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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
2章 護られること、その意味
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待ち人、きたる《1》




「…シェリアさん、ホントにもう大丈夫だから。後はゆっくり休んでください。」

「いいえ、なつな様。お気遣い無用ですわ、わたくしは聖樹のたもとでしっかり休んでおります。あれで十分ですのよ。」

「だけど…」

「どうか御心配なさらずに。なつな様は、香龍殿達との謁見だけに集中なさいませ。」

「……はい。ホントにありがとう、シェリアさん。」



白王宮に戻ったなつなは、入浴を済ませた後、シェリアの甲斐甲斐しい世話によって、身支度を整え、食事を済ませた。

疲れているだろうに、そんな姿を微塵も見せることなく動くシェリアに、なつなは申し訳なくなり、何度も休んでくれと願った。


しかしシェリアは首を振り、逆になつなを気遣う様子を見せ、そんなシェリアに最後には何も言えなくなり、なつなはただ感謝を口にした。







《――なつな様》


そしてレイやライナス達と共に謁見の間へ入り、玉座へと落ち着いたなつなに、その傍らに座るコハクが心話(しんわ)で呼びかけた。

視線をコハクに向けたなつなは、声と気配に纏った緊張感に、問うような響きを持たせて語りかけた。





(どうしたの…?コハク)

《…私以外の『聖獣』が今、白王宮の中にいます。それも、かなり強い力を持った聖獣のようです》

(この中に…?)

《はい。…明確な意志を持って、こちらに近づいているようです。それに、その聖獣の傍に香龍達の気配を感じます》


白王宮に『聖獣』が明確な意志を持ち、足を踏み入れる。

それは疑う余地もなく、なつなの元へ向かってきているということ。

既になつなにもコハクが指す意味に自覚はあり、コハクが感じる緊張感に気づく。

しかも、何故かこちらに向かっているはずの香龍達の傍にいるというのだ。





(強い力、って…コハクよりも?)

《…いえ、恐らく同等の力を持った種族です。どの種族かまでは、今の私の力では分かりませんが…》

(そうなんだ…。でも、どうしてその聖獣が香龍達と一緒にいるんだろう?)

“…ふむ、これは。また面白い『土産』を持参したものだね、香龍は。——いや、なつなが惹きつけたのだから…仕方がないか”


そんな2人の心話に、シオンまでもが加わり、そしてシオンはコハクが感じ取れなかったものの多くを感じ取ったようで。





(シオン…?理由がわかるの?)

“わざわざ僕が語るまでもなく、来たようだよ…なつな。自分の目で、確かめるといい”


窺うように自分を見つめるなつなを促し、前を見据えたシオンに倣うようになつなが視線を戻せば、ライナスの合図によって扉が開かれる。

そして開いた扉の先にいた者達が、躊躇いなく謁見の間に足を踏み入れた。






「綺麗…」


ぽつりと、誰に聞かせるわけでもなく、なつなの口から小さな感嘆の声が漏れた。

そしてその声が聞こえたかのように、先頭を歩く群青色を纏う美女が、謁見の間に入った瞬間から真っ直ぐになつなに向けていたその瞳を柔らかく細める。

——まるで、待ちわびた瞬間を噛みしめるように。


そしてなつなが次に目を奪われたのは、多彩な色を纏う美女や美少女達の後ろを、悠然と歩いてくる獣の姿。



漆黒の毛と長い尾、首回りだけが白銀の毛をした、黒を帯びた赤色の瞳の獣。

なつなが知る姿よりは遥かに大きいが、それは確かになつなが知るある動物に『似て』いた。





「狼…?」

《…なつな様、あれは天狼(てんろう)です。そして、恐らく私と同じまだ子供の…》

「天狼…」


あの大きさで子供なんだ…そう言いたげななつなを尻目に、香龍達と天狼は玉座から下る階段下まで歩みを進め、立ち止まり跪く。

けれどその瞳は、誰しもがなつなを真っ直ぐに見つめていて。






「ようこそ、香龍殿。まずは…」

「――ああ…!漸く、漸くこうして御会いすることが出来た。私達の『唯一』…!」


挨拶を済ませようとしたライナスの言葉を遮り、感極まったように漏らされた声はどこか震えていて。

その涼やかなアクアマリンの瞳は涙で潤んだように光り、射抜くように見つめられたなつなは息を呑んだ。





「23年間、御身を案じない日など一瞬も、1日たりともありませんでした。御無事で、御無事で本当に良かった…!今日こうして御会い出来たことに、許可をいただけたことにどれだけ感謝してもし足りませぬ!」

「…ライラ、落ち着いて。半身様の前で、そのように取り乱しては失礼よ。」

「…っ…そうか。そうだな、すまない。誰よりも、私が冷静でいなければ。」


隣りにいた水色を纏う美女に諭され、はっとしたように頷いたライラと呼ばれた女性は呼吸を落ち着かせ、改まった様子で頭を下げた。






「…お見苦しいところをお見せ致しまして、大変な御無礼を致しました、半身様。私は、ライラと申す者。六香龍の一角、『水』を司る龍にございます。」

「ライラ、さん…」

「どうかライラ、とお呼び捨てに。お気遣いは無用にございます。」

「でも…」

「…ああ、なんと慎み深い御方なのだ…。シェリーン、聞いたか。私の名を、半身様がお呼び下さった!」

「ええ、聞いていたわ。…でもわたくしは言ったわね、ライラ。取り乱しては失礼よ、と。落ち着きなさいな。」


シェリーンと呼ばれた女性に窘められ、またすぐに反省しながらも頷くライラの斜め後ろでため息を吐いた紫色を纏う美女は、ライラの前へと歩み出ると、その意志の強さを映した瞳をなつなに向ける。





「――今のライラではいつまでも話が進まぬ故、わらわが代わりを務めさせて戴く無礼をお許し下さい、半身様。わらわはセラフィナと申す者。六香龍の一角、『雷』を司る龍にございます。」

「あなたが、セラフィナさん…」

「いずれは、セラフィナとお呼び捨て下さいませ。——23年の長き時を経て、こうして無事な御姿でお目にかかれたこと、何よりの喜び。そして、重ねられたご苦労…心よりお労しく思っております。」

「いえ、苦労なんて…。むしろ23年間も…国中を探させてしまったことの方が、申し訳なく思っています。」

「何を仰いますか。半身様に、何の罪があるというのです。生まれ変わりを待つ半身様には、抗えぬ神の領域。——半身様がこうしてお戻りになった、それだけでわらわ達は報われるのですから。」


慈しむような眼差しでそう話すセラフィナは、ふいに振り返ると天狼の子を見つめる。

それだけで天狼は立ち上がり、香龍達を追い越し、誰よりも前に歩み出た。






「お気付きのように、聖獣である『天狼』の子にございます。先程、炎龍殿の執務室で案内を待っていたところに突然現れ…たった一言、『半身様の元に共に連れていけ』、と申すもので、こうして連れて参りました。わらわ達は、聖獣に是非は答えれぬ身ですので…」

「どうして、セラフィナさん達のところに…」

「分かりませぬ。本来聖獣は、龍と会話などしない者達。わらわ達に、問える術などありませんので。」


首を振ったセラフィナに、なつなは天狼を玉座から見下ろす。

その視線を受け止めた黒を帯びた赤色の瞳は、真っ直ぐになつなだけを見つめ、語りかけた。






【——我、汝の支配を望む者なり。今この時を持って『盟約』を交わしたい、主となる者よ】


直接心に語りかけてきた天狼の声は、まだ若い少年のもので。

しかしその口振りは既に威厳を纏っていて、確かになつなに聖獣なのだと感じさせた。





(私と、盟約を?どうしてそれを望むの?)

【理由などない。汝が汝であるからこそ、我は盟約を望む。汝は、護られるに値する者】


話す言葉は簡潔で必要最低限だが、なつなを見つめる瞳には確かに強い好意を感じた。

しかしその視線の交わりは、なつなの傍らで響いた低い呻り声によって中断する。





《我が主に向けて…不遜な物言いは許さぬぞ、天狼!》

【…不遜な物言いなどしておらぬ。正確に把握する術を持たぬなど、未熟な証拠だ…天虎よ】


交わされる心話に激しい呻り声を上げたコハクをいなすかのように、瞼を伏せてみせた天狼に、応戦しようとしたコハクを宥めるように、なつなが優しく背を撫でる。





(『守護者』になるつもりなら、同じ守護者であるコハクやシオンも大切にして、協力出来なければダメよ。分かるでしょう?)

【……気をつけよう】


自分の言葉に瞳を向け、一言そう返した天狼に、なつなは疑問を投げかける。





(何故、直接私の元へは来なかったの?)

【…汝は聖樹を保つため、力を公使した後だった。そして香龍達はそれを感じ取り、汝の元へ向かったところ。故に、香龍達の元へ参った】

(どうして?)

【話は一度に済んだ方が、疲労も少なかろう。故に我は香龍達と共に、汝の元へ参った】

(私を気遣ってくれたのね…)


天狼の話を聞き、怒りがおさまった様子のコハクに視線を向けてから、なつなは真剣な表情で問いかける。

盟約を交わす、そこに起きる変化を知っているからこそ。






(私と盟約を交わす意味、分かってる…?盟約を交わしたその瞬間から、あなたは私に縛られて、私が死ぬ時に一緒に死ぬわ。今のあなたは、それ以上生きられるのに)



コハクとシオンに名を与えた後に、なつなが知った事実。

それは、盟約を交わした瞬間から、彼らの全てがなつなに縛られるということ。

力も自由も――命さえも。


無知であることは、罪である。

『無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つもの英雄なり』

そんな言葉を残した哲学者がいる。

私はこの世界に還ってきたばかりで、まだ多くのことを知らないまま。

なのに、それが分かっていたはずなのに、私は『盟約』の意味を深く知らないまま、あの日『紫苑シオン』と『琥珀コハク』に名を与え、魂を縛りつけてしまった。


私が『無知』であったが故に、私は何も知らないまま、2人の命の期限も運命すらも——私に縛りつけてしまった。


何も知らないこと、知ろうとしないことは罪であり、無責任なこと。

私は『あの日』それを心から思い知り、深く深く後悔をした。

シオンは意図的に伝えなかったと言って、謝っていたけれど。

それは私の中では何の問題にもならないこと。


だからこそなつなは、次に『盟約』を交わす時が来たなら、必ず問おうと決めていた。

自分が『半身』として、聖獣との盟約が避けられないのなら、せめて意志を問いたかった。

彼らが向けてくれる好意を、忠誠を、文字通り一生をかけたその意思を、受け止める覚悟を持つために。






【――それに、何の問題があろうか。我が躊躇う理由にもならぬ。汝のために生きる意味を持てるなら、我の命の期限など構わぬ。…汝と共に生き、共に死のう】


ふっと笑うように漏らされた言葉と、変わらぬ意志を伝えるように、真っ直ぐに向けられる黒を帯びた赤色の瞳。

その瞳を見つめ返し、なつなは深く息を吐いた後、その口を開いた。






「――『蘇芳(スオウ)』、あなたの瞳の色を表す言葉。この名をあなたに与えるわ。今日から、よろしくね…スオウ。」


なつなと天狼のやり取りを固唾をのんで見守っていたレイ達は、なつなが口にした名と言葉、その意味に気づいて、息を呑む。

それは驚きからではなく、目の前で交わされた盟約の重さに。


名を与えられた天狼は恭しく頭を垂れた後、喜びを知らしめるように、その場で咆哮を上げ。

そしてその歩みを進め、玉座に座るなつなの傍で、その身を護るかのように横たわった。


その光景を見守っていたセラフィナは、今までのやり取りを見ていて、漸く落ち着いた様子を見せたライラを見つめてから、なつなに向けて深く頭を下げた。






「――尊き盟約を交わす瞬間に立ち会えたこと、光栄に存じます。半身様の御身を護りし者は、多ければ多いほどよろしいかと。」

「…私は、護られるばかりではイヤです。護ろうとしてくれるシオン達に、相応しい主でいたいですから。」

「…素晴らしい御心をお持ちですね。慢心することなく、高慢になることなく他者を思いやる…まさに理想。故に、その守護となる盾は――より強固でなければなりません。」


強い感情を纏わせた言葉を紡ぎ、セラフィナは顔を上げ、揺るぎない意志を映した瞳をなつなに向けた。







「我らが半身様の元へ馳せ参じたのは、今こそ御身を護るため。どうか、『血魂(けっこん)の制約』を我らと交わして戴きたく、伏してお願い申し上げます。」





2話に分けますー。

そして新たに登場させました、天狼。

漸く出せたなあ、って感じです。

香龍達もおりますが、さてさてどうなることやら…。

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