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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
3章 ただす者
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伏された疑問



なつなが真なる覚醒を終えたその瞬間から、世界はまるで時を取り戻したかのように普段通りの姿へと戻っていた。

けれど、その中でなつなだけが今だに目を覚まさずにいる。


白王宮に戻ったその日も、また次の日も、なつなが目覚める様子はなく、ただその穏やかな寝顔と規則正しい呼吸と脈だけが、なつなが生きていると確認する、唯一の方法だった。


そんななつなを見舞うように、ルシェラザルト山に住む鳥達や小動物達が、それぞれに思い思いの品を持ってなつなが眠る部屋の窓辺へとやってくる。

それはみずみずしく咲き誇る花々であったり、艶やかに光を反射する果実であったり。

しかしその全てが最高の状態を保ち、持ち込まれていることがそこに宿る『見えざる者』達の心情をよく表していた。


日が陰り始めた夕刻、なつなの傍を片時も離れる様子のないレイとライナスは、2日間に渡る緊張状態の糸が切れたのか、今はなつなの両側でまるでそれぞれ半身とつがいに寄り添うように一時の眠りへとおちている。


別室では、つい先程まで眠るのを渋っていたリラとメルリスが、それをセラフィナに諌められ、今はユーナディアが見守る中、眠りにおちている。

なつなが眠る居室には、執務を請け負うたアルウィン達四属龍と、食事の支度をしているシェリアを除き、今はセラフィナ達残りの香龍と、エドガー、シオン達神と聖獣のみが残っていた。






「――シオン殿、お聞きしたいことがあります。」


そんな中、片時もなつなの傍を離れないコハクやスオウとは異なり、なつなが眠るベッドから一番近い窓枠の上に腰を落ち着け、静かに外を眺めていたシオンの背に、かかる声があった。

その声に驚きもせず、悠然とシオンが振り返れば、声をかけた本人であるエドガーと、そしてその傍らにセラフィナの姿がある。

並び立つ彼らを静かに見据え、シオンは窓枠からゆったりと飛び降りると、2人の傍を通り過ぎながら、その口を開いた。





“…ここでするような話ではないね。場所を移そう。…コハク、僕は居間にいる。何かあれば、心話で呼ぶように”

《…はい、シオン様》


自分の言葉に応えたコハクから視線を移し、悠然と居間へと向かい、その後を黙ってついていくエドガーとセラフィナは、中には聞こえぬように居間に入った瞬間に扉を閉め、シオンが立ち止まった瞬間、待ちきれずに問いかけたのはエドガーだった。





「…シオン殿。なつなは…」

“――そうだよ、エドガー。キミ達が予想している通りだ。なつなは、『資格』を得た”

『!!』


振り返らず、たがエドガーの言葉の続きを予期したようにそう告げるシオンに、問うたエドガーも聞いたセラフィナも、覚悟はしていたものの思わず息をのんだ。





“キミ達2人は、リュファウェルシオンが身罷(みまか)る前に、それぞれ受け継いだ、『秘文史(ひぶんし)』を持っているね。『あれ』は半身だけの秘。キミ達『第一位』だけが受け継ぎ、その存在を秘するもの。…ならば分かるだろう。なつなの真なる覚醒に、『四代(しだい)』が現れた意味も、それが導き出す答えも”

「では、やはりなつなは…秘文史の『隠された創世史』に、関わりがあるというのですか?」

「そしてその『隠された創世史』を、シオン殿はご存知なのですか…?」


2人の問いは、シオンならばその問いに頷くと確信していたからこそ、口に出来た言葉だった。

しかし、2人の確信を打ち砕くかのように、シオンは振り返り、その問いに首を横に振った。





“『隠された創世史』に関しては、僕の記憶は大神様によって封じられている。それに辿り着くまでの道筋は覚えていても、そこに辿り着く『手段』は分からない。故に、『今』の僕では答えられない”

「どういう、意味ですか…?」

“…全ては、なつなが握っているんだよ。なつなには『資格』がある。『扉』は目の前にあり、後は『鍵』を手に入れるだけ。なつなが『鍵』を手に入れなければ、大神様が封じた僕の記憶は戻らない。『鍵』を手に入れられなければ、『隠された創世史』を紐解く役目は、また次代の半身に委ねられる。…それだけのことだよ”

「その、『鍵』とはなんなのですか?」

“――キミ達が、そこまで踏み込む必要はない。なつなが知る前に、キミ達が全てを知る必要はない”


突然、シオンが纏う空気が変わった。

神の名に相応しい圧倒的な他者を威圧する覇気を纏い、強い眼差しで自分達を射抜くシオンに、エドガーやセラフィナでさえも息を呑み、それ以上は口を(つぐ)むより他になかった。

そんな彼らを見据え、すっと一瞬でその空気を解くと、シオンはまた悠然とその場に佇み、けれどもその視線は二人から逸らされ、あるものへと向けられていた。





“…なつなが何も知らずに済むなら、それでもいいんだ。むしろ僕は、このままなつなが『鍵』を手に入れずに、何も知らないまま…生きて欲しいとすら思っている”


その視線が向けられていたのは、なつなが初めてこの居室へとやってきた際に、レイと共に見つめた地図。

そこに描かれた一人の女性――初代半身と彼女を守護する『見えざる者』達を描いた絵だった。


半身と『見えざる者』との関係を表したそれを見つめるシオンの表情は、記憶が封じられているにも関わらず、まるで真実を知っているかのように何かを憂うもの。





「シオン殿…?」

“それがたとえ、『彼女』の最後の望みであったとしても、世界ルシェラザルトのためであったとしても、それをなつなが叶えなくてもいいんだ。世界が歪んでいても、それに合わせた『歯車』が廻っている。急ぐ必要はない。何千年、何万年先で生まれ変わる半身が、また新たな『資格』を手に入れればいい。――僕は、既に神の(ことわり)を外れた。今の僕は、なつなのためだけに在る”

「……」

“あの()は、幸せであるべきだ。『隠された創世史』を知り、その重い役目を背負わせたくはない。なつなが幸せであれるなら、僕はどんなことだってするだろう。――けれど運命は、あの娘を真実へとからめ取ろうとしているように思える。…だから僕は、その日がくるのを恐れてる。心の底から”

「シオン殿…」


神らしい傲慢さが垣間見えるシオンの言葉。

けれどそこには、ただただなつなを案じる想いばかりが込められていて。

その姿に、想いを同じくするエドガーとセラフィナは、もう何も言葉を紡げず、シオンを見つめるしかなかった。





     *





そしてなつなが目覚めたのは、覚醒を終えた日から、3日目の夕刻だった。

それをいち早く察したシオンに知らされ、今か今かとなつなが眠るベッドをレイ達が取り囲む中、ゆっくりと瞼を開いたなつなは、暫くの間何度か瞼を瞬かせ、四代紋が刻まれた手の甲を眼前にかざした後、自分を取り囲むレイ達に視線を向けた。





「レイ…」

「なつな、良かった…!目を覚ましてくれて…心配したんだ。」


自分を見つめるなつなの姿に、ただただ安堵の息をついたレイは、そこでふと己の半身が纏う気配が、以前とは変わっていることに気づく。


本来『魔力』を持つ人間は5歳になったのを期に、親から魔力の使い方を教えられる。

魔力の器は心臓の周りを包み込むように存在し、その大きさは人それぞれ違う。

そして器を形作るには、5歳まで成長と共にゆっくりと世界から魔力を取り込み、満たす必要がある。

そして満たされた魔力を使うには、外部から魔力によって働きかけなければならない。

身体の中を血が巡る様を、それを自覚させるように親が自身の魔力で子の身体の中を巡らせ、魔力を活性化させてやるのだ。


けれど魔力を一切持たないなつなはその必要がなく、目覚める前までは揺らぎなどないはずが、しかしどこか不安定なものだった。

でも今のなつなは、その気配がより研ぎ澄まされ、ずっと不安定だったそれが、安定したものへと変わっていた。





「私、どれくらい眠っていたの…?」

「3日ほどですよ。今、叔母上がちょうど食事の用意をしているところです。すぐに知らせて差し上げましょう。きっと、なつなが目覚めたことに安堵されるでしょうから。」

「ライナスさん…」

「なつなが目覚めてくれて良かった。全く、僕の(つがい)はいつも無理をする…」


物思いに(ふけ)るレイに代わり、なつなの問いに答えたライナスは、苦笑いを浮かべながらもなつなの頬を撫でる。

その手のひらの温かさに瞳を細めたなつなは、傍らで安堵に涙を浮かべるライラを気遣い、コハク達と数度言葉を交わした後、ふいにその瞳を真っ直ぐ前へと向けた。






「メルフィオーサ…そこにいたの。」


なつなが口にした聞き慣れない名に、その場にいるなつな以外の誰もがその視線の先を追うが、その姿を見ることが出来たのはシオンだけで。

そして名を呼ばれたご老体は、柔らかな眼差しで髭を梳きながら、鷹揚に答えた。





『健やかな眠りを得たようじゃの、主よ』

「うん…ノーフォルクは、夢の中に会いに来てくれたわ。」

『やはりか、我慢の利かぬ者で済まぬの。――さて、龍王と属龍、そして主の守護者達よ。姿を現し、言葉を交わすのは初めてじゃの。我は、新たに主の護人(まもりびと)となりし者。言わずともそなたらなら分かると思うが、四代の一柱を担っておる』


ご老体は穏やかな表情でなつなと言葉を交わすと、その姿をレイ達の前に現した。

初めて見るその姿と、『四代』という存在の大きさに誰もが驚く中、レイだけはその姿を冷静に見つめていた。






「なつなの気配が変わったのは、君達の影響だね?」

『漸く力が安定したのじゃよ。主は覚醒を重ねながら、己の力をその身に馴染ませていたのじゃ。そして真なる覚醒を迎えたことで、漸くその内なる力が安定した』

「力が安定したというなら、何故なつなは3日間も眠り続けた?」

『内なる力の大きさ故じゃ。真なる覚醒を迎えし時、解放した力の大きさに比例し、その精神と肉体への負荷もまた、大きくなるのは必然のこと。我らが急かしたこととはいえ、よく耐えれたものじゃよ』

「なつなの身体が、望んだ休息ということか…」


ぽつりと呟いて、未だどこか微睡んだ様子のなつなの頬を撫でると、レイはまたメルフィオーサを見つめ、問いを重ねようとする。

けれど交わる視線が、問いかける前に明確な答えを告げていた。





「他にも聞きたいことがある…と言っても、君達は容易には答えてくれないんだろうね。」

『既にその答えは得ているじゃろうて、龍王よ。そこにおる、神であり神で在らざる者によっての』


レイの問いにメルフィオーサはそう返し、なつなから少し距離を取った場所に佇むシオンに視線を向ける。

その2つの視線に、シオンはまるでそれ以上言うなとでもいうように、己の口元に尻尾をかざし、口を開くことはしなかった。


レイはそんなシオンの様子に瞼を伏せ、深く息を吐くことで、己の疑問を伏せることにした。

そしてメルフィオーサは、主のためにとジェードムーン(本体)へと戻り、聖なる樹実(エラルーン)を手に戻ってきた翠月の気配を感じ、またその姿を主以外に見えなくしたのだった。





なつなちゃん、目覚めるのお話でした。

そして、シオンとエドガー、セラフィナによって明らかになる新たな謎。

そして、いよいよ第一の事件に向かっていくわけですが…どうなりますやら。

お楽しみいただければ、幸いです。

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