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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
3章 なつなの初恋
24/80

『運命の相手』





白い花弁の、小さな花。

それを一輪手のひらに乗せて、瞼をとじる。


すると、私の願いを聞き届けるようにふわりと浮いた花は。



柔らかな風に包まれて、その花を散らすことなく飛んでいった。







     *






「――わ、凄い…!」


眼下に広がる光景に息を呑み、そう声を上げた私を見つめて、真紅と碧の二対の宝石が柔らかく細められ、穏やかな眼差しを向けている。


そして私達を包む風は髪も服も乱すことなく、まるで私の反応を喜んでいるように、ふわりと頬を撫でたのだった。















『——サーナ、今日は俺達と出かけよう。』


私とレイの部屋を訪れたアルウィン兄さんは、そう言って楽しそうに笑みを浮かべ、背後にいるレックスさんを振り返る。

それに同意するように頷き、微笑みながら私を手招いたレックスさんに、私も微笑みを向ける。



みんな、こうして私を気遣ってくれているのだ。

あの日子供のように、抑えきれない感情のまま、泣いてしまった私のことを。

今でもふとした瞬間に、泣き出しそうになる私を。


それに気づいていながら、私は微笑む。

連日色々なところに遠出に誘ってくれる、心優しい龍達に甘えるように。





「今日はどこに行くの?」

「セレナの森だ。この白王宮から西方にあるんだが、人里から離れているせいか…動植物の楽園でな。サーナ、そういうところが好きだろう?」

「大好きよ!昨日、セシルくんとレイと行ったサヴィルバー諸島群で出会ったドゥルバガが、もう可愛くてね!見た目はダチョウにそっくりなのにあんなにもこもこで、でもキリっとした顔しながら私を乗せて猛ダッシュしてくれたの!レイとセシルくんが慌ててたけど、楽しかったー…」

「いや、そりゃあ慌てるだろ…。ドゥルバガっつったら、サヴィルバー諸島群を束ねるボスだぞ?あの長い健脚で走り込みながら、嘴で易々と岩まで貫くんだぞ?気高いっていうやつもいるが、あれはプライドがめちゃくちゃ高いだけだ。プライドは高いわ凶暴だわ、同族以外に出会った瞬間襲いかかるくせに…。そんなあれが、自分の子供以外背に乗せようとしないあれが、なつなは乗せて走るのかよ…」

「セシルですら、襲われないだけで触ることすら出来ないのにね…。そんなドゥルバガが、サーナにだけは背を許したのか。相変わらずとんでもないね。」

「あはは…確かにセシルくんにもレイにも近づかなくて。乗せて貰って走り出した時、追いかけてきたコハクを引き離そうと加速したりもしたんだけどね?でも、私には気を遣ってくれるとってもいい子なんだけどなあ。」

「それはサーナにだけだ。」


苦笑いしながらそう言ったアルウィン兄さんに、私は昨日の朝の出来事を思い出して問いかける。




「サヴィルバー諸島群は白王宮から近かったから、シオンが気を利かせて連れて行ってくれたけど…。でも今日はどうやって行くの?人が住んでいる場所から離れてるなら、だいぶ遠いんじゃない?」

「心配はいらないよ、サーナ。すぐに行けるから。バルコニーに出ようか。」


そう言って、何かを企むような眼差しのレックスさんに促され、疑問符を浮かべながらバルコニーに向かおうとすれば、お決まりのようにアルウィン兄さんが私を子供のように抱き上げる。


それに眉を寄せ見下ろせば、兄さんはそれすら楽しむように笑うから、私は皮肉たっぷりに呟いた。





「…もう、腕が痺れても知らないからね!」

「サーナは、丁度いい重さだから心配ない。むしろ歓迎だ。」

「大丈夫だよ、サーナ。兄さんに何かがあっても、今度は僕が抱き上げてあげるから。」

「望んでないー!」

「ははっ、まあそう言うな。しかしレックス、お前も狙ってたのか。」

「サーナが可愛いのは、兄さんだけじゃないですよ。」

「やれやれ、余計サーナは下ろせんな。」


そんな軽口を交わしながらバルコニーへと出て、先を歩いていたレックスさんが私と兄さんを振り返る。






「さて、サーナ。お願いするよ。」

「え?」

「サーナは、頷いてくれるだけでいいんだよ。セレナの森まで、僕や兄さん、それからシオン殿達と空の散歩をしたくないかい?」


その魅惑の誘いに、思わず私は身を乗り出しそうになる。


私は昔から、空を飛んでみたくて。

初めてシオンに出会った時、不意をつかれた形で空に浮き、そしてこの世界にきた時には空を歩いた。


でもまだ空を飛んだことはなくて。


だから私はつい願望のまま、瞳を輝かせて、レックスさんに何度も頷いてみせる。







「……!?」


そんな私に、レックスさんが柔らかく微笑んだ――と同時に。

ふわりと、周りの空気が動いた。

それに合わせて、レックスさんと兄さんはバルコニーの手すりに足をかけ、一気に外へと飛び出した。





「ちょ、ここ5階…!!――っ、え……」


予期せぬ展開に、反射的に落ちる、と抱き上げられて身動き出来ない身体を強ばらせれば、しかしいくら待っても衝撃は訪れず、変わりに軽くなった身体と、楽しそうに漏らされる兄さんの押し殺した笑い声。


そんなよく分からない状況に混乱しながら、固くとじていた瞼を開いて見下ろせば、交わる瞳。

そこには、私のような動揺はない。





「兄さん、何が起きたの…?」

「ん?サーナの願いを、『見えざる者』が叶えただけだ。レックスの問いに頷いただろ?」

「そう。周りを見てごらん。」


2人に促されて周りを見渡せば、どんどん変わる景色。

はっとして後ろを振り返れば、あっという間に白王宮は遠くなり、私達の後ろに続くシオンとコハクの姿。



柔らかく身体を包み込む風は、あっという間に私達をどんどん上空へと運んでいた。






「えええー!!!」

「愛されてるな、サーナ。『見えざる者』達は、いつでもお前を見守ってる。そして、お前の役に立ちたくて仕方がないんだ。」

「僕らには想像もつかないけどね。でも、こうしていざ自分達でやってみると、本当に驚かされる。」

「人の姿でこうして飛ぶのは初めてだ。サーナのお陰だな。」


そう言って楽しそうに笑った兄さんやレックスさんを唖然と見つめた後、私は自分を包み込む風にそっと腕を伸ばす。

柔らかく手のひらに触れる風に、聞こえているかはわからないけれど、ありがとうとお礼を言ってみる。

すると、まるで話しかけられたことに歓喜するように、周りを風がうねり始める。


そのことに驚いて瞳を瞬かせると、まるでそんな私を更に喜ばせようとするように、ふわふわと緩やかに軌道を変え、まるで遊園地のコーヒーカップに乗っているように回転がかかり始め。

くるくると回り始める景色に、私は思わず笑い声を上げてしまった。


そんな私達のやり取りに付き合いながら、二龍と二頭の獣は穏やかな眼差しでその光景を見つめたのだった。











ふわりと、危なげなく着地した兄さん達を見渡して、私は足元に視線を落とす。

それに気づいた兄さんは、私を抱えたまま、その場に腰を下ろした。



そこは、黄色を中心に白い花弁が揺れる、辺り一面の花畑だった。






「兄さん、可愛い花ね。」

「セレニームの花だ。小さな花だが、強い耐性を持っていてな。こうして踏まれても、花を散らすことはない。」

「いい匂い…。私がいた世界の、藤の花の香りに似てる…」

「ほう、どんな花だ?」

「んー…っと、」


問われて思い浮かべてから、私はいい表現が見つからず、変わりに兄さんの頭を引き寄せて、そっと額を触れ合わせる。

そうして暫くして額を離せば、瞼をとじていた兄さんが、そのガーネットの瞳で私を見た。





「美しい花だ。この世界にはないな。」

「うん、ないと思う。香りが伝わらないのが残念だけど…」

「なに、この花の香りに似ているんだろ?ならば香りも伝わったも同然だ。」

「あ、兄さんばかりずるいな。僕も共有したい、サーナ。」

「うん、私も知って欲しい。」


腰を折ってそう囁いたレックスさんに頷いて、ブルートパーズの瞳を伏せた彼に、兄さんにしたように触れる。


こうやって私は、元いた世界のことや、正確に内容を伝えたい時は、こうして力を使うことにしている。


それは、力を自分でコントロール出来るようにするため。

少しでも、レイや兄さん達の役に立てるように、力を使えるようになりたいから。





「――うん、本当に綺麗な花だね。少し、ロゼッタの花に似ているかもしれない。」

「ロゼッタの花?」

「白王宮の南方にある、シルバルナ高原に咲く花だよ。見頃はもう少し先だけど…その頃に行ってみる?」

「うん、行きたい!」

「分かった。じゃあ、その時は2人で行こう。」


そう言って微笑みながら、優しく頬を撫でてくれたレックスさんに頷けば、そんな私達を見つめて、兄さんは不服そうに割って入った。





「俺を差し置いて、サーナとデートの約束を交わすとは…隅に置けんな、レックス。」

「チャンスは逃さない主義ですからね、僕は。兄さん相手でもね。」

「…ほう、言うようになったもんだ。」

「まだまだですよ。」


やいやいと交わされる会話にため息をついて、私は兄さんの元から立ち上がると、少し先にある、まだ蕾が多い辺りに腰掛ける。

するとその蕾はまるで注目して欲しがるように、次々に花開いていく。


そんな花達に苦笑いを零しながら、漂う鮮やかな香りに頬を緩ませて花を見つめ、ふと思いつく。

そしてその考えを実行するために、その花達に語りかけながら、両隣に座るシオン達に笑いかけ、いそいそと作業を始めるのだった。








「アルウィン兄さん、レックスさん。そのまま動かないでね。」


未だにやり合う2人に近づき、そう言った私に2人は私を見る。

構わず両手に持ったそれを目的の場所へと置き、私は満足感に思わず笑ってしまった。





「…サーナ、何だこれは。」

「セレニームの花、だよね?」

「そう。花冠(はなかんむり)だよ。私が子供の頃、よく作ったの。セレニームの花、茎が長いでしょう?作れそうだなって気づいたら、久しぶりに作ってみたくなって。」


兄さんの、無造作に背に流された深紅の髪にも。

レックスさんの、右肩から流れる緩く編まれた空色の髪にも、セレニームの花の白がよく映えて。


思ってた以上の改心の出来に、思わず何度も頷いてしまう。





「ほう、よく出来たものだ。」

「花だけで編まれているのか…凄い技術だ。」

「そんな大したものじゃないよ。向こうでは子供の頃に、女の子は大体一度は作るんだよ。普通は、摘んだらすぐに傷んじゃうんだけど…シオンが言うにはそのままを保てるように、枯れないでくれるって言ってくれてるみたいだから。」

「へえ…それは凄い。」

「ありがとう、サーナ。素敵な贈り物だ。…でも、きっとサーナの方が良く似合うよ。」

「よし、俺達も作るか。サーナ、教えてくれ。」


自分の頭に乗せられた花冠に触れ、苦笑いを零しながらも、突然そう言った兄さんに抱き上げられ、場所を移動する。

そして適当な場所にまた腰を下ろすと、兄さんとレックスさんは優しく花を摘んだ。






「さ、どうしたらいいんだ?サーナ。」

「僕にも教えてくれる?サーナ。」


2人の言葉に頷いて、私は花の編み方を2人に教えていく。

すると初めは見よう見まねだった兄さん達も、次第に要領を掴んだのか器用に編んでいく。

そんな2人を見ながら、ふと手の中にある花を見つめて、思う。


きっと彼にも、この白い花冠は似合うだろうと。







「……ねえ、アルウィン兄さん。」

「んー?」

「――(つがい)って、一度出会うと…もう別の(つがい)には出会えないの?」


私が突然漏らした言葉に、問われた兄さんも、レックスさんまでも動きが止まる。

けれどまた指先を動かしながら、兄さんは私を見る。






「…サーナ、(つがい)の意味は知ってるか?」

「うん…『運命の相手』だって、レイが言ってた。」

「そうだ。運命…魂が選ぶ相手だ。それは、理屈じゃないんだよ。惹かれるのを、拒むことは出来ないし…拒もうとも思わないんだろ。それくらい、その出会いは必然で…奇跡でもある。」

「奇跡…」

(つがい)は、生涯ただ1人だけだ。次の(つがい)などいないんだ。だからこそ、俺達雄の獣は(つがい)に出会えば、自分の全てで愛そうとするし、尽くすだろう。――ライナスが、お前に尽くすように。」


分かっていただろう問いの意味を、兄さんは確信を持って指摘した。

図星をつかれて思わず俯いた私の頭を撫でて、レックスさんも口を開いた。





「サーナ。(つがい)を悪く捉えないで欲しい。僕達雄の獣は、(つがい)を求めているんだ。でも、生涯で出会えるかは分からない。だからこそ奇跡なんだよ。」

「……」

「ライナスは、心からサーナを愛している。僕達にはよく分かるんだよ。だから、少しでいい…信じてあげて。彼奴(あいつ)が君に向ける想いを。」


そう告げて、編まれた花冠を私の頭へと乗せてくれたレックスさんは、優しく微笑んでくれる。

その花冠よりも、一回り大きな花冠を乗せ、笑うアルウィン兄さん。


そして、辺り一面の花畑を見渡して…思う。

ライナスさんと一緒に、いつかこの景色を見てみたい。


素直に感じた、その想いに。

臆病な心が、ほんの少しの勇気を持つ。




(――ねえ、どうかお願い。届けて。)



心の中で呟いた、私の願い。

暫くしてそれに応えるように、花は宙を舞う。


みるみる小さくなる花を見上げて、私は痛む胸を手のひらで押さえる。

こんな風にライナスさんを思い出す度、心は彼を想うのに。

一歩踏み出す勇気がなくて、二の足を踏んでばかりいる。

——勇気を出して、また傷つくのが、怖いから。



そんな私を、二龍と二頭の獣は静かに見守っていた。







     *






ふと窓から入り込んだ風に、顔を上げる。

まるで意思があるように、入り込んだ風は僕を包むように周りを巡り、霧散していく。

その風に乱され、広げた書類がばさばさと音を立てる。





「……?」


すると、その風と共に部屋に入り込んだ何か。

それはふわりと漂い、僕の目の前まで流れてくると、そのまま机の上へと落ちる。

指で摘んだそれは、セレニームの花だった。


その花を摘み上げた時。

ふと、脳裏を過ぎる姿。


執務に没頭することで考えないようにしていた彼女の姿が、鮮明に浮かんでくる。





「なつな…?」


意思を感じた風。

遠い地に咲くセレニームの花。

花弁を散らすことなく瑞々しいそれに、僕は。


僕にとって都合のいい解釈をした。




これは、きっと彼女からの――贈り物だと。





そんな僕の頬を撫で、花を運んできた風は窓へと流れていった。










炎龍と氷龍とのお出かけの中の一幕でした。

なつなちゃんに訪れる、心境の変化。

初恋だもの、臆病になるよね。でも、愛されてることを全く信じてないわけじゃないのよね……な、生暖かい眼差しで見守っていただけると助かります。


次回、なつなちゃん…ある決断をする、かな?


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