紅焔の宴《4》3時間前 免罪
次話で最後になります。
長くなってしまって、申し訳ありません_|\○_
今回の展開に、納得されない方もいるかもしれません。
でもこれが、悩み続けたなつなちゃんの、結論です。
受け入れていただければ、幸いです。
「――どうしても、そういう結論になってしまうんですか。」
サフィールが自身の死と引き換えに、終止符をつけたこの結論に、ただ1人だけ異議を唱える者がいた。
揃いの玉座の片側に腰掛け、悲しみや憤り、様々な感情をない交ぜにした表情で階下でのやり取りを見つめていたなつなは、自分の言葉に戸惑いの表情を浮かべているクロードルス達に、疑問を投げかけた。
「どうして、何の話し合いもなく『死ぬ』という結論になってしまうんですか?それがこの国では『当たり前』のことなんですか?」
「サ、サーナ殿下…?」
「ルエナさんが私を疑ったことが、罪になるというのは分かってます。…でも、死ななければいけないくらい重い罪なんですか?娘が起こしたことの責任を取って、父親であるサフィールさんも責任をとって死ななければならないくらい、重い罪なんですか?」
強い光を宿した漆黒の瞳が、国王と宰相、そして当事者である財務相とその娘を射抜く。
納得出来ないと、雄弁に語るその言葉と姿勢に、射抜かれた彼らは動揺を隠しきれず、クロードルスとウェザリアスは互いの視線を瞬時に交わし合った後、その瞳を龍王やその背後に控える六属龍達へと向ける。
けれどその瞳に映ったのは、自分達のような動揺や困惑ではなく、互いになつなを見守るように見つめながら、その意志を優先しようとする龍王と六属龍達の姿だった。
「龍王陛下…?」
「――クロードルス、サーナにとって『死』というものは、最も受け入れられない結論のようなんだ。サーナがいた国には、そもそも身分制度がなかった。だから、『不敬罪』という概念がない。」
「身分制度が、ない…?」
「…つまりね、サーナにとっては自分が疑われたことは罪になると理解は出来ても、『死』を選ぶ『罪』には値しないことだということなんだ。」
「!」
「だから、こうして怒っているんだよ。それを『当たり前』に望み、『当たり前』に許していることに。」
あの揺らぎと憤怒の圧力が収まり、普段見せる冷静な龍王の姿を取り戻したレイが、なつなの真意を説明すれば、予想だにしないその内容にクロードルス達は言葉を失った。
そして、いつも穏やかな日溜まりのような雰囲気を持つなつなが、初めて見せた強い憤りの感情の意味を知り、その重大さにクロードルスとウェザリアスは顔色を変えた。
「では、サーナ殿下にとってサフィールが望む処罰は、本意ではないと…?」
「その通りだよ。その証拠に、サフィールの娘の企てを知ったライナスが、その娘を殺しに行こうとした時、サーナはそんなことをすれば婚約を解消すると言って、ライナスにも僕達にも酷く怒ったからね。」
苦笑混じりにそう告げたレイの言葉に、自分が既に一度殺されそうになっていた事実を知り、ルエナはより顔色を失う。
そしてサフィールを含め、クロードルス達はそこまでする程に『死』を拒絶するなつなの反応に、ならばどうすればと途方に暮れた。
けれど、そんな彼らに別の道を示したのもまた、なつなだった。
「何らかの罪に問わなければいけないとしても、当然のように死刑を選ぶのだけは止めてください。私は、誰の命も奪いたくないんです。その命の重みを、知っているから。」
「殿下…」
「誰だって間違いを犯します。私だってそうです。でも、死んでしまったらやり直すことだって出来なくなるんです。自分の間違いを知ることも出来なくなるんです。」
「……」
「サフィールさん。あなたが死んでしまったら、悲しむ人がいるんだと…あなたを必要とする人がいるんだと、どうか忘れないでください。きっとあなたにしか、今の仕事は出来ません。」
「サーナ殿下…」
「成人した子供の罪を、親が償う必要はありません。死ぬことだけが、償いではないんです。どうか生きて、あなただけに出来ることをしてください。この国のために…あなたを目標とするアルフォンスさんのために。」
漆黒の瞳に自身を思いやる優しさを映して、真摯な言葉をかけてくれるなつなに、サフィールは口唇を噛み締めながら、涙を堪えるように両目を手のひらで覆う。
「サーナ殿下、本当に…本当になんと申し上げれば良いのか…。誠に、誠に申し訳もございませぬ…!私は…っ、私は…!」
そのまま絨毯の上に両膝を付き、深く頭を垂れながら嗚咽混じりに謝罪を口にするサフィールに、なつなは赦しを告げた。
そんな父に駆け寄り、寄り添いながら、アルフォンスはなつなを見上げ、その眦に涙を滲ませると、深く頭を下げながら感謝を口にする。
そんな父子の姿にほっと息をついてから、なつなはその瞳を今度はルエナとその傍に寄り添うルベリアへと向けた。
「殿下、この子を御赦し下さるのですね?なんと御心の御優しいことでしょう…!ルエナは本当は思慮深く優しい子なのです。今回のことも、悪気があったわけでは…!」
なつなが言葉を紡ぐ前に、まくし立てるように話し出したルベリアの言葉の的外れさに、この場にいるなつな以外の全員がその表情を不快げに歪ませる。
けれど、なつなだけはそんな母親の姿を見つめて、その表情を変えることなく話しかけた。
「…私は、ルエナさんを赦したわけじゃありません。罪を償うために、死刑を選んで欲しくなかった…それだけです。」
「…え?」
「私、怒ってるんです。ルエナさんは、自分の欲のためにレイを利用しようとした。それだけは、やっぱりどうしても許せなかった…それに。」
そう言いかけて、なつなは一度瞼を伏せてから、まるで窘めるように言葉を続けた。
「ルベリアさん。そうしてあなたがルエナさんを庇い続けることが、一番良くないことだと思います。」
「!な…」
「私、まだルエナさんの口から謝罪の言葉を聞いていません。私だってまだ、ルエナさんに言い過ぎてしまったこと、謝れていません。ルエナさん、あなたは今何を考えてるんですか?」
「そ、それは勿論殿下に心からの謝罪をと…」
「ルベリアさん、あなたに聞いているわけじゃないんです。あなたの意見をルエナさんの意見にしないでください。…アンナレーナさん、お願いします。」
「――かしこまりました。」
ルベリアの言葉を遮り、厳しい口調で告げたなつなはアンナレーナに声をかけ、その声に即座に反応したアンナレーナは、有無を言わせずルベリアを立たせ、ルエナから引き離した。
それを見届けたなつなは玉座から立ち上がり、六香龍達だけを伴うと、すぐさま玉座を立ち、脇に控えるクロードルスの傍を通り抜け、ルエナの前に歩いていく。
それを受けて、アルフォンスがサフィールを立たせ、ルエナの前から退けば、ルエナとなつなを遮るものは何もなくなった。
「――ルエナさん。」
なつながかけた声にビクリと身体を震わせ、それでも顔を上げれずにルエナは身体を縮こまらせる。
その態度になつなの傍に控える六香龍達から、鋭く冷えた眼差しが突き刺さるが、それでもルエナは言葉を紡げなかった。
「…私、言い過ぎてしまいました。きっとルエナさんのプライドを、傷つけてしまったと思います。本当にごめんなさい。」
「……」
「でも…レイのことを利用しようとしたことは、許せません。さっき言ったことも、私の本心です。私とレイは、2人で1つなんです。だから私の半身を、そんな風に見られたくありません。」
「…っ…」
「こうしてあなたと会うのも、きっとこれが最後です。…あなたに、少しでも私の気持ちが伝わりますように。」
最後は呟くように言葉をかけて、なつなは踵を返す。
そして、その後ろに六香龍達が続こうとした時、聞き逃しそうな程小さな声が、なつなの耳に届く。
「本当に…っ申しわけ、ございませんでした…っ…」
震える声で漏らされた言葉は、それだけだった。
けれどもなつなは、それだけで十分だと言うように瞼を伏せてから、ルエナを振り返ることなく告げた。
「――あなたはこれから一生、見えざる者達に監視され続けます。私が許しても、見えざる者達はあなたを許さないから。私がみんなを説得しても、全てを納得させることは出来ません。…それが、あなたの罪です。」
「…っ…」
「…でも私は、あなたの謝罪の気持ちを信じます。そしてサフィールさん…どうかこれをきっかけに、親子でお話になってみてください。自分達のこと、なんでもいいんです。――かけがえのない、親子なんですから。」
その視線を今度はサフィールへと向け、なつなは微かに微笑みながらそう告げる。
そして最後にまたルエナへと、言葉をかけた。
「これが、あなたの行動の結果です。失った信頼を取り戻せるかどうかも、ルエナさん…あなた次第です。私はこれ以上の償いを求めません…後はクロードルスさん達にお任せします。」
自分達を見つめて後を任せたなつなに、クロードルス達は承諾の意を告げて、また玉座へと戻っていくなつなに深く頭を下げた。
そうして漸く収まった場に、まるでそれを待っていたかのようなタイミングで、誰何の声をかけることなく、龍妃の間の扉が開かれる。
「――予定より早く罪人を引き取りにきたが、これはまた面白いことになっているようだねえ…。私の勘も当たるものだ。」
女性にしては低音の声で、どこか楽しげな口調で話しながら、軽やかな足取りで怯むことなく龍妃の間の中央へ歩いてくる人影。
愛剣を左腰に帯き、水色の髪を靡かせながら、漆黒の騎士正装で身を包むその姿に、それを目にしたヴェリウスを始めとした騎士達は、思わず唖然とした表情で佇むこととなる。
「――やはり来たか、シア。」
「私の第六感が告げたのでね。一足早く罷り越したよ、クロード。」
別段驚くことなく迎え入れたクロードルスに、鷹揚な口調でそう告げたシア――七公家ガルブレイス公爵家女当主、シンシアナ・イザベル・フィン・ガルブレイスは、その涼しげな瞳を細めながら、玉座に腰掛けるレイとなつなへ向けて、臣下の礼を取った。
なつなちゃんなりの、ルエナへの処罰はこうなりました。
一生、見えざる者達に監視され続ける生活は、どこにいても、たとえ姿を隠そうとしても逃れられません。
ルエナがもしまたなつなちゃんに対して悪意を抱けば、彼らは躊躇うことなく手にかけるでしょう。
そんな心休まらない日々に、彼女は身を置くことになります。
その日々の中で彼女が心から反省し、やり直すことが出来ることを、なつなちゃんは祈っています。
そしてサフィールはなつなちゃんに諌められたので、きっと決意を新たに国に尽くしてくれるでしょう。
この結末が少しでも、皆さんに受け入れていただけますように…。
そして新たに登場した女公爵シンシアナ。
次回、彼女の無双が始まります(笑)
お待ちいただければ幸いです。




