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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
3章 ただす者
77/80

紅焔の宴《5》3時間前 結末

大変遅くなりました!

これで紅焔の宴(ヴァン・フレアベルタ)編、完結です。




(リエスタ)・シア…」

「軍務相様…」


ヴェリウスとルベリアの口から思わず零れたそれぞれ違う呼び名には、異なった感情がこもっていた。

ヴェリウスからは驚きと敬愛が、そしてルベリアからは怯えと畏怖が。


その異なった感情と複数の視線を背に受けたシンシアナは、玉座に向けていた身体を振り向かせ、その金色の瞳でまずルベリアを見つめた。





「…っ…」

「…ふむ。……ああ、なるほどね。そういうことか。――理解したよ。」


金色の瞳を、半ばアンナレーナに拘束されているようなルベリアと、そして力なく絨毯に崩れ落ち、その表情は俯いていることで窺えないまでも、様子のおかしいルエナ、そして息子に寄り添われ憔悴しきった様子で、己が現れたことに気づくことのないサフィールへ順番に向け、シンシアナは独り言を漏らしながら頷くと、またその身体を玉座へと向けた。





「既にサーナ姫によって、裁きは済まされていたのだね。さしずめ、サフィールはサーナ姫によって死の訴えを退けられ、侯爵夫人が娘を庇い、娘は己の愚かしい思い違いを、見えざる者達によって思い知らされた――といったところかねえ?」

「…相変わらず、全てを見てきたように話すな、シアよ。」

「今更だよ、クロード。そうでなければ軍務の長など務まらないからね。…さて。」


その口から語られる内容は、まさにシンシアナがこの龍妃の間にやってくるまでに起きた一部始終。

そのことにため息混じりに感嘆を口にしたクロードルスに、何でもないことのように返したシンシアナは、だが一瞬の間の後にその声色を変えた。





「――拘束せよ。」

『御意。』


まるで氷の矢のような鋭さで、下された命令に答える2つの声。

その声に、その場にいた一部の者達以外がはっとしたようにシンシアナを見つめれば、いつの間にかその背後に影のように佇んでいた、同じ顔、同じ姿をした2人の男が、シンシアナの命令を確認することもなく、そして一瞬の躊躇いもなく歩み出て、互いに与えられた役割を果たすべく、罪人となった者達の元へと別れていく。





「アレクセイ騎士団長閣下。罪人、モルフィード侯爵息女ルエナ…この者は『秩序の番人(イベナ・ディ・アルファト)』がその身柄をお預かり致します。」

「アーバネスト総隊長殿。重要参考人、モルフィード侯爵夫人ルベリア…この者は『秩序の番人(イベナ・ディ・アルファト)』がその身柄をお預かり致します。」


全く同じ声色が、その顔に一切の表情も浮かべずに、無感情に告げる。

そして彼らが口にしたその内容は、この世界――ルシェラザルト王国に生きる貴族達にとって、とてつもなく大きな意味を持っていた。



七公家ガルブレイス公爵家女当主、シンシアナ・イザベル・フィン・ガルブレイス。

彼女が務める軍務相という役職には、『表』と『裏』の姿がある。


『表』の姿は、ルシェラザルト王国守護騎士団を率い、国の武力の要として、王国内の治安の維持と、騎士養成院の長として直属の部下である騎士団長とともに、次代の騎士の育成・管理など、その職務は“武”に関わるもの全てと多岐に渡る。


そして、『裏』の姿は――全ての貴族の動向を隅々まで監視し、その行いに相応しくないことあれば、王の意向に添わずともその存在すら貴族の系譜から抹消出来る権限を持つ、古から続く組織――『秩序の番人(イベナ・ディ・アルファト)』を率いる、ルシェラザルトの暗部を掌握する長でもあった。


表裏一体とも言える正反対の『正義』を司るその軍務相の地位は、他の地位とは異なり、唯一ガルブレイス公爵家が歴代世襲するもので、そして何故か必ずその後継は女性が継ぐという――七公家の中でも特殊な存在であった。






「…サーナ姫、姫はこの者の命を救いたいんだね?」

「はい。私を疑ったこと、クロードルスさんの言葉に従わなかったこと、それがこの国ではどれほど重い罪なのか…理解はしています。でも私は、それでも命で償って欲しくないんです。…当たり前だと、思えないから。やり直す機会を、奪いたくないから。」

「……。姫、それは理想論に過ぎないよ。この者は、我らの真の王たる龍王陛下を煩わせ、姫を疑い、侮辱した。それは到底赦されることではない。…私が、この手で斬って捨てたいくらいなのだよ。」


そう言って腰に()いた愛剣の柄に触れるシンシアナに、なつなはそれを見つめて緩く首を横に振る。

自分が向けた殺気に、過敏に身を震わせたルエナを一瞥もせずに、シンシアナは短く息を吐き出して、またなつなを見上げた。





「…姫は、貫くんだね。それが、理想論でも。この者の命を奪わないことで、後にどんな危険がその御身に降りかかることになっても。」

「…はい。」

「そう…そうか。覚悟の、上なのだね…」


そう呟いて、一度瞼を伏せたシンシアナは、だが暫くしてその瞼が開かれた時、穏やかだったその眼差しには鋭さが宿っていた。





「――だけれど、サーナ姫。誠に申し訳ないのだけれど、この者の行いを私は軍務の長として…いや、『秩序の番人(イベナ・ディ・アルファト)』を率いる者として、見過ごすことは出来ない。七公家を名乗る1人としては、姫の心に添いたいけれどねえ…」


姫は姫の心のままに、この者を許し、姫なりの罰を与えたのだろう?


そう問いかけたシンシアナに、なつなは自分の手に優しく重ねられたレイの手に手を重ねて、シンシアナを見つめ返す。

そこにいたのは、この2年の間に何度も顔を合わせ、その度に臣下としてではなく、まるで実の母のような大らかさと器の大きさで、自分と接してくれた姿と重ね合わせるように、軍務相としての冷酷な厳しさを見せるシンシアナの姿で。





「…私の考えが、甘いことは分かってます。誰かの命を奪いたくないって思うことが、私のエゴだってことも。…それが私を護ってくれるみんなに、迷惑をかけるかもしれないってことも。」

「……」

「――私は、龍王の半身です。政治には関わりません。でも…これは私が負わなければならない『責任』なんです。私が出した『結論』なんです。……だけど、だけどシンシアナさんがそう判断されるなら…私は、それを受け入れます。」


視線を逸らさずにそう告げながら、けれど重ね合わされたその手が微かに震える様と、そして何よりもなつなの横顔を見つめるレイの慈しむような眼差しが、なつなの心情を現していて。

納得出来てはいないだろうに…そう自身の心中で呟いたシンシアナは、けれどその貫かれた意志に敬意をはらうように、深く臣下の礼を取った。






「――主犯、モルフィード侯爵息女ルエナ・モルフィード、重要参考人モルフィード侯爵夫人ルベリア・モルフィード。両名を『秩序の番人(イベナ・ディ・アルファト)』の名の下に拘束する。ルエナ・モルフィードが犯した罪は、『半身殿下並びに王族への不敬罪』。如何なる場合でも許されぬ重罪である。通常であれば、死を持って償いしこの罪であるが…殿下の恩赦により、系譜よりその名を抹消し、『不変の箱庭(ロトス・ディ・フーア)』への幽閉を命じる。」


淡々とした口調でシンシアナが告げた内容に、彼にされるがままその場に立ち上がらされていたルエナは、俯けていた顔をゆっくりと上げて、蒼白した顔色のままにその通告を聞いていた。

その表情や様子には、それまでの彼女の振る舞いや傲慢さは見る影もなく、ただただ自分が犯した愚かな行いを悔いるような、もしくはその罪の大きさを受け止めきれずにいるような、頼る者を失くした子供のように見えた。


けれど少し離れた場所で、同じように別の彼に拘束されているルベリアは、娘とは違い、シンシアナが口にしたその通告の内容に、それが意味することに、漸く自身の楽観的な考えがとんだ心得違いだったことに気づき、その表情から色を失った。





「ル、ルエナが『不変の箱庭(ロトス・ディ・フーア)』へ、幽閉…?そ、そんな…」



――『不変の箱庭(ロトス・ディ・フーア)』。

その名を聞けば、王族も、そして貴族の誰もがその顔色を蒼白に変える――絶望の地。

ルシェラザルト王国の西の果てより見える、海に浮かぶ孤島。

そこにあるのは、穢れなき真白き塔。

その塔の背後には断崖絶壁、そして塔の出口はただ1つ。


天高くそびえる塔に設けられた部屋は各階に一部屋ずつ、そしてその部屋の扉は特殊な魔術障壁で閉じられ、その部屋へ幽閉される者の魔力と血を媒介にして、魔術障壁が構築される。

その障壁は媒介となった人間を部屋へと閉じ込め、決して扉をくぐることは出来ない。

部屋には生活出来るだけの設備の全てが揃い、食事だけが番人によって運ばれる。

けれど決して番人は、幽閉された者と会話をすることはない。


はめ殺しの窓から見える景色と、聞こえる音だけが、幽閉された者にとっての世界に変わる。

ずっと変わることのないそれは――まるで不変の箱庭。


それが、罪を犯した者への…永劫の罰となるのだ。




「ルベリア・モルフィードは審問の後、サフィール・モルフィード候との婚姻関係、並びに嫡男アルフォンスとの母子関係を離縁し、生家へ戻り、残りの生涯を過ごされよ。系譜より抹消はせぬが、その思考は貴族として相応しくない。故に再婚は認めぬものと心得られよ。」


告げられた内容に喉が詰まり、言葉を紡げないルベリアの様子を一瞥し、シンシアナは彼らに視線を移す。

その視線に軽く頭を下げた彼らは、身体から力の抜けた様子のルエナ達を苦もなく引き連れて、龍妃の間の扉へと向かう。

そして開けられた扉の先で待ち構えていたように整列した、揃いの軍服に灰色の仮面を付けた男女を従え、龍妃の間に向けて深く臣下の礼を取り、去っていく。


そして再び閉められた扉に、龍妃の間に漸く、静寂が訪れた。





「――シンシアナ…」


その静寂を打ち破るように、憔悴しきった声色で自分に呼びかけたサフィールに、それを手で制して、シンシアナは頷いた。




「何も言わなくていいよ、サフィール。貴方は、サーナ姫に赦された。今回のこと、多少の醜聞にはなると思うけれど、それもすぐに収まるだろう。姫の恩赦に加えて、貴方にはそれだけの人望と実績があるからね。」

「そんなことは…」

「ああ、全く随分と弱気になったものだねえ…サフィール。その顔色じゃあ、すぐにでも休んだ方がいい。アルフォンス坊や、連れてっておやり。」

「シンシアナ様…」

「ああ、もう坊やって歳でもなかったねえ。…アルフォンス、サフィールとともに形式上、審問を受けて貰わなければならない。扉の外に私の部下がいる。今日は、軍務塔に泊まりになるねえ。」

「…はい、心得ています。お心遣いに、感謝いたします。さあ、父上。私にお掴まり下さい。」


シンシアナに深く礼をして、サフィールに寄り添い立たせたアルフォンスは、父とともになつな達へ向けてまた深く深く臣下の礼を取り、ゆっくりとした足取りで龍妃の間を後にした。

その姿を見送ってから、シンシアナは深く息を吐いて玉座を見やった。





「…姫、悪く思わないでおくれね。臣下として、そして何より御身の安寧を祈る者の1人として、あれが精一杯の譲歩なのだよ。」

「…はい、分かってます。シンシアナさんに嫌な役割をさせてしまって…すみません。私の我が儘で…」

「そんな風に私は思っていないよ。姫はそれでいい、我らはその心をどんな形であっても護るだけなのだから。」


そう鷹揚に告げて微笑んだシンシアナは、自分の背後に整列した愛弟子であり部下でもある者達を振り返り、その表情を見渡した。





「ヴェリウス、キール、ウィルクス、アンナレーナ…ご苦労だったね。」

「いえ…しかし、まさか長までがお見えになるとは…」

「驚かせたかい?本来であれば、もう少し後に来る予定だったのだけれどねえ…予感がしたものだから。」

「相変わらずの精度ですね…(リエスタ)は。」


苦笑混じりに思わずそう漏らしたヴェリウスに、シンシアナは鷹揚に笑い、そして今度はその視線をアンナレーナの腰のある一点に移した。





「その剣だね。アンナレーナがサーナ姫より賜った剣は。」

「――はい。恐れ多くも、火焔の剣人(フレアマイスター)ライエン殿にお創り戴きました。」


シンシアナの言葉に頷いて、アンナレーナは自身の愛剣となった剣の柄を撫でる。

その剣は、ヴェリウス達に贈ってから暫くののちに、なつな自らがライエンに依頼し、アンナレーナに贈るべく創られた、ブリガンダ鉱製の剣だった。





「…ふむ、流石にライエンだ。いい仕事をするね。アンナレーナによく馴染んで(・・・・)いる。ヴェリウス達の剣もね。…これは、紅焔の宴(ヴァン・フレアベルタ)後の訓練が楽しみだねえ…」


不敵な笑みをたたえながら自身の愛剣を撫でたシンシアナに、ヴェリウス達4人の騎士の表情が引きつる。

そんな彼らを気にすることはなく、シンシアナは今度はクロードルス達に視線を移し、今回の騒動の後処理について相談を始める。


そうして、あっという間に宴の時間が迫り、レイやなつな達が身支度のために白王宮へ戻るまでの間、龍妃の間でのやり取りは終始シンシアナのペースで進んでいくのだった。






長々続きましたが、これにて紅焔の宴(ヴァン・フレアベルタ)編、並びに第3章ただす者、完結いたしました。

ああ…っもう、この最後難産でした。別名シンシアナ無双の回!

無双になったかは分かりませんが、今回の紅焔の宴(ヴァン・フレアベルタ)編、キーパーソンは彼女でした。

今回の話の中で、彼女がいなければルエナはあのままなつなちゃんに許され、今まで通りとはいきませんが、侯爵令嬢としての生活に戻るはずでした。

でもそれを良しとせず、尚且つなつなちゃんの想いを汲みながら、誰もがある程度納得出来るように断罪出来る存在が、シンシアナでした。

平和なあの世界も、暗部がないわけではありません。

そしてその暗部を監視し、支配しているのが彼女です。

この辺りの話は、シンシアナの人物紹介で出来るといいなあ…。


それから第3章タイトル、『ただす者』ですが…これには複数意味があります。

問い質す、過ちを正す、罪過の有無を糺す…それぞれの立場で全く意味合いが違うわけです。

そんな考えが込められたタイトルでした。

さあ、なんとも長くなりましたが、これで第2部も終了となりました。

いよいよ物語は核心に迫っていくわけですが…閑話を入れるかすぐに始めるか迷いどころです。

ひとまず考えます!


そしていよいよ今日から『第7回ファンタジー小説大賞』が始まりました!

恥ずかしながら、今年も参加させていただいております。

よろしければ皆さん、応援していただければ幸いです!

是非清き一票を!


それではまた次回、出来るだけ早くお会い出来ますように…!(切実に!)




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