まずは仲間を作ろう!
「世界を征服しようと思う」
昼休み、同じクラスの紅糸さんに屋上に呼び出されて何かと思ったら、そんな内容だった。
紅糸紬……彼女と僕は同じクラスメイトでそれ以上でもそれ以下でもない関係だった。
友達ではないし、だからといって敵対もしていない。
まあ僕に敵対しているクラスメイトはいないのだが。
僕は誰にでも優しいのだ。自分で言うのもなんだけど。
紅糸さんは綺麗だけど、独特の近寄りがたい雰囲気を醸し出しているため教室ではいつも一人だった。
孤高の美少女と誰かが言っていた。実際その通りだと僕も思う。
それでその美少女に呼び出されて喜んで屋上に行ったら、開口一番にそんなことを言われた。
とりあえず、口をぽかんと開ける僕。
閉めることが出来ないまま、紅糸さんは続けた。
「今、この世界は無能な連中が征服している」
いや、世界征服されてないし。
政治家とかそういう話をしているのかな?
「このままでは世界は終焉を迎えてしまう。だから有能な人間がそれを支配してやらなければならない。その役を私が務めようと思うんだ」
「はぁ」
紅糸さんの言うことは理解は出来るが、頭がそれをわかろうとしていないためどこか他の国の言語のように思えた。
そういうわけで、僕の返事も曖昧なものになってしまった。
「そのための鍛錬も充分したし、もう私はかなり強くなった。もう、さい強だ。ちょお強いぞ。なんなら手合わせしてみるか?」
「はぁ……いや、いいです」
彼女の能力がどのようなものか知らないけど、腕に自信があるようなのは確からしいので、僕はその申し出を断った。
しかし、まさか僕と手合わせしたいからここに呼び出したわけではあるまいな?
僕はそんなに強くないぞ。
むしろ弱いと思う。
まともに鍛えている者ならば紙切れ同然の存在だ。
そのあたりを第六感あたりで察してくれないものだろうか?
「それで、僕を何のために呼んだの?」
「だから、私は世界を征服するのだ」
「うん」
「手伝え」
「うん。うん?」
「下僕になれ」
「…………うん?」
「お前の能力、便利そうだから手伝え。今日から下僕一号だ」
なんかわけわからないけど、わけわからない人間に目を付けられてしまったようだった。
昼休みに呼び出されたおかげで、僕のお腹と背中はくっつきそうだった。
僕は用件が終わると、さっさと自分の教室に帰って、自分の席に戻り、朝自分で作成したお弁当の処理に勤しむことにした。
お弁当の半分はご飯で敷き詰めて、もう半分は冷凍食品によって出来ていた。
男のお弁当なんてそんなものだ。
農家の人たちと、冷凍食品会社の人たちに多大なる感謝の念を抱いたあと、僕は箸を持ってようやく昼ご飯を食べ始めた。
もぐもぐ。
うん。おいしくもないし、まずくもない。
相変わらずたいした料理センスは無い僕だった。
「……あれ?蒼巳君、今頃昼飯食べているの?」
「おせっかいなクラスメイトAが現れた」
「あぅ。酷いよ、蒼巳君」
おせっかいなクラスメイトAは冗談として、声をかけてきたのはクラスメイトの識桜桃花であった。
識桜とは中学からの付き合いがあり、お互いに気心の知れている仲であった。
今年は同じクラスになったので、割と同じ時間を過ごしている。
一緒にご飯食べたり、一緒に登下校したり。そんなことをしていると付き合っているような噂も流れちゃったりするのだが、僕と識桜との関係にそういうことはない。
本当にただの友達だ。
僕はそう思っているし、識桜もそう思っているだろう。
さて、僕の名前も識桜によって明らかにされてしまったため、このあたりで自己紹介をしておくことにしよう。
僕の名前は蒼巳観凪。女性のような名前をしているが、列記とした男である。
年齢は十六で高校二年生である。
以上で自己紹介を終えることにする。
男の詳しい自己紹介なんて楽しくもないしね。
「蒼巳君、どうして今頃お昼ご飯を食べているの?」
僕がその質問に答えなかったから、識桜はもう一度同じ質問を問いかけた。
「直ぐに昼ご飯を食べれなかったから、今食べているんだ」
「その理由を訊いているんだけど」
理由は紅糸さんに屋上に呼び出されて、世界征服を誘われたから遅くなったのだが、果たしてそれを素直に言っていいものか?
とりあえず、沈黙は金なり。
つまり黙って、食を進めるのが一番いいという結論が僕の中で出されたので、またもや識桜の質問を無視してもくもくと食事を続けた。
「……うーん。どうやらこれはクイズのようだね?」
僕が答えないのは日常を楽しくするため、つまりはクイズが始まったと勘違いした識桜は、何も言っていないのにも関わらず勝手に話を進めてしまった。
まあ、どうでもいいや。
とりあえず今は胃袋を満たしてやることのほうが先決だ。
「うーん。うーん。はっ!わかった!きっと優しい蒼巳君は校内で困っているご老人を見つけて親切にも学校内を案内してあげていたんだ!」
僕、凄い過大評価されているな!
というか、校内で困っている老人って何の用で学校に来たんだ?
謎だらけだなぁ。その設定は。
このまま放置していると僕の評価がますます上がってしまうため、またそれは一応正解ではなかったため、僕は首を横に振って『違う』という意思表示をした。
「あぅ。違うのか」
しょんぼりする識桜。見ていて飽きない奴だった。
「うーん。うーん。はっ!わかった!きっと優しい蒼巳君は校内で困っている幼女を見つけて、ロリコンな蒼巳君は親切にも学校内を案内してあげていたんだ!」
「ロリコンじゃねえよ!」
今度は不名誉な称号がついてしまうところだったので、慌てて突っ込みをいれた。
「というか、さっきのやつとそれじゃ変わらないじゃないか。老人が幼女になっただけ。あと僕に言われもない称号がつくところだっただけだ」
「あぅ。違うのか。蒼巳君、小さい子好きだからさっきのよりも確率が高いと思ったのにぃ」
「誤解を招く発言はやめてもらいたい!」
僕は小さい子が好きなのではなく、万人に優しいのだ。
自分で言うと嘘っぽいので絶対に口には出さないが。
四文字熟語で言うと、僕は八方美人なのだ。
「うーん。うーん。はっ!わかったよ!きゅぴーん、ときたよ!これは絶対に正解だと思うよ」
変な電波が飛んできて、それを受信した識桜は正解がわかったらしい(とても信用できるものではないと思うけど)。
「保健室に行っていたんでしょ?」
変な電波を受信して出した答えにしては、それはとてもまともな答えであった。
むしろ、それを最初に出すべきでは?
間違っているけど。
そう、僕はよく保健室に顔を出すのだ。しかしそれは具合が悪いからではない。
僕の身体は思いのほか頑丈で、僕の記憶では風邪で学校を休んだことは一度もないし、怪我で欠席などということもない。
それならばどうして保健室によく顔を出すのかというと、現状でそこが僕の能力を一番活かすことの出来る場所だと思うからである。
だからよく行く。
そしてそのことは同級生たちには周知のことなので、識桜がその解答を導き出したのはなんら不思議でも電波でもなかった。
しかしながら残念なことに、その解答は間違っていた。
というわけで、またもや僕は首を横に振って『間違っている』との意思表示を示した。
「あれ?間違っているの?意外だなぁ。うーん。うーん。降参だよ。わからないよ」
両手を挙げて、降参とアピールする識桜だったが、いくらアピールされても……
言いたくなかったのだが、あまりにも識桜が必死なものだから、少し可哀想になり、重要なことは伏せながらも教えることにした。
「実はね……」
瞬間、体温が急激に下がっていくように感じた。血の気が引いていく、と言うのだろうか?背中に嫌な汗が流れた。
この感覚は過去に味わったことがある。
これは、殺意だった。
おそるおそる殺意の先を辿っていくと(僕も意外なことが出来るものだ)、そこにいたのは紅糸さんだった。
どうやら紅糸さんは今戻ってきたらしく、教室の端っこにいて、そして顔はいつものように澄ましているのだけど物凄いプレッシャーを放ちながら僕らの方を観ていた。
口に出さなくても僕には理解できた。阿吽の呼吸、というわけではないが。
ここまであからさまなら誰でも理解できる。
つまりこれは『言うな』という意思表示だった。
僕が識桜に対して首を振って『違う』という意思表示をしたように、紅糸さんはそのありえないほどのプレッシャーでそれを示したのだった。
普通ならばここでそのプレッシャーに負けてお茶を濁すのだろうが、しかし僕は怖いもの知らずな上に好奇心が強く、つまりは『言ったらどうなるんだろう?』という好奇心に負けた僕はそれを識桜に話してみることにした。
「あか……」
僕が『あ』と発音した瞬間に、紅糸さんの右斜め上辺りにおぼろげだが赤い物体のようなものが出現したように見えた。
それは本当に一瞬だったので、僕の視力でそれを正確に捉えることは出来なかった。
そして僕が『か』の発音を終えた瞬間に、それは放たれた。
ガン!!
「きゃっ」
「おっと」
放たれたそれは僕の机に直撃し、大きな音をたてた。
いや、よく見ると音をたてただけではなかった。僕の机の左端に親指大の穴が出来ていた。それはまるで銃痕のようであると思った。銃痕を見たことないけど。
「何?何があったの?」
識桜はまだ事態を把握できておらず、あたふたと周囲を見回した。
僕の机もかなり揺れたために未だに少し振動している。
ちなみに僕はというと、事前に脅威を察知してお弁当を机の上から退避させたため両手が塞がっていた。酷くどうでもいいことだけど。
「あ、蒼巳君。何があったの?」
「さあね」
僕は曖昧な答えをして、食事を再開させた。
紅糸さんはいつの間にか自分の席に戻っていた。どうやら今の一連の行動で僕への釘刺しは終わったらしい。
そして今頃になってようやく気がついたのだが、喉を潤すために購入したパックのオレンジジュースが机の上から消えていた。
床を見ると、それは無残に転がっていた。
それは今から十数年前の話に遡ることになる。
その日、地球に七つの隕石が降ってきた。
その大きさはまちまちで、一説にはそれらの質量が地球に衝突したのなら僕ら人類は絶滅しているはずらしいのだが、なんだかよくわからない力が働き助かったのだとか。
ちなみに一番大きいものはロシアに落ちた隕石で、その直径は数キロメートルにも及ぶらしい。それだけ大きいものが地球に落下したのだが、幸いなことなのかそれともやっぱりなんだかよくわからない力が働いたのか、それによって怪我をした人はいなかった。
だけど、それが落下してきて何も無かったかというとそうではなかった。
その落下してきた隕石はそれぞれ何だかよくわからない力を発して、この地球上の生物に新たなる力を与えたのだ。
それは宇宙を巡ってきた隕石が集めたダークマター的なものが原因とか、はたまた未知のウイルスによって進化しただとか、学者は大いにはしゃいだが、僕らにとってはどうでもいいことだった。
ただ変な力が身に付いた。その程度の認識でしかない人が多い。
実際僕もその一人だった。
その力に統一性は無く、戦闘向けの能力を開眼するものもいれば、日常生活に全く関係の無いものもある。また新たな能力に目覚めない人もいた。
統計をとってみると、どうやら隕石が落下した近くに住んでいる人たちは能力が目覚めやすく、そしてその力も強い傾向にあるという結果が出ているらしい。
そして実は僕らの住んでいる近くの裏山にも、七つの隕石のうちの一つが落下した。
そういうわけだから、僕の周りにはその新しい力を使えるものが多かった。
また、僕もそれが使えた。
放課後になると保健室を訪れるのが僕の日課になっている。
前述してはあるが身体が弱いわけでも、また保健室の先生に憧れていて訪れている、というわけではない。
そこは僕が必要とされる場所だから。
だから僕はそこにいた。
僕の新しい力……それは『治癒』であった。正確には違うのだが、皆その通りに認識している。
保健室にいる理由。それは部活なので怪我をした生徒を治すためであった。
もっとも毎日のように生徒が怪我をするわけではない。
今日も平和な一日なようで僕は暇を持て余していた。
まあ、平和が一番だ。
僕のこの『治癒』の作業は完全なるボランティアである。見返りに何か要求したことはないし、無償の、言うなれば僕の趣味で行っているようなものだ。
そういうわけだから、何も無いならばそれでいい。
そんな時間が長く続いたためか、まぶたが急に重くなってきた。
「まあ誰もいないし、いいよね」
僕は保健室に備え付けられているベッドに入って、しばらく眠りにつくことにした。
数秒もしないうちに夢の世界に……
すぴー、すぴー。
がららら。
「……うん?ここだと思ったのだけど」
女の子の声が聞こえた。誰か来たのだろうか?怪我人だろうか?
起き上がろうと試みるも、やばい。
布団がちょうどいい暖かさを発していて、出るに出られない。
「まったく、下僕のくせに勝手にどっかいくとは……何ごとだ!これはえっと……あれだな!あれをしないと、駄目だな!」
その声は、聞き覚えがあった。
確か、今日の昼辺りに同じ声を僕は聞いたような……
…………………………………………………………………………………………………………………………紅糸さん?
声のほうに目をやるが、ちょうどカーテンが遮って姿を見ることは出来なかった。
「こう、ぐってやって、ぬってやれば、あいつも従順になるだろう。ぐっ、ぬっ、って」
あいつというのは多分僕のことだろうけど、『ぐっ』とか『ぬっ』というのは何だろうか?
妙に気になってしまい、しまいには目がばっちりさえてしまった。
仕方が無い。
出たくないけれど、出て行くか。
と、思いつつも布団の魔力は凄まじかったので、布団に潜りつつ声をかけてみることにした。
「何か用?紅糸さん」
「うわ!な、何だ!?私を呼ぶ声がするぞ!?何者だ!お前いったい何処から声を発しているんだ!?」
「ありえないほどびっくりしているんだけど!」
「あれか!?お前、あれか!?この間ネズミ捕り機で捕まえたネズミだな!ニャータに食べられたのを根に持って化けて出たんだな!?」
「今時猫にねずみを与える飼い主ってっ!」
「妖怪だろうが化物だろうが私は相手になるぞ!なんたって私はちょお強いからな!ほ、本当だからな!お、お、お化けなんて、こ、こ、こ、蠱惑ないんだからな!」
「動揺物凄いんですけど!漢字間違えているんですけど!」
念のため、正確には『怖くない』である。
昼間もちょっと思ったことだけど……紅糸さんって僕が思っていた人物像と、実際の人物像で差が激しいな。
僕は、いや僕のクラスの全ての人間がそう思っているだろう。紅糸さんはクールな美少女という印象を持っていた。
しかし実際はどうだ?
『ちょお強い』とか言い出すし、お化けを怖がってるし、まるで可愛い女の子じゃないか?
やっぱり人と人とは接してみないとその本質までは理解できないということか。
「ど、ど、どうした?臆したのか?ふふふ、そ、そうだろう!私はちょお強いからな!戦おう何て考えないほうがいいぞ!絶対、そのほうがお前のためだからな!怖いわけじゃないからな!私はお前のことを考えて忠告してやっているんだぞ!ほ、本当だぞ!嘘じゃないからな!」
「紅糸さん。とりあえずその辺で……」
「し、信用してないな!なんなら能力みせるぞ!威嚇のために見せちゃうんだぞ!私の能力、凄いんだからな!あれだぞ!発動しただけで、地球の半分がなくなるぐらいの威力があるんだぞ!」
「それ発動してたら、今頃地球は大変なことになっているから」
「うなっ!それは、だな。あれだ。うん。あれがこうなって、そうなってるから、地球は大丈夫なんだ。うん。そうだ」
「うん。今の説明じゃ何一つ僕は理解できなかった」
「うなっ!」
このまま話していても埒が明かない。
仕方が無く僕はベッドから抜け出して、紅糸さんと直接対面することにした。
布団の魔力を破り、僕は立ち上がった。
「ぎゃぁぁぁああぁあぁああぁあぁぁああぁぁぁああああぁあああ!」
立ち上がっただけなのに、向こう側から物凄い悲鳴が発せられた。
「なんだ!お前!ねずみなのに人型なのか!?レベルアップしたのか!?妖怪ねずみ男なのか!?そうなのか!?」
「いや、違うけど」
「違うのか!それじゃあ、あれか!?人型のシルエットに見えるけど、実際はねずみが何匹も重なって人型に見える……ってこわっ!その状況こわっ!考えてみたら、こわっ!」
「確かにその状況は怖いね」
「なんだ!?いつのまにか状況は一対百なのか!?いや、もしかすると一対千ぐらいの戦力差なのかもしれない……ワンオブサウザント」
「何で英語で言い直したの?しかも間違っているし」
意外と教養がない世界征服者だった。
……それダメだろ。
「なにぃ!ねずみのくせに賢いだと!?ひょっとするとあれか!?ジョブチェンジしたのか!?賢者になったのか!?賢き者になったのか!?レベルアップのうえにジョブチェンジか!?その上千の戦力か!?無敵か!?無敵なのか!?」
人型にレベルアップしたというのは否定したはずなのだけど、そんな事を忘れてしまうほどに紅糸さんは混乱しているようだ。
「こうなったらもうあれだ。あれ、使うしかないぞ。乙種対軍能力『殲滅糸紅華』。この保健室が半壊してしまうかもしれないが、もうそれしかない!」
「リアルに身の危険を感じてきた!」
「そうだろう、そうだろう!この能力は一対多を想定して練り上げた私の必殺技だからな!お前がいくら千体いようがこの能力で全て殲滅できるぞ!きっと出来るぞ!」
「ちょ、ちょっと待って!僕だよ!僕!蒼巳観凪だよ!」
生命の危険を感じた僕は紅糸さんの前に踊り出た。
僕の姿を見て、紅糸さんは数秒フリーズ。
そして、
「う、う、う」
「う?」
「うなああぁあああぁあああぁぁあああぁあぁぁぁああ」
恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして奇声をあげる紅糸さんだった。
とりあえず座って落ち着いて話すことにした。
「うな、うな、うな」
『うな』というのは泣き声にもなるらしい。便利だな、『うな』。
「うな、うな、うな」
「……うな丼?」
「うなぁぁああぁ!」
威嚇にもなるらしい。本当に便利だな、『うな』。
「な、何か僕に用かな?紅糸さん」
「お前下僕!勝手にどっか行くな!」
びしっと指を僕に向けて差す。
「いやいやいや」
僕は手を横に振って否定の意を示す。
「手伝うって、僕まだ言ったないじゃん」
「なにぃ!」
「僕はあの時『また今度返事をするよ』と答えたはずだよ」
「……うな?」
「だから僕はまだ君の下僕じゃない」
そう僕は紅糸さんの下僕になれという問いかけを、曖昧な返事で返したのだった。
承諾するわけでも断るでもなく、また今度という曖昧な答えをしたのだった。
「それじゃあ、そういうことで」
手を上げて立ち上がる。
話は終わりだ。というか終わらせたい。
今日はこのまま家に帰ってしまおう。
「ま、待て!話はまだ終わってないぞ!」
「僕の中では終わったんだ!」
紅糸さんの制止を振り切って僕は保健室を後にした。
世界征服なんて、そんなよくわからない物騒な話に付き合いたくない。
でも僕は八方美人だから面と向かって断ることが出来ないのであった。
故に逃げる。
でも……
「何でついてくるの!?」
「うなぁ!手伝え!」
「だから、今度返事するから!」
「今度っていつだ!」
「気が向いたら!」
「うなぁ!」
下駄箱にたどり着くが、紅糸さんはいっこうに離れる様子が無い。
「うな!うな!うな!」
「……うな重?」
「うなぁああ!」
『うなうな』言っているけど、とりあえず無視を決めて学校を後にした。
……でもまだついてくる。
「手伝え!手伝え!世界征服手伝え!」
「意外としつこいね、紅糸さん」
「私はこれと決めたら突っ走るタイプの人間なんだ」
「ふむ。よく自己分析が出来ているね」
「そうだろう、そうだろう!世界を征服する人間だからな!そのぐらい出来て当然だ!それで返事は?」
「また今度で」
「うなぁあ!」
僕は歩く。帰宅するために。
彼女はついてくる。僕に世界征服を手伝わせるために。
ふと、僕はある疑問が頭をよぎった。
「ねえ、紅糸さん」
「ん?なんだ?突然世界征服の手伝いをしたくなったか?」
「いや違うけど」
「うなぁ!?」
「一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ほほう、私に聞きたいこととな。答えてやってもいいが、条件がある。私の下僕に……」
「じゃあいいや。さよなら紅糸さん」
「うな!う、嘘!今の嘘だから!答える、何でも答えるから待って!」
意地もプライドも無くなった世界征服を夢見る少女がいた。
その必死な様子に僕は若干いたたまれない気持ちになったのだが、とりあえず構わず質問をすることにした。
「どうして僕なの?」
「うな?」
「この町には多くの人がいる。変な力を使える人間だってたくさんいる。隕石が落ちた箇所から一番近い町だからね。僕たちの学校にだってたくさんいる。その中で、どうして僕なんだ?」
「ふむ、そんなことか。そんなのは簡単だ。お前の能力は使えそうだからだ」
「僕の『治癒』の力か」
「いや。お前の『時観』の力が、だ」
「……どこでそれを?」
僕のその力は過去三人にしか話した事がないものであった。そしてその三人ももうこの世にはいない。
「ふふふ、私ぐらいになるとそんなことぐらい簡単に調べることが出来るのだよ。一見『治癒』のように見えるお前の能力だが実際は違う。『時観』の能力で正常な状態だった患部を記憶し、その正常な患部と傷ついた患部を交換しているのが正しい能力だ。『治癒』なんかより数段凄い能力だな」
「残念だけど、僕のその能力はそんなに凄いものじゃないよ。多分紅糸さんが考えているようなものとは違う」
「そうなのか?まあいい。手伝え」
「人の話聞いてました!?」
要は買被り、僕のことを過大評価しているのだ。
珍しい能力だから、それが使えると勘違いしているのだ。
そうこうしていると、いつの間にか大通りの交差点にたどり着いた。
信号は赤。足を止めざるおえなかった。
「……僕の力で何を…………いや、世界を征服してどうするの?」
「うな?」
「世界を征服した後の話だよ。征服して終わりってわけじゃないんでしょ?仮に世界を征服できたとして、紅糸さんはその後どうするのさ?」
「うな、世界を征服し続ける」
「いや、そうじゃなくてさ。何かをしたいから世界を征服するんでしょ?世界を征服するために世界を征服するんじゃなくて……つまりは目的を知りたいんだよ。世界征服は手段でしょ?その先に紅糸さんは何を見ているの?」
「うな?」
「え?もしかして今の説明でわからない?もっと簡単に説明しないといけないの?だからさ、世界を征服する理由だよ。例えば美味しいものが食べたいから世界征服したいとか。まあそんなことはありえないんだけどね」
「うな!うな丼が食べたいからだ!」
「それが理由か!?」
「勿論冗談だ。そんな理由なわけ無いだろ」
「わかりにくいボケはやめてよ!紅糸さんの性格をまだよくわかっていないんだから!」
ダメだ、この人。
会話していると物凄い疲れる。
早く信号が青に変わらないものか、と心待ちしているもののここの信号は長い間変わらないことで有名な信号であった。
車の通りが多くないのにどうしてだろう?
普段はどうでもいいことなのだが、こういう状況に立たされてはじめてそのことを恨みがましく思った。
とりあえず信号が青に変わったらダッシュで逃げよう。足の速さにそれほどの自信がないけれど、相手は女の子だ。陸上部や運動系の部活に所属している女子でもない限り、走りで負けるとは到底思えない。
僕は紅糸さんとの会話を打ち切って、信号の色にのみ集中することにした。
青、青、青、青、青、早く青になってくれぇ。
そんな僕の願いは完全に空回りし、信号はやはり中々色を変えない。
「……目指している世界か」
「え?」
いきなり紅糸さんが語りだすものだから咄嗟に反応できなかった。
え、え、今なんて?もしかして突然のマジモードですか?
「私の目指している世界が知りたいというのだな?」
「あ、うん。真面目になったことへのツッコミは必要かな?」
「空気読め。不要だ」
「はい。空気読みます」
「私の目指している世界は……酷く幼稚なものかもしれないが、や」
「や?」
や、ってなんだろう?矢?
とか考える暇もないくらい、次の紅糸さんの行動は早かった。
紅糸さんは走り出した。
そのスタートダッシュは物凄い速さで、先程僕は女の子なら走りで到底負けるとは思わないという考えを改めなければならないと認識した。
そう、どうでもいい認識をした。
あれ?もう青になったのかな?
青になったからっていきなり走り出さなくても。まあ、先程まで僕も同じことを考えていたんだけど。
僕は信号を見た。赤だった。
「……は?」
いやぁ、流石にこの信号は長いなぁ。これが踏み切りなら開かずの踏切とか言われてTVの取材とか来てしまうかもしれないけれど、これは信号機だからそんなことはない。
そしてそんなことは間違いなくどうでもいい。
「信号無視か!」
しまった!ツッコミを間違えた!
しかしどうして信号無視を?
ちょうどトラックも迫ってきているし、危ないじゃないか。
「……え?」
トラックが迫ってきている?
「あ、当たり屋か!」
またツッコミ間違えた!
なんだ?今日の僕は突っ込みの神様から見放されてしまったのだろうか?
そしてそんなことは酷くどうでもいい。
どうして紅糸さんは飛び出したんだ?トラックが迫ってきているのにわざわざ飛び出した理由はなんだ?
ここで、僕はようやくそいつを発見した。
黒い毛を全身に纏った小さいその生き物は、猫だった。猫が道に飛び出してきていたのだ。
このままだとトラックに轢かれる。
……まさか、だからなのか!?
だから紅糸さんは飛び出したというのか!?
たかだか猫の為に、自分の命を投げ出す行為をするというのか!?
紅糸さんは駆ける。
それは物凄い速さだった。成るほど。鍛錬をしていたと昼休みに言っていたがあながち嘘ではないらしい。
しかしその脚を持ってしてでも、間に合わない。
僕にはわかった。
猫を拾い上げることは出来るかもしれないが、その後トラックを避けることは出来ない。
避けることは出来ないのに、紅糸さんは駆け続ける。
無理だというのに、駆け続ける。
「紅糸さん!!」
紅糸さんが猫を拾い上げた。
しかしトラックはもう目の前!間に合わない!
「丙種万能能力『紡糸紅蛇』」
それは一瞬のことだったが、僕にははっきりと見えた。
紅糸さんの手から赤い糸が飛び出し何重にも紡ぎ合って、そしてそれは一本のロープになった。
そのロープはまるで意思があるかのように向こう側のガードレールに絡みつき、そして……
紅糸さんの身体が飛び上がるかのように引っ張られた。それは走るよりも数段速いスピードで、つまり間一髪トラックとの衝突は免れることになった。
トラックの運転手が何か捨て台詞を言ったが、僕の耳には届いていなかった。
僕はこの時本能的に理解した。
彼女が目指している世界像を。
タイミングがいいことに紅糸さんが猫を救出して直ぐに信号が青へと変わった。
僕は急いで紅糸さんのもとへと向かった。
「紅糸さん!」
紅糸さんは猫を救出した時から立ち上がっていない。
まさかどこか怪我をしたのだろうか?
「紅糸さん!大丈夫!?」
「うむ。猫は無事だぞ。どうやらどこも怪我してないようだ」
「そうじゃなくて。紅糸さんは?」
「私か?私もどこも怪我してないが」
『よっと』という掛け声と共に紅糸さんは立ち上がった。
そして制服についた汚れをパンパンと叩いた。
「さて、何の話だったか?私の一番好きなうなぎ製品の話だったか?」
「そんな話微塵もしてないから」
「そうか?ちなみに私は『うなぎパイ』だ。基本的に甘いものが好きなんだ」
「聞いてないから!」
「今度貢物として私に献上することを許すぞ」
「超偉そうですね!」
やれやれ。紅糸さんに真面目な時はないのだろうか?
先程の真面目な話も猫救出劇のせいで途中で話が終わってしまったし。
「どうして」
「うな?」
「どうして飛び出したの?」
「猫が轢かれそうになっていたからだ」
さも当然のように紅糸さんは答えた。それがまるで正解であるかのように。
「でも危なかったじゃないか。あと少しで紅糸さんはトラックに衝突しそうだった」
「でも衝突しなかった」
「それは結果論だよ。結果的に猫は助かったよ。でも……」
でもあの時……
「あの時猫を助けようとした紅糸さんは自分の命を勘定に入れていたの?」
紅糸さんは空を見ながら「うーん」と考えたがしばらくして、
「よくわからん」
との回答を出した。
「『よくわからん』って」
「私は出来ることをしたまでだ。出来るとわかっていたから、自分の命を勘定に入れているかなど考えもしなかった」
あれほど切羽詰った状況でも自分の能力を正しく分析して、そして行動したということだろうか?
「それじゃあ、もし仮にあれ以上にぎりぎりで、自分の命が助かるかわからない状況だったら、紅糸さんは行動しなかったかもしれないの?」
「うーん。いや行動しただろうな」
「……どうして?」
「行動しないということは後悔するということと同義だからだ。私は自分の生き方に後悔したくないんだ。あの時ああしていれば、と思うぐらいなら行動する」
「それがぎりぎりの選択だったとしても?」
「ぎりぎりの選択だったとしてもだ。たとえ可能性が低かったとしても、開ける道がそこにあるのなら私は迷わずそれに向かって突き進む」
それはとても強いが酷く危うい回答だった。
……紅糸さんが目指している世界、か。
僕の中で昼の回答が決まりかけていたが、それでも決定打として聞いてみることにした。
「紅糸さん。紅糸さんが目指している世界像を教えて欲しい」
僕はそれを先程の行動で八割がた理解したが、それでも紅糸さんの口から語られるのを聞きたかった。確証を得たかった。
「そういえば、その話だったな。私の目指している世界は優しい世界だ」
「……」
それは僕が予想していた答えと同じ答えであった。
「誰も傷つくことの無い優しい世界。その世界を目指す為に私は世界征服をする」
「……それは、酷く難しいことだと思うよ」
「わかっている。世界征服なんかより数段難しいということは、私自身が一番理解している。それでも私が目指す世界なんてそれ以外に無い。それ以外考えられない」
答えは決まった。
「蒼巳観凪。私の世界征服、手伝え」
「……わかったよ」
「うな?」
「紅糸さんの世界征服。手伝わせてもらうよ」
「う、うな!本当か!?嘘じゃなくて本当か!?」
「本当だよ」
「うなー!これで世界征服にまた一歩近づいた!」
余程嬉しいのかその場で飛び上がったり、くるくると踊りだしたりと、いろいろな喜びの動きを披露する紅糸さん。
恥ずかしいからやめてもらいたいのだが、言うに言えない僕であった。
そんな紅糸さんの足元に先程の猫が擦り寄ってきた。
「うな?」
「にゃー」
「ははは、懐かれちゃったみたいだね」
「うな。まあ当然だな。こいつ私の飼っている猫だしな」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?」
「うな?なんだ、その不思議そうな顔は?おっとそうか。言い方が悪かったな」
こほん、と咳払いを一つして、
「ところでこいつは私の猫さ(JOJO第三部、ダービー兄の台詞)」
「なんかちょっとダンディな声で言った!」
「なんだ?知らんのか?ダービーを?あれほど正々堂々イカサマをするキャラクターはそういないぞ。まったく、見習いたいものだな。その生き様を」
「そんな生き様見習っちゃダメだろ!最後精神崩壊だよ!」
「なんだ?知っているではないか?それなら何故声を荒げる必要がある?」
「本気でわからんのかぁ!」
つまりこれは、
「いつから騙してたの!?」
「ちちち。騙すなんて言い方心外だな。ばれなきゃイカサマじゃないのだよ」
「イカサマしている時点で騙してるから!」
「うな?」
紅糸さんは少々考える素振りをして、やがてぽんと手を叩いて言った。
「そういえば騙しているな」
「今気づいたの!?」
「まあ、騙したことは悪いと思っている。しかし私の優しさも知ってもらいたかったのだ」
「演技じゃん!全然優しくないじゃん!」
「うな。だってミナギンいくら勧誘しても乗ってこないから。仕方がなく家で留守番していたニャータに連絡して協力を仰いでみたのだ」
「いきなり馴れ馴れしく変なあだなつけられた!つーか、それより!その猫凄いな!電話出れるのか!」
「というわけで、これからよろしくな。ミナギン」
紅糸さんは可愛らしく笑顔でそう言った。
しかし、僕はそんなことより選択を誤ってしまったことに対しての後悔の念でいっぱいであった。
今日の教訓。
『情に流されて行動してはいけない』




