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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
第1部後 閑話集
34/80

小話 初めての散髪

第2章中のお話です。





「ねえ、レイ。髪、切らない?」


突然のなつなの発言に、僕は読んでいた本から視線を上げる。

すると僕を見つめ、何かを思案しているような表情をした彼女が、僕の編まれた髪の毛先に触れていた。






「突然どうしたの?なつな。」

「ん…なんか重そうだなって思って。ずっと切ってないんでしょ?」

「そうだね…。こうして人化するのも、なつなが戻ってからが初めてだったからね。」

「…なら、こんなに伸びるはずよね。こうして三つ編みにしてても、床に付きそうだもの。」


そう言って編まれた髪を見つめるなつなに、僕は苦笑いを零す。

人化してからというもの、僕の髪はなつなによって手入れがされている。


毎朝髪を緩く編むのも彼女の日課となり、その一つ一つが僕にとっては嬉しいもので。

僕の日常のありとあらゆる中になつなが存在していくことで、僕はどんどん満たされていくのだ。





「なつな、今までに髪を切ったことがあるの?」

「あるよ。マネキン相手だけどね。」

「マネキン…?」

「ああ、えっとね。向こうの世界では、人の髪を切る仕事を専門にしている人がいるの。その時練習するために、人の首から上を模した人形を使うの。それを『マネキン』って言うのよ。」

「それは何だか…想像すると怖いね。こちらにも同じ仕事をしている人はいるけど、そういったものは見たことがないから。」

「だと思う。私も体験学習で行かなかったら、関わることはなかっただろうし。」

「体験学習…?」


聞き慣れぬ単語に首を傾げれば、なつなは笑みを浮かべ、僕の額に自分の額を触れ合わせる。

——途端に流れてくる光景。


揃いの装いをした、少年少女。

その中にいるまだ幼さの残る姿をしたなつなが、何か刃物のような物を持ち、精巧な人形の後ろに立っている。

その真剣な表情と姿に、僕が夢中になっている内に、その光景は途切れた。





「今のは…」

「あれが、体験学習というの。この世界にも、子供達が学ぶ場所はあるんでしょう?向こうの世界ではね、子供が色んな仕事を体験出来る時間が取られていてね。私は、髪を切る仕事をしているところに行ったの。」

「へえ…それは興味深い試みだね。あの刃物のようなものは?」

「ああ、はさみね。説明するより、見て貰った方が早いかも。…ねえ、シオン。いいよね?」


なつなは同意を得るようにシオンを伺い、彼が頷くと立ち上がり、自分の個室へと入っていく。

そうして暫くして、その手に持ってきたものを僕に見せてくれる。


それは、何やら持ち手が付いた刃物のような物だった。





「これが『はさみ』…?」

「そう。私がこの世界に来た時には何も持ってこれなかったから、シオンにお願いしてね?この世界でも使えそうな物を揃えて貰ったの。」

「いつの間にそんなことを…」

“この世界は、全くの異世界だからね。あちらの世界の道具を少しくらい持ち込んでも支障はないし、なつなの頼みには逆らえなくてね”

「一度くらいの我が儘ならいいかなって。とっても便利な物なの。この世界で、同じ物が作れたらいいんだけど…」


そう言ってなつなは、また今度他の物も見せてくれると約束してくれた。

そして早速、なつなの手によって僕は初めて『散髪』なるものを、体験することとなった。






     *





広いバルコニーに、なつなの鼻歌が響く。

僕は椅子に腰掛け、なつなの要望によってシェリアが用意したシーツを首元から巻かれ、身動きが出来ずに大人しくしている。


それを遠巻きに眺めているシオン達の視線を感じながら、僕は満更でもない心地でいた。





「ある程度の長さは残したいから、腰より少し長いくらいでいいかな?」

「そうだね。僕は、なつなに髪を編まれるのが好きだから。それに龍は長い髪を好むんだよ。」

「そうみたいね。ライナスさんもアルウィン兄さん達も髪型は違うけど、長いものね。」


話しながらも、しゃき…しゃき、と音を立てながら規則的に動く指。

切られて足元に落ちる髪は、まるでなつなを手伝うように、ふわりと舞う風が運んでいく。

魔力を纏った僕の髪は、空気に溶けて消えていった。





「…でも嬉しいな、なつなに切って貰えるなんて。これからは、いつもそうして貰おうかな。」

「整えるくらいなら私にも出来るけど…専門の人にちゃんと切って貰った方がいいんじゃない?」

「なつながいいよ。髪に触れられるんだ、君以外は嫌だし。それに編んでしまうんだから、失敗したって構わないよ。」

「…それは責任重大だわ。」


うう、と唸って動きを止めたなつなを安心させるために笑って促すと、また動き出す指。

そんな僕達を興味深そうに見つめるシェリアは、なつなが持つ道具が気になるらしい。





「なつな様、その『はさみ』という物は便利な道具ですわね。」

「ええ。元々私がいた国は『鋳物(いもの)』という、金属を高温の炎で溶かして物を作るという産業があって…元々このはさみもそうした産業から生まれた物なんです。」

「まあ…」

「それが歴史と共に進化して、今では誰でも手軽に手に入れられるようになりました。安価なものもあれば高価なものもあって…もちろん質がいいはさみは、長く使えるんです。シオンが用意してくれたこのはさみは、とてもいい物だから長く使えそうです。」


そう言ったなつなの言葉に、僕は感心しながら頷いていたが、シェリアは話を聞き終わると何やら考え込んだ様子で、黙り込んでいる。

こうした様子をシェリアが見せるのは、大体が何かを閃いた時だ。


そしてそれは、どうやら今回も間違いではなかったらしい。






「…仕組みや材料が分かれば、この国でも普及しそうですわね。この『はさみ』に向く鉱石があればいいのですけれど。…なつな様。わたくしの友人の眷族に、炎を操り金属や鉱石を加工する細工師がおりますの。こう言った話は、彼女が好きそうですわ。」

「――ああ、細工師マリエラか。彼女は今どこに?」

「今は南方の鉱山へ出かけております。きっとこの話を聞けば、すぐに戻りますわ。」

「…マリエラさんというの?」

「そうだよ。僕達は、城下にあまり出かけないからね。何か宝石や金属の加工をして欲しい時は、彼女にお願いするんだ。」

「ただ、ちょっと変わっておりますの。珍しい技術に目がなくて…きっとなつな様の話は、マリエラにとって大好物だと思いますわ。」


そう言って笑うシェリアになつなは目を瞬かせ、会うのが楽しみ、と笑った。

そして暫くして整えられた髪は思いの外軽くなり、僕は定期的になつなにお願いしようと決めた。








その夜、整えられた僕の髪を見たライナスが、それがなつなの手によるものだと知り、嫉妬心から言い争うのはまた別の話。


そして、細工師マリエラがシェリアから聞きつけた話に、本当に飛ぶように城へと戻り、なつなが差し出した『はさみ』をまるで崇めるように持ちながら、その話に食い入るように聞き入っていたのも、また別の話だ。





それから季節を1つ過ぎた頃、マリエラが作ったルシェラザルトの金属を使った『はさみ』は、様々な場面で使うことが出来る便利な物となった。


どうやらこの世界にありふれて存在する、鍛治や細工を行う者達には馴染みが深く、しかし量が取れる割には使う用途の少ない鉱石が、この『はさみ』を作るには向いていることが分かり。

マリエラが完成させた後、エドガーを介し王城の商業部門の大臣へともたらされたその品は、こちらの予想よりも遥かな驚愕と衝撃を、大臣以下商業部門の者達に与えたようで。

生産部門の大臣をも巻き込み、この世界では久方ぶりの変化をもたらしたようだ。


遥か昔に採掘していた鉱山跡には、目新しい鉱石が採れなくなった代わりに、件の鉱石が溢れ返っている。

そのために、鉱山夫達も安価で取引されるこの鉱石にはあまり目を向けず、鉱山のある村や街に住む子供達の小遣い稼ぎによく取引されていたようだが、この『はさみ』によって、その価格や流通量にも変化が起こったようだ。


鉱山夫達はこの事実に収入源が増えたことを喜び、鍛冶師達は未知なる品物に知識欲を刺激され、生産部門や商業部門は嬉しい悲鳴を上げ。

この『はさみ』の便利さは、布を扱うお針子達を歓喜に溢れさせ、それは城下へと広がり、人々の生活へと馴染んでいき、当初の成り行き通り、散髪を生業にする人々の手を喜ばせた。



そしてそれをもたらしたなつなはより一層人々の尊敬を集め、彼女の持つ珍しい道具の数々は、のちに『太陽姫の7道具』として、人々の関心を集めることとなった。







初小話でした。

きっかけはふと、なつなちゃんがレイさんの髪を切る風景が浮かんだからでした。

そこで、異世界なんだし問題ないから持ち込んじゃえ!…という発想から出来たお話です(笑)


細工師マリエラについては、たぶんまたちょこちょこ出てくるかと(笑)


なつなちゃんの7つ道具については、またどこかで出せたらいいなー。

はさみを始め、あったら便利よねーなものを集めてみましたので、良かったら予想してみてください((*´∀`*))




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