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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
2章 護られること、その意味
55/80

なつなと初デート

大変お待たせしました。

お砂糖過多注意報、発令します!(笑)





「ごめんなさい、お待たせして!」

「いいえ、構いませんよ。なつなを待つのは苦ではありませんし…僕も今、来たところでしたから。」


小走りでやってきた愛する恋人に、向けられる眼差しは甘く熱を孕んだもの。

薄く頬を朱に染めながら、自分を見上げる瞳を見つめ返すその姿は、愛しさを隠しきれないようで。

初々しい、そう評することが相応しい、そんな恋人達のやり取りを見守るのは、見えざる者達だけ。



ここは、白王宮(はくおうきゅう)内にある、『天女の涙』の名を持つ噴水の前。

まず初めに白王宮を訪れる者を出迎えるそこは、まるで初々しい恋人達を祝福するかのようにきらきらと水面を揺らす。

その揺らめきにたゆたう複数の乙女達が、柔らかな笑みをたたえながら。


そんな場所で、異世界では定番とも言えるやり取りが、そしてルシェラザルトでは初めて交わされたであろう会話が、繰り広げられていた。





     *





“――なつな、水龍。たまには2人だけで出かけてみたらどうだい?”


シオンが唐突にそんなことを言い出したのは、ある日の恒例のお茶会の場だった。

このお茶会は、執務に一区切りがついた、そんな午後の合間になつなが庭の一画を望めるサンルームで休憩をし、そこにレイがやってきたことで、いつしかレイとなつなにとっての日常となりつつあった。


時は戻り、ソファーに座るなつなの後ろに控えるライラとシェリーンは、意外な言葉に表情を硬くするが、それでも何も言わずに控えている。

そしてカップを持ったまま固まる3人を見つめ、尾を揺らすシオンに、その真意をまず問えたのはなつなだった。





「えっと…シオン?突然どうしたの?」

“突然でもないよ、なつな。少し前から考えていてね。龍王や僕、コハクがいつもついて行かなくてもいいんじゃないかと、そう思っていたんだよ”


シオンのその言葉は、一見すると自らの役目を放棄するようにも聞こえた。

しかし、神としての(ことわり)を外れてまで、なつなと共に生きることを選んだシオンが、そんなことをするはずがないと誰もが知っている。

故に漸く我に返ったレイは、その真意を問いかけた。





「…シオン、君の真意はなんなんだ?」

“簡単なことだよ。翠月という守護も得て、なつなの安全はより強固なものになった。なつなの覚醒も残り後わずかになり、安定している。守護についたばかりのライラやシェリーンには申し訳ないが、一区切りがついたと言えるかなと”

「確かに君が言いたいことも分かるが…」

“まあ、これは建前で。いつまでも恋する2人の仲を邪魔し続けるのも、野暮じゃないかと思っただけだからね”

「な…っ!」

「シオン殿…」


シオンの言葉に動揺したのか、紅茶を零しそうになったなつなだが、すぐにシェリアが支えたことで事なきを得る。

そしてその向かいに座っていたライナスは、なつなを気遣いながらも感極まったような表情でシオンを見つめている。


その瞳を鷹揚に受け止めながらも、シオンは釘を刺すのも忘れてはいなかった。






“だからと言って、何も毎回ついて行かないわけではないよ、水龍。僕達がいなくても、翠月や見えざる者達の目はあるんだ。完全に2人きりというわけではないからね”

「…勿論、心得ています。それでも、なつなと共に過ごせるのなら…こんなに嬉しいことはありません。」

「…素直に頷けないな、僕は。何もこんなに急じゃなくても…」

“これはなつなのためでもあるんだよ、龍王。初恋が実ったなつなに、『乙女が夢見る初デート』を実現して欲しいと願うのは、何も悪いことではないだろう?”


渋るレイに向けて紡がれた、シオンのある種の爆弾発言に、誰もが目を見張り、固まる。

しかし誰よりも先にその言葉の意味を理解し、頬を朱に染めて俯いたなつなの姿に、背後から主の心意を感じ取ったライラ達は、それまで浮かべていた微かな不安を消し去り、まるで慈しむような微笑みを浮かべて見守っている。


そして、同じようになつなから喜びのようなものを感じ取ってしまったレイは、深い深いため息を漏らしながら、認めざるを得ない自分を慰めるように、その身体を抱き寄せたのだった。





     *





「今日の装いもとても素敵ですよ、なつな。可愛いあなたにとても良く似合う。」

「あ、ありがとうございます。…ライナスさんの服も、素敵です。」

「ふふ、ありがとうございます。」


お互いを褒め合いながらも、ライナスから紡がれる言葉には適わないようで、なつなは頬を朱に染めて俯く。

そんななつなの様子に愛しげに瞳を細めながらも、ライナスは内心この服を用意したであろう叔母の狙いに唸っていた。


白銀の織り糸に薄青の織り糸を織り合わせ重ねた、ワンピース。

なつなの着る服は全て、眷族の一人である針子長ルチア率いるお針子達が、一着一着こだわりを持って作られている特別製。

龍王レイをおもんばかり、白銀の織り糸がよく使われていることも知っている。


先程なつなが駆け寄ってきた時に、緩やかな風に舞った裾の下は、ふんわりと薄青のシフォンが重なって、その下はキュロットになっているようで。

動きやすさに可憐さが加わったその服は、まるで揺らめく水を表すような色合いで。

それに合わせるように、アクセサリーは全て青系色で纏められていた。


そう、それはまるでライナスが持つ色に合わせるように。





「でも、良かった…。私が自分で選んだ服だったので、ライナスさんに似合わないって思われないか不安で…」


しかし、ぽつりと漏らされたなつなの言葉が、ライナスの予測をいい意味で裏切った。

その口から自分のために、という言葉が紡がれて、それを理解した途端、ライナスの心が凄まじい歓喜に満ちる。





「僕のために、なつなが選んでくれたのですか…?」

「…はい。初めてライナスさんと2人で出かける日ですから、ちゃんと自分で選びたくて。」


俯いた顔を上げ、はにかんだような柔らかな笑みを浮かべるなつなに、ライナスは思わずその腰に左手を添えて抱き寄せると、右手でなつなの左手を持ち上げ、その指先に口づけた。





「――ありがとうございます、なつな。言葉に表せないほど、嬉しいです。あなたが愛しくて、どうにかなりそうだ…」

「ライナスさん…」

「どうか今日は1日、ラーヴィナスと…呼んでくれるでしょう?」

「…っ…はい。」


瞳に孕む甘やかな熱と、蕩けるような微笑みになつなは頬を染め、それでも自分の求めに頷いてくれた初心な恋人に瞳を細めながら、ライナスはまるでエスコートするようにその手を繋ぎ、歩き出すのだった。





     ◇◇◇◇◇





「綺麗…」


うっとりとした吐息混じりの言葉に、それを聞いたライナスは嬉しさを隠すことなく微笑む。

足元の不安定さに、転ぶことのないようになつなを気遣って導く手に力を込めながら、ライナスは広がる景色に瞳を奪われている恋人を、柔らかな眼差しで見つめ続けた。



ライナスがなつなとの初デートの場所に選んだのは、白王宮から南に位置する、フェブリル碧海。

その青さと美しさで『ルシェラザルト一』と評されるそこは、碧と翠の色をグラデーションのように併せ持ちながら、その海水の透明度たるは素晴らしく、水面から泳ぐ魚達の動きも砂の色さえ全て見通せた。





「歩きづらくはありませんか?」

「大丈夫です。海の上を歩けるなんて、嘘みたい…」


ライナスはなつなと共に水面に降り立つ時、その魔力を用いて、水面に薄い膜を張った。

その魔力の膜は2人を水面に浮かせる役割を果たすだけでなく、歩く先を覆っていき、夢のような水面の上の散歩を実現させていた。





「でも、どうして今日は海に?」

「――なつなに見せたかったのですよ。水のあるところは全て、僕には特別な場所なのです。だからこそ初めてはここで、あなたと共に過ごしたかった。」

「特別…」

「なつなと出会ってから、僕にとって世界はより輝きを増して…美しく見えるようになりました。それまで責務以外に見い出せなかった…僕が護る意味も、尽くす理由も、あなたがいるだけで見つけ出せる。――まるで、世界が変わったようです。」


真っ直ぐに自分を見つめ、はっきりと口にされた言葉を受け止めるように、なつなはライナスを見つめ返す。

そうして、暫しお互いを見つめ合っていた2人は、ふと響いた水音に水面を見下ろした。






「わあ、可愛い…!」

「これは…キュアルカですね。しかもこんなに複数体も…」


水音の正体は、海面から顔を出した、真っ白な躯をしたキュアルカと呼ばれる動物だった。

1メートルもない小柄な躯に、滑らかな背に二股に分かれた尾ひれ。


見た目はなつながいた世界でいう、シャチとイルカを足して、背びれをなくしたような姿は、それでも愛らしく、金色の瞳をくりくりと輝かせながら、興味津々な様子でなつなを見ていた。





「キュアルカは、用心深い性格で複数体の群で行動するのですが…僕もこうして見るのは初めてですね。何か言っていますか?」

「はい…私達を誘いにきたみたいです。海の中を案内したいって言ってるんですけど…」

「それはいいですね。では、お願いしましょうか?」


自分の返答に何でもないことのように頷いたライナスに、なつながきょとんとして見つめれば、ライナスはあっという間にお互いの全身を水の膜で覆ってしまう。

まるでシャボン玉に包まれているかのような光景に、なつなは目を見張った。





「これ…?」

「この膜は、一切の水を通しません。しかし呼吸をするのに必要な空気は通します。このまま海に潜りましょう。」

「このままですか?」

「ええ。心配には及びませんよ、なつな。僕に身を委ねて…さあ、行きましょう。」


2人の会話を理解したのか、キュアルカ達が嬉しそうな鳴き声を上げて、次々に海中へと潜っていく。

中にはあまりの嬉しさに、一度海中に潜った後、勢いをつけて海面を飛び出してくるキュアルカもいて、その水飛沫を膜越しに浴びたなつなは、その迫力に驚きながらも楽しげな笑い声をあげる。

そのなつなの反応が嬉しかったのか、また同じキュアルカが海面を飛び出してはまた飛び込むことを繰り返すうち、触発されたように他のキュアルカ達も次々にアクロバティックなジャンプをし始める。


そんなキュアルカやなつなのやり取りを、愛しそうに眺めていたライナスは、楽しんで漸く海面へと潜り始めたキュアルカ達を追うように、自分達を包む水の膜を静かに海中へと潜らせていった。





     ◇◇◇◇◇





ふわふわと、海中を漂う水の膜。

目の前ではまるで2人を歓迎するかのように、色とりどりの魚達が泳いでいく。

海面から差し込む陽射しがきらきらと海中を照らして、その幻想的な光景の中を傍ではキュアルカ達が楽しそうに泳ぎながら、時折撫でてくれと言わんばかりに躯を寄せてくる。

その求めに応えるように水の膜から手を出し、その背を優しく撫でたなつなは、感極まった様子でぽつりと漏らす。





「こんな風に海の中を見られて、動物達と触れ合えるなんて…贅沢すぎますね。」


その言葉に纏う喜びに、ライナスは満足げに笑みを浮かべ、腰に回していた腕に力を込める。





「喜んでいただけましたか?」

「はい…!でも、私ばっかり楽しくて…ラーヴィナスはつまらなくないですか?」

「つまらないなど…くるくる変わるなつなの表情を見て、他ならぬあなたとこうして共に過ごしているのに、思うはずがないでしょう?」

「わ、私…そんなに面白い顔してましたか?!」


衝撃を受けたように両頬を手のひらで覆い、必然的に上目遣いになるなつなに、くすくすと笑いながらライナスは首を振る。





「面白いかは分かりませんが…なつなを見ていると、あなたの感情が良く分かるのです。喜びや悲しみ、何もかもが。」

「そ、そんなに分かりやすいですか…?」

「その素直さがあなたの美徳なのですよ、なつな。そんなあなたを、僕は愛しているのですから…」


腰を抱き寄せ向かい合うと、優しく頬を撫でて、ライナスはなつなの前髪を指ではらい、その額に口唇を寄せる。

そしてお互いに見つめ合い、必然と引かれ合うようにゆっくりと重なった口唇は、深まることなく静かに触れ合い、離された。






「――ずっと、こうして触れてみたかった。なつなの口唇に…」

「ラーヴィナス…」

「あなたの口唇に初めて触れた男は、僕で間違いないですか…?」


微かに朱に染まる(まなじり)と頬に、なつなの緊張を感じ取りながら、ライナスは問いかける。

返事は分かっていた。

それでも問いかけたのは、ライナスの独占欲故で。


そうして期待通り、恥ずかしそうに頷いて見せたなつなを、蕩けそうに甘い眼差しで見下ろして、ライナスはその(まなじり)に口づけた。





「あなたとの初めてのキスですから、一生の思い出となる場所でしたかったのですが…この場所で良かったでしょうか?」

「き、聞かないでください…!」

「ふふ、すみません。あなたの瞳を見れば分かりますね。僕の(つがい)はなんて愛らしいのでしょうか…」


うっとりとした吐息を漏らしながら抱き寄せて、ライナスはなつなの左手を持ち上げると、その中のある指に口づけを落とした。




「ラーヴィナス…?」


触れた指は、左手の薬指。

なつながいた異世界では特別な意味を持つその指も、この世界では特別な意味は持たない。

故にライナスの行動の真意が分からず、なつなは首を傾げてそれを見つめた。





「アシュルクレールの店主殿から、なつながいた世界でそれぞれの指が持つ意味を聞きました。…この指は、その中でも特別なのでしょう?」

「…っ…!」

「この世界では、指輪に特別な文化はありません。魔術師が常に身に着け、貴族の貴婦人や令嬢達が、稀に身に着けるくらいのもの。でも…なつなにとって、指輪が特別な意味を持つなら――僕はその意味を込めて、この指に填める指輪をあなたに贈りたい。」

「ラー、ヴィナス…」

「――あなたを愛しています、なつな。どうか受け取っていただけますか?」


その言葉と共に差し出されたライナスの手のひらには、いつの間にか濃青の包みがあった。

その包みをライナスがゆっくりと開いていくと、現れたのは――白銀の輪と濃蒼の宝石が煌めく指輪。

輪の中心を飾るその蒼はまさにライナスの瞳と同じ色を持っていて、それだけでその指輪に込められた意味を、なつなは感じ取った。





「私、に…?」

「あなたのためだけに用意しました。僕の色を、なつなに贈りたいのです。婚約の証に、身に着けてはいただけませんか?」


真摯な言葉に確かに纏う愛情。

ライナスと指輪を交互に見つめていたなつなの瞳から、ぽろりと零れ落ちた涙。

後から後から零れ落ちる涙を、ライナスが頬を撫でながら指で拭えば、その手に自分の手を重ねて、なつなは何度も頷いた。






「嬉しい…っ、嬉しいです…!ラーヴィナスが私のために、私が生きた世界を知ろうとしてくれたことも、こうして考えてくれたことも…」

「なつな…」

「身に着けさせてください、私に。私も…私もラーヴィナスを愛してます…!」


返された答えは、ライナスの独占欲も何もかもを満たし、それ以上に与えてくれた。

その歓喜に包まれたまま、ライナスはその手を取り、指輪を填めていく。

薬指で煌めく指輪は、主を得てより輝いて見えた。



そうしてまたお互いに見つめ合い、必然のように重ねられた口唇と、回される腕。

そんな2人を祝福するように、キュアルカ達がその周りを泳いでいく。


その鳴き声はまるで讃美歌のように、透き通る海中に響き渡るのだった。





なつなちゃんとライナスの初デートの巻でした。

いや、これまでもデートはしてるんですけどね…ことごとく+αがいますのでね。

そしてライナスの企みはなんとか成功したようです。主に誰かさんの妨害があったようなので(笑)


お話は変わりまして、アルファポリス様主催の「第6回ファンタジー小説大賞」にエントリーいたしました。

まだエントリーだけなのでなんとも言えませんが、それでもわたしにとってはかなりの勇気なので…よろしかったら応援していただけたら嬉しいです!

9月が近づきまして、動きがあればまたご報告いたします。

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