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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
第1部後 閑話集
33/80

閑話 王太子と第一王女

30話と同軸のお話です。




漸く出会えたと思った。

僕の妃、愛しい女性(ひと)


だから必ず手に入れる。

君の心を、全てを。

そう…思っていたけれど。






「――マリー!」

「…お兄様?」


王城の廊下にて。

妹の姿を見かけた僕は、その背に呼びかける。

僕の姿に妹の侍女達は頭を下げ、壁側へと控えていく。

そして振り返り僕を見上げた妹アナマリアに、僕はいつものように話しかけた。





「聞いてくれるかい、マリー!今日も姫君に会えなくてね…もうすぐひと月も経つよ。」

「まあ、お兄様…執務はそこまでお忙しいんですの?」

「父上が色々な問題を任せてくれるのはいいが…何やら別の意図も感じる。」

「きっとお父様は、お兄様に期待されているのですわ。お兄様は次期国王ですもの。」


マリーと話しながら、廊下を歩く。

そこでふとマリーの装いが外出着だということに気づき、不思議に思い問いかける。





「マリー、どこかに出かけていたのかい?」

「はい。今日はアレクセイ公爵家へ参っていましたの。」

「アレクセイ…君の婚約者候補の、ヴェリウス殿の元へ?」

「はい。わたくしも、もういい歳ですもの。嫁ぎ先を決めねばなりませんから…ヴェリウス様なら、きっとわたくしを慈しんで下さいますわ。」

「だがマリー、君は水龍殿を好きなんじゃなかったのかい?」

「水龍様…?」


立ち止まり目を瞬く妹の様子に首を傾げれば、マリーはくすくすと笑いながら言葉を返した。





「お兄様、わたくしなどでは水龍様のお相手には相応しくありません。何より、水龍様にも失礼ですわ。」

「しかし、君は水龍殿の元を頻繁に訪れていたし…あんなに嬉しそうに水龍殿のことを話していたじゃないか。」

「あれは…一種の憧れのようなものですわ。憧れは憧れでしかありませんし…そもそも水龍様の元に通っていたのも、お兄様のため。殿下のことを水龍様に伺っていただけですもの。」

「そうだったのか…僕はてっきりそうだと思っていた。それに僕のためにマリーがそんなことをしてくれていたとは…ありがとうマリー。」

「いいのです、あまりいいご助言は戴けませんでしたし…結局はお役に立てなかったのですから。…それに、今はそれもとても大変な失礼をしてしまったと、反省しておりますの。」

「…どういうことかな?」

「ご存知ではありませんの?お兄様。水龍様と殿下のことを。」


その言葉に目を瞬く僕に、マリーは意外そうな様子で告げる。

思いもよらないことを。






「水龍様がお好きなのは、殿下です。あちらの城内では周知の事実だそうですわ。水龍様とお兄様は恋のライバルでしたのね。ロマンスですわー…!」

「!水龍殿が、姫君を…?!」

「ええ。それに、殿下も水龍様をお慕いされているとか…。そんなお二人のお邪魔をするなんて、わたくしにはとても出来ませんわ。」

「!な…っ!」

「ですからお兄様?お諦めになるか、お二人の仲を引き裂いてまで、想いを遂げるのか…よくよくお考えになった方がよろしいのではないかしら?——それではわたくし、お父様の元へ婚約の了承を伝えに行くところでしたので…これで。」


そう言って淑女の礼を取ると、侍女達を引き連れ去っていく妹の後ろ姿を呆然と見送り、僕は立ち尽くすしかなかった。











「――まさか水龍殿も姫君のことを愛していたとは…盲点だった。」


自室に引き返し、椅子に腰掛けながらため息を漏らす。

妹の口から明かされた内容は、僕にとってかなりの衝撃だった。


人間の女性嫌いを公言する水龍殿が、愛した女性。

それがまさか自分と同じ、『宵闇姫』とは――






「まさか姫君は、水龍殿にとっての(つがい)なのだろうか…」


この王城と龍王の城での、周知の事実。

水龍殿の人間の女性嫌いは、今ではどんな貴族ですら知っている事実。

妹はどうやらそれを知らなかったようだが、無理もない。


それ程、あの水龍殿は人間の女性を自分の周囲に近寄らせなくなっていたのだ。


故に僕は、愛しい姫君もそうであると疑いもしなかった。

だが、そうではないらしい。

するとたどり着く結論は――姫君が水龍殿の(つがい)なのではないか、ということ。



龍や聖獣達にとっての運命の相手――それを(つがい)という。

今代ではないが、遥か昔には属龍の番に横恋慕した貴族の青年が、その属龍の逆鱗に触れ、国王を介し、財産や爵位を没収されたこともあったそうだ。


それくらい、彼らにとってつがいというものはとても大切で、重要なものなのだ。


もし水龍殿にとって、姫君がそのつがいだとしたら――






「なんということだ…」


自分が初めて愛した女性が、まさか龍のつがいになってしまうとは。


胸に渦巻く絶望感に、僕はうなだれる。

そして何より、姫君も水龍殿に好意を持っていると聞かされれば、項垂れるより他なかった。



23年間行方不明だった、龍王陛下の半身サーナ殿下。

彼女の容姿は、この世界ではとても珍しいのだ。


漆黒の髪に、夜空を纏う瞳。

その色彩を持つ人間は、この世界にはサーナ殿下だけであろう。


その姿は、たった一度だけ民に向かって披露された。



龍王陛下から父上の元に知らせがあった日から、10日余りが経った頃。

龍王陛下と水龍殿と共に、王城へとやってきたサーナ殿下。

ひとまず先に目通りが叶っていた自分以外が、初めて見た人化した龍王陛下の姿と、殿下の姿を目にした父上も母上も、そして宰相を始め大臣や貴族達も、皆一様に驚いていたものだ。

その気持ちは、とてもよく分かる。


あまり華美な装いを好まず、凝らない装いをした龍達と同じく、真っ白な清楚なワンピースを纏い現れた殿下。

その装いがよりその髪や瞳の色彩を強調し、殿下を初めて見た者は皆、感嘆のため息を漏らしていたものだ。


そしてそれは、王城のバルコニーから姿を現した殿下を待っていた民も、同じだった。



龍王陛下と水龍殿をその脇に伴い、民の前に出た殿下。

きっと慣れていないのだろう、微笑みながらもぎこちなく手を振る殿下に、民からは地を震わせるような歓声が響いていたものだ。


そんな殿下に優しく微笑みかける龍王陛下と、その傍らで同じく微笑む水龍殿。

——今思えば、それも珍しい光景だったのだ。


龍王陛下の右腕でもある、水龍殿。

だがこういった公式行事では、あまり表舞台には出てこないのだ。

この23年間で、王城に姿を見せたことのあるのは雷龍殿と炎龍殿のみ。

それも本当に限られた、龍王陛下の名代としてのみ。

それほどこの23年間、白王宮は必要に迫られた場合以外、堅く閉ざされていた。


それがどうだろう、お二方と共にやってきた時には驚いたものだ。


そしてサーナ殿下をその腕に抱き上げ、民に向かって手を振る龍王陛下の人化した姿に、それを見た民は皆安堵した様子で、涙を流す者までいたのだ。


この王国に住まう全ての者が、待ち望んでいた光景。

——漸く約束された、この世界の安寧と平和。


そんな2人を見つめる、水龍殿の姿は。

その表情は、瞳は。





「……そうだ、あれはまさしく嫉妬する瞳だった…!」


何故今まで気づかなかったのか。

あれは確かに、嫉妬する男のそれであったのに。



民や貴族達は、サーナ殿下をこう呼ぶのだ。


『太陽姫』

『宵闇姫』

『龍王の珠玉』


そう称して、讃えているのだ。



そして僕にこう期待する。

『その珠玉を、王族の手に』――と。


僕が姫君を愛したことが公になってからというもの、その声は止まることを知らない。

けれど彼ら貴族は理解していないのだ、それこそ僕達王族もそして龍も、誰も望んでいないのだということを。


僕達王族はまず、学ぶことがある。

それは、この世界の成り立ちと歴史。

僕達王族と、龍王陛下やその半身、属龍達との関係。


僕達は、導かれる立場なのだ。

真の王は、龍王陛下でありその半身であるのだ。


故に彼らにとって、王族との繋がりなど不要なのだ。

それを、まだ一部の貴族達は知らずにいるのだ。

それとも、分かっていて望んでいるのか。

人の欲は、止まることを知らないものだ。


だから僕は決して、半身だから殿下を望んだわけではないけれど…





「――思えば、初めから叶わぬ恋だったのかもしれないな。」


姫君に出会ったあの日から。

どんなに愛を伝えても、姫君は首を振り続けた。

素気なく断る姿に、それでもと淡い期待を持ったものだが。


初めから僕の恋は、叶わぬ運命だったのかもしれない。





「潔く諦めるのも…紳士たる王族というもの、か。」


そう呟き、やりきれぬ想いに瞼を伏せる。

——思えば、あっただろうか。

龍王陛下や水龍殿に向けられる姫君の穏やかな微笑みが、自分に向けられたことが。


…いや、なかった。

そこに、既に答えはあったのだ。






「――心から愛していました、サーナ。あなたのことを。」


振り絞るような呟きは部屋に木霊し、消えていく。

窓から見える夜空に愛する姫君の姿を重ね、そして僕はまた瞼を伏せると、今なお深まっていく想いを断ち切るように、用意していた果実酒を煽ったのだった。











それから数日後、父上の元に届いた、龍王陛下からの書状。

そこには、水龍殿と姫君の婚約が成立したことが書かれていて。


僕は未だに痛む胸と、くすぶる恋心を抱えたまま、それを振り切るようにして――祝いの品を姫君の元へ贈った。


『あなたの幸せを、願っています』

せめてもの愛を、その言葉へと込めて。








クラウス王太子殿下、あえなく失恋の巻でした。

まさかのトドメを刺したのが妹殿下という(笑)

アナマリア王女がああいう話をしたのは、ライナスにそう記憶をいじられたからです。

プラス思い込みの激しさもありますね。


そしてクラウス殿下は次期国王ということもあって、頭は決して悪くないんです。

ただ空気が読めなくて思い込みが激しいだけで(笑)


なので、なつなちゃん達が知らない間に自分で失恋して貰いました。

プラス、ダメ押しの婚約のお知らせですね。

せめて最後はいい男で終わって良かった良かった。

きっとクラウス殿下もアナマリア王女も幸せになるでしょう。

どこかでさらっとその後が書ければいいなー。



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