疑惑の目
とある令嬢の独白。
「――ああ、いよいよ明日ね。明日、わたくしが真実を突きつけた時、『あの女』は一体どんな表情をするのかしら…」
自室の長椅子に身を委ねながら、待ち望む日を思い浮かべるように愉悦の表情を見せる彼女の、脳裏にある企みをもし誰かが見抜けていたら、すぐ先の未来で起こる絶望を、防げたのだろうか。
いや、きっとその絶望が薄まることはあれど、完全に防ぐことは出来なかっただろう。
有象無象としか思っていないたった1人の人間の、私利私欲に塗れた身勝手な思考。
それが『愛し子』にさえ向けられなければ、『愛し子』が幸福に生きる中でそれを妨げさえしなければ、『彼ら』は人が争おうと奪い合おうと嘆こうと、構いはしないのだ。
『愛し子』以外に関心を向けず、それ故に『愛し子』に敵意や害意を持った瞬間から、『彼ら』は例外なく皆がその者をあらゆる事象から排除しようとするのだから。
*
見える景色は、いつも変わらない。
どこまでも続く海原と大空。
陽射しの暖かさも、吹く風の温度も、気温も、肌で感じることが出来なくなってどれくらいの日々が経ったのか。
無意識に触れた窓からは自分の体温しか感じ取ることが出来なくて、『わたくし』は瞼を伏せる。
高位貴族の娘として傅かれ、華やかで豪奢な衣装に身を包み、宝石を纏い夜会に参加し、優雅な踊りに身を任せ。
賛美された日々が今はもう――ただただ懐かしい。
お母様の顔も、お兄様の顔も、そしてお父様の顔も、今はもうはっきりと思い出すことも出来ない。
今の『わたくし』に許されているのは、この命尽きるその時まで――『彼の方』への贖罪を胸に、時を刻むことだけなのだから。
――どうして『わたくし』は、あんな思い上がりをしてしまったのかしら…
その答えは、『継承の日』に遡るのだろう。
あの日、その姿を初めて王城の貴賓席から見つめた瞬間、感じた感情を、滲んだ怒りを、わたくしは今でも覚えている。
――あの女は、決して『龍王陛下の半身』様などではない。
あるはずがない。
あの、混じり気のない漆黒の髪。
深い闇色の瞳。
どこまでも全てを塗り潰す――不吉な『黒』。
この世界に生きる者は誰も纏わない、闇色を纏うあの女が、半身様でなど、あるはずがないのだ。
認められるわけがない。
あんな者をこの場にいる民も同じ貴族の方々も、王族や七公家の方々も誰も疑わないのか。
――いや、きっと騙されているのだ。
(闇なんて…龍王様のお隣りには相応しくないわ)
心の中で呟いた言葉に纏った感情に、その時のわたくしは気づかなかった。
でも、今なら分かる。
これは、羨望だ。
龍王様の御傍に、当たり前のように佇み、優しさを享受し、その微笑みを向けられるあの女が憎らしい。
あの女よりわたくしこそ、その座に相応しいのに!
高貴な身分に生まれ、蝶よ花よと誉められ愛されて、敬われてきた、誰よりも美しいわたくしこそが相応しいのに!
あの女を目にした時、長年の疑惑が確信に変わった。
寝物語のように語られる、『龍王様』と『半身様』の昔話。
『半身様』は魔力がない代わりに特別な力を持ち、万物全てに愛されるという、夢のような話。
――あれはやはり、ただのお伽話でしかなかったのだ。
わたくしに劣るあの女に、そんな特別な力など、あるはずがないわ!
そもそも魔力を持たない人間なんて、いるはずがないわ!それくらい常識だもの。
あの女はきっと魔術に長けているんだわ、その力で全てを欺いているのよ!
そうだとしか思えないわ、だって全てに愛されるのは、このわたくしだもの!
ギリッ、と奥歯を噛み締める。
令嬢は気づかない――貴婦人達に“夜会の徒花”と陰で揶揄されている、その美しい顔が、今は嫉妬で醜く歪んでいることを。
(わたくしが暴いてやりますわ…きっと、きっとね)
声には出さなかった企み。
令嬢がもし人並み以上の、魔術師へと至れるほどの魔力を持っていれば、なつなが『魔力を持たない』ことに、気づけたのだろうか。
――いや、きっとそれでも気づけなかっただろう。
自己を甘やかすことに長け、自己を鍛えることなど考えもしない令嬢には、切り開ける『運命』などないに等しい。
だからこそ、令嬢から放たれる『悪意』に、ざわりと…姿見えぬ者達がざわめいたことなど、令嬢は気づけない。
その企みなど、『彼ら』には筒抜けなのだと、気づくことは出来ないのだ。
『歪み』の正体、のお話でした。
あえて、短くまとめてみました。
ここからは色々場面がめまぐるしく変化していきますので、まとめて更新するためにも、少し更新までお時間をいただきます。
予定では、1週間ほど…お待ちいただければ、幸いです。




