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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
第2部 歪みの片鱗
36/80

消えゆく聖樹

第2部、開始します。

第1部終了後から、3ヶ月ほど経過しています。





《――どうか、この命尽きる前に》



《汝に会いたい》



く、(わらわ)の元に――》




それは、とても小さな。

今にも消え入りそうな、声だった。







     *





「――今の声って…」


夜も更けた頃、浅い眠りの中を揺蕩たゆたっていた私の脳裏に、囁くようにもたらされた不思議な声に、ふと目が覚める。

まるでその声に導かれるように起き上がり、窓の外を見つめる私の変化に、隣りで眠っていたレイも、足元に置かれた籠の中で眠っていたシオン達も、すぐに気がつき目を覚ます。





「なつな…?」


レイの問いかけに応えることなく、そのままベッドを抜け出し、一直線にバルコニーに向かう私の後を、怪訝な様子でレイ達がついてくる。

それに構わずバルコニーに出た私は、いつも通りに穏やかに木々を揺らしているように感じる夜風に向かって、ふと問いかけてみた。





「…今、何だか不思議な声が聞こえたの。今にも消えてしまいそうな…かすかな声が。あなたは何か知らない?」

『——存じています、姫君。あなたの元へ、その声を運んだのは我なのですから』


私の問いかけにすぐに応えてくれた彼に先を促せば、その彼はどこか切迫したような様子で告げる。





『西を守護する老いた聖樹が、今にもその命を終えようとしています。どうか姫君、一刻も早い『代替わり』を…』

「――聖樹?代替わり…?」


初めて聞く言葉に首を傾げた私の後ろで、私達のやり取りを訝しげに見守っていたレイが、その雰囲気をガラリと変え、緊迫した様子で息を呑んだ。

それを感じ取って振り返れば、レイは酷く焦った表情で私を見ていた。






「なんてことだ…こちらの予想より明らかに早い。」

「レイ…?どういうこと?」

「なつな、ごめんね。後で説明するから、今はすぐにライナス達を集めなければ…!」


そう漏らし、夜着のまま寝室を出て行ったレイの初めて見た慌てた姿に、私は驚いて。

そして嫌な予感を胸に、シェリアさんを呼びに行ったコハクを私は待てず、着替えに向かったのだった。






     *





それからすぐに、レイによって『白議』に集められた私達。

事態を把握しているレイ達とは違い、何も分からないまま『白議』へとやってきた私は、ただみんなのやり取りを見守ることしか出来ない。





「——王。アルウィン達に、それぞれの聖樹の様子を確認に向かわせました。全員が戻るまでは、僕達はここで待機を。」

「その際に、必ず聖なる樹実(エラルーン)を持ち帰るよう伝えてあります。あれがなければ、そもそも代替わりは出来ないのですから。」

「そうだね…今のところ『世界』に歪みも出ていない。オルガに先に確認させたが、『王命樹おうめいじゅ』にも異常は見られないようだ。まだ猶予はあるだろうけど…急がなければ。…今はひとまず、アルウィン達の帰りを待とう。」


暫く話していたレイ達は、漸く区切りがついたのかそれぞれが椅子へと腰掛け、私を見た。






「なつな、ごめんね。説明もせずにそのままで…」

「ううん、いいの。私はただ彼から聞いたことだけを口にしたんだけど…一体、何が起こっているの?」

「――私が説明しよう、なつな。」

「エドガーさん…」

「君にこそ、知って貰わなくてはならないんだ。これは、王となつな…お二人にしか成し得ないことなのだから。」


そう話したエドガーさんは、私を見つめ、語り始める。

この世界の仕組み、そしてレイと私に課せられた役割の一端を。






ルシェラザルトに連なる4つの大陸には、それぞれに『聖樹』と呼ばれる大樹がある。


聖樹は、聖域ルシェラザルト山を包む結界から漏れ出た力を吸収、分解し、世界に供給することで、それぞれの大陸内を守護し、『見えざる者』が存在出来るように図る役割を担っている。

故に世界は安定を保ち、この王国は穏やかな気候と風土に恵まれているのだ。



だが聖樹は、2000年〜3000年周期で朽ち果てる。

故に、朽ち果てる前に速やかに新たな聖樹に『代替わり』をしなければならない。

そして聖樹の代替わりには、龍王の魔力と半身の血、そして現存する聖樹に実る聖なる樹実(エラルーン)が必要となるのだ。



4本の聖樹は、互いの存在を認識し合う必要があり、代替わりの際には、必ず新たな聖樹のその下に聖なる樹実(エラルーン)を埋める。

そしてその実に半身の血を一滴流し、龍王の魔力を用い、その実を発芽させるのだ。


半身の血を宿した新たな聖樹は、その血を介して万物からの祝福を受ける。

そして龍王の魔力を含み、成長した聖樹に半身が名を授けることで、聖樹は強い力を得るのだ。





「私の血を…」

「なつなの血は、聖樹に欠かせないのだよ。王の魔力だけでは、聖樹は生まれない。なつなの血を宿し、万物から祝福されて初めて聖樹は育ち、その地に根付くのだよ。」


エドガーさんが語った内容は、これまでの日々の中で知ってきたことの中でも、私にとってはとても衝撃で。

私の身体に流れる血さえも、重大で特別な役割を持つなんて。

思わず自分の手首を撫でた私に、ライナスさんが包み込むように寄り添ってくれる。





「…怖いのですか、なつな。」

「ライナスさん…」

「…あなたにはきっと、予想も出来ない話でしょう。けれど、これはなつなと王にしか出来ないことなのです。」

「でも、私…」

「以前にもお話したでしょう?あなたの杞憂が晴れる出来事が迫っていると。今がその時なのですよ。」

「…!」

「大丈夫。どんな時でも、あなたの傍には僕がいます。何も怖いことなどありません。――どうか、僕を信じて。」


傍に立ち、私を抱き寄せるライナスさんの温かさに、緊張と衝撃に強ばっていた身体から、力が抜けていく。

そんな私達を複雑そうな表情で見つめたレイは、ため息を漏らして口を開いた。






「なつなの不安を取り除いてくれたからね…今回は大目にみよう。——なつな、今まで言い出せずにいてごめんね。でも…この世界に還ってきたばかりの君に全てを話すのは、負担が大き過ぎると思ったんだ。」

「レイ…」

「…僕の気遣いが、逆に君を混乱させてしまったね。でも、なつなの力が必要なんだ。力を…貸してくれる?」


不安げに揺れる瞳に、私は自然と頷くことが出来た。

まだ戸惑いはあるけど…レイだってきっと、同じ気持ちだ。

初めての出来事に、戸惑う気持ち。

それに私達は、2人で向き合うことが出来る。

——なら、答えは1つだ。






「もちろんだよ、レイ。一緒にがんばろう。」

「なつな…」

「私もレイも、初めてのことだものね。2人一緒なら、私…怖くないよ。だって、ライナスさんもエドガーさんも、みんながいるもの。」


そう言って笑った私に、3人はどこか安堵した様子で頷いてくれる。

そして暫くののち、聖樹の様子を確認しに向かっていたアルウィン兄さん達が戻ってきた。

予期せぬ報告を持って。






「アルウィン、どうだった?」

「…なつなが知らせてくれた通りだ。聖樹『ザグラノルド』は朽ちかけている。枝の最上部はもう消えかけていた。…あまり時間はないな。」

「やはりか…」

「――…ただ、それよりも拙いことが起きてるぜ、エドガー。」

「…拙いこと?」

「レックス達全員が確認したが、どうやら他の聖樹も不安定になっているようだぞ。…まだ、代替わりの時期でもないのにな。」


兄さんが告げた内容は、白議の中の空気を、より緊迫したものへと変えた。

息を呑むレイ達に、兄さんの後を引き継ぐようにレックスさんが続ける。





「今はちょうど、実りの時期です。本来なら聖樹にも、たくさんの聖なる樹実(エラルーン)が実っている筈が…数個しか確認出来ませんでした。セシル達も同様だったと。」

「!それは…」

「俺達が考えていたよりも、なつなが行方不明だった影響はデカかったってことだ。」

「…安定したと判断したのは、どうやら早計だったようです。」

「なんてことだ…」


そう呟いて額を手で覆ったエドガーさんの姿に、私は理解出来なくてもまた不安を覚え、ライナスさんに身体を寄せる。

そんな私を抱き寄せ、背中を撫でてから、ライナスさんはレイに向かって言葉を紡いだ。





「――王、事は一刻を争うようです。ご決断を。」

「…そうだね。アルウィン、レックス、セシル。君達はまたそれぞれの聖樹の元へ。異変があったらすぐに連絡を。オルガは城に残り、国王へ書状を。」

『御意。』

「エドガーとライナスは、アルウィン達から聖なる樹実(エラルーン)を受け取り、僕となつなと共に聖樹ザグラノルドの元へ。『代替わり』を済ませる。」

『御意。』


レイの言葉に頭を下げた兄さん達は、それぞれ行動を始める。

そして残された私をレイは横抱きにすると、足早に白議を出る。

そんなレイを見上げ、私は不安を胸にレイを呼ぶ。





「レイ…」

「――聖樹はね、僕達の存在がこの世界に在ってこそ、成り立っているんだ。だから…どちらかが欠けてしまってもダメなんだ。」

「…私がいない23年の間に、弱ってしまったの?」


レイが言いたいことが分かり、私はそう尋ねる。

それに頷いたレイは、歩く速さを落とさずに話を続けた。





「…なつながいない間に起きた異常気象達の大きな原因は、実は聖樹が弱り果てたことにあるんだ。彼らは『半身』の不在にはとても敏感だった…だからこそ僕や見えざる者達の悲しみなど、その一因に過ぎない。『聖樹』の存在は、この世界にはとても重要だから。」

「……」

「なつなが責任を感じる必要はないよ。全ては神の責任。でも、なつなが戻ったことで聖樹は安定した…そのはずなんだ。」

「…どうして、また不安定に?」

「分からない。僕では、聖樹と意思疎通を図ることは出来ないんだよ。…それは、君にしか出来ないんだ…なつな。」


立ち止まり私を見つめるレイに、私は目を見開く。

そしてレイは私の頬を撫で、告げた。











「だから、なつな。旅に出よう、一緒に。」




4本の、聖樹の元へ。






第2部、1章の幕開けです。

いよいよ明かされた、ルシェラザルトの成り立ち。

なつなちゃんが担う役割の大きさと重大さに、いよいよ彼女は向き合います。

影のテーマは、“成長と変化”となっております。


ファンタジー色が色濃くなって参りますので、よろしかったらお付き合いくださいませ。


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