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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
2章 護られること、その意味
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なつなと仔龍《2》

なつなと○○シリーズ、最終話の続きとなります。





白王宮にて、シオンによって手ほどきを受けていたコハクとスオウを呼び寄せ、戻ってきたユーナディアとセラフィナを伴い、アレンの案内で離宮へと向かったなつなを出迎えたのは、離宮の入口に立つ青年だった。


薄緑色の髪を腰辺りまで伸ばし、灰黄色(かいこうしょく)の細い瞳をした青年は、なつなの姿をその瞳に捉えると、その場にゆっくりと跪いた。

そんな長の前にアレンは跪くと、深く頭を下げたまま、その言葉に緊張感を纏わせて紡いだ。






「長、半身様をお連れ致しました。ですが、あの…シリルがこうしているのは…」

「龍王陛下から伺っているよ、アレン。シリルを叱ったりはしないから、安心しなさい。」

「は、はい…!ありがとうございます!」


自分の言葉に安堵したのか、ほっとした表情で顔を上げたアレンを、自分の後ろへと下がらせて、長はなつなに深く頭を下げた。





「ようこそ離宮へお越し下さいました、半身様。私はこの離宮と共に本宮の長を務めます地龍、ギジェルバートと申します。ギルとお呼び捨て下さい。」

「ギルさんですね。突然来てしまって、すみません。」

「とんでもございません。半身様の訪れを拒む場所など、この世界の何処にもございませんよ。…こちらこそ本日は、私どもが養育する仔龍がご迷惑をおかけし、更には保護して戴き、心より深謝申し上げます。」

「いいえ、迷惑だなんて何も。それに、保護というか…たまたま出会っただけですし、私は何もしてませんから。むしろ、感謝したいくらいです。」

「感謝、ですか…?」

「はい。一目散に飛びついてくるくらい、私が育てたアランカの実が、美味しく育ったことをシリルが証明してくれました。…ね、シリル?」


シリルの頭を撫でながら、そう言ったなつなに、甘えるようにその手にすり寄りながら、シリルはきゅう、と鳴き声を上げる。

その光景となつなの言葉に、面食らっていた様子のギルは、ふっと息を漏らした後、立ち上がり柔らかく微笑んだ。





「…今代の半身様は、先代様とは大きく異なった性質をお持ちのようですね。」

「長?どうかされましたか?」

「いえ、何も。さあ、アレン。半身様を宮にご案内しなければ。あなたは先に、個々の『(むろ)』に先触れを済ませてきなさい。」

「は、はい!」


ギルの呟きに、アレンが首を傾げたが、ギルはそれを悟られることはなく、アレンを宮の中へと追いやった。

そんなギルを、セラフィナとユーナディアだけが静かに見つめていたが、ギルは彼女達に柔らかく微笑んで、なつなを宮へと(いざな)った。





     ◇◇◇◇◇





「じゃあギルさんは、先代の龍王と半身をご存知なんですか。」


宮の中を案内されながら、耳にした言葉になつなが驚けば、ギルは柔らかな微笑みを浮かべたまま、なつなを見つめている。

その姿からは、御年300数余を迎えていることなど、微塵も感じさせない。

けれどその貫禄と存在感は、確かに長い月日を過ごしている者が纏うものだった。





「ええ、存じていますよ。先代の龍王陛下も半身様も、六属龍殿達も、私は折りに触れて御傍で見守って参りました。それが、代々『長』を務める者の役割の1つですので。」

「役割…?」

「はい。私は先代の『全て』を知っていますが、それを語ることは許されていないのです。この世界の『導き』は、その代の者がそれぞれ為すべきこと。次代に悔恨も因果も、影響も残してはならないのです。」

「……」

「故に、歴史に刻まれたこと以外に、私は語りません。ただ…唯一お伝えしなければならないことはあります。」


そう言って歩みを止めたギルは、なつなを振り返り、その灰黄色の瞳を細める。

まるで過去を振り返るように、真っ直ぐに、なつなだけを見つめて。






「サーナ殿下へ、先代の半身様より…お言葉をお預かりしております。」

「!え…?」

「歴代、代替わりの年に長となった者は、先代様より…次代様へのお言葉をお預かりするのです。そしてそのお言葉を、それぞれの次代様へとお伝え致しております。」

「そのような話、聞いたこともありません…」

「雷香殿が知らないのは、当然のことです。これは、私ども長と先代様との約。既に今代の龍王陛下や六属龍殿へは、お伝えしています。…本来ならサーナ殿下へも、お1人の時にお伝えするべきなのですが…」

「ギルさん…?」

「次に御目通りが適うのは、いつになるか分かりません。このような場で申し訳ないのですが、お伝えすることと致します。…殿下以外の皆様、殿下から少しお離れ下さい。シリル…あなたもですよ。」

「きゅきゅう…」


シリルが名残惜しげに離れると、その場でギルが行使したのは、防音の魔術だった。

半透明な膜は、ギルとなつなだけを包み込み、まるで天蓋のように揺れている。

そして、防音の膜が辺りを包んだことを確認したギルは、今度はその手に淡い緑の球体を現した。


その球体は淡い光を放ちながら、ギルの手を離れ、ゆっくりとなつなの眼前へと浮かび上がると、光を帯びたまま、球体から声が響き渡った。





『――あ、あー…あー。え、これ、もう始まっているの?撮り直しは?無理?ハノーファ、先に教えておいて欲しかったよ…ああ、ごめん。時間がもったいないね。遺さないと』


『――では、改めて。次代の半身よ、その日々が健やかであることを祈っているよ。僕はリュファウェルシオン…リュシオンと呼ばれている。次代のキミは、女の子だね。きっと、全ての者達に愛されることだろう』


どこか天然な、そんなやりとりの中。

聞こえてきたのは、とても柔らかな声だった。

まるで全てを推し量り、包み込むような、穏やかな人柄が伝わってくるような、耳障りのいい、低いテノールが響く。





『キミは全ての者達に愛され、護られ、生きていくのだろう。僕がそうだったように。でも…どうか失わないで欲しい。『自分』というものを、他者を思いやる『心』を』


『僕達は何でも望めてしまう、その願いを叶えてしまえる『彼ら』がいるからこそ、その『怖さ』も、今のキミは理解しているのだろうか?――もしそうだとしたら、キミはきっと今もすぐ傍に在る龍王の良き半身であるのだろうね』



『ルシェラザルトは、歴代の龍王と半身、六属龍が愛し、慈しみ、見守ってきた世界。光に溢れ、平和なこの世界にも――確かな『闇』が存在する事を、どうか覚えていてほしい。光が強ければ強いほど、そこに存在する闇が、深くなるということも』


『…次代のキミが、この先も『闇』に飲み込まれないことを、心から祈っているよ。そしてどうか僕が…『僕達』が為せなかったことを、キミが為せることを願っている。ルシェラザルトを、この世界の在り方を…キミに託します』



声は、そこで終わっていた。

球体は最後の声を伝えると、まるで役目を終えたように光を失い、空気へと溶けていく。

その光景を見つめながら、先代の言葉を理解しようとするなつなは、自分を見つめるギルの視線に気づき、その瞳をギルへと向けた。





「リュシオンさんの最後の言葉は、どういう意味ですか…?」

「それを語ることは出来ません。先代様が、次代様に残された言葉こそが全てであり、私ども長には、語れることなどございません。」

「……」

「…ただ、1つだけ。リュシオン殿下はサーナ殿下の身を、心から案じておられました。それだけは、お伝え致します。」

「ギルさん…」

「…許されぬ禁忌を犯しました。どうか御内密に…」


微かな微笑みを浮かべ、頭を下げたギルは、顔を上げた時には魔術を解除し、なつなとシオン達を隔てる膜は跡形もなく消え去っていた。

そしてギルはまた柔らかく微笑むと、一目散になつなの頭へと降り立ったシリルを見つめてから、なつな達を先へと促した。





     ◇◇◇◇◇





「お待ちしておりました、半身様。この扉の先が、水龍の仔龍達の『(むろ)』になります。」


ギルの案内で辿り着いた先では、アレンが待っていた。

そして、アレンの言葉に頷くように、なつなの頭上にいるシリルが、ぱたぱたと機嫌よく尻尾を揺らしながら、鳴き声を上げる。





「きゅきゅ、きゅう!」

《早く入ろう、お姫様!》

「うん、そうだね。入ってもいいですか?」

「勿論です。さあ、どう…」


なつなの言葉に頷き、アレンが扉を開けた瞬間、飛び出してくる複数の塊。

アレンを押しのけた塊達に、とっさにコハクとスオウがなつなの前に飛び出したが、塊達の勢いは止まらず、結果それがなつなにとっては、喜びの光景となった。





「か、かわいい…!!」


なつなの目の前で、コハクとスオウに纏わりつく青い塊。

最初は不本意そうだった様子が、今は様々な鳴き声を上げながら、楽しそうに二頭にじゃれついていて。

その姿はなつなの心を射止め、溢れんばかりの笑顔でその光景を眺めている。





《サ、サーナ様…!》

【…離れぬか、仔龍らよ】


そんな(なつな)を、至極困った様子で見つめるコハクと、されるがままになりながら、静かに離れるよう要求するスオウに、じゃれついていた仔龍の内の一頭が、その瞳にシオンを捉えると、興味津々で近づいてくる。

するとシオンは、静かにその仔龍を見つめ、ゆっくりと尻尾を揺らした。





“…まさか僕を遊び相手にしようなんて、思っていないよね?”


静かに響いたシオンの言葉は、それでもその仔龍を、そして他の仔龍達をも、落ち着かせるには十分だったようで。

怯えるように後ずさった仔龍は、途端にきゅうきゅうと鳴き出し、それにつられるように他の仔龍達もコハク達から離れ、部屋の中へと逆戻りすると壁際に団子状に固まり、同じように鳴き出した。





“ふう…やれやれ、仔龍は感情に敏感なものだ。済まないね、サーナ。せっかくキミが喜んでいたのに、水を差してしまった”

「う、ううん…私もつい喜んじゃった。ごめんね、コハクもスオウも…助けるどころか喜んじゃって。」


若干くたびれた様子で、自分の足元に戻ってきた二頭の躯を撫でてから、なつなは部屋の中へと足を踏み入れ、まだ鳴いている仔龍達を見つめて、優しく声をかけた。





「驚かせてごめんね。迷子だったシリルを連れてきたの。みんなにお土産もあるのよ?」

「きゅう、きゅきゅきゅう!」

《龍王様のお姫様が作ったんだよ、美味しいよー!》


怯えたように鳴くのを止め、なつなをじっと見つめていた仔龍達は、シリルの言葉にぴくりと耳をそばだて、アレンが室へと運び入れていたアランカの実の一部を見つけると、我先にと一目散に飛びかかった。





「ふふ、みんな感情に素直で可愛いですね…」

「食欲旺盛でお恥ずかしい限りです…。半身様、どうぞこちらにお掛け下さい。」


仔龍達の姿を微笑ましげに見つめながらのなつなの言葉に、瞳を伏せてそう呟くと、手近の椅子を勧めたアレンは、なつなが腰掛けると、その近くにギルと共に控えた。

セラフィナ達はなつなの背後へと控えながら、同じように仔龍達を眺めている。





「シリル、あなたは食べなくていいの?他の仔龍達の分は残してあるから、食べてもいいのよ?」

「きゅう…きゅきゅるる。」

《僕は食べたからいいの。みんなに分けてあげるの》

「…あなたはいい子ね。」


自分の言葉に、そう返してきたシリルの頭をなつなが撫でてやると、褒められたのが嬉しいのか、尻尾をぱたぱたと振りながら、ぐるると鳴き声を上げる。

そんなシリルの様子を、ギルは思案げに瞳を細めながら、静かに見つめている。

その視線に気づいたなつなは、首を傾げながら呼びかけた。




「ギルさん…?どうかしましたか?」

「――どうやら殿下のお陰で、私は後継者を見つけられたようです。」

「…!長、まさかシリルがですか…?!」


ギルが漏らした言葉に、真っ先にアレンが驚いたように声を上げる。

その様子になつなが目を見張れば、ギルは安堵するような微笑みを浮かべながら、言葉を紡いだ。






「本来、私ども龍は…龍王陛下や半身様、六属龍殿に特別な感情を持ちません。つかず離れず、適度な距離を保ちながら、お互いに干渉せず、最低限の関わりしか持とうとしないのです。」

「どうしてですか…?」

「それは、龍が自由を望むからです。何物にも縛られず、感情を左右されず、自分の意志のまま時を駆ける。龍が人と関わるのは、己の(つがい)を探す時だけ。それ以外、積極的には関わりません。何故なら、それが龍には必要なことだからです。」

「アレンさんも、そう言っていました。どうして必要なんですか?」

「龍王陛下や六属龍殿以外の龍が人と関わった時、それは自由を失うことを意味します。無用な欲は龍の力の均衡に歪みを生み、そして龍を望む人の身勝手な欲望を知れば、龍は人に失望し、人を愛する龍王陛下や六属龍殿との間に、大きな溝が出来るでしょう。――龍は、生まれながらにしてそれを知っているのです。」

「……」

(つがい)を得た龍は、人を知り、柔軟になりますが…それ以外の龍は、恐れながらそうした性質を持っています。龍王陛下方と人との関係を壊さぬために、龍は世俗に『無関心』であり続けるのです。この世界の均衡を、崩さぬために。」


静かに語られるギルの言葉に、なつなはどう言葉を返せばいいか分からず、ただギルやアレンを見つめるしかなかった。

そんななつなにアレンは薄く微笑み返し、言葉を紡いだ。





「私も、(つがい)に出会うまでは疑うことなくそう思っていました。何の責任も負わず、ただ自由を望んでいました。」

「アレンさんには、番の女性が…?」

「はい。ソフィーナと申しまして…今は子を育てているため、御挨拶は出来ませんが、仔龍を育てる者は皆、番がおります。」

「お子さんもいるんですね…」

「離宮に住まうのは、番を得て変化を遂げた龍のみです。子が望めば、白王宮に務めさせて戴くことになりましょう。…こうして番を得て、ソフィーナが語る言葉を聞き、私は初めて、自分の身勝手さと龍王陛下方の責任の重さを知ったのです。」


瞼を伏せて、まるで自責の念に駆られるようなはそう紡いだアレンの言葉を引き継ぐように、ギルはその瞳にシリルを映しながら、その口を開いた。





「そんな龍の中で、例外な存在があります。生まれながらに、龍王陛下方へ特別な感情を抱ける者…それが、長の後継者となるのです。」

「それって…」

「はい、シリルがそうです。今日出会ったばかりのサーナ殿下にそうして信頼を寄せ、御傍を離れずにいるのが、何よりの証拠。…私も、漸く次代を見つけることが出来ました。」

「ギルさん…」

「サーナ殿下のお気持ちは、理解しております。何よりシリルが背負う責務の重さは、私がよく知っております。これからシリルは…私の後を継ぎ、サーナ殿下のお言葉を次代様に伝える役目を負う、後継者を見つけ、育てねばなりません。」

「…っ…」

「しかし、シリルはまだ子供です。時間は、余りあるほどにあります。…どうか今より成体となりしその時までは、シリルが望むままに、甘えさせて戴けますと…幸いにございます。」


そう言って深く頭を下げたギルと、それに倣うように頭を下げたアレンを見つめてから、なつなはシリルを頭から下ろし、1人だけ何も分かっていない様子で、自分を見つめるシリルをぎゅっと抱き締める。

そんななつなに首を傾げながらも、すぐにきゅうきゅう、と甘えた鳴き声を上げながらすり寄るシリルに、なつなは泣きそうな微笑みでその躯を優しく撫でる。


そんな光景を、その場にいる者達が静かに見つめる中、仔龍達は互いに口の周りに果汁を滴らせながら、きょとんとした表情で眺めていた。



こうして、仔龍シリルとの出会いは、なつなを切ない気持ちにさせながらも、他の仔龍達の愛らしさに癒やされ、なつなを幸せな気持ちにもさせたのだった。



その影で、レイから話を聞いたライナスが、心配なあまり離宮になつなを迎えに来たその場で、ライナスとシリルとの間で起こった騒動は、また別の話である。






なんだかシリアスになったり、ほのぼのになったり、ごった返してしまいました…。

でも、私的には書きたい部分を書けたので、ほっとしています。

以前、ライナスも言っていましたが、この世界の龍は、同族や番には深い愛情を注ぎます。

でもそれ故にレイ達以外の龍は、番以外の人間には興味がなく、そして自分を利用されることを嫌います。

ある意味、己の力量を正しく知っているからこその、防衛本能ですね。

そして今回の更新で初めて明らかにした部分ですが、龍は龍王や半身の生誕、聖樹の代替わり以外に、時折気まぐれに生を受ける場合があります。

今回登場したギルがその1人です。

その『気まぐれ』は、主に神界での出来事が起因です。


さて、これにてなつなと○○シリーズは終了となりまして、それに伴い、第2部第2章も終了となります。

次回、いよいよ事件篇へと移ります。

まだ全部書き進めていないので、どうなりますことやら…少しでもお楽しみいただければ、幸いです。

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