表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍王様の半身  作者: 紫月 咲
3章 なつなの初恋
29/80

伝えあう心と心《2》





柔らかく夜風が開いていたバルコニーから入り込む。

2人きりの部屋の中はとても静かで、その分触れ合う両手から、彼の早い鼓動の音が感じ取れて。


重なるサファイアの瞳は私を真っ直ぐに見上げながら、絶えず溢れる感情を映すように揺れている。






「あなたの前で王女に優しく振る舞ったのは、冷たく接している様子を見せたくなかったのです。僕のありのままの姿を。サーナは人にも龍にも、見えざる者にも、全ての者に優しいですから。…あなたに、嫌われたくなかった。」

「ライナスさん…」

「今までは、誰にどう思われようと…気にしたことはなかったのです。ただ自分に与えられた生の中で役割を全うし、果たせればいいと思っていました。王や他の属龍や眷族さえ、大切にすればいいと。」

「……」

「だから初めて…恐れました。あなたに嫌われることを。サーナを愛する想いが強くなる度に、恐れが増しました。僕とサーナには、あなたと王のような…絶対的な繋がりなどないですから。」


吐露されたライナスさんの苦い想いに、私は息を呑む。

そんな不安を彼が抱えているなんて、気づかなかったから。


ライナスさんはいつも、自信に満ち溢れていて。

私を見つめる瞳も、紡がれる言葉も、レイを前にしても臆さない姿勢も。

全部、揺るぎない自信や想いを感じたのに。





「眷族も…必要だとは思っていませんでした。僕達は、時が来れば生まれ変わる。子が生まれても、属龍に名を連ねることはなく、子には子にの新たな一生が始まるだけ。僕には意味のないことだった。だから(つがい)が現れても、僅かに心が動くだけだと思っていたのです。」

「え…でも…」

「——そうです。僕は(つがい)という存在の大きさを、正しく理解していなかった。どれだけ、心を揺り動かされる存在かということを。あの日あなたを一目見て、自分は龍という獣であったのだと…思い出しました。人になっていると忘れかけてしまう。」

「……」

「あの日、王の翼に包まれながら現れたサーナの姿に、見る間に心を奪われました。あなたの漆黒の髪も、夜空を思わせる瞳も…この世界では誰も持ち得ない色彩です。そんな、何物にも染まらない黒――それを僕の色に染め尽くしたいと思いました。」


狂気に成りうるほどの思慕を、爛々(らんらん)と輝く瞳に宿して私を見つめるライナスさんは、思わず目を奪われるほどに色っぽくて。

片手で私の頬を柔らかく包み、涙の後を指で撫でると、打って変わり真摯な眼差しで見つめられ、思わずその変化に目を瞬く。






「サーナ…あなたが好きです。いつだって僕は、あなたを見ていたい。あなたを前にすると瞳はその姿を追いかけ、たとえ傍にいなくともあなたの気配を探してしまう。こうして触れ合っているだけで幸福に満たされ…僕に出来ることなら、何でもしてあげたいと思ってしまう。…あなたに愛されるなら、他には誰もいりません。」

「ライナス、さん…」

「このひと月、あなたに会えない日々がこんなに長く…苦しいとは思いませんでした。毎朝眷族によってこの私室に書類が届く度、その内容が僕の仕事ではなかった時、アルウィン達がサーナとその日出かける事実を僕は知らされる。僕のせいなのだと頭では分かっていても、言葉にならない想いが胸に渦巻いて…どうにかなりそうでした。」

「…っ、」

「だから、今夜こうしてサーナが僕に会いにきてくれたことが…本当に嬉しいのです。こんな愚かな僕を、あなたは許してくれるのでしょうか…?」


まるで迷子の子供のように、頼りなく揺れる瞳。

重なる手に込められる、力。


それが不安を訴えているようで、許されないかもしれない怖さを伝えているようで。


私はまた潤み出した視界に映るその姿に、なんとか微笑みかける。






「ライナスさん…やっぱり私達、きっとこうやってたくさんお話しなきゃいけないこと、あると思うんです。お互いを知り合って、初めて分かることってあると思うから。」

「サーナ…」

「今まで聞いたライナスさんのお話も、知らないままでいたら私は、私がこの半年間見てきたライナスさんの姿や言葉だけできっと判断してしまっていたと思うんです。」

「……」

「私…ここに来る前にレイに見せて貰いました。私に出会う前の、ライナスさんの姿を。」

「!」

「アルウィン兄さんやエドガーさん達から、少しだけ聞いてはいたんです。でも、私と一緒にいる時のライナスさんとは結びつかなくて…だから知りたくて、見せて貰いました。」

「…どう、思いましたか?」


さっきよりも更に不安に揺れる瞳。

そんなライナスさんを見つめて、私は笑う。

少しでも、安心させてあげたくて。





「…怖いと思いました。他の女性に接するライナスさんは、ただ嫌悪だけを浮かべていて。私が知ってる…ライナスさんじゃなかった。」

「…っ、」

「でも…他の女性達はもっと怖いと思いました。」

「!え…?」

「ライナスさんを取り囲んで、罵り合ったり…媚びたりして。誰も…ライナスさんの気持ちなんて考えてなかった。一方的に自分の気持ちを押し付けて、ライナスさんの気持ちなんて全然考えてなくて…」

「サーナ…」

「だから、ライナスさんがああやって冷たくするのも…仕方ないと思います。私だって同じ立場になったら、好意的に返すなんて…出来ないと思うし。」



思い出すだけで、胸がざわつく。


押し付けられる好意とは名ばかりの欲望。

自分のことしか考えていない、求めるばかりの言葉。


心が冷えてしまうのも、無理はないと思った。





「私も…ライナスさんが思ってるような女じゃありません。…ホントは優しくなんてないんです。レイやライナスさん、アルウィン兄さん達が私を大切にしてくれるから…初めて出来た家族だから、傍にいたくて優しくあろうとしてるだけ。…打算的なんです。」

「そんなことは…」

「もしライナスさんからはそう見えないんだとしたら、それはきっとここにいられるからかも。私…ホントに嬉しかったんです。この世界に戻ってこれて。レイがいることが分かって。…ずっと、寂しかったから。」

「それは…ご家族に馴染めずにいたから、ですか?」


問われた内容に頷けば、それまで不安に揺れていた瞳に、慈しむような感情が映る。

そしてライナスさんは私の前髪を掻き分け、優しく額に触れる。






「サーナ…僕にも、見せて戴けますか?あなたの過去を…この世界に戻るまでの、サーナの23年間の記憶を。」

「!え…」

「ずっと、共有したいと思っていました。王や叔母上、シオン殿達は知っているのだろう…あなたの生い立ちと異世界での過去を。サーナの過去もこれからの未来も、全て共有していきたいから。」

「ライナス、さん…」

「どうかその権利を…僕に与えて下さい。愛しいサーナ…僕が唯一愛する(ひと)。」


そう囁き、ライナスさんは望みを託すように瞼をとじる。


この人は、私の過去も、これからの未来も共有しようとしてくれてる。

私が過去のライナスさんを受け止め、受け入れたように。


そんな彼が、愛おしくて。

嬉しくて思わず、涙が溢れて。


そっとその頰を両手で包んで、額を触れ合わせる。

温かな体温が心地良くて、私も瞼を伏せた。










どれくらいの間、そうしていたんだろう。

気がつけば、私を抱き寄せる腕に包まれていて。

ソファーに座る私は前のめりになりながら、窮屈な姿勢にそれでも構わず、そのあたたかで優しい腕に包まれて、身を任せていた。






「――ありがとう、サーナ。」

「…?」

「この世界に還ってきてくれて、ありがとう。あなたを愛する機会を得られたことを…これまで以上に尊く感じ、嬉しく思います。」


瞼を開くと、交わる瞳。

愛しさで溢れるその瞳は、穏やかに細められて。

瞼に残る涙の雫を唇で受け止め、更に抱き寄せられる。






「サーナ…どうかあなたを愛させて下さい。僕だけのサーナに…なって戴けませんか。」

「ライナスさん…」

「あなたの気持ちが、今も変わらず僕に向けられているのなら――呼んで。僕の真名を、あなたの声で。」


耳朶に触れ直接囁かれる、甘やかな低いテノール。

請うような響きを持ったその声に惹かれるように、私の唇は彼の真名を紡ぐ。







「ラーヴィナス、さん…」


その瞬間、ライナスさんは私を更に強く抱き締める。


触れる身体から伝わる鼓動は、さっきよりもずっと早くて。

それだけで、彼の気持ちが伝わってくるようで。





「ああ、サーナ…愛しい人。あなたに真名を呼ばれるだけで、こんなにも心が歓喜に満ちるとは…」

「ラーヴィナスさん…」

「ああ、何度でも呼んで下さい。サーナ…なつな。僕だけの人。」

「!そういえばどうして、私の名前…」

「シオン殿に、当てつけのように目の前で呼ばれました…。僕がサーナの真名を知らないのは、それだけあなたの心と…距離があるからだと。」


その言葉に、思わず首を振る。

そんなつもりはなかった。

ただ、教えるタイミングが掴めなかっただけで。


焦ったようにそう言った私に、ライナスさんは穏やかに微笑んでくれる。






「ええ、分かっていますよ。なつなの気持ちは。僕が狭量なだけなのです。あなたの全てを知っていたい、独り占めしたい…そう思ってしまうから。」

「ラーヴィナスさん…」

「『さん』はいりません。どうか、これから2人きりの時は『ラーヴィナス』と、そう呼んで下さい。」

「でも…」

「慎ましやかなあなたも好きです。少しずつ慣れていきましょう、なつな。そして…」


少し離された身体。

愛しげに見つめられながら、持ち上げられた左手。

そしてライナスさんはそのまま手の甲に口づけ、囁く。








「あなたの真名を――捧げられる名誉を、僕に。」


物語に出てくる騎士のように、厳かに。

けれど甘く、熱く、込められる感情。

求められているのだと感じて、切なく胸が疼いた。







「私の名を――あなたに捧げます。私の真名は、『澤木なつな』といいます。」

「サワキナツナ…」

「こちらでいう、『澤木』は家名、『なつな』が名です。」

「不思議な響きを持つ名ですね…。けれど、あなたにとてもよく似合う名です。」

「ありがとうございます…」


彼が口にする自分の名前に、嬉しさが込み上げる。

レイやシオン達に呼ばれる時とは違う感情に、それが恋をした男性に呼ばれているからだと気づいて、思わず頬が赤くなった。





「なつな…2人きりの時は、そう呼んでもいいでしょうか?」

「…はい。」

「それ以外の時は、サーナと……いえ、僕だけの呼び名を決めてもいいでしょうか。」

「え…?」

「…どうやら僕は我が儘なようです。僕だけのあなたになった、証が欲しい。」

「証…?」


そう呟いた私に頷き、ライナスさんは私を抱き寄せたまま、頬を撫で、視線を合わせたまま黙り込む。

その熱を孕んだ瞳に捕らわれたまま、目を逸らせない私に、暫くののち、彼は囁いた。







「『ナツ』――は、どうでしょうか。この世界の言葉で、『とこしえ』という意味を持ちます。なつなの響きを残した呼び名…僕とあなたを永遠に繋ぐ証。」



ライナスさんだけの呼び名。

私は永遠に、彼のもの。



愛しさに疼いた心は、きっと彼に囚われたに違いない。











えー…もちょっと続きます。

誰かーこのお砂糖過多な2人を止めてください…_| ̄|○

いや、むしろお砂糖過多なのはライナスなんですけど(苦笑)


さ、いよいよ真名を紡ぎあった2人。

次回、恐らくライナスが暴走します。

なつなちゃんは既成事実を防げるのか!こうご期待!(笑)


あ、次回更新は週明けになります。

明日明後日仕事なもので…基本平日更新になります。ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ