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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
2章 護られること、その意味
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なつなと生誕祭《2》

予定より遅くなってしまいました…どうぞお楽しみいただけますように。





「ウェザーの言葉の通りです。…わたくし達は龍王陛下が苦しむ中で、そのご様子を窺うことも、何もお力になれずにこの23年の時を過ごして参りました。せめて、せめてその御心を煩わせることのないようにと…陛下やウェザーと共に公務に励むことしか、わたくし達には出来ませんでした。」

「それで十分だよ、リリアベルナ。僕の苦しみや悲しみは、君達のせいではないのだから。…何より、六属龍やその眷族以外を近づかせることを拒んだのは、僕だ。君達は何も悪くはない。」

「…それでも、それでも。恐れ多いことでも、何かお力になりたかったのです。御姿が見えないからこそ、そのご心痛は計り知れず…そんな中、漸くサーナ殿下が陛下の御傍に戻られて。どんなに嬉しかったことか、どんなに安堵したことか。」

「リリアベルナ…」


その想いを初めて聞いたのだろうレイは、驚いた様子でリリアベルナを見つめている。

そんな妻の背を撫でるクロードルスは、反対の手をリリアベルナの手に添えて、労るように撫でた。





「龍王陛下の御心を癒やすことが出来るのは、サーナ殿下だけ。それは十二分に分かっておりました。そして、漸くその日がきたのだと、ただただ安堵しておりました。…殿下に起きていた、この23年に思い至らずに。」

「リリアベルナさん…」

「わたくしは、自らの心を恥じました。わたくしには想像も出来ない御苦労をされてきた殿下に、わたくしは全てを委ねるばかりで…。自らの浅慮と力のなさに、ただ涙することしか出来ませんでした。」

「……」

「そんなわたくしをクロードは叱咤し、ともに考えようと支えて下さいました。御自身も同じだからと。そして、何かわたくしにも出来ることはないかとご相談して…今日を迎えるに辺り、この贈り物を贈らせて戴こうと思ったのです。」


その経緯に目を見張るなつな達を見つめ、リリアベルナの言葉を引き継ぐようにクロードルスは切り出した。






「――リリーの提案は、我らにも盲点だったのです。我らは“伝想珠(フィルオーブ)”を用い、龍王陛下と半身殿下の意志を護る者。故にそれは出来ぬことと、考えにも及ばなかった。しかしリリーは、それを理解した上で提案してきたのです。」

「わたくしも、生家は七公家に属するフィルグレイス公爵家。“伝想珠”の教えは絶対だと、幼い頃より学んで参りました。……しかし、王家と七公家以外の者は、その存在を知りません。そして、それは民とて同じ。この贈り物は、多くの民からの願いを形にしたものなのです。」

「民からの…?」

「わたくしの元には、この23年間多くの民から手紙が届きました。そのどれもが龍王陛下を心配し、サーナ殿下の御身を案ずるものばかり。そしてそれがこの一年は、喜びの内容へと変わり…この生誕の議が近づくごとにその声は多くなりました。」


リリアベルナの話を認めるようにクロードルスは頷き、視線をウェザリアスへ向ければ、彼は更に驚きの事実を語る。





「我ら七公家当主の元にも、同じような手紙が届いておりました。幼い子供からご老人に至るまで、あらゆる民からの手紙です。『民が苦しんでいるのではと、陛下が思い悩まれていなければいい』、『一人殿下を待つ陛下に、自分達が出来ることはないだろうか』。…そんな言葉が綴られた民の願いに、我らはずっと応えることが出来ませんでした。」

「それは我ら王家とて、同じこと。我らはあまりに無力でありました。…しかし、リリーはこう言ったのです。民には出来ぬことを、我らが叶えようと。」

「それが、この贈り物なんですね…」

「…ありきたりな選択だとは、重々承知しているのです。けれどわたくしには、これ以上の選択が思いつきませんでした。本当に申し訳ございません…」


そう言って深く深く頭を下げるリリアベルナの姿に、同じように頭を下げたクロードルスやウェザリアスに、レイとなつなはお互いに見つめ合い、微かに微笑みを浮かべると、なつながそっと口を開いた。





「…どうか、頭を上げてください。私もレイも、クロードルスさん達にそうやって頭を下げられる理由がありません。」

「しかし…」

「いいえ、私もレイも本心からそう思っています。…全ては、私の生誕が狂わせたことです。そして、あの日までこの国を支え、民の声を聞き、頑張ってきてくれたのは…他ならぬクロードルスさん達です。私達は感謝をしても、お詫びをして欲しいなんて思いません。」

「サーナ殿下…」

「でも…この贈り物に、クロードルスさん達の想いと、多くの民の想いが込められているのなら、今回だけは受け取らせていただこうと思います。」


そう言って微笑んだなつなと、それを肯定するように頷いたレイに、漸く安堵した表情でクロードルス達は息を漏らした。


するとその時、続きの間からノックの音が響き、少しだけ扉を開け、ライナスが時刻を告げてくる。

その声に応え、立ち上がったレイとなつなに、ウェザリアスは入れ物にまた布を被せ、段重ねに戻したものを持ち上げて、元あった場所へと戻し、頭を下げた。





「こちらの品々は、後ほど内密に私の手で白王宮までお届け致します。」

「頼んだよ、ウェザリアス。――ライナス、もう入って構わないよ。」


入室を許可したレイの声に、ライナスを筆頭に六属龍が控えの間に現れ、その後ろからライラ達も姿を見せる。

そしてレイがなつなに手を差し出し、その手をなつなが取ると当時に、ウェザリアスの手によって、全ての魔術が解かれ、扉が開かれていく。


その瞬間からなつな達を包み込んだのは、割れんばかりの民達の歓声と拍手の大合唱だった。

その大合唱と共に響き渡るのは、王城の左の塔にある大鐘楼の、大きく涼やかな音色。


圧倒されるその大合唱に、初めてこのバルコニーに立った時を思い出し、足を止めたなつなに向けられたのは、レイの穏やかな微笑みだった。






「サーナ、民が待ってる。今日この日に、僕達2人が揃った姿を見るために。」

「レイ…」

「さあ、笑って。君の笑顔は、僕達も民も、万物全てを幸せにする。それこそが、何より民が待ち望んでいたものだ。」


その言葉と微笑みに促され、歩き出そうとするなつなのレイが取る手と反対の手を、ライナスが取る。

その愛しむような瞳に緊張がほぐれ、そして自分の後ろに立つアルウィン達属龍の微笑みに頷いて、なつなは自然体な笑顔でバルコニーに足を進めた。







『龍王様ーーー!!!』

『サーナ殿下ーーー!!!』


王城前に集まった多くの民達が、上げられんばかりの声を上げ、口々にレイとなつなに呼びかける。

その姿をバルコニーから見下ろしたなつなは、集まった民のあまりの多さに思わず声を漏らした。





「凄い人…」

「先ほど耳にしましたが、大陸全土からこの日に合わせて、多くの民が王都に集まったようです。」

「大陸全土から…?」

「はい。『継承の日』は、この国に暮らす者なら誰もが知る日ですから。しかし、希望する民を全て王都に入らせては混乱を招きますから、早くから希望を出していた者を優先に、他の民は各大陸の七公家が管理する地で、この日を祝っているようです。」


ライナスの説明を聞きながら、民に手を振るなつなは、笑顔を見せながらもどこか上の空のようにも見える。

同じように手を振っているレイは、そんななつなを見つめて、その耳に囁いた。





「――どんな楽しいことを考えているの?なつな。」

「え…どうして分かったの?」

「ふふ、分かるよ。なつなは僕の半身だもの。…君のしたいようにすればいいよ。」


そう囁いて微笑むレイに、なつなは笑顔で頷いて、その額に自分の額を触れ合わせる。

その姿にわっ、と歓声を上げる民達の声を聞きながら、額を離したなつなにレイは柔らかく微笑み、その頬を撫でた。





「…うん、問題ないよ。サーナに任せよう。きっと民も喜ぶよ。」


そう言ったレイは、瞳をとじる。

すると、怪訝そうにこちらを窺っているライナス達の表情が変わり、六属龍全員がまるで意志を確認し合うように黙り込む。

そんな姿に、なつなはレイ達が遠話(フラウル)を行っているのだと気づく。


その間に、同じように怪訝な表情で自分を見つめていた香龍達に、なつなはライラだけを呼び寄せ、その耳に囁いた。

それを受けたライラは、一瞬表情を不服そうに曇らせたが、すぐに恭順の意を伝えるようになつなに一礼してみせた。

その足元では、既に心話にて伝えられていたシオン達が主人の意思に応えるように、落ち着いて控えていた。






「…龍王陛下、如何(いかが)なさいました?」

「サーナ殿下?」


そんなレイ達の姿に、何かあったのかとクロードルスやリリアベルナが声を掛ける。

その傍に控える騎士団長であるヴェリウスも、そしてウェザリアスも、声は掛けないもののこちらを窺っている。


そんな彼らに、なつなはライナス達が自分に微笑みを浮かべて頷いたのを認めると、その輪からひょこりと顔を出し、クロードルス達に向けて笑いかけた。

まるで、子供のような悪戯な笑みを浮かべて。






「この国の民達に、挨拶に行ってきます。ちゃんとここに戻りますから。」

「殿下、それはどういう…」


なつなの言葉に、クロードルスがその真意を問おうとしたが、それは叶わなかった。

なつな達と彼らを隔てるように、一陣の風が吹いたことによって。






「――翠月、お願いね。」

『我が君のお心のままに』


なつなの声に応え、なつなとレイ、六属龍を包み込む風。

ふわりと舞った風は彼らを浮かばせ、より高く、空へと近づかせる。

その光景を、クロードルスを始め、貴族も民も声もなく見つめるしかなかった。





「あれが、サーナ殿下が起こす『奇跡』なのか……」


ふと、誰かが呟いた。

その小さな呟きは人々の耳に届いたのか、それはより大きな声となり、上空へと向けられる。

なつなを称える声となって。







「――皆さん、今日はこうして集まっていただいて、ありがとうございます。」


空に、なつなの声が響く。

レイの魔力によって拡散されたその声は、王城前に集まった多くの民達にも、バルコニーに残るクロードルス達の耳にも届き、彼らは揃って上空を見上げた。





「私と龍王が生まれたこの『継承の日』を、民の皆さんがまるで自分のことのように祝い、涙を流してくれることを、私も龍王も嬉しく思います。本当にありがとうございます。」


「この日を、私と龍王は23年もの間、一緒に迎えることが出来ませんでした。それがどれだけ龍王を悲しませ、苦しめ、そして民の皆さんを心配させたのか、私はこの国に戻って初めて知りました。…神の過ちとはいえ、とても申し訳ないと思っています。」


「私が戻ったことで、何か特別なことが出来るのかと聞かれると…正直、よく分かりません。私1人ではきっと、出来ないこともあると思います。でも…私には龍王がいます。六属龍もいます。」



「だから、この国に暮らす皆さんが、ずっと笑顔でいられるように、この国を見守り、導いていこうと思います。どうか皆さん、これからもよろしくお願いします。――心からの親愛を込めて。」


そのスピーチを終え、なつなが上空で頭を下げた瞬間、この日一番の大きな歓声が地上から響き渡った。

その歓声になつなは頭を上げ、嬉しそうに微笑んだ後、ふと見下ろした先で、小さな女の子が一生懸命に空へと腕を伸ばしながら、横にいる母親であろう女性に何かを訴えている。

その伸ばされた手には花が握られていて、きっと待っている間も落とさないように力いっぱいに握っていたのであろうか、少しくだびれてしまっているように見えた。


なつながまた更にあたりを見回せば、その女の子と同じように、小さな男の子や幼い妹の手を握った兄、色んな子供達がその手に様々な花を持っていた。

そしてその花達の声に耳を済ませれば、彼や彼女達の誰もが同じことを伝えてくる。


『渡せなくてもいい、渡せないことは分かってる、だけど自分達なりに2人を祝福したい』。

そんな、子供達の想いを。


その想いに胸を詰まらせたなつなは、両手を伸ばす。

まるで両手に抱えきれないほどの花束を、その腕に抱えようとするかのように。


すると、そんななつなの願いに応える者達がいた。

王都中の子供達が握っていた花達が、その握る力に反して、抵抗なくまるで導かれるように空へと上っていく。


そうして導かれた花達は、一斉になつなの前でくるくるとその可憐な姿を動かしながら、色鮮やかな大きな花束へと姿を変えた。

くだびれていたはずのその姿を、瑞々しく変化させながら。


驚いたのは、今まで花を握りしめていた子供達だけではない。

娘の懇願に困り果てていた母親も、どうやって孫に言い聞かせようか悩んでいた祖父母も、無力さを堪えながらも懸命にその感情を押し殺していた兄も、そしてこの場に集まった全ての民達も。

新たに起こった『奇跡』に、ただそれを呆然と見守ることしか出来なかった。



そうして出来上がった花束を、なつなは受け止める。

そうしてその花束の中から、色鮮やかな緑色の花を一輪選び出すと、隣りで驚いた様子で自分の行動を見ていたレイの耳元に差し込んだ。

差し込まれたその花にそっと手を添えながら、自分と眼下の民達を何度か見つめたレイに、なつなはとびきりの笑顔を浮かべた。

その笑顔にレイもまた嬉しそうな微笑みを浮かべると、同じように緑色の花を一輪選び出し、なつなの耳元に差し込んでから、なつなの腰を抱き寄せる。

――そして。



『素敵な花をありがとう、小さな紳士淑女に心からの祝福を』。


その言葉とともに、子供達の胸元に現れたのは、まるで一人一人の子供達の瞳を移したような、同色の色鮮やかな龍を模したブローチ。

龍王の魔力をまとったそれは、子供達を祝福するように輝いていて。


そうしてすぐに、なつなはレイ達と共に王都の空を去っていく。

きっと、各大陸に集まる民達の元へ向かったのだろう。







「――あれが、我らの『王』であるぞ。」


バルコニーに、クロードルスの声が響く。

威厳を持った声と背中は、上空を見つめたまま、振り返ることはない。





「余の治世(ちせ)は、『王』の意志が通わなければならぬ。例外などない。…民に躊躇いなく頭を下げられる。なんの打算もなく、小さな子供達の想いに想いを返される。その姿勢、見習わねばならぬな。」


その言葉を聞くウェザリアスや、リリアベルナの招きでバルコニーに入ることを許された、王太子であるクラウスも、王女(アナマリア)の夫となるヴェリウスも、片膝をつき、頭を垂れる。






「『王』の言葉、忘れるでないぞ。」


当代の王の重みあるその言葉を、当代の王を支える宰相も、次代の王たる王太子も、そして次代の王を支えるであろう臣下の騎士団長も、頭を垂れたまま短く承諾の声を上げた。


そしてリリアベルナは、あらゆる『奇跡』を起こし、空の彼方へ姿を消した龍王達に、色々な意味でざわつく民達へ説明をするべく、バルコニーの先へと足を進めたのだった。







レイさんとなつなちゃんの、はじめてのお誕生日の巻でした。

漸く国王夫妻と宰相を登場させられました。

そして、特に明記はしていなかったんですが、ルシェラザルトに生きる人々の寿命は200歳前後となっています。

なので、ちょっと計算が大変です(笑)

今回も微妙に調整しながら書き直しています。かなり気合の入った回でした…


なつなと○○シリーズも、佳境となって参りました。

もう少し、お付き合いくださいませ。


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