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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
3章 ただす者
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謁見後《1》龍の怒りを鎮めるのは

龍王様、年内最後の更新となります。





ルエナが颯爽と去っていった後、なつなの執務室を包んでいた圧を帯びた空気を裂いたのは、ぴしり、と何かが割れる乾いた音だった。


そしてその音を立てた主であるシェリアは、自分の手の中で粉々に砕けた紅茶のカップを冷ややかに見つめた後、その欠片に己の魔力を込め、まるで最初から存在しなかったかのように、それらを空気に霧散させた。


その霧散していく様を暫し眺めた後、シェリアは表情をひきつらせるなつなに向けて、いつもの微笑みを向けると姿勢を正し、その視線を窓へと向けた。





「…空気の入れ換えを致しますわ。不届き者の香りをいつまでもなつな様に感じさせるなど、耐えられませんもの。」


そう言ってシェリアは執務室の全ての窓を開き、するとそれを待っていたかのように室内に緩やかな風が流れ込む。

そしてその風は室内を一周するように流れ、窓から風が流れていった後には、室内にはアメリアの花の瑞々しい香りだけが残っていた。






「…四代のみんなは、ルシェラザルト全土を廻ってきて。翠月はアルノディス達のところに。」


そんな中、なつなは唐突にメルフィオーサ達に言葉を紡ぎ、その言葉を耳にするや否や、なつなの周囲から護人(まもりびと)達の気配が消えていく。

そのやり取りをなつなの背後で見ていたセラフィナは、そこから感じ取った異様さに、漸く怒りに冷えた気配を絶ち、深い息を吐いた後、なつなに問いかけた。





「…見えざる者達の怒りは、どうやらわらわ達以上のようですね。」


セラフィナが怒りを解き、冷静さを取り戻した理由はそこにあり、的確にそれを指摘したセラフィナに、なつなは苦笑いを向けた。





「はい、凄く怒ってて…だからなのかみんな、私の言葉にもなかなか納得してくれなくて。…でも、フィオ達が出向けば大丈夫だと思います。」

「それならばよいのですが。…わらわも、御前を失礼してもよろしいでしょうか、なつな様。」

「はい。…ライラさん達をよろしくお願いします、セラフィナさん。」

「その御心のままに。…少々、荒療治となりそうですが。」


深く頭を下げ、隣室へと入っていったセラフィナと入れ替わるようにして、入ってくる複数の影。

その中でも一際大きな2つの影は、あっという間になつなの傍に走り寄り、その足下へと座り込んだ。





《なつな様、ご無事ですか…!》

【主よ、大事ないか】


まるで示し合わせたかのように、自分を案じる言葉を口にした二頭の守護者に、なつなは穏やかな微笑みを向けて、交互にその躯を撫でた。





「大丈夫、心配かけてごめんね…コハクもスオウも。よく耐えてくれたわね。」

《…いえ、私達だけでは耐えられませんでした。シオン様がいなければ、私達は…》

【……済まぬ】

「それでも抑えられたじゃない。なら、それでいいの。2人は、まだ成長課程なんだから。」


微笑みかけながらそう言って、なつなはその瞳を今度は隣室の入口へと向けた。





「シオンも、見守ってくれてありがとう。」

“僕は僕が為すべきことを為したまでだよ。…予想よりも混乱は起きなかったしね”


シオンの言葉になつなが首を傾げれば、シオンの背後から姿を現した影。

その人の表情を見て、なつなは瞳を瞬かせた。






「レイ…?」

「お疲れ様、なつな。」


現れたレイのその穏やかな表情に、なつなは思わず立ち上がり、傍に駆け寄るとその頬に手のひらで触れた。

その手のひらを自分の手のひらで包み込んで、レイはなつなの瞳に映った疑問に答えた。





「大丈夫だよ。僕もライナス達も、怒りには囚われていないから。」

「どうして…?もっと怒ってるんじゃないかって、そう思ってたのに…」

「…傍で、あれだけの苛烈な怒りに触れてしまえば、ね。逆に冷静になれるものなんだって、今日初めて知ったよ。」

「…ライラさん達のことね。」

「シェリーンとユーナディアが、なんとか抑えていたようだけど…大丈夫なの?」

「セラフィナさんが行ってくれたから、大丈夫。…香龍はね、主の前で力の暴走を見せてはダメなんだって。それは、香龍の恥となるって、セラフィナさんがそう言ってた。」

「そう…だからなつなは行かないんだね。」


その言葉に頷いて、なつながレイと共にソファーに腰掛ければ、白王宮(はくおうきゅう)の外――香宮(こうきゅう)の方から、濃密な魔力のうねりを感じ、それだけでセラフィナの荒療治がどんなものか、2人には分かってしまう。

そしてそんな2人の元へ、ライナス達六属龍が姿を見せた。






「なつな。」

「ライナスさん。」

「お疲れ様でした。…あの娘の言葉に、なつなの心は傷ついてはいないのですね?」

「はい、大丈夫です。」

「そうですか…良かった。」


なつなの前に跪き、その両手を掴むと、安堵の息を吐きながら自分の額を押し付けたライナスは、なつなの瞳を見つめて、漸く微笑みを浮かべた。

そんなやり取りを横目に見ながら、他の属龍達は思い思いにソファーへと腰掛けた。





「…ひとまず、なつなのお陰でルエナ・モルフィードの愚行は確認出来た。なつなが気にしていないのが、唯一の救いだな。」

「あれだけ的外れなことをスラスラと言えるなんて、呆れ過ぎて言葉がなかったよ。自意識過剰にも程があるね。」

「しかし、あの娘の目的が見えませぬな…。なつなを疑っているだけのようには見えなかった、その真の目的が我には見通せぬままでしたが。」

「そうだな…何が目的なのか。」

「でも、凄く嫌な感じがした…。あの人が纏う邪気が、なつな姉さんまで、包み込もうとしてた…」


各々の意見を述べながら、シェリアが出した紅茶を口にするアルウィン達に、その答えを示したのは他ならぬなつなだった。






「ルエナ嬢の目的は明確よ?ルエナ嬢は、私を貶めたいの。彼女が狙っているのは、私の立場だから。」


なつながあっさりと口にした言葉に、その場にいたなつな以外の全員が惚けたような表情でなつなを見つめ、誰もが口を開けずにいる。

その中でなつなの発言をなんとか飲み込み、問いかけられたのはレイだけだった。





「なつな…じゃあルエナ・モルフィードは、なつなに成り代わろうとしているというの?」

「そうだよ?たぶん、私が半身じゃないって疑ったのも、私が半身に相応しくないって思ったからだと思うし。」

「待って、待って…なつな。どうしてなつなが相応しくないなんて思えるのか、僕には分からない…」

「自分に自信があるからだと思うよ?だって確かにルエナ嬢、私より全然綺麗だもの。『半身は万物全てに愛される存在』。それを知っているからこそ、美しい自分こそが相応しいって思ったんじゃないかな。」

「……」

「そう考える人がいるって、珍しいことでもないと思うけど、違うのかな?自己愛論者(ナルシスト)だし、仕方ないと思うけど…」


そう言いながら顎に指を当てて、首を傾げるなつなの言葉はあまりに予想外過ぎて、問いかけたレイも、言葉を紡げずにいたアルウィン達も、更に言葉をなくしてしまった。







次話に分けます。

次話は来年の更新になるかと思います。

お待ちいただければ幸いです。

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