違和感の正体
「はあ…。よりにもよって外回りなんて、ツイてないなあ…」
疲れた体を引きずるように歩きながらそうぼやいて、私は茜色に染まり始めた空を見上げる。
茜色に染まりながらも、薄い青の空と白い雲のコントラスト。
そんな中を、鳥が優雅に飛んでいく。
そんな平和な光景に、私は先ほど吐いた疲れ果てたため息とは違うため息を吐き出した。
「もう後は帰るだけだもんね…。明日が休みで良かったー。」
会社のホワイトボードには、『外回り代行・直帰』と記入してある。
通常私は、会社で事務をしている。
所謂営業補佐だ。
でも極々たまに、外回りに出ることがあるのだ。
それは、私が補佐を務める営業さんが急な出張だったり、体調不良だったりした時。
その時は、当日営業さんが持っていく筈だった見積書を片手に、取引先周りをしなきゃいけない。
と言っても、私が営業をするわけじゃない。
私はただ、見積書を渡して挨拶を済ませるだけ。
なのに決まって私が代行する時は、周る取引先会社の所在地がみんな離れているのだ。
車の免許を持ってない私は、その度に電車やバスを乗り換え、時には歩いて取引先を周る。
「もう、なんで今日に限ってこんなに遠いトコばっかなのー?!」
だからこそ、こんな愚痴混じりの独り言だって漏れてしまう。
今日最後に向かった取引先は、自宅の最寄り駅から2時間近く電車でかかる場所だったから。
「うう、寺田さんめ覚えてろ…。出張から帰ってきたらなにか奢って貰うんだから…!」
恨み節に近いぼやきを吐いて、のろのろと疲れた足を動かす。
今日は早く帰って、ゆっくりお風呂に入りたい。
夕ご飯はもう、適当にコンビニでいいよね。
そこまで考えて、ぴたりと足を止める。
浮かんだのは、家族の顔。
「気づかなかった…ここからだったら、実家の方が近いんだ…」
漏れた自分の言葉に、苦笑いが浮かぶ。
思い出そうとすら思わなかった自分と、思い出しても…心が動かない事実にも。
私の家族。
穏やかな両親に、口うるさいけど、でも私に甘い兄。
愛されている自分。
必要とされている自分。
なのに私は、物心がついた頃から。
『違和感』に、気づく。
そんな両親にも、兄にも。
心を開けない、私。
住んでいる家、自分の部屋。
聞こえる音、家具、環境。
全てに、疎外感を覚えた。
『ここは、私の居場所じゃない』
漠然とした感覚。
明確な答えなどないのに、歳を重ねれば重ねるほど、強くなる違和感。
この優しく穏やかで、平和な国。
そんな世界に住んでいるのに。
まるで私は1人、『のけ者』なような気がして。
あの夢を見た日はいつも、余計にそう感じてしまうのだ。
「あの夢に、引きずられてるのかな…」
そう呟いても、やっぱりいつものように拭えない違和感。
そのことにまたため息をついて、私はまた足を動かす。
「そういえば、電話もしてないし…帰省もしてないや。」
不意に浮かぶ思い出。
大学への進学を決めた時、私は迷わずに県外にある大学ばかりを候補に挙げた。
幼い頃から積み上がった違和感や疎外感、そして無意識に感じてしまう家族への罪悪感が、私を実家からの自立へと駆り立てた。
そして大学入試合格を機に、私は大学が県外であることを理由に、1人暮らしをしたいと願った。
勿論、両親も兄も反対した。
でも私はそれを見越して、兼ねてから準備していたあるものを見せた。
それは、ある賃貸マンションの載っている雑誌。
マンションではあるけれど、アパートに近い、3階建ての女性専用マンション。
玄関の入り口は二重扉になっていて、1つ目はカードキータイプの鍵を差し込まないと開かない。
2つ目の扉までは少し距離があって、でもその扉のすぐ横には24時間管理人さんが常駐してる。
もし、男性が入ってきても管理人さんがすぐに出てきて、名前や要件を明確にして、住人にも確認がされる徹底ぶり。
なのに最寄り駅からはかなり離れているせいか、家賃は破格なのだ。
高校入学後から続けているバイトも、大学近くの別の支店への転籍の許可も店長から得ていて、そのお給料でなんとか遣り繰り出来ると思った。
既にそこまで用意周到に準備していた私に、両親も兄もそれ以上反対は出来ず、渋々認めてくれた。
それ程までに私は家族から離れたかった。
血の繋がった『家族』の筈なのに…家族になりきれない、私自身のために。
「また何か理由をつけて、帰省…断らなきゃな。」
自分にだけ聞こえるように呟いて、先程よりも疲れたように感じる体に従うように足を止めて、ふと視線を上げる。
不意に映り込む、赤と緑のコントラスト。
「こんな住宅街に、神社…?」
そんな私の声が、空へと吸い込まれていった。
ヒロインの名前までいけず…!
トリップ出来ませんでした…次回はきっと!