待ち人、きたる《2》
作中に血の描写などがあります。
そして作中に展開上、自傷行為があります。
苦手な方はご注意くださいませ。
「血魂の制約…?」
聞き慣れない言葉になつなが首を傾げれば、セラフィナは最初から心得ていたように、その内容を口をする。
「半身様とわらわ達香龍とを結ぶ、制約のことを指します。今のわらわ達は、古からの理に基づき、言わば本能に従って、半身様の元に集っただけ。そこには明確な制約はございません。しかしそれを結び、具象化させるのが『血魂の制約』にございます。」
「具象化…?約束を見える形にするということですか?」
「その解釈で構いませぬ。この制約を結ぶことで、わらわ達は本能ではなく、自身の明確な意志として半身様と血と魂で結ばれ…絶対的な守護を果たすことが出来るのです。その他には…」
説明を続けていたセラフィナが、ふとその口を閉ざす。
それになつなが首を傾げ、先を促すように見つめれば、セラフィナは静かに瞼を伏せてから、そのアイオライトの瞳でレイやライナスを見つめた。
「——ここから先は、半身様とその守護者殿にしかお聞かせ出来かねること。龍王陛下並びに水龍殿には、此処よりご退席願えないでしょうか。」
伺いをたてているようで、しかしセラフィナの言葉には有無を言わせない響きがあった。
その口振りに、はっとしてなつながレイやライナスを見つめれば、なつなの予想に反して、彼らは一切の反論をすることなく立ち上がる。
「…その願い、聞こう。僕はサーナに付き添って、ここまで赴いただけのこと。君達とサーナを引き合わせる役目は終えたことだし、失礼するよ。…サーナ、居室で待っている。話が済んだら、香龍達と共に戻っておいで。」
「僕もご一緒しましょう、王。…ナツ、また後で。」
なつなに声を掛け、素直に謁見の間を後にする2人に、今までの経験上、一悶着あるかと身構えていたなつなは、呆気にとられた様子で彼らを見送った。
そしてそんななつなを見つめ、彼らの行動の真意を教えたのは、セラフィナだった。
「――わらわ達の唯一の王は、半身様にございます。わらわ達の在り方は、『龍の王』である龍王陛下にも、六属龍にも揺るがせないもの。わらわ達の求めを拒否することは、半身様以外には出来ないのです。」
「だから、レイやライナスさんが何も言わずに…」
「この制約は、御身を守護するためには、必須なことなれば。…半身であらせられる龍王陛下と、婚約者であらせられる水龍殿を追い出すような真似をしたこと、どうかお許し下さい。」
そう言って深く頭を下げたセラフィナと、それに続くように同じ姿勢を取った香龍達に、なつなは慌てて玉座から立ち上がると、階段を駆け下りた。
その行動を予期していたのか、シオンやコハクは慌てずに追いかけてくるが、スオウは一瞬驚いたように瞳を瞬かせてから、シオン達の後に続いた。
「は、半身様…!何をなされます…!どうか玉座へお戻りを!」
「…玉座からのやり取り、ちょっと苦手なんです。どうかこのまま話させてください、セラフィナさん。」
響く足音に顔を上げ、驚きに目を見張り、慌てて静止の声を上げるセラフィナに、彼女達の前で立ち止まり、苦笑いを零しながらそう言ったなつなは、そのままで言葉を続ける。
「レイやライナスさんのことは、気にしないでください。2人が何も反論しなかったのは、セラフィナさん達の言葉の意味を、分かっていたからだと思いますし。」
「半身様…」
「教えて貰えますか、『血魂の制約』のこと。…私が、どうしたらいいのかも。」
真っ直ぐに自分を見つめ、その瞳に受け入れる覚悟を映しながら話すなつなの姿をまるで眩しく輝くものを見るように見つめ、セラフィナは恭順の意を示すように頭を下げてから、口を開いた。
「『血魂の制約』とは、その言葉が意味する通り…半身様とわらわ達香龍を、血と魂で結ぶもの。聖樹のように半身様の血をわらわ達の体内へと取り込み、真名を明かし、その2つの力の強制力を持って、わらわ達は半身様に縛られるのです。」
「私の血を取り込む…」
「半身様は、この世界で唯一『魔力』を持たぬ身であらせられます。真名の強制力と共にわらわ達を縛るには、御身に流れる血を用いる他にないのです。」
「私の血を取り込んで、セラフィナさん達の身体に…何か問題は起こらないんですか?」
「然したるものはございません。あるとすれば、自分の意志では龍体へと戻れないことでしょうか…」
何でもないことのように口にされた言葉を、思わず聞き流しそうになったなつなは、だがしかしその意味の重大性に気づき、声を上げた。
「それのどこが問題じゃないんですか!龍体に戻れないって、大問題じゃ…」
「半身様が命じて下されば、龍体に戻ることが出来ます故、わらわ達にとっては然したるものでもございません。お気にされることでは…」
「で、でも…!」
「わらわ達の至福は、半身様の御傍近くに侍ることを許され、何よりも御身を優先し、この身と武を持って守護出来ること。どうか我らの真名を捧げ、その血を戴くと共に、その尊き真名を知る権利を賜りたく…」
躊躇うことなく口にされた言葉。
セラフィナと共に乞い願うように、自分を見つめる香龍達。
そして自分の足元に座るシオン達を見つめてから、なつなはセラフィナにあることを求めた。
「――セラフィナさん、短剣を創ることは出来ますか。」
「…?」
「香龍は、自分の魔力を物質化させることが出来ると、エドガーさんから聞きました。ここにいる誰もが、私を傷つけることは出来ません。…私が、自分で傷を作らないと。」
「!半身様…」
「皆さんの気持ち、よく分かりました。頼りない主ですけど…これからよろしくお願いしますね。」
その微笑みと言葉に、セラフィナを始め香龍達は自分達の願いが許されたことを知り、喜びを隠しきれずに、深く深く頭を垂れる。
その頭上で、なつなの声が響く。
「——翠月。」
『はい。御傍におります、我が君』
濃密な魔力の気配と共に突然なつなの傍に現れた、白銀と漆黒を纏った青年。
突然前触れもなく現れたことから、青年は『見えざる者』である可能性が高い。
しかし謁見の間に差し込む陽の光の中、『見えざる者』であるのなら実体を伴わないはずが、まるで人間のように存在するその身体に、目の当たりにしたセラフィナ達は息を呑む。
「その方は、『見えざる者』なのですか…?」
「はい、驚きますよね。彼は私の守護者の1人、『聖樹ザグラノルド』から代替わりした『聖樹ジェードムーン』の化身、翠月です。どうしてこの姿なのかは、また後で説明します。…翠月、話は聞いてたよね?」
『はい。御身の痛みは、私が全て取り払いましょう。…雷香龍セラフィナよ、我が君に剣を』
なつなの求めに頷き、恭しく頭を下げた後、悠然とした佇まいで自分を見つめ促したその姿に、セラフィナは主の類い希な資質と在り方を感じ取り、深く頭を下げたのだった。
*
滴る赤が、恭しく差し出された香龍達の手のひらに落ちていく。
瞬時に癒された傷、そしてその赤い血を舐め取り、飲み込んだ香龍の身体は仄かに熱を持ち始め、まるでその一滴の血が、己の身体を創り変えていくような感覚に陥る。
その不確かで、しかし真実な感覚に、香龍の心は大きな歓喜に満ち満ちていく。
「あなた達の真名を、私に聞かせて。」
耳に流れ込む、唯一の王の声。
その声に導かれるまま、それぞれの真名が紡がれる。
「我が真名は、『ラナートリイラ』。『水』を司りし香龍。」
「我が真名は、『シエラリオレーン』。『氷』を司りし香龍。」
「我が真名は、『セラヴィアフィオナ』。『雷』を司りし香龍。」
「我が真名は、『ユーノスナディリア』。『炎』を司りし香龍。」
真名を紡ぎ、続けられるのは制約を結ぶ言の葉。
流れ込む血が、その瞳に刻まれるように色が揺れる。
『我が守護せし唯一の王、その真名を許されし我。命尽きし時まで、御身に忠誠と恭順を誓わん』
紡がれた言の葉の後、香龍達の眦の下に、浮き出てきた漆黒の紋様。
それは香龍によって左右位置が違うもので、そしてその色は、まるで主の瞳を受け継いだような夜色の漆黒。
咲き誇る花を模したような紋様は、結ばれた制約を知らしめるように、その存在を主張していた。
「その紋様は…?」
「制約が為された証にございます、我が君。この印が、我らの誇りとなり証となるのです。御身を護る、剣と盾として。」
「剣と盾…」
「――なつな様。その真名をお許し戴ける日を、ずっと夢見ておりました。今日よりこのライラ、御身をお護りするため…全てを捧げ、尽くす所存にございます。」
跪いたまま浮かび上がる紋様を愛しげに撫でてから、恭しく頭を下げたライラに、なつなが反応に困ったように笑い頷けば、その隣りに跪いていたセラフィナが口を開く。
「なつな様。制約を交わして戴いたこと、心より感謝致します。…つきましては改めて、お許し願いたきことがございます。」
「なんでしょうか?」
「わらわの後ろに控えます、二龍につきまして…ご説明をさせて戴きたく。」
そう話し頭を下げたセラフィナに、なつなが視線を向ければ、香龍達が謁見の間を訪れた時から控える、年若い少女の姿をした香龍が2人。
姿形は同じように見えるが、髪の色も瞳の色も違う2人は、真っ直ぐに焦がれるようになつなを見つめていた。
「この二龍につきましては、未だ『成体の議』を迎えておりませぬ故…今日のところは拝顔と真名を捧ぐのみとさせて戴き、制約につきましては日を改めて交わさせて戴きたく存じます。」
「成体…成人していないと、何か問題があるんですか?」
「いえ、問題はありませんが…『成体の議』を迎えるまでは、龍としても守護者としても未熟者。わらわとユーナディアとで、『成体の議』を迎える半年後まで、わらわ達が住む『香宮』にて鍛えたく存じます。」
セラフィナの傍らで同じように跪くユーナディアに視線を向ければ、それを肯定するように頭を下げる姿に、なつなは疑問を口にする。
「鍛えるって…」
「わらわ達香龍は、武を誇る者。日々鍛錬は欠かせません。魔力を研ぎ澄ませ、自らの武器を創り、それを用いた闘い方や身のこなし。鍛えることは多くございますので。」
「そうですか…」
「この世界にて戦が起こったことなどございませんが、万全を期す意味はございます。どうかお気に病まれませぬよう…」
「……」
「…では改めて、二龍を御紹介させて戴きたく存じます。――2人とも、なつな様の御前に。」
セラフィナに促され、歩み出てきた二龍は、恭しく頭を垂れた後、なつなを見つめその真名を紡いだ。
「我が真名は、『メルトレーリス』。地を司りし香龍。メルリスとお呼び下さい、半身様。」
「我が真名は、『リーアレノーラ』。風を司りし香龍。リラとお呼び下さい、半身様。」
「メルリスさんとリラさんですね。あの、お2人は双子ですか…?」
「双子、という言葉は初めて聞きましたが…この二龍は同じ日に香龍として生を受けたため、似た外見と雰囲気を持っております。」
「そうなんですね…」
「はい。『成体の議』を迎えし後、制約を交わせし時にその真名をお呼び出来ればと存じます。」
その幼い見た目にはそぐわない、しっかりとした物言いをしたメルリスになつなが頷けば、セラフィナは今度はライラとシェリーンに視線を向けた。
「なつな様は御存知ではないかもしれませんが、この白王宮の奥宮には香龍用の居室がございます。その居室と『香宮』の奥宮が陣にて繋がっております。」
「そうなんですか?」
「はい。初代香龍は、この白王宮と香宮とを鍛練を行うために行き来していたと史実に残っております。わらわ達、香龍の鍛練は特殊な故、香宮でないと行えないのです。わらわとユーナディアは二龍の鍛練に集中致します故に、なつな様の御傍には今日より半年後までは、ライラとシェリーンが侍ります。」
「そうなんですね…」
「御安心なさりませ。もし万が一なつな様の身に大事があれば、我らはすぐに馳せ参じます。なつな様の身に危機が迫れば、この痣がわらわ達に知らしめ、そして我らは唯一、なつな様の御傍にいつでも単身で転移が可能でございますので。——それにこの2人は、わらわ達香龍を纏める者。その力は、教育者たるわらわが保証致します。」
そう話し、促されたライラ達がなつなの前に歩み出て、静かに跪く。
美女2人に跪かれ、少し狼狽えるなつなに優しい眼差しが向けられる。
「どうか緊張なさらず、なつな様。わたくしのことは姉とでもお思い下さいませ。」
「シェリーン、なつな様になんて恐れ多いことを…!」
「あら、なつな様は市井で育つことを余儀なくされた方。人や龍に傅かれることには不慣れなはず。わたくし達が率先して、気を配って差し上げなければ。」
「う、そうか…そうだな。なつな様に気を病ませるわけにはいかぬ。」
「そうでしょう。だから、ライラも暴走しないで頂戴。」
「うう…気をつけよう。」
2人のやり取りを目にし、なつなは小さく笑みを零す。
新たに増えた守護者達に、それでもやっていけそうだと、そんな希望を胸に、なつなは座っていても自分のお腹の高さ程はあるスオウの躯を撫でたのだった。
香龍篇の中の、香龍との出会い篇、ひとまず終了いたしました。
一気に増えましたので、次回更新までに世界観紹介や人物紹介、用語集などをまとめて更新しようと思います。
恐らく作中に出てこなかった詳細やネタバレもあるかと思いますので、読まれる際は念のためご注意くださいませ。
とりあえず、ライラとシェリーンのやり取りが楽しかったです(笑)
次回から何話かは、ほのぼのとした話が続くかと思います。
その後、とある事件へと進みます。
お楽しみにしていただければ幸いです。




