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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
3章 ただす者
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予兆、そして影

前話から、2ヶ月経過しています。






なつなが真なる覚醒を終え、早2ヶ月。

その日常はまたいつもの穏やかな、なつなにとって当たり前となった日々に戻っていた。


目覚めてから数日は、ルシェラザルト山に住む動物達や聖獣達のお見舞い攻勢が凄まじいものだったが、それも落ち着き、彼らもまたなつなの様子が問題ないことに安堵したように自分達の営みへと戻っている。


そして目覚めてから数日は普段通りの生活を送りながらも、時折微睡むようにぼんやりと佇み、どこか遠くを見るような眼差しをしていたなつなの姿は、レイをはじめ、なつなを愛する者達にとって酷く頼りないもので。

しかしそれがあの日を境に自覚した、内なる力の感覚に慣れるためのものだと知った時、レイ達は過保護になるのではなく、なつなを信じ、見守ることを選んだ。


それはどうやら正解だったようで、日々を過ごす内に、なつなが本来の彼女らしさを取り戻し、そしてそれに合わせるかのようになつなと護人(まもりびと)となった四代(しだい)との関係もまた、自然なものへと変化していった。

そのことに、レイ達はただただ安堵し、そしてまたなつなの成長をも実感し、嬉しさや寂しさが混じった、複雑な笑みを零していた。






「フォル、アル。今日もいい天気ねー…」


その日なつなは、白王宮ではなく、その空の上にいた。

初冬のどこか肌寒い空気も、過保護な護人(まもりびと)によって、程よい気温に保たれたなつなの周囲には関係なく、なつなは澄み渡る青空の中、のんびりと声を漏らした。

そんな主に愛称で呼ばれた護人――ノーフォルクとシュアルクスは、主の傍に佇み、また穏やかに相づちを返す。





〈そうですね、姫様〉

《ですがそれも今日までかと。明後日には初雪が降りますよ、姫》

「え、ホント?いいこと聞いたなー…そうだ!今年はコハクと雪うさぎを作ろう!」


シュアルクスの言葉に、なつなは表情を綻ばせ、名案を思いついたとばかりに、楽しそうに声を上げる。

そんな主にまた、2人の護人は穏やかな微笑みを向けた。





〈姫様が楽しそうだと僕も嬉しいです!でも姫様、雪うさぎってなんですか?〉

「ん?えっとね、こう…雪を楕円形に固めて、木の実とか葉を使って、目や耳を表現して小さなうさぎの形を作るの。あ、うさぎっていうのはね…」


身振り手振りを交えて、そんな話をしながら時間を過ごしていたなつなの耳に、麓の王城の大鐘楼の涼やかな音色が届く。

その音色に意識を向けたなつなの元に、不意にふわりと人影が現れる。





『――我が君、お迎えに参りました。そろそろ、シェリア殿との約束のお時間ですよ』

「え…わっ!『大鐘楼の8つの音』ってことは、もう3時なの?!気づかなかったー…」


現れた翠月の言葉に、あちゃーと言いたげな表情で息を漏らしたなつなを、3人は微笑ましげな瞳と表情で見つめている。

その足下では8度鳴った鐘がまた暫しの間を置き、また8度鳴らされている。


ルシェラザルトにも『時計』というものはあるが、日本のように安価で小型なものはあまり普及していない。

王城や七公家の邸、公務に関する場所には大型の時計があるが、小型のものは所謂“コレクター”扱いになっている。

何故なら一般の民でも使える初歩的な『魔術』の中に、大鐘楼に備え付けられた大時計を映すことの出来るものがあるからだ。

所謂“感知”に近いものなのだと、なつなはレイから聞いたが、それでもまだ魔術を習う前の子供達には分かりにくい。

そのため麓の王城の大鐘楼の鐘は、毎朝8時から夕方6時まで、1時間毎に音色を響かせる。

その音は時間が経つ度に1つずつ、音色の数を増やしていくのだ。





「よし、帰ろうみんな。」


なつなの言葉に頷き、ノーフォルクは緩やかな風の流れを起こす。

その風に導かれるように、空の上に佇んでいたなつなの身体は地上へと近づき、小さかった白王宮が次第に近付いてくる。

そしてその庭先に、なつなを出迎えるように佇むライラとコハクの姿を見つけ、なつなはその場に降り立った。





『お帰りなさいませ、なつな様。』

「ただいま、ライラさん、コハク。待たせてごめんね!」

「構いません。空の散歩は楽しめましたか?」

「とっても!」


そう答えて笑顔を返すなつなに、自分のことのように嬉しそうにライラは微笑み、なつなとコハクと共に、白王宮の中へと入っていく。

その光景もまた、あの覚醒を終えた後、見られるようになった光景だった。



四代(しだい)という存在がなつなの護人となってから、ルシェラザルト山内限定だが、なつなは時折、供を連れずに過ごすようになった。

以前からレイ達も、ライラ達香龍も、シオン達守護者も、何よりもなつな優先で行動していた。

それは半身であっても、魔力を持たない人間であるなつなの身を案じ、そして何よりも彼ら全員が不安だったからだ。


“なつなの身に、また(・・)何かが起こるかもしれない”――その、万に一つもない可能性。

それだけ、なつな不在の23年間は、彼らの心に消えない不安の影を残す。

けれど、その影を取り払ったのも、またなつなだった。



『ねえ、みんな。私を心配してくれるのは嬉しい。みんなと一緒にいられるのも嬉しい。…でも、みんなの自由な時間を、私のために奪い続けるのはイヤなの。私、もう1人じゃないわ。翠月もいるし、四代(しだい)だっている』


『私、ちゃんとルシェラザルトで生きてるの。もう、突然どこかに行ったりすることもない。それに、結界があるルシェラザルト山から出なければ、危険はないでしょ?どこかに行く時は、ちゃんと伝えてから行くから。だから、みんなには自分の時間を過ごして欲しいの』


そんななつなの心からの言葉に、レイを始め、誰もがはっとしたようで、そして彼らは、自らの心に残る不安の影に、漸く気づくことが出来たのだった。


それからは、なつながどこかに出かける時は、必ず庭先で誰かが見送り、誰かが出迎える。

その間は、それぞれの時間を過ごすようになり、彼らの心にも漸く、余裕が生まれるようになっていた。






「シェリアさん、お待たせしました!」

「いえいえ、構いませんわ。ちょうど準備を終えたところです。お帰りなさいませ、なつな様。」


自分の居室に戻ってきたなつながそう声を上げれば、その声に振り返り、柔らかな微笑みと共にシェリアがなつなを迎え入れる。

そしてシェリアはなつなに紅茶を用意すると、ライラ達と共にその傍に控えた。





「それで、用事ってなんでした?」

「はい。わたくしの用件も含め、詳しいことは陛下がお答え下さいますわ。」

「レイが?」


シェリアから告げられた名に、なつなが首を傾げれば、頃合いを見計らったかように居室に現れる姿。

扉を開けて入ってきたレイは、なつなの姿を認め、その瞳を柔らかく細めた。





「おかえり、なつな。楽しめた?」

「うん、とっても。それよりレイ、どうかしたの?それ、なあに?」

「招待状だよ。クロードルスからのね。」

「クロードルスさん?」


レイが口にした言葉と、送り主の意外な名になつなが瞳を瞬かせれば、レイはなつなの向かいのソファーに腰掛け、持っていた王印の封蝋(ふうろう)で綴じられた手紙を、テーブルの上へ置いた。





三冬月(トリウィマ)の第二の水の日、クロードルスの即位20年を祝う宴が催される。節目の年だけ、僕達もその宴には顔を出すんだ。」

「僕達って、レイと私?」

「六属龍もだよ。…今までは誰として一度も参加してこなかったけど、今回は参加しようと思ってね。」

「…クロードルスさん達のために?」


なつなの労るような声に頷きを返すことなく、ただ瞳を細めたレイに、なつなは立ち上がりレイの傍に歩み寄ると、寄り添うようにその隣りへと腰掛けた。

そんななつなの気遣いに、レイはなつなを抱き寄せ、その髪に頬を擦り寄せる。

どれくらいそうしていただろうか、重ねた手のひらはそのままに、レイは手紙へと手を伸ばし、それをまたなつなに手渡した。





「それはなつなへの招待状だよ。読んでおいてね。」

「ん、分かった。でも宴って…夜会のこと?」

「貴族の夜会とは違うよ。夜会は貴族の社交の場。国王の即位の節目を祝う宴は、立食式は取られるけれど、その目的は貴族達の緩みを改めるため。…僕達や国王の言葉に、気を引き締めさせ、善政の妨げとならないように戒めるんだよ。」

「ああ、なるほど。てっきり、ドレスとかを着て、ダンスを踊らなきゃいけないのかと思っちゃった…」

「なつなが想像したのは、まさに貴族の夜会だね。ふふ、踊りたかった?」

「ええ、イヤだよ!ダンスなんて踊れないし、ふりふりのドレスとかも似合わないだろうし…!あ、でもドレスは着なきゃダメなの?!」

「必要ないよ。貴族の令嬢達が着るドレスで、着飾ったなつなも見てみたいけどね?ただ、僕達にはそういった宴用に(あつら)えた衣装はあるんだ。シェリアの用件はそれだよ。」


くすくすと笑みを漏らして、自分の髪を撫でながらそう言ったレイの言葉に、なつながシェリアを見つめれば、シェリアは紅茶のおかわりを注ぎながら答えた。





「なつな様の御衣装は、これからご用意致します。なにせ、女性の半身様は久方ぶりですので…。代々針子長に受け継がれる型紙から、作らせて戴くのです。」

「じゃあ、シェリアさんの用件って…」

「衣装の色決めと、それに合わせた宝飾品の選定ですわ。なつな様に、最もお似合いになるものをお決めしなくては。」


シェリアの言葉に込められた、並々ならぬやる気に、当事者であるなつなは苦笑いを零すしかない。

それはどうやらレイも同じだったようで、シェリアを見つめて苦笑いを浮かべると、なつなの髪をまた撫でてから、席を立つ。





「…さあ、ここからは女性の園だ。すぐにルチアも来るようだし、僕は席を外すよ。」

「あ、レイ?私、宴に向けて何か覚えなきゃならない作法とか、ないの?」

「何もないよ。いつも通りのなつなでいいんだ。君は、自然体が一番似合うからね。」


なつなの問いに穏やかな微笑みで応え、居室を後にするレイと入れ替わり、居室に現れたルチアは、シェリアより更にやる気に満ち溢れ、にこにこと微笑んでいて。

そしてそんなルチアを案内してきたシェリーンも加わり、当事者であるなつなよりも気合いの入った女性陣による衣装決めが始まったのだった。





     ◇◇◇◇◇





その日の夜。

人化したコハクを伴い、湯浴みへと向かったなつなを見送った後、5人の姿見えぬ護人(まもりびと)達は、白王宮の上空にいた。


そして、全員がある一点を見つめたまま、その表情を変えないでいる。

その表情は、彼らが決してなつなには見せないであろう、情など一切ない冷徹なものだった。





『――ついに、1つ目の『歪み』が生まれましたね』


翠月が、誰に聞かせるでもなく呟いた。

その声に、色は何もない。

ただただ淡々と、けれど嫌悪を(はら)んだそれに、メルフィオーサが応える。





『人の心は、脆く容易いものじゃ。他者を羨み、妬み、憎悪する。己の手にないものをまるでさも己のものと主張する。自己を美化する者ほど、それは顕著よのう…』


メルフィオーサの声にも色はなく、ただ事実をありのままに口にしながらも、そこには主人以外の人間に対する関心のなさがありありと滲んでいた。





『…我らの主に害を為す者、我らの力を持って始末せよ』


メルフィオーサの冷徹な声に、応えずとも彼らの意志は同じ。

その十の瞳の先では遥か遠くに、まだ形を為したばかりの薄い黒い影が、闇を孕んで漂っていた。





なつなちゃんの新たな日常、そして事件への足音へ続くお話でした。

敏い読者様ならお気づきになるでしょうが、事件は宴の場にて起こります。

そして、翠月達が気づいた黒い影の正体、そちらについては次回以降から自ずと分かってきます。


作中でコハクが人化して、なつなちゃんとお風呂に入ってますが、それはコハクがお風呂好きだからです。

元々天虎は綺麗好きですが、なつなちゃんの守護者となってから開花されたようで、なつなちゃんと洗いっこしてたりします。(笑)


ちなみに四代達の愛称ですが、メルフィオーサはフィオ、ランディアナはディアとなっております。


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