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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
1章 4本の聖樹
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龍王と半身の命の意味

大変お待たせしました…!




さらさらと、聖樹の翡翠色の葉が風にそよぐ音は、まるで喜びを奏でるかのように、空へと響いていた。


そんな聖樹の下で、私を取り囲むように、レイ達は円を描き。

その中心で私と翠月は、意識を重ね合わせていた。



そして頭に浮かんだ言葉を紡げば、私を中心に発せられた淡い光がその場にいる全員を包み込み、脳裏が一瞬白へと染まり。

眩しさが収まって次に瞼を開いた時、私達の目の前には、別の聖樹がそびえ立っていて。


それは、術が成功した、何よりの証だった。






     *






「——聖樹ジェードムーンは、本当に安定しているようだね。ならば、次の聖樹の元へ行こう。」


暫くののち、私を介して翠月と会話をしていたレイの言葉に、全員が頷き。

そしてまたエドガーさんが龍体へと戻ろうとしたその時、それを止めたのは意外にも翠月で。


彼の提言に私は、その意味も分からないままにレイ達に切り出していた。





「待って、エドガーさん。」

「なつな?」

「翠月が…龍に戻る必要はないって言ってるんだけど…。私にも何のことだか…」


その言葉に私を含めた全員が首を傾げる中、ただ1人翠月だけが変わらず私を見つめ、口を開いた。





『何も時間をかけずとも、私と我が君がいれば、他の聖樹の元に赴くなど…容易いことです。『転移』を行えばよいのですから』

「え…でも、ここに転移陣はないのにどうやって?それに、私にはそんな力…」

『陣など不要です。我が君に魔力がなくとも、私には余りある魔力があるのです。命じてくだされば、すぐにお連れいたしましょう』


私の手を取り、跪きながらそう話す翠月に、何やら嫌な予感を感じたのか、その手を払い代わりに手を取るライナスさんに苦笑いを返して、私は翠月の話をレイ達に伝える。

すると私の話を聞いたエドガーさんは、何やら思い至ったのか、納得したように頷いた。






「そうか…個々の聖樹は、全ての聖樹と繋がっている。本来『転移陣』というのは、起点となる場所と終点になる場所とを繋ぎ、空間の差異をなくすためのもの。元々存在する聖樹の繋がりが、陣がなくとも聖樹までの転移を可能にするのかもしれない。」

「あ…」

「これまでの歴史の中で、聖樹の化身と約を交わした半身はいないからね。確かではないが…」


その言葉を肯定するように頷いた翠月に、それを伝えれば、エドガーさんは興味深そうに頷き返す。

他の聖樹のこともあって、あまり時間がない中、願ってもないことだと私達は翠月の提案を受け入れた。







『一番力が落ちているのは、どうやら東方の聖樹のようです。まずは、そちらに参りましょう』


聖樹ジェードムーンの前に佇み、そう言って手を差し出した翠月に手を重ね、私は翠月の言葉をレイ達に伝えた。


エドガーさんが言うには、ルシェラザルトの東方を守護する聖樹『フォルーン』は、樹齢738年を重ねているが、聖樹の中ではまだ若いそうだ。

故に最も弱ってしまっているのではと推測したエドガーさんの言葉に、不安になった私を包み込むように、柔らかい翠月の微笑みが向けられる。





『心配には及びません、我が君。今は力が落ちていても、我が君が赴けば、すぐに力を取り戻せましょう』

「翠月…」

『私達聖樹にとって、貴女は唯一の光なのです…我が君。さあ、私と意識を重ねて――ご命令を』


事前に話していた通り、私と翠月をレイ達が囲む。

その中心で右手を重ねて、左手で私の腰を引き寄せた翠月は、私と額を触れ合わせて、瞼をとじる。

そんな彼を見上げて、それでも倣うように瞼を伏せた時、自然と頭に浮かんできた言葉。



その言葉は初めて聞く言葉だったけれど、その意味は不思議とすぐに理解出来て。

私は自然と、紡いでいた。






「――光は望む、救いあれと(ラス・ア・ティ・レス)。」


紡いだ言葉に、喜びに満ちた翠月の感情を感じ取った瞬間。

触れた手が微かな熱を持ち、私と翠月を柔らかく包む何か。

それはきっと、翠月の魔力なんだと気づいて。


けれど気づいた瞬間、私の意識は白に染まった。






     *






『——目を開けてください、我が君。『彼女』が、聖樹フォルーンです』


耳に優しく囁かれた声に瞼を開ければ、目の前には風に葉を揺らす白銀の聖樹がそびえていた。

聖樹ジェードムーンよりも少しだけ小さく、そして揺れる常盤色の葉は、どこかくすんで見えて。


それが弱っている証拠のように見えて、私は思わず、初めてザクラノルドを見た時と同じように駆け寄っていた。






《嬉しい…やっと会えた。わたくしの姫さま…》


すると聞こえた、まだ幼さが残る少女の声。

けれどもその弱々しい声に、私は慰めるように聖樹の胴体を撫でた。





「…あなたが、フォルーン?」

《はい…。姫さまがいない間、ずっと寂しくて…。うまく力も扱えなくて、でも姫さまが戻られてから、なんとか力を取り戻そうとしても、やっぱり出来なくて…》


その今にも泣き出しそうな声にまた胴体を撫でれば、ざわりと葉が揺れた後、私の足元に小さな少女が現れた。


白銀の髪と、銀色の瞳をした少女は(まなじり)に涙を溜め、瞬きをすれば今にも涙が流れ落ちそうで。

そんな少女を思わず抱き上げれば、彼女は驚きに一瞬身体を強ばらせて、それでも喜びや悲しみや色んな感情がないまぜになった表情を私に向けた。





「…ごめんね、長い間辛い想いをさせてしまって。私は、あなたのために何をしたらいいの?」

《姫、さま…》

「泣かないで。あなたは1人じゃないの。私や龍王に出来ることがあるなら、教えて。あなたや、他の聖樹を助けたいの。」

《姫さま、姫さまぁ…!お優しい、わたくしの姫さま…!》


目線を合わせて囁けば、その人形のように整った可愛い顔をくしゃりと歪ませて、縋りついてくる身体は、抱えていた不安や苦しみを吐き出すようで。

そんな私達に寄り添う翠月と、着いてからずっと見守っていたレイが私達に近づく。


その気配にはっとして顔を上げた少女は、両手で涙を拭った後、私の腕から降りると私や翠月を見つめて、ゆっくりと言葉を紡いだ。






《ザグラノルドに代わり、新たに生まれた聖樹ジェードムーンのお陰で、この世界の均衡は保たれました。でも…姫さまがいない間、弱まった3本の聖樹の力は、それだけでは補えないのです》

「どういうこと…?」

『我が君が異世界に生を受けたことで、一度私達と我が君を繋ぐ血の交わりは断たれました。…故に、聖樹を保つバランスが崩れたのです』

「!」

《姫さまがあと少し…お戻りになるのが遅ければ、聖樹ザクラノルドは朽ち果て、時を待たずわたくし達も力を失い、朽ち果てていたことでしょう。それは…この世界の消滅を意味するのです》



ルシェラザルトの消滅。

聖樹が失われれば、力を調整する存在がいなくなり、溢れる力のバランスが崩れ、見えざる者は存在を保てず、消えるしかない。


見えざる者が消えること。

それが意味するのは、自然が死ぬこと。

風も水も大地も、全てが死ぬ。



“キミはそれ程この世界には重要な存在で、そしてキミがあの世界に誤って生まれた事実は、それ程重大な過ちなんだ”


《全ては偶然です。けれど私は大神の名を冠す、神界の長です。故にこの過ちは罪深い》


ふいに、シオンと大神様の言葉を思い出す。

あの言葉の真の意味が、漸く分かった。



私の命、レイの命。

お互いの命に、課せられたもの。

その責任の重さと大きさを改めて知って、私は思わず立ち尽くしてしまう。


私に、この重さが、背負い切れるんだろうか。

この責任を、一生をかけて果たしていけるんだろうか。

…それを、受け止められるんだろうか。






「――なつな?」


かけられた声に、はっとする。

思わずぼんやりしていた私を、心配そうな眼差しでレイが見ていた。


——レイ、レーンルイハルベルト、私の大切な半身。


その存在を認識した瞬間、私は思わず縋るようにレイに向かって抱きついていた。

そんな私の突然の行動に、レイは私を躊躇いなく抱きしめて、問うように顔を覗き込んでくる。




「レイ、レイ…!私…やれるかな。この世界のために、役割を果たせるのかな…」

「なつな…?」

「何度も何度も決意したはずなのに。私にしか出来ないんだって、やらなきゃって、そう覚悟したのに!それなのになんだか怖い、の…!分からない…!今にも見えない何かに、圧し潰されてしまいそうで…」


一度ぽろりと零れた不安は、まるで溢れるように私の口から飛び出して。

ぎゅっとその身体に縋りつきながら、私の言葉に目を見張るレイを見つめ続けることが出来なくなって、私はその肩に額を押し付ける。

そんな私の髪を撫でるレイの手が優しくて、私は細く息を吐き出した。





「僕も…本当は怖いよ。」

「え…?」


ぽつり、と漏らされた声。

私にだけしか聞こえない小さな呟きに思わず顔を上げれば、私と同じように不安を映すレイの瞳と出会う。





「僕達に課せられた責任は、とても重いものだ。ルシェラザルトの安定、聖樹との繋がり、民を導くこと。…それは全て、僕となつなに懸かっている。」

「うん…」

「長い、とてつもなく長い年月だね。…僕達は、次代の龍王と半身にこの役割を引き継ぐまで、ずっとこの責務を果たさなければならない。」

「……」

「誰も、僕となつなの代わりにはなれない。課せられた責任を果たせるのか、その器がはたして自分にはあるのか…全てが不安だよ。…でもね?1つだけ、確かなことがある。」

「え…?」

「僕達は、2人で1つだ。課せられた責任も、2人で果たすことが出来る。不安や戸惑いにも、2人で向き合うことが出来る。感じる負の感情を、2人で分かち合える。——それは、とても幸福なことだと思うんだよ。」

「レイ…」


それは、聖樹を訪れる前に私が思ったことだった。


私にはレイがいる。

レイには私がいる。

2人一緒なら、何も怖くない。


…ああ、そうだね。そうだったよね。

私達にしか出来ないこと、でも私達はお互いにそれを分かち合い、向き合っていける。


こうして何度だって不安になる度、レイがそれを受け止めてくれるなら。

私だって、レイの不安を受け止めたい。



その想いを伝えるように、私から額を触れ合わせると、今まで感じていた漠然とした不安が嘘のように消えていく。




「――ありがとう、レイ。私、考えすぎてたみたい。…こんなことじゃ、ダメだよね。」

「ダメじゃないよ。不安になって当たり前なんだ。なつなには、初めてのことばかりなんだから。」

「うん…でももう大丈夫。…エドガーさんもライナスさんも、心配させてごめんなさい。シェリアさんも、シオンもコハクも。」


私を見つめるたくさんの瞳に笑いかければ、ほっと安心したように吐き出されるため息達。

そして傍に寄り添う翠月と、私を見上げている彼女にも笑いかけ、私は気持ちを新たに2人に問いかける。






「私が戻ったことで消滅は防げたなら、弱まった力を聖樹が取り戻すにはどうしたらいいの?」

《それは…》

『――御身を、また傷つけて戴く必要があります』


言いにくそうに口ごもる少女の言葉を代弁するように告げた翠月に、少女は悲しげに俯く。

そんな彼女を見つめてから翠月に視線を向ければ、まるで自分が傷ついたかのような痛々しい表情をしていて。





「翠月…?」

『…申し訳ありません、我が君。御身を癒やしたばかりだというのに、またその身を私達のために傷つけねばならないとは…』

「……私の血が、必要なのね。」


確信を持って告げれば、それを肯定するように表情を強ばらせた翠月は、まるで許しを請うように傍に跪く。

そしてそれに倣うように、少女も私の前に跪いた。





『…我が君は聡いお方。求めることしか出来ない私達を、お許しください…』

《ごめんなさい、ごめんなさい…っ、姫さま…!》

「翠月もフォルーンも、頭を上げて。あなた達の誰も、悪くないんだから。…さっきと同じくらいの量が、必要なの?」

『…いえ、一滴で十分かと。既に私と我が君は約を交わしあっております。御身の傷は、すぐに癒しましょう』

「ありがとう。他の聖樹にも、私の血が必要なのよね?」


確認するように問うと、頷いた翠月を見つめて。

私は俯く少女の髪を撫でて、顔を上げた瞬間、反動でその瞳から落ちた涙を指先で拭って、笑いかけた。








「…なら、やることは決まったわ。聖樹は、私が助ける。レイ、ライナスさん、翠月。みんな、私に力を貸してください。」


振り返り、私はレイ達を見つめる。

もう迷わない、恐れない。

——私は、1人じゃないから。




そこにいたのは、凛とした立ち姿で、真っ直ぐに前を見つめる女性。

迷いや不安を受け入れ、自分に出来ることを成そうとするその振る舞いはまさに、民を導く半身に相応しい。


その姿に、片割れである龍王レイは歓喜に目を細め。

水龍ライナスと雷龍エドガー、そして聖樹の化身たる2人は、忠誠を誓うかのように片膝を地面につき、跪く。



その守護者たる神と聖獣、そして侍女もまた、自らの主に恭しく頭を下げたのだった。







GWの残務の疲れで思うように進まず、漸く書けました_| ̄|○


今回、初めてなつなちゃんに魔法を使わせてみました。

と言っても実際に使っているのは翠月ですが、彼はなつなちゃんの命令がなければ使わないので、同じことですね。

作中のなつなちゃんの言葉は、見えざる者特有の言語です。

なので、なつなちゃんとシオン以外には分かりません。


さて、聖樹編も佳境に入って参りました。

ここからの流れは、少し王道に戻すか、別にするかで、迷っているところです。


先に、片付けるとします。


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