伝えあう心と心《3》
抱き寄せていた身体を離し、自然な動作でなつなの身体を横抱きにすると、そのままソファーに座った。
そしてその頬を撫で、飽きることのないその姿にうっとりと見入る。
恥ずかしそうに薄く頬を染めながらも、見上げてくる瞳が愛おしくてたまらない。
「なつな…愛しています。あなたは?」
「うう…っ…私も、ラーヴィナスさ…ラーヴィナスが、好きです…」
「ふふ、まだ言い慣れないのですね…。そんな初心ななつなも可愛いですよ。」
「からかわないでください…」
「からかってなど。僕はどんななつなも愛しくて、こうしてずっと見ていたいだけですよ。ああ、僕の可愛いなつな…」
陶然と囁き、彼女を腕に抱いたまま立ち上がると移動する。
漸く自分のものになったなつなを、このまま僕の内に囲い込んでしまいたい。
暴走しそうになる感情を抑えながら、隣接する寝室に入り、そのままベッドへと腰掛ける。
この寝室で、まさか自分以外の誰かと共に過ごす日がくるとは。
感慨深い思いを抱え、急に移動した僕に呆気に取られていたなつなは、ふいに辺りを見回してある一点に差し掛かると、驚いたように目を見開いた。
「あれって…」
「…?ああ…」
なつなの視線を追い、その瞳が映すものが何か分かると、僕は苦笑いしか漏らせなかった。
あまりの喜びに今まで忘れ去っていた、出来れば彼女には見つかって欲しくなかったものが見つかってしまって、僕は情けないような、複雑な気持ちで問いかける。
「――あれらは全て、なつなからの贈り物ではありませんでしたか?」
僕の問いになつなは首を横に振りながら表情を歪ませ、その瞳からは今にも涙が零れてしまいそうで、僕は慌ててその眦を撫で、柔らかく抱き寄せる。
すると彼女は僕にぎゅっと抱きつき、首筋に顔を埋めながら、どこか震えたくぐもった声で尋ねてくる。
「…全部、取っておいてくれたんですか?」
「…はい。あなたからの贈り物かもしれないと思ったら、どうしても処分など出来なくて。ああして、出来うる手段を用いて、保存したんです。」
そう耳に囁くと、ぴくりと震える身体。
そしてまたぎゅっと抱きつき、甘えるような小さな声で、嬉しいです、と漏らしたなつなが、ただ愛しくて。
僕は思わずこめかみに唇を寄せ、情けなくも白状した内容に呆れられなかったことに安堵しながら、その髪を撫で、視線をそれらに向ける。
そこにあるのは、このひと月の間に僕の元に運ばれてきた、なつなからの贈り物だった。
セレナの森に咲く、セレニームの花。
フェルディの滝にある、氷雪樹の氷花。
アルバナ遺跡にある、藍璃石の原石。
挙げればきりがない。
それらは全て、なつなが僕以外の誰かと出かけた証。
悔しさややり切れなさを押し殺し、それらを贈ってくれたなつなの想いを推し量りながら、自らの魔力で水の幕を作り、花達は瑞々しさを損ねないために球体にして覆った。
そして日々魔力を注ぎ、今日まで維持してきたのだ。
「あの…大丈夫です。セレニームの花も、氷雪樹の氷花も、枯れたりしませんから。」
「え?」
「お願いしてあるんです。風にお願いしてラーヴィナスさ…ラーヴィナスの元に運んで貰う前に、枯れないようにって。」
「!」
「枯れないでいてくれるって、そう言ってくれたので、その言葉に甘えてしまったんですけど…」
僕が説明した水の幕の仕組みに、言いづらそうにそう言ったなつなの話に、思わず言葉に詰まる。
彼女のそのとてつもない力をまざまざと感じてしまい、僕は少し申し訳なくなってしまった。
「すみません…。では、セレニームの花達は…僕が作った幕の所為で、息苦しかったかもしれません。」
「!いえ、そういう意味で言ったんじゃないんです!私、嬉しかったんです。ラーヴィナスが、私が贈ったものをこんなに大切にしてくれていて…」
「なつな…」
「それにセレニームの花達も、大丈夫って言ってます。とても大切にして貰ったって…」
「!この距離でも…分かるんですか?」
「分かります。最近になってですけど、少しずつ分かるようになってきたんです。あの…近づいてもいいですか?」
僕を見上げて問いかけるなつなに、僕はそのままの体勢でその水球を呼び寄せる。
そしてふわりと漂ってきた水球をなつなの前に留め、その幕を消す。
すると花達はそのままゆっくり落ちていき、おもむろに差し出された彼女の両手のひらに乗った。
「……凄いですね、魔力って。」
唖然とした様子で、その光景を見つめて呟いたなつなに苦笑いを浮かべながら、その髪を撫でる。
あなたの方がもっと凄いのに。
「あなたの世界にはない力でしたね。この世界に生きる者は、人間も龍も聖獣も、少なからず魔力を持って生まれますから。」
「でも…私には魔力がないんですよね。」
「はい。古から、龍王は無尽蔵の魔力を持ち、その反面半身は魔力を一切持たず生まれてきます。恐らく…お互いを補い合うためなのでしょう。」
「……。私――レイの足手まといにはならないでしょうか。」
「…なつな?」
「私がこの世界にきて、出来ることって凄く少ないんです。レイを支えてあげたいのに、まだ満足に文字も書けないし…今の私にも出来る仕事は手伝えても、難しい仕事を代わってあげることも出来ない。そんな私がレイの足手まといにならないか…それだけが不安で。」
なつなが漏らす、不安な想い。
きっと今まで、王には漏らしたことがないのだろう。
それが彼女に心を許された証のように思えて、僕は歓喜に震えながらも不安に揺れるその瞳を見つめて、それを解消すべく微笑みかけた。
「なつなが不安に思うこと、それこそ杞憂です。あなたが王の足手まといになることなど、まず有り得ません。」
「でも…」
「ねえ、なつな。思い出して下さい。あなたが還る前の王の姿を。――半年前まで王は、なつながいない絶望や不安を、執務をこなすことで忘れ去ろうとしていました。本来の、王の執務ですらない仕事をこなしてまで。」
「あ…」
「僕達は、政治には関わりません。けれど、龍王や属龍にしか出来ない仕事もあるのです。それすらも王は自らこなしていました。…今は、執務らしい仕事はあまりないのですよ。」
「そうなんですか…?」
「はい。…それに恐らく、あなたの杞憂が晴れる出来事が迫っています。――なつなにしか解決出来ない、出来事が。」
「え…?」
疑問符を浮かべるなつなにそれ以上の伝え方がなく、僕は言葉を濁す。
『この件』は、僕から伝えるわけにはいかないのだ。
それに、今が一番の機会だろう。
なつなの『力』が覚醒し始めている、今が。
口惜しいが、これは王となつなにしか分からないことだから。
僕の曖昧な答えにまだ疑問符を浮かべているなつなを、僕は微笑みで誤魔化しながら、その頬を撫で、甘く囁く。
「――それより、なつな。今なら僕のプロポーズ…受けてくれますよね?」
「!!そ、それは…!」
「僕とあなたが婚約すれば…あの目障りな王太子を排除することも出来て、名実ともになつなは僕だけのものになる――そうでしょう?」
「ででででも、ダメなんです!レイにも言われたんです、まだ交際を認めるだけだって…!」
「……全く忌々しい王ですね。僕達2人の愛を邪魔するなど…」
舌打ちしかねない気分でそう呟くと、それを聞いたなつなは困り果てたような様子でその形のいい眉を寄せ、僕を見上げてくる。
その可愛らしさにうっとりと見入れば、彼女は僕の微笑みに微かに頬を染めながら口を開く。
「私…誰かと付き合ったことがないので、まずお付き合いがしたい…です。だって、凄く長生きだし…レイの傍にもいたいし、ラーヴィナスとも――たくさんの思い出を作りたいんです。」
「なつな…」
「2人だけじゃありません。シオンやコハク、アルウィン兄さんやエドガーさん達。シェリアさんや他の眷族達……私を大切にしてくれるみんなを、私も大切にしたい。たくさん思い出を作って…みんなの役にも立ちたいから。」
「……」
「それから、もっとこの世界を知りたい。いろんな場所にみんなと行って、私が知らないことを知りたい。…みんなやっと出来た、私の大切な家族なんです。だからもう少しだけ…私に時間をください、ラーヴィナス。」
「――全く…」
深いため息が漏れる。
けれどそれは決して不快な気持ちから漏れるため息ではなく、愛おしさから。
彼女の優しい心も、想いも慈しみたいのだ、僕は。
「そんな可愛らしいお願いをされてしまったら…僕は逆らえませんよ?なつな。」
「ラーヴィナス…」
「なつなの願いに従います。…僕も、少し焦り過ぎたようです。そうですね、月日は永いのです。『蜜月の時』を共に過ごしましょう――愛するなつな。」
「――はい。」
嬉しそうに微笑んでくれたなつなを抱き締め、漸く得た幸せを噛み締める。
きっと、朝まで共にはいられないだろう。
王が言い含めている筈で、そして彼女の守護者が扉の外に控えているのだ。
ならばせめて、少しでも長くこの時を楽しもう。
許しを得て、想いと心を交わし合い、こうして僕は愛する番に触れられるのだから――
なつなの手のひらにあるセレニームの花が、ふわりと香る。
それは瑞々しく、どこまでも優しく香って、僕達を包み込むのだった。
そしてこの夜から数日後、様々な思惑と争いを経て――僕となつなの交際が、龍王から国王を介し、王国全土へ発表された。
事実上の、『婚約』関係として。
あー…やっとお砂糖過多な2人を書き終われました_| ̄|○
ライナスにも、理性はあったようです…寝室には連れ込んでますけど(苦笑)
でも、第3章の中で1番こだわった、書きたいシーンではありました。
伏線も拾い切れましたしね。
新たに張ってますけど…。
さて、これにて第3章、そして第1部終了です。
いよいよ第2部に入ります。
少し準備期間をいただきますので、暫くは前話にも書いたように閑話や小話をお送りします。
クラウスも片付けないといけないですしね(笑)




