した。
それが伸びたり、複雑に絡み合ったりして、そしてしばらくして、
「にゃー。完成だ」
手のりサイズの赤い猫の置物が出来た
何故、猫?
「可愛いにゃーが完成だ」
「あ、うん。まあ可愛いけどね」
「うな。にゃーは可愛い。にゃーは最高の愛玩動物だ。さて、何の話だったっけ?」
「能力の話だよ」
「うな。そうだったな。というわけで私の能力は万能具現化能力だな。大抵のものを私は具現化できる。出来ないものを挙げるとしたら生物だな。生命が宿っているモノを具現化することは出来ない。もっとも似せたものを具現化させることは出来るけどな」
「ふーん」
「この能力で私は世界を獲る」
「便利な能力だと思うけど、戦闘向きの能力ではないと僕は考えるけど」
「ふふふ、案ずるな。自分の能力はよくわかっている。わかっているから頑張って最強を目指して頑張ったのではないか」
「頑張ったのではないか、と言われても僕はその様子は知らないんだけど」
「まあスペースシャトルに乗った気でいてくれ」
「物凄い大きく出たね」
「いつ爆発するかわからないけどな」
「物凄い不安になったよ!今」
紅糸さんの『紬糸』。
はたしてそれは『正義』に通用するのか?
……というか戦闘要員が紅糸さんだけで大丈夫なのだろうか?
今『正義』が何人いるかわからないけど、決して一人で来るというわけではないだろう。
もしかして僕、早まったかな?
しかし乗りかかった船、もといスペースシャトルだ。
たとえ爆発したという結果に終わっても、甘んじて受け入れよう。
「……時に紅糸さん」
「うな?何かなミナギン?」
「集合時間って確か16:45だよね?」
「うむ、その通りだが」
「今ちょうどその時間なのだけど」
僕は携帯のディスプレイを紅糸さんに見せた。
「……うな?」
「遅刻しちゃったよ?」
「う、う、う、うなー!!」
「うーん。果たして『正義』は約束の時間を過ぎても待っていてくれるのだろうか?」
「ミナギンが悪いんだ!ミナギンが素直に従ってくれないから間に合わなかったんだ!」
一理あるけど、それを『正義』の方々に遅刻の理由にされるととても面倒なことになるので頑なにその意見を否定する僕であった。
指定場所である『裏山公園の横にあるでっかな空き地』に僕らが着いたのは17:15。約束の時間から30分も過ぎてのことだった。
『正義』の方々がとても真面目か我慢強くない限り待ってはくれないだろう。
というか待っていて欲しくない。待っていた場合その怒りが僕らに向けられることになるのだから。
果たして、『正義』の方々はそこにいるのだろうか?
『しくしくしくしく』
ダンディな声が僕の耳に届いた。
声の方向を向くと、丸まった小さな背中が見えた。
とても哀愁が漂ってた。
……声、かけづらい。
『16:45って、16:45って書いてあるのに……私なんて楽しみで楽しみで一時間前からここに来てお菓子食べてたのに』
一時間半も待っていた人物がそこにはいた。
更に声をかけづらくなった。
『特売で買ったお菓子も、もう無くなってしまいました。しくしく……これはあれですかね?兵糧攻めですかね?敵も策士というわけですかね』
「いや、単なる遅刻です」
あ、しまった。
ついツッコんでしまった。
『!誰ですか!まさかっ!!』
その人物は振り返り、僕らを見た。
そして僕らも、その顔を見た。
「ぎゃー!!」
『うきゃ!!』
二つの悲鳴が響き渡る。
一つは紅糸さんだった。
二つ目はダンディな声をした、虎顔の人間だった。
もっとも二つの悲鳴は同時に起こったのではなく、時系列的には紅糸さんの悲鳴が先だった。虎顔さんの悲鳴は紅糸さんの悲鳴に驚いてあげたものであろう。
しかしダンディな声をしているくせに何て可愛らしい悲鳴をあげるんだ。
これが可愛らしい女の子であったら不覚にもときめいてしまったかもしれない。
「ミナギン!ミナギン!顔が虎!こいつ顔が虎だ!!人間じゃない!人間じゃないぞ!怖っ!顔が怖っ!!」
僕の後ろに隠れる紅糸さん。
おいおい。本当に大丈夫なのだろうか?
こんな様子で本当に超強い紅糸さんが見れるのだろうか?
僕はちらりと紅糸さんに目を配らせる。
ぶるぶるぶる。
無理っぽかった。
『お、落ち着いてください!これ、被り物ですから』
「被り物でも怖っ!というか声もダンディで怖っ!うな、うな、うな、うな、うな」
「五連『うな』か。これは相当混乱しているな」
『アワワ……驚かすつもりはまったくなかったんですが、ごめんなさい』
虎顔さんはおもむろに立ち上がって、頭を下げた。
声や顔のわりに(?)身長はさほど高くなかった。
いや、むしろ低い。
紅糸さんよりも低いんじゃないだろうか?
ダッフルコートで身を包んでいるためどのような体格をしているか正確にはわからないが、とても戦闘向きであるとは思えなかった。
本当にこの虎顔さんは『正義』だろうか?
ただの仮装好きな人ではないだろうな?
『あの……紅糸紬さんですか?』
「違う!私じゃないからな!こいつ!こいつが紅糸紬!」
「こら!!」
まさかの戦闘拒否。
そんなに虎が怖いか?確かにリアルで子供にはトラウマになりそうな顔だけど。
紅糸さんの感性は子供並か?……あぁ、子供並みのような気がした。
しかし、だからといって僕は『正義』と戦う気なんてさらさらない。
「僕、戦闘向き能力じゃないんだから頑張ってよ!」
「うな!無理!頑張っても無理!だって怖いもん!あの顔超怖いもん!あれ怒ってる!遅刻したこと絶対怒ってる!」
『お、怒ってませんよ。ちょっと落ち込んだだけです』
「すいません30分も遅刻して」
「こいつ!こいつが悪いんだ!遅刻したのはこいつが原因なんだ!私じゃないぞ!私じゃないからな!」
「うわーい!」
まずい。これは本当にまずい。
このままじゃ紅糸さんが崩壊して戦いどころではなくなってしまう。
というかそうなってる。
何とか紅糸さんを鼓舞させないと、僕らの命は無い。
「紅糸さん!落ち着いて!」
「これが落ち着いていられるか!というかミナギンが紅糸だろ!!そういう設定にしただろ!」
「してない!本当に頼むから落ち着いてよ、紅糸さん!」
『あの……私そんなに怖くないですよ?』
「うなー!!」
虎顔さんが近づいてきたので、紅糸さんはさらに悲鳴をあげた。
それはもう絶叫に近かった。
だめか?
どうする?どうする?ほんと、どうしよう?
……紅糸さんの性格を考えて、導き出される最善の対策は?
「あのすいません。その虎の被り物とってもらえますか?」
『え?あの、無理です』
「ダメかと思ったけどやっぱりダメだった!」
『だって顔見られたら仕返しとか怖いじゃないですか』
「そんなもん戦った奴全員殺せばいいことじゃないですか!って自分で言っておきながら、恐ろしいことをサラリと言ってしまった!!」
『と、ともかくこれは外せません』
やっぱり虎顔さんに現状の打開案を呑んでもらうのは無理があったか。
「うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな、うな」
紅糸さんの『うな』の回数も多くなってきたし、早急な対応が求められるな。
虎顔さんの被り物をとるのが不可能ならば、逆転の発想だ。
というか正攻法。紅糸さんを落ち着かせる。
「紅糸さん!実はあれ虎の顔じゃないんだ!」
「うな!嘘だ!嘘つくな!あれが虎じゃなきゃいったいなんなんだ!そんな嘘に騙されるもんか!」
「あれは実は虎猫なんだ」
「…………………うな?」
紅糸さんが落ち着いた。
先程紅糸さんは言っていた。『猫は最高の愛玩動物である』と。
つまり紅糸さんは猫好き。
虎は怖くても猫なら大丈夫なはずだ。
「猫?」
「そう」
「虎猫?」
「うん」
「ニャー?」
「にゃー」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「猫、虎猫、ニャー……ふふふ」
「あ、紅糸さん?」
「ふはははははははは!!被り物破れたりぃ!!私は完全に虎を克服した!もう無敵だ!我こそ最強だ!我が名は紅糸紬!世界を征服するものぞ!」
「ありえないぐらい途端に元気になったんですけど!」
まさかこれほど効果があるとは思いもしなかった。
ともあれ、これでようやく舞台と役者が整ったというわけだ。
「ところでお前誰だ?何でこんなところいるんだ?」
「『正義』!この人きっと『正義』の人!」
「わかっている。今のは冗談だ」
「時と場合を選んでしてよ!」
「ちなみに挑発とも言う」
「時と場合と相手を選べ!」
「とりあえずお互いを知らんと話は進まないと思うので、自己紹介をしていくことにしよう」
「超マイペースだね!」
「私は紅糸紬。さっき言ったが世界征服を目論むプリティガールだ。能力は『紬糸』といって万能具現化能力だ。超強いから覚悟しろ」
あれ?能力ってそんなに軽々しく教えて良いものなのか?
そういうのは大抵能力が露呈して、その能力に対策が練られて負けてしまうというオチになると思うんだけど、まあ本人が良いのなら良いのだろう。
そういうことにしておこう。
「はい次!虎猫さん!」
『え?あの、私?』
「他に虎猫がいるか!後がつかえてるんだからさっさとしろ!」
『はい!すいません!』
敵に怒られて謝ってる。
思った以上に礼儀正しい人のようだ。
『正義』の方々は思っていた以上に残虐ではないのかもしれない。
『私は黄虎。黄色い虎と書いて黄虎です。能力は『雷華』です。肉体強化能力で一対一の戦いなら敗戦はありません』
控えめだった虎顔さんであったけど、能力には自信があるらしく、そこだけは強く言った。
『いえ、ないっていうのは言いすぎでした。あのほとんど負けなしです。たまには私だって敗れますよ。ええ、たまにですけど』
「急に弱気になった!」
『うぅ、だって格好つけて大きいこと言ってやられたら恥ずかしいじゃないですか。人間大きなことは言わないほうがいいんです』
「凄いネガティブ思考だ。顔のわりに弱気なんですね」
『これは顔じゃないです。被り物です』
「そうでした」
さて二人の自己紹介も終わったようだし、いよいよ戦いが始まるのか。
……と考えていたのだがいっこうに始まる気配はない。
それどころか二人の視線は何故か僕の方に向いていた。
「……?」
『…………あの』
「バカか、ミナギン!お前の自己紹介がまだだろうが!」
「え?僕も?」
「当然だろ!みんなやってるんだぞ!」
「いや、でも」
『みんなやってるんですよ』
「いや、そうだけど」
戦うのは僕ではなく、紅糸さんと虎顔さんだろ?僕じゃないのだから僕の自己紹介はいらないはずだ。
というのが建前で、本音は僕の個人情報を『正義』に露呈させたくはなかったのだった。
だってあの『正義』だよ!あの泣く子が更に泣くとまで言われる、あの『正義』だよ!
名前を語ったら絶対地の果てまで追ってくるって!
「ミナギン、全体の輪を乱すつもりか!?八方美人っていうのは嘘だったのか!?」
「嘘じゃないけど……って紅糸さんにそんなこと言ったっけ?」
『みんなで広げよう。友達の輪』
「あなたとは敵同士じゃないですか」
「輪!」
『輪!』
二人の鬼気迫る表情が僕に襲い掛かる。
う、うぅ。
仕方が無い。覚悟を決めるしかないようだ。
「僕は蒼巳観凪。紅糸さんの世界征服を手伝うことになったけど、まだ特に悪いことは何もしてないです。本当です。それで能力ですど、簡単に言うと回復能力です。人やモノを元に戻すことが出来るのが僕の能力。能力名は『二人の世界』」
「何だその能力名。センス無いな」
「ほっといてよ!」
ともかく、これで全員の自己紹介は済んだというわけだ。
お遊びはここまで。
これからは戦いの時間だ。
僕以外の二人の。
紅糸さんと、虎顔の黄虎さんとが音もなく見つめあった。
僕はというと、そそくさと後ろに下がって、自分のみの安全を確保していたり。




