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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
2章 護られること、その意味
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なつなと生誕祭《1》

大変お待たせいたしました。





その日の空は、雲一つなく晴れ渡っていた。



穏やかな陽の光が降り注ぎ、その空気に溶けるように軽やかで不思議な響きを持つ歌声が耳に届き、彼女は目を覚ます。

窓から居室に流れ込むその言祝(ことほ)ぎの歌声は喜びに溢れ、高らかに響き渡っている。


その歌声に導かれるようにしてバルコニーに出れば、そこでは一面の青空の中を、煌めく星が降っていた。

そしてその無数の流れ星から零れた星屑が空から落ちてきたように、白王宮を包む空気の中で、白金や白銀、虹色の光を纏う粒子がきらきらと輝いている。

けれども、目の前で輝く粒子に少しの眩しさも感じていないことが、よりその現象の不思議さを際立たせていた。


その風景の中で、空中ではたくさんの見えざる者達が楽しそうに踊っていて、現れた彼女に気づくと、誰もが泣き出しそうな微笑みを浮かべながら、見つめてくる。

たった1つの言葉を、伝えようとするかのように。






「――それは、『祝福たる星屑の雨ウィ・ル・ア・リィウス』だよ…なつな。」


背後から響いた声に――なつなが振り返れば、いつもよりも柔らかな瞳に穏やかな微笑みを浮かべたレイが立っていた。





「ウィ・ル・ア・リィウス…?」

「見えざる者達の言葉で、『祝福たる星屑の雨』という意味だそうだよ。初代から変わらず、今日という日には必ずこうしてルシェラザルト全土で、まるで星が降ったように空気中が鮮やかに輝く。…君のために。」


レイはゆっくりとなつなに近づき、その身体を抱き上げて、優しく頬を撫でる。

そして、誰もが言わずにいた言葉を、この待ち望んだ日に相応しい言祝ぎを紡ぐ。





「今日、僕達が生まれて初めて、祝福たる星屑の雨ウィ・ル・ア・リィウスが降った。なつなが、この世界に還ってきたから。だから漸く…こうして僕は君に伝えることが出来る。――誕生日おめでとう、なつな。今日という日に、僕とともに生まれてきてくれて、ありがとう。」


その言葉には、万感の想いが込められていて。

そしてなつなもまた同じ気持ちでレイの頬を撫でて、同じ言葉を紡いだ。

溢れる涙を、堪えることなく。





「――レイも、お誕生日おめでとう。今日という日に、私とともに生まれてきてくれて、ありがとう。」


龍王と半身が交わし合う言祝ぎに、よりいっそう祝福たる星屑の雨ウィ・ル・ア・リィウスは輝きを増す。

今日の良き日を、より祝福するように。





     *





今日という日の言祝ぎは、まず龍王レイに皆が譲ったのだろう。

その証拠にレイの言葉を皮切りに、次々と見えざる者達がなつなを祝福し、(ねや)に戻ると2人が戻るのを待っていたであろうシオン達やシェリアも2人を祝福し、居間に入ればライラ達が微笑みを浮かべながら、言祝ぎを紡ぐ。


そしてそれは、2人が身支度を整え、ダイニングに足を運んでからも同じだった。







「王、なつな。今日の良き日を、心より祝福致します。お誕生日おめでとうございます。」


迎えたライナスの言祝ぎに続くように、六属龍全員が同じ言祝ぎを紡ぐ。

ゆったりと頷き返すレイと、嬉しそうにはにかんだ笑顔で礼を述べるなつなに、アルウィンはまるで少年のような笑顔を浮かべて、その身体を片腕に抱き上げた。





「わっ!…アルウィン兄さん?」

「んー?どうした、なつな。」

「なんだか、嬉しそうね…?」

「ああ。この23年で一番嬉しいぞ。今日は何でも許せそうなくらいにな。」

「アルウィン…」

「ケチケチするなよ、王。一番になつなを抱き上げる権利は譲ったんだ。俺だってなつなを抱き上げていたいんだよ。」


今にも鼻歌を歌いそうなほどご機嫌なアルウィンは、なつなを抱き上げたまま歩き出し、更に何か言いたげなライナスをいなしながら、上座に並ぶ二脚の椅子の内の片側へなつなを座らせた。





「今日は『継承の日』という、王となつなが生誕した日だ。それだけに、予定が詰まっているからな。だから今の内に、俺達だけでなつなを祝いたいと思ってな。」

「兄さん…」

「今日は何度でも言うぞ、なつな。誕生日おめでとう……この言祝ぎを、俺達は23年間ずっとなつなに伝えたかったんだ。――それが、漸く叶った。」

「…っ…」

「…ありがとうな、あの日この世界に還ってきてくれて。無事でいてくれて。俺達を、家族だと受け入れてくれて。」


初めてアルウィンが口にした想いに、なつなは首を横に振りながら、その(まなじり)に涙を浮かべて。

その涙を、温かな眼差しを向けながら親指でアルウィンが拭っていれば、反対側から伸びた手が同じようになつなの涙を拭う。





「――兄さん、なつなを泣かせるなんて怒られますよ。」

「既に後ろで怒ってるだろ。だったら泣かせた分、なつなを思いきり甘やかすさ。」

「…それも目的でしょう。確信犯ですか、全く。」

「レックスさん…」

「ふふ、泣き顔も可愛いんだね…なつなは。でも、今日は笑っていて欲しいな。君が生まれた日だ。」

「ふ…っ、」

「24歳のお誕生日おめでとう、なつな。心から嬉しく想うよ。君がこの世界に還ってきてくれたことも、今日の良き日を今までとは違う穏やかな気持ちで迎えられることも。」


柔らかな微笑みを浮かべながら、優しくなつなの頬を撫でるレックスと、同じようにアルウィンも頬を撫でる。

そして穏やかな表情でなつなの頭を撫でるエドガーや、ぎこちなくも言祝ぎを紡ぐオルガ、はにかんだ微笑みで、一生懸命に気持ちを伝えようとするセシルに囲まれて、なつなは涙を浮かべながら心からの笑みを見せる。


そんな彼らを眺めながら、レイとライナスはため息を漏らすが、それでも浮かぶ穏やかな微笑みが、2人の心情を物語っていた。






「――さあ、食事にしよう。今日は料理人達が腕によりをかけたようだからね。」

「ひとまず離れて貰いましょうか、僕の愛しい(つがい)から。独り占めなど許しませんよ。」


しかし、それでもやはりお互いに違うことを話しながらも、和やかな祝いの食事が始まったのだった。






     *






「――龍王陛下並びにサーナ殿下。当代ルシェラザルト王国国王として、御二方の『生誕の議』を執り行わせて戴けること、心から御礼申し上げる。」

「ありがとう、クロードルス。23年の長きに渡り、サーナ不在を理由に生誕の議を辞退していたこと、済まないと思っているよ。」

「何を仰います。御二方が揃ってこその生誕の議にございましょう。民も納得しておるからこその、今日のこの賑わいなのですよ。」


そう言って柔らかな微笑みを浮かべた国王――クロードルス・ルシェラ・イフェーロ・アウリールは、その怜悧さを醸し出す碧眼のつり目を、今日は穏やかに緩ませていた。

息子(クラウス)にも受け継がれる、その長い金髪を緩く結び右肩から流す姿は、未だ若々しい。

しかし、その要職に相応しい豪奢で威厳を感じさせる正装に違和感なく身を包む姿は、まさに国王であった。



彼らがいるのは、王城の最上階から王都を見渡すことの出来るバルコニーへ続く、控えの間。

控えの間とバルコニーを遮る大きな扉から横一面に続く窓からは、龍王と半身が姿を見せる時刻を、今か今かと待ちわびる多くの民の姿が見下ろせるようになっている。


しかしその控えの間全体には、防音と外から見えぬよう、不可視の魔術がかけられており、そして控えの間に入れる者も制限されている。

控えの間への続きの間には、六属龍とライラ達六香龍、シオン達なつなの守護者が控え、その時刻を待っている。


故に控えの間にいるのは、レイとなつな、国王と王妃、そして宰相のみ。

お茶の準備を済ませた侍女が部屋を辞した後、彼らは時刻がくるまでのお茶会に興じていた。


そして、国王の隣りに腰掛ける王妃――リリアベルナ・ルシェラ・リベリノ・アウリールは、(アナマリア)と瓜二つのその顔で、緑色の瞳に涙を浮かべ、手に持っていたチーフでその涙を絶えず拭っていた。

ウェーブがかった薄橙色の髪を背に流す姿は美しく、国王と並ぶ姿はまさに似合いの夫婦であった。






「本当に喜ばしいことですわ…。御二方が揃ってお迎えになるこの生誕の議を、わたくし達も民も…どれだけ心待ちにしていたことでしょう。」

「リリアベルナさん…」

「リリー、そなたが泣いてばかりいてどうするのだ。…申し訳ございませぬ。我が王妃は、今日目覚めてからは泣いてばかりおりまして。」

「いいえ、構いません。リリアベルナさん、長い間ご心配をおかけしてすみません。…でも、嬉しいです。ありがとうございます。」

「サーナ殿下…?」

「自分が生まれた日を、こうして誰かに祝って貰うことは、初めてじゃないです。でも…そうして泣いてしまうほど祝って貰えて嬉しいって、そう思ったのは初めてなんです。…だから、ありがとうございます。」


そう言って微かに微笑んだなつなに、その言葉に込められた想いに気づいたのか、更にリリアベルナは涙を溢れさせ、そんな妻を見つめて、クロードルスはそっとその肩を撫でた。





「…我が王妃が泣きやむまで、まだ時間がかかりそうですな。申し訳ありません。」

「いえ…泣かせてしまったのは私ですから。すみません、クロードルスさん。」

「どうか謝罪などなさらずに。我が王妃は涙もろいのです。殿下のお気持ちに、より感激したのでしょう。」

「申し訳ありません、陛下…」

「構わぬよ。今は非公式の場だ。それに、こうして時間が出来て良かった。御二方に、お渡ししたいものがあったのでな。――ウェザー。」

「…分かっている。」


クロードルスの声に立ち上がったのは、愛称で呼ばれた宰相――ウェザリアス・ハウザー・フォン・アレクセイ。

なつなと最も馴染み深い宰相は、立ち上がるとその足で部屋の片隅に置かれた机に向かい、何かを持って戻ってきた。

息子(ヴェリウス)が受け継ぐ濃緑の髪を適度な高さにくくり上げ、背に流す姿はいつ見ても若々しく、前を見据える紫の瞳は凛々しく、覇気ともいえる圧倒的な存在感を纏っている。


そしてウェザリアスは両手に持った、大きな布地張りの二段重ねになった入れ物をなつな達の前に置き、重ねられた入れ物を動かしながら告げた。






「国王陛下並びに王妃殿下、そして我ら七公家当主より、龍王陛下並びにサーナ殿下への贈り物にございます。どうぞお改めの上、御受け取り戴きたく存じます。」


その言葉と共に差し出されたのは、大小様々な種類の品だった。

色とりどりの布があれば、虹色の光を纏う宝石もある。

中には紡ぐ前の糸のような物もあった。

その品々を、なつなはきょとんとした瞳で見つめていたが、しかしレイだけはその表情をみるみるうちに不快げに歪めた。





「……ウェザリアス、代々申し伝えてある筈だよ。『僕達』は王族や七公家、貴族からの贈り物はその一切を受け取ることはないと。君もそれは、よく理解していると思っていたけれど?」

「勿論です。龍王陛下並びに半身殿下、そして六属龍との盟約は、我らの先祖から受け継がれる絶対的な不文律(ふぶんりつ)。それを違えることなど、七公家の一員としてあり得ません。」

「ならば何故…」

「今日迎えられた『生誕の議』は、全ての民が心から待ち望んでいた日です。そして何より…この23年の長きに渡り、越えることの出来ない世界を隔て、悲しい想いをされてきた御二方に、この王国の民を代表して、最初で最後の贈り物をさせて戴きたかったのです。せめて、その御苦労に報いるために。」


真率な眼差しで言葉を紡ぐウェザリアスの隣りで、その言葉を肯定するように真っ直ぐに、レイやなつなを見つめるクロードルスは、その瞳をリリアベルナへと向ける。

その瞳を見つめ返したリリアベルナは、そっと涙を拭うと、微かに赤くなった(まなじり)をそのままに、なつな達を見つめた。






中途半端ですが、長くなりそうなので分けます。

続きは明後日更新したいと思います。

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