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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
3章 ただす者
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真なる覚醒《1》

お待たせいたしました。

第3章、開始いたします。

なつなと仔龍、終了後から半年後のお話です。





それは、運命の日。

世界はただ一人の愛し子のため、静かにけれども確かに、その時を迎えるための準備を始める。

ひっそりと、龍王にすら気づかれぬように。







「なんなんだろう、なんか変だなあ…。むずむずするような、落ち着かない感じがする…」


ぽつりと零すように感じ続ける違和感を、誰にも言わずにいたなつなは、周りに誰もいない瞬間にそれを口にした。

今この場に自分の言葉を聞き取るのは、『彼ら』しかいないから。



太陽の光が柔らかく降り注ぐその日は、いつもと変わらない穏やかさがありながら、朝から小さな異変が起きていた。

朝を告げる鳥達の鳴き声も、木々を軽やかに走り回る小動物達の姿も、まるでどこかに隠れてしまったかのように、見えず。

そしていつもなつなが通りかかる度、華やかな微笑みとともに挨拶をしてくれる花々の乙女達が、この日は姿を現さなかった。


そんな所々で感じる小さな違和感の積み重ね。しかしなつな以外の者達が気づく様子がないことに、更なる違和感が募る。

そして、そのことを問いかけようといつも微笑みを絶やさず、穏やかになつなを見守る翠月を見つめても、『すぐに分かります』と、そう言って微笑むだけの翠月がどこか緊張感を秘めた瞳でなつなを見つめていた、その日。


違和感を押し殺すようにしていつものように秘密基地へと足を運び、作業をしようとしていたなつなの元へも、いつも姿を見せる『見えざる者』達の姿が、現れることはなく。

なつながそれに気づいた時、そんな彼女の関心を誘うかのように、一陣の風がその頬を撫でた。






『――我らの愛し子よ。漸く漸く、時が来た。我らは『世界』に選ばれ、問いかける。そなたは何を望み、何を想うのか。我らは、それを知りたい。その答えを、どうか教えておくれ』


謳うように紡がれる言葉が、風に乗ってなつなの耳へと届く。

土をいじっていた手を止め、なつなが立ち上がれば、その周りを風が緩く包み込み、次第に強く渦を巻いて、まるで竜巻のようになつなを絡め取っていく。

けれど、そこに全く敵意も衝撃も感じない、視界を塞ぐこともない不思議な風。





「これって…?」


突然の出来事の連続になつなが声を漏らすが、その声に答えたのは、大きな音を立てながら、なつなの周りで巻き起こった複数の旋風。

あっという間に重なり、密度を持って駆け抜けていった風に、驚き慌ててなつなが辺りを見回せば、その風は自分から少し離れた場所にいた筈のシェリアやライラ達、シオン達を包みこんでいた。

まるで邪魔をするなというように、強制的に更になつなとの距離を離し、緩くなっても意志の強さを現すような旋風が、彼らを包み込んでいた。





「みんな…!」

『――案ずるでない、我らの愛し子よ。そなたの守護者達を傷つけることはせぬ。ただ邪魔者なく、そなたとだけ話したいだけじゃ』


驚いたなつなが上げた声に、慰めるように柔らかく応える声。

先ほど聞こえた声と同じ声に、なつなが問いかけようとしたその時、唸るような獣の鳴き声と共に、ライラの鋭い声が響き渡った。





「このようなことが出来るのは『見えざる者』だけ。見えざる者が、そのようにして己の王たるなつな様に危害を加えるのか!恥を知れ!」

【…我らをこうして主から遠ざけるとは、何の真似だ。答えよ】


その声と同じように剣呑な表情で、その瞳と同じ色を持つ剣を構え、自らを包む風を払おうとしているライラと、凄まじい敵意を纏いながら、その躯を低く構えているスオウ。

彼らからは自分を包み込む風が、敵意を持った異常なものに感じられているらしい。

慌ててその誤解を解こうとしたなつなよりも先に彼らを諌めたのは、シオンだった。






“ライラもスオウも、落ち着くといい。『彼ら』に、なつなを害するつもりなどないよ”

「なぜそのようなことが分かるのですか!しかも彼らと仰る…?では複数いるということですか、シオン殿!」

“そうだよ。…遅かれ早かれ、『彼ら』が選ばれ、なつなの元に現れることは分かっていたからね”

「シオン殿、どうしてそう落ち着かれているのですか!いくら見えざる者とはいえ、なつな様にあのような…!」

「…どうやら落ち着くのはわたくし達のようよ、ライラ。」

「シェリーン…!」


ライラが構える剣を奪い、魔力を霧散させ形を失わさせると、シェリーンはまだ何か言いたげなライラを黙らせ、同じようにいきり立つスオウやコハクを諌めていたシオンを見つめた。





「…シオン殿、いよいよなのですね。」

“シェリーンは理解が早くて助かるよ。…ライラ、なつなをよく見てごらん。彼女はもう気がついているよ”

「え…?」

“――いよいよ、なつなの真なる覚醒の時だ。だから『彼ら』はそれを、僕達にも誰にも邪魔をされたくないんだよ”


シオンの言葉にライラは驚きに目を見張り、漸く落ち着いてなつなを見据えることが出来た。

自分達と同じように風に包まれながらも、なつなは最初から慌てる素振りを微塵も見せていなかった。

その姿は、見えざる者達を信頼している様子がありありと感じられるもので。





“しかし、この二段階で最後とはいえ…『彼ら』も急かすものだ”

「二段階…?まさか、残りの覚醒が全て一度に終わると…?それでは、聖樹の代替わりの時のように、いやそれ以上になつな様に負荷が掛かり過ぎます!」

“分かっているよ。…でもこの段階からは、僕にさえ口を出すことは出来ないんだよ、ライラ。これは、なつなと見えざる者達との盟約だからね”

「…っ…」

“傍には翠月もいるし、『彼ら』も、悪いようにはしない筈だよ。なつなのためにもね”

「シオン殿…先ほどから仰る『彼ら』とは一体…?」


シェリーンの問いに答えることなく、シオンはなつなに視線を移す。

『彼ら』が現れたことで、その身に起こるであろう精神と肉体への負荷が、少しでも軽いものになるように祈りながら。







『…さて、神の理から外れたとはいえ、神に変わりはない守護者は話が容易いの。これで邪魔者はおらなくなった』


おっとりとした、しかし威厳を纏った声は、なつなの耳に柔らかく響く。

なつなを包む風は止み、そしてその声を聞きながら、なつなは『ご老体』を見つめた。





「あなたは…?」

『おお、まだ挨拶を済ませておらなんだ。すまぬの、愛し子よ。我は、このルシェラザルトの大地に宿る者の中で、最上位に位置する者での。長から、『四代(しだい)』を名乗ることを許されておる1人じゃ』

四代(しだい)…?」


そう話し、穏やかな微笑みを見せるご老体は、その澄み渡る黄緑色の瞳を細める。

外見は初老ではあるが、背を真っ直ぐに伸ばし立っている姿は若々しく、声にも覇気が感じられる。

伸ばされた灰色の髪は(かかと)よりも長く、地に流れていて。


ご老体は戸惑うなつなを愛おしげに見つめたまま、己の顎に蓄えられた、その髪と同色の長い髭をゆっくりと撫でる。





『それについては、後程ゆるりと話そうぞ。我ら見えざる者に名はないのでな、名乗ることは出来ぬのじゃ。許しておくれ』

「それは知ってますから、大丈夫です。…でも、どうして私に会いに?」

『そなたが気づいておる通り、そなたの覚醒を済ませる為じゃ。…それに、そなたに会いにきたのは我だけではないのでの』


そんなご老体の言葉を合図に、なつなの前に新たな見えざる者達が次々に姿を見せた。


風を思わせる萌黄色をした髪を顎にかかるくらいまで伸ばした小柄な少年は、くりくりの薄緑の瞳をしていた。

はつらつな笑顔は少年らしく、外に毛先がはねた髪と共に、どこか天真爛漫さを感じさせる。


その隣りに立つ、大空を思わせる空色の髪を、首にかかる程度に伸ばした長身の青年は、垂れた灰色の瞳をしていた。

全てを包み込むような穏やかな微笑みは、それだけで包容力を感じさせる。


そんな青年の腕にもたれた蒼海を思わせる瑠璃色の波打つ髪を背にたゆたわせる女性は、深海を思わせる紺色の大きな瞳をしていた。

慈愛に満ちた微笑みは、全てを受け入れながら、時に厳しさも感じさせる。


その3人の中からまず口を開いたのは、明るい笑顔を浮かべた少年だった。






〈姫様、はじめまして!僕はこのルシェラザルトを流れる風に宿る者の中で、最上位に位置する者です。長から、『四代(しだい)』を名乗ることを許されている1人です。こうしてお会い出来て嬉しいです!〉

《同じく、私はこのルシェラザルトの空に宿る者の中で、最上位に位置する者。長から、『四代(しだい)』を名乗ることを許されている1人です》

【わらわはこのルシェラザルトの海に宿る者の中で、最上位に位置する者ですわ。同じく長より、『四代(しだい)』を名乗ることを許されております1人ですの】


少年を皮きりに、同じように挨拶をしてきた青年達に、好意的な眼差しを向けられても、突然のことに少し戸惑うなつなを包み込むように、翠月がふわりと姿を現した。





「翠月…」

『私が御傍におります、我が君。どうか落ち着かれますように』


穏やかな微笑みを浮かべ、慰めるように翠月はなつなの髪に触れると、その体勢のままでご老体に瞳を向けた。





『ご老体、お初にお目にかかります。その後、ご挨拶も済ませず、申し訳ありません』

『おお、ジェードムーンの化身殿か。そなたに無事に代替わりが済んで、安堵したわい。…ザグラノルドの、最後の大仕事のお陰じゃの』

『…はい。当代として、先代の名に恥じないよう、果たしていくつもりです』

『ふぉっほっほ、若さじゃのう…良きこと良きこと。――そなたとは、永く深い付き合いになりそうじゃの』


髭を()きながら、まるで好々爺のような表情をしているご老体と、丁寧な姿勢ながら臆することなく話す翠月は、対等な関係のようにも見える。

そんな2人を交互に見つめるなつなに、その視線に気づいた翠月が、なつなの疑問を察したように答えを口にする。





『四代は、我ら聖樹と同等の存在です。我ら聖樹は大地に根をはり、役割を果たす者。四代は世界を自由に動き、役割を果たす者。その違いだけなのですよ』

「そうなんだ…」

『その中でもご老体は、『長』に次ぐ長さの時を生きられる方。ですから…』

『これ、化身殿。我らの用件に口を出すでない。愛し子へは、我らから話さねばならんのじゃ』


翠月の言葉を、まるで子供を窘めるように止めたご老体は、ふと空を見上げてから、その瞳をなつなの背後へと向けた。





『――ふむ、ここにきてどうやら大勢の邪魔者に感づかれたようじゃの。思ったよりも早かったわい』

《ご老体、如何(いかが)される?》

『そうじゃのう…。愛し子や、そなたの守護者殿を借りてもよいかの?』

「え…?」

『化身殿や、そなたが行ってはくれぬか。我らは愛し子に用がある身、それにそなたが適任じゃろう』


翠月を見つめ、そう話すご老体の言葉がなつなには理解出来なかったが、翠月は心得ているのだろう。

なつなに伺いを立て、戸惑いながらもなつなが頷いたのを確認した後、ふわりと姿を消す。


その残像を追いかけるように見つめていたなつなは、そんな自分を穏やかに見つめるご老体に問いかけた。





「あの…翠月はどこに行ったんですか?」

『この場所から一定の空間を囲う、結界の前じゃよ。そこには今、龍王を始め六属龍や残りの香龍達が集まっておる』

「!」

『我らの存在…というよりも力の波動を感じ取ったのじゃろう。我らは四代ゆえ、どんなに力を抑制しても流れてしまうのでの』

「どうして、結界を…?レイ達が来てるって…」

『龍王達に、邪魔をされたくないのでの。たとえ龍王や六属龍達とて、容易く破れぬ結界を張っておる。本来なら今この時、愛し子以外の者達は結界の外に弾きたいのじゃが…そなたの後ろにおる者達は、そなたの守護者。邪魔をされぬのなら、構わん』

「……」

『化身殿は、龍王達と面識があろう?じゃから、向かって貰ったんじゃ。説明する者に適任じゃろうと思うての』


なんでもないことのように語るご老体を見つめて、なつなはその瞳を揺らしながら、四代という大きな存在がどうして自分の前に現れたのか、今までの会話と雰囲気で、その意味を理解していた。


レイ達を遠ざけなければならないほど、強固な結界を作る意味。

邪魔をされたくないと、何度も言葉にする、四代の言葉に込められた意味。


その理解を瞳へと込めたなつなに、ご老体はそれを見て取り、何も言わずに微笑みを浮かべると、その手で空気を弾くように爪弾いた。



すると突然、パンッ、という空気が振動するような微かな破裂音が響き、なつなが瞼を瞬かせた次の瞬間には、なつなの耳に流れ込んでいた音が、全て消えていた。

シオン達を取り囲む風の音も、木々の揺れる音も、自分の呼吸音以外の、全てが。






「音が…」

『愛し子と我ら以外を、完全に排除したのじゃよ。姿は見えても、声は届かぬ。あちらからは姿を隠し、声も届かぬ。そなたと我ら以外を隔たる結界が、それを許さぬのでの』


静謐(せいひつ)な響きを持ったご老体の言葉には、確固たる意志があった。

そしてご老体は、まるでなつなを見透かそうとするような、曇りない瞳で問いかけた。






いよいよ第3章を開始いたします。

章タイトルは、“ただす者”。漢字を当てはめていない理由は、今は明かしません。

今回のお話は、かなり重要なお話のため、数話に分かれます。

現在の予定は2話ですが、伸びる可能性もありますので。

裏テーマは、“なつなという人を形作るもの”となっております。

かなり抽象的ですが、こちらもおいおい…。

お楽しみいただければ、幸いです。


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