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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
1章 4本の聖樹
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旅立ちと新たな力




聖樹『ザグラノルド』への出発は、夜が明けてからになった。

4本の聖樹は大陸ごとに離れているため、聖樹の様子や経過を確認してから周ると、数日はかかるそうだ。


あの後すぐにやってきたシェリアさんは、着替えを済ませた私のつたない話からあっという間に事態を把握し、私を迎えに来たレイと居室を出る姿をその場で見送ってくれて。

そして私達が『白議』から居室に戻った頃には、必要な荷物を既に纏めて、更には自分自身の身支度も整えてしまっていた。




「わたくしも、共に参ります。わたくしは、なつな様の専属侍女です。その身をお護りしたいのは、何も陛下やライナス達ばかりではありませんわ。」


そう言ったシェリアさんは、前水龍クエイクの娘であり、眷族の中でも特別な強い力を持っているそうだ。

そして更にはライナスさんに、魔力を扱う術を教えた師匠でもあるらしい。





「シェリアは、前水龍クエイクの血を色濃く受け継いでいる。その魔力は属龍にも匹敵するんだよ。」


だからなつなの侍女にしたんだ、と言ったレイは、空を見上げてからその瞳をエドガーさんへ向けた。




「じゃあ、エドガー。お願いするよ。」

「お任せを。――なつな、王と共に少し下がっていてくれるかい?」


私を見つめ、穏やかな口調でそう言ったエドガーさんの身体が、淡い光を放ち、空気に透けていく。

あっと思う間もなく、目の前に現れたのは、昇ってきた朝日を遮る、大きな影。

それは、濃紫の鱗に覆われたとても大きな紫龍だった。


その圧倒的な存在感。

私なんて丸呑みに出来そうな大きな口、でもその見知ったアメジストの瞳は、優しく細められ、穏やかに私を見ていた。





「エドガー、さん…?」

『――そうだよ、なつな。驚かせてしまったかな。私の躯は、王の成体よりもとても大きいからね』


響く声も、いつものエドガーさんの声だ。

でもその姿は私が知っているレイの龍の姿よりも、遥かに大きくて。

小さなビルくらい、普通に包み込めてしまいそうだ。





「聖樹までは遠いからね。なつなに任せるのは避けたいし、僕達の中では1番エドガーの躯が大きいからね。聖樹までは、彼の背に乗っていくよ。」

「…どうして、私ではダメなの?風にお願いするだけで、私は別に…」

「なつなは、これから代替わりを行うのです。どれだけの負担が、あなたの身体にかかるか分かりません。力の覚醒を促すわけにはいかないのです。万全を期さなければ。」


そう言ったライナスさんに、レイもエドガーさんも頷く。

それに納得はしながらも、そこで私はあることを思い出し、尋ねてみる。





「『転移陣』は、聖樹にはないの?」


転移陣とは、この白王宮の入口とルシェラザルト山の結界内の入口を結ぶゲートのようなものだ。

そもそもこの魔力陣に名称なんてなかったけど、分かりやすいように私が付けた。


この転移陣は遥か昔、当時の龍王と六属龍によって、陣として定着させたものらしい。

龍や人が持つ魔力は、陣として定着させれば、半永久的に存在させられるそうで。

でもそれには豊富な魔力と知識が必要で、中々陣として存在しているものはないらしい。


だから、この世界にとって重要な聖樹と、この白王宮が転移陣で繋がっていてもおかしくないはず。

でも私の問いにレイ達は、首を横に振った。





「それは出来ないんだ、なつな。」

「どうして?」

「理由は、着いてから話すよ。今は出発しよう。」


そしてレイはシオン達を見つめ、エドガーさんの背に乗るように促した。

それに続くようにライナスさんがその背に乗り、レイはその腕に子供のように私を抱き上げて、軽々とエドガーの背に飛び乗った。

そうしてレイに背中から抱き込まれたまま、私は初めて龍の背に乗り、空を飛んだのだった。






     *





どれくらい飛んでいたんだろう。

龍の背中から初めて見る景色も、この先に待ち受ける聖樹のことや、私の役割とか、考えることが多すぎて、ゆっくり見る余裕もなくて。


そうこうしている内にエドガーさんが降り立った場所は大きく開けた、何の変哲もない静かな森の中だった。

全員が背から降りるとエドガーさんはまた人の姿に戻り、森の中を仰ぎ見た。





「——ここから聖樹ザグラノルドまでは、そう遠くない。ライナス、君は王の前に。私が先行しよう。」

「分かりました。」

「シェリアとシオン達はなつなの後ろをついて来て。…さあ、なつな。行こう。」


差し出された手を繋ぎ、頷いた私は先を歩くエドガーさん達を追いかけるように歩き出す。

獣道よりはしっかりした道を歩きながら、進んでも進んでもあまり代わり映えのしない静かな森に、私はレイに問いかける。





「静かな森ね…」

「僕達以外には、誰もいないからね。聖樹がある森はみんなこうだよ。」

「どうして?」

「人にとってこの森は、ただの森に過ぎないんだ。人には聖樹の姿は見えないからね。」

「見えない…?」


レイの言葉を疑問に思い尋ねれば、それを引き継ぐように前を歩くエドガーさんが答えてくれる。





「この国の民は、聖樹の存在を知らないのだよ。知っているのは、国王と宰相、『七公家しちこうけ』の当主のみ。聖樹がある森は人里から離れ、辿り着くのも困難な辺境の地にある。故に民は、聖樹がある森に入ることはないし、そもそもただの森に特別な興味もないだろう。」

「確かに、空を飛ばなきゃ辿り着けないかも…」

「それに聖樹は、私達と眷族、聖獣や見えざる者にしか見えない。とても特別な存在だからね。」

「…どうして、見えないの?」


疑問はそこだ。

実から育つなら、実態はあるはず。

なのに限られた者にしか見えないなんて、何故そうしてまで隠す必要があるのか。


そんな私の疑問が顔に出てたのか、レイがまた答えてくれる。





「聖樹に実る聖なる樹実(エラルーン)には、どんな病や傷も治す力が備わっているんだよ。その実を食べれば、失われた魔力も元に戻り、力を取り戻せるんだ。」

「万能薬、ってこと?」

「そうだね。聖なる樹実(エラルーン)は、聖樹が吸収した力が、言わば固体化した物なんだよ。故に、悪しき者に渡れば、悪用されてしまう。だから、僕達以外の人間には見えないようになっている。」

「……人間は、すぐに欲に囚われるから?」

「それもある。でも、1番の理由はね…人には絶対的な『ことわり』がないからだよ。人の自我もことわりも、成長する中で育ち、得るものだ。故にそれぞれにことわりが違う。だが龍も聖獣も、魂に刻まれたことわりがある。…それを違えれば、待つのは『魂の破滅』だからね。」


静かに話すレイの言葉には、確かな重みがあった。

そしてその内容に、私はここに来る前にレイが言っていた意味を知る。





「…だから、聖樹には転移陣がないのね。」

「そうだよ。万が一、この地に人が辿り着いた時、その人間が陣を通り白王宮に入れば…無用な死を招くから。それを避けるために、陣は創られなかった。」

「もう1つの理由は、この地が特別な場所なのだと、人に知られないためです。陣が存在するだけで、頭の良い人間にはその意味が分かってしまう。——全ては、聖樹を護るため。無用な懸念を生じさせないためですよ。」


レイに続き、そう言い切ったライナスさんの言葉を聞きながら、私は辺りを見回す。


流れる風も、瞳に映る木々も花達も、みんなが聖樹のことを心配してる。

どうか早く救って欲しいと、私に願っている。


そんな彼らの声を聞きながら、ふと木々の間に映った姿。

ぼんやりとしたそれに焦点を合わせようとした時、先を歩いていたエドガーさんの声が、私の意識を呼び戻す。






「なつな。見えてきたよ――あれが聖樹『ザグラノルド』だ。」


その声にはっとして視線を向けて、映ったのは。

木々の間を抜け、辿り着いた広い空間にそびえる、とても大きくて…でも、色を失い今にも枯れ果てそうな、灰色の大樹だった。






「元々聖樹は、龍王の鱗を受け継いだような…白銀の大樹なのだよ。だが、代替わりの時期が訪れるとこうして少しずつ色褪せ、朽ちていく。…枝を上に辿ってごらん。」


促すエドガーさんの声に視線を空へと上げれば、兄さんが言っていた通り、枝の先は今も消え続けているようで、灰色の粒子になった枝は風に流され、空に溶けるように消えていく。





「…もう、猶予はないようですね。」

「そうだね、急がなければ。」


硬いライナスさんの声に同意したエドガーさんは、私とレイを促す。

そして歩み寄るレイより先に、私は無意識に繋がれた手を離して、聖樹に駆け寄った。

その痛々しい姿に、いてもたってもいられなかったから。








《――漸く、会えた。いと懐かしき、(わらわ)の愛する主…》


そんな私の耳に、届く声。

それは、夜更けに聞いたあの声で。

私は立ち止まり、目の前にそびえる聖樹を見上げた。






「私のことが、分かるの…?」

《ふふふ、おかしなことを…。妾が、主を間違えるはずもない。姿は違えど、その魂の輝きは…忘れえぬ愛しき主のもの》

「……」

《さあ、呼んで。(なんじ)の声で――妾の名を。(いにしえ)に与えられた、妾だけの名を》

「――『ザグラノルド』。」


その願いを叶えるために口にした私の声に、聖樹が揺れる。

まるで歓喜に震え、そして最後の力を振り絞るように。

そこに、『彼女』の微笑みを見たようで。


ううん、確かに『彼女』は『微笑んだ』のだ。

その、たおやかな髪を揺らして。






「あなたが、ザグラノルド…?」

《妾の姿が見えるのか…?ああ、なんと嬉しい…!消えゆく前に、主の覚醒の時に立ち会えるとは…そしてその瞳に映した初めての存在が、わらわ…!》


更なる歓喜に震える彼女に呼応するように、葉を枝を震わせる聖樹の様子に、私は目を見開く。

そして私が口にした言葉に、後ろにいるレイ達が息を呑んだのが分かった。




たおやかな、灰色の髪。

きっと、元は白銀に輝く綺麗な髪だったに違いない。

ほっそりとした手足は、真っ白で。

その肢体は女性らしく、豊満で。

少しつり上がった瞳が印象的で、緩やかに縁取られる顔は、まるで創られたもののように整っていた。





ふいに訪れた、それは。

私が初めて見た、『見えざる者』の姿だった。






さて、いよいよ旅が始まりました。

そこでまさかの、力の覚醒。

なつなちゃん、苦労をかけます…いじめてはないんだよ、ゴメンね_| ̄|○


さて、色々裏設定も明らかになってきましたが。

あまりここでは多くを語らず、いきたいと思います。


次回、いよいよ代替わりの儀式です。

なつなちゃん、がんばれ…!

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