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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
第1部後 閑話集
32/80

閑話 新たな力への目覚め





『——ねえ、姫様は(わらわ)達の元へも来てくださるかしら…?』

『ええ、きっと来てくださるわ。だって、姫様はお優しいもの』

『ふふ、そうよ。きっと、(わらわ)達のことも愛でてくださるわ』



明るい女性達の話し声。

期待に胸を膨らませているような、楽しそうで待ち遠しそうな、そんな響きをまとったもの。


それは、突然のことだった。

珍しく、レイと私以外に誰もいないダイニングで朝食を取っていた、そんな時のこと。


今日は、レイやシオン達と過ごすことになっていて。

何がしたい?とレイから問いかけられて、なら庭に出て、前に聞いてずっと後回しにしていたアメリアの花が見てみたい、と告げて暫く経った時。


ふと、聞こえてきたのだ。

『声』が。


するとまるでそれを合図にしたように、どんどん耳に流れてくる様々な声。




『我が娘は散策に出るのだな。ならば我は、愛しき娘が寒くないように暖めよう』

『アメリアの花を愛でられるのですね。それでは私は我が王の為に、その香りがより薫るように風を吹かせましょう』

『ああ、ならば万に一つも雨など降らせられぬ。雲など払ってしまおう』


様々な声、そしてその声に込められる好意のような感情。

姿の見えないその第三者達の声に驚き、戸惑いにきょろきょろと顔を巡らせる私に気づき、向かいの椅子に座っていたレイが不思議そうに私を見る。






「どうしたの、なつな。」

「な、なんか突然色んな声が聞こえてきて…」

「声…?」


私の発言に首を傾げるレイとは異なり、傍の敷物の上に座って食事を済ませていたシオンは、ふいに顔を上げて辺りを見渡した後、口を開く。





“――ふむ、龍王よ。なつなは、どうやら次の段階に入ったようだ”

「!じゃあ…!」

“こちらの予想よりも随分早いが…致し方ないね。早く馴染ませねば、なつなの精神が保たない恐れがある”


どこか緊張感を孕んだシオンの声に、それを聞いたレイは立ち上がり、そしてコハクも、傍に控えていたシェリアさんすらもどこか切迫した様子で動き出す。





「…なつな、荒っぽくなるけど許して!」

「え…?…っ、わ!」


駆け寄ってきたレイに突然抱き上げられて、そのままダイニングのバルコニーから庭に連れ出される。

そして足早に駆けるレイの後ろを同じように駆け、付いてくるシオン達に、私1人が状況を把握出来ず。


その間にも聞こえてくる声は増えていって、私は混乱を極めた。



『龍王め、何をしている!駆けるにしても、もっと愛し子を大切に扱わぬか!』

『うぬぬ、我にも肉体があれば、愛しき娘を抱き上げることなど容易いと云うに…』

『ああ、忌まわしき龍王め…!』



そうして聞こえる声のどれもが、レイを非難していて。

でもその口振りと話の内容に私はふと、気づいたのだ。


これは、『見えざる者』達の声なのではと。







「――なつな、目を閉じて。心を落ち着けるんだ。聞こえてくる『声』に惑わされずに。」


ふと、開かれた場所に出る。

そこは周囲を木々に囲まれた、広くて一面の芝生だけが広がる空間だった。

そこでレイは私を横抱きにし直すと座り込み、まるで私を守るようにしてその身体で包んでくれる。


レイがどうしてこの場所を選んだのか。

シオンが、コハクが、シェリアさんが、その背後で険しく不安な表情をしていることも。


後から知ったのは、万が一にも私が自分の力を上手く処理出来ず。

精神が侵され、それを目にした『見えざる者』達が『何を』したとしても、影響が少なくなるように。

咄嗟に選ばれた場所だったことを。


けれど、今の私にはその全てを推し量ることなど出来るはずもなく。

レイを責める声、様子のおかしい私を案じる声、慰めようとする声。


ただただ耳に流れ込んでくる声は減ることなく、私はどうしていいか分からずに言われるままに目を閉じ、混乱した頭で何度も首を振る。





「レイ、レイ…っ、どうしたらいいの、どうすればいいの…!?やだやだ、分かんないよ…!!」

「…大丈夫。大丈夫だよ、なつな。怖くない、落ち着いて。君が今聞いている無数の声は、『見えざる者』達の声だ。『見えざる者』達が、君を怖がらせるようなことをするはずがない。…なつなも、それは分かっているね?」

「う、うん…!」

「『見えざる者』達が何を話しているのか、僕には聞こえない。でも、彼らはこの世界のどこにでもいて、いつも傍でなつなを見守っている。今日まで君は、彼らの『存在』は知っていても、その『声』を意識してはいなかった。…でも、今の君は唐突にそれを『意識』してしまったんだ。」

「意識…?」


レイが語る言葉になんとか耳を傾けながら疑問を投げかければ、それを引き継ぐようにシオンが私に寄り添って、その口を開く。





“——いいかい、なつな。キミが持つ力には、段階がある。あまりに大き過ぎるその力は、一度に全て半身の身体に受け入れさせることが出来ない。だから本来、半身は生まれてから自然と力を自覚する。そして緩やかな覚醒を経て、その力を精神と肉体に馴染ませていく”

「段階…」

“けれどなつなは異世界に生まれたことで、そのタイミングが大きくずれてしまった。生まれてすぐに自覚するはずの力を、身体がすぐにでも取り戻そうとしている。…故に、本来よりも短い周期でその力の自覚と覚醒が始まってしまっている”

「じゃあ、私がこの世界にきた時には…もう…?」


その問いかけに頷いたシオンは、労るようにそのしっぽで私の頬を撫でてから、言葉を続けた。





“今のなつなは、第3段階の力の自覚と覚醒に入っている。それを己のものと出来なければ、キミの精神が保たない可能性が高い”

「…!」

“ごめん、僕の読みが甘かった。なつながこの世界に馴染むまではと…龍王と話し合い、戻って間もないキミに説明するのを避けた。ここまで早いとは思わなかったんだ…”

「ごめんね、なつな…。君のためを思って避けたことが、裏目に出てしまった…!」


後悔を浮かべた声に瞼を開けば、私を見つめる揺れるエメラルドの瞳。

その瞳が映す懺悔にも似た思いに私は首を振り、その頬を撫でる。





「レイもシオンも…謝らなくていいよ。だってこれは、私が自分で乗り越えなきゃいけないこと…そうでしょう?」

「なつな…」

「私の力だもの…自分で制御出来なきゃ。でも分からないことだらけなの…力を貸して。」


そう言った私に、全員が頷いてくれる。

私の傍に寄り添うコハクとシオン、そして私の手を包んでくれるシェリアさん。

何より私を抱いたまま守るように寄り添ってくれるレイの温かさに、混乱した頭が落ち着いてくるのが分かる。


私は深く呼吸を繰り返すと、瞼を閉じた。




『ああ、王よ…労しい』

『しかし、我らの語りかけのせいで、愛し子は余計に混乱しているのではないか?』

『ならばどうすればいいと?姫様を慈しむ想いは皆同じはずでしょう』


流れくる声は、増え続けてる。

これがいつも私の周りで聞こえていて、私はそれを『意識』してなかった。

なら、またその状態に戻せれば…きっと気にならなくなる。


それにこの状況、何かに似ているような…





「ねえ、シオン…。この状況、何かに似てる気がするの…。私がいた世界の、何かに…」

“…うん、大分落ち着いてきた証拠だ。それにいい勘をしているね、なつな。そう、キミを取り巻く状況に酷く似通ったものが、あの世界にはある”

「うう…」

“思い出して、なつな。たくさんの声、物音。キミはそんな状況に慣れているはずだよ”

「――…あ…っ!」


そう言われて、ふいに脳裏を過ぎったもの。


早朝の出勤ラッシュの電車の中。

降り立った駅の人混み。

鳴り響く社内の電話の音と声。

休日の街中。


そこで聞こえてくる——喧騒だ。



思い至った事実に瞼を開け、シオンを見れば、私の表情に確信を得たのか、正解というように頷いてくれる。

そしてシオンは飛び上がり、ふわりと私のお腹の上に乗ると、そのしっぽを揺らす。

まるで、私を導くように。






“——さあ、いよいよだ。なつな、あの状況をよく思い出してごらん。あの状況の中、聞こえる声を特別に意識したことはあるかい?”

「ない…」

“そうだ。意識をしなければ、『声』は気にならない。それはただ、自分を取り巻く『音』でしかない。要は、そうすることで意識してしまった『声』も気にならなくなる”

「分かるけど、でも方法が分からないよ…!」

“大丈夫。僕や龍王の声に集中して。1つ、何か目印になる音を見つけるんだ。それに意識を傾ければ、他の音はただの音でしかなくなる”


目印になる、音――

シオンの言葉に、私は瞼を閉じたままそれを探して…ふと気づく。

そしてその音に集中するために、レイの身体に耳を押し付ける。

するとよく聞こえる、音。


レイの、心臓の音。





「なつな…?」


心臓の音と一緒に、レイが話す度に響く声。

それに意識を集中させてみると、他にも音が聞こえてくる。


私に寄り添う、コハクの鼓動。

私の手を握ってくれる、シェリアさんの鼓動。

そして、自分の鼓動。


それに気づけると、今までずっと響いていた声が気にならなくなってくる。





「なつな様…?」

《なつな様…》


シェリアさんとコハクが、身動きしない私に心配そうに声をかけてくる。

そんな2人を安心させたくて瞼を開いた時、まず映ったのはレイとシオンが心配そうに私を覗き込んでいる姿だった。






「もう、大丈夫…。まだ聞こえてはくるけど、もう気にならないみたい。」

「なつな…!」

“…うん、成功のようだね。第3段階の自覚と覚醒、クリアだ。——よくがんばったね、なつな”


私の言葉にレイは私を抱き寄せ、力強く抱き締める。

それを予想していたんだろう、回避するためにひらりと芝生に降り立ったシオンは、きっと私を取り巻く状況を正確に読み取れるのだろう。

そう、太鼓判を押してくれた。


そんな私の手を握ったまま、安堵したように涙ぐむシェリアさんと、祝福の言葉をかけてくれるコハクに笑いかけるけれど、どうしてだか、身体に力が入らなくて。

緊張し過ぎて、腰が抜けてしまったような。





“…ああ、龍王。そろそろ、なつなを離してくれないか。この段階からは、覚醒する度になつなの精神にも肉体にも、強い負荷がかかる。今日は1日休ませなくては”

「!!」

「まあ、大変!すぐにベッドを整えて参りますわ!」


シオンの言葉に慌てて立ち上がり、普段見られない程のスピードで駆けていったシェリアさんをぼんやりと見送っていた私は、急に立ち上がったレイに身体を預けるように、ただ凭れるしかなくて。

そんなレイの行動に、すぐさまシオンから指摘が入る。





“慌てなくてもいいよ、龍王。あまりなつなの身体を揺らすのは、良くないからね”

「あ、ああ…そうだね。ごめんね、なつな…!」

「大丈夫…でも歩けそうに、ないの…。このまま、運んでくれる…?」

「もちろんだよ、歩かせるものか!今日はずっと付き添ってあげるから、何も心配しなくていいんだよ。」

「ありがとう…」


その言葉を最後に、深い眠りに落ちてしまった私は。

意識が落ちる瞬間に、さっき聞いた時よりも更に多い、私を心配するたくさんの『声』を聞いた。


その声に私はどこか安心したような気持ちで、微笑んだのだった。








なつなちゃん、覚醒するのお話でした。

それまでのなつなちゃんは、無自覚だったわけです。

自覚なしに万物の存在を感じ、会話していたと。

ただこの段階からはそうもいかなかったので、なつなちゃんにはがんばって貰いました。


ちなみに、力の自覚と覚醒は7段階となっております。


万物の存在を無意識に認識する(1段階)

万物と意志疎通を図る(2段階)

万物を常時意識する(3段階)

万物を自分の意志で視認する(4段階)


明かせる段階は、ここまでですかね。

第2部では、次の段階に移行します。

分かりにくかったらすみません…。



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