表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍王様の半身  作者: 紫月 咲
3章 なつなの初恋
22/80

彼女の涙と彼の罰





決して、晴れ渡ってはいない空を窓から見上げる。

あの日からもう、雨は降っていない。

けれど晴れ渡ることのない空が、僕に愛しいつがいの心の内を見せる。

空を見つめていた瞳を伏せて、僕は魔力を踊らせ、その存在を探す。


うっすらと感じる気配。

けれど…この白王宮の何処にいるのかは分からない。


もう当たり前のようになってしまった習慣。

僕は何度となく零したため息をまた漏らして、その名を口にする。





「なつな…」


自分の口から零れる、美しくも愛しいその名。

許されたわけではないのに、知ってしまった彼女の真名の一部分。


自身が傷つけてしまった――愛しい人。


会いたい、でも会えない。

日々募る想いが苦しくて、でも言えなくて。


僕はまた何度となく噛み締めた唇を噛み、瞼を伏せた。








     *





王女を執務室から退出させた後、そこを飛び出し、足早に王とサーナの居室を目指す。

2人の居室は、歴代龍王とその半身のために用意されている部屋。


各々の個室となる部屋、共通の居間、そして――寝室。

あれから半年、王とサーナは(ねや)を共にしていた。


離れていた23年間を埋めるように、時間の許す限り、共に過ごす2人。

時折王の執務室で2人それぞれ執務をこなし、食事を共にし、執務が終われば2人仲良く寄り添い、夜眠る時も共にする。

それは僕達龍も、眷族も――心待ちにしていた光景。



心が満たされて、穏やかになった王。

王に無条件の信頼と愛情を寄せるサーナ。


彼女が戻ったことで、漸く確かなものになった――世界の安寧。



けれどそんな2人の関係が、どこか妬ましくもあり…羨ましくもあったのだ。


彼女は、僕の(つがい)

愛しくて愛しくて、愛したくて愛されたくて。

あの日の出会いから今日まで、その気持ちは強くなるばかりだ。


けれどそれは、僕の一方的な想いで――運命で。

王とサーナのような、絶対的な繋がりなど今はないのだ。


だから羨ましく、妬ましく。

彼女に出会ってから僕は、視野も心も狭くなるばかりだ。


だから、あの王太子の存在も。

気に入らなかった、煩わしかった。


あの漆黒の瞳があれを映し、あのアメリアの花弁のような唇があれに向けて言葉を紡ぎ、あの純粋な心があれに砕かれるのが、嫌だったのだ。



でも、それは…僕だけの激情で、感情で。

自身のつがいと定めたサーナを蔑ろにする、理由にはならない。


だから、焦る。

彼女にあの後、何があったかは分からない。

けれど、もし何かあれば…叔母上は王の元にサーナを連れて行くだろう。

叔母上は、王が認めたサーナの『護り』なのだから。


そして、王は。

彼女の記憶から、その全てを知れる。

彼女の感情を、想いを。

正確に、より鮮明に。



——僕は自分の血を、見るだろう。

僕は王に、誓った。

サーナを傷つけないと、自分の真名と血に。


それは、命を賭した誓いだ。

誓いが破られたその時は…自分の命をどうされても構わないと。

それを、後悔はしていない。

でも、1つだけ思うことは…彼女のことで。



彼女は――サーナは、僕をどう思っただろう。

嫌われただろうか、軽蔑しただろうか…僕を想って、泣いてくれたんだろうか。


責めて欲しかった。

なじって欲しかった。


そうすれば、許しを請える。

自分の想いだって、伝えられるだろう。

何も言われず、言葉を交わせず、ただ離れていかれるのだけは嫌だ。



けれど、僕を待っていたのは。

思ってもみなかった断罪の内容と、彼女の――苦しみの片鱗を知らされることだった。







     *






王とサーナの居室に続く廊下に、獣の鋭い咆哮が轟く。

それは殺気と敵意、あらゆる害意を纏い、その名と同じ意味を持つ瞳は、真っ直ぐに僕を威圧するように射る。


龍に匹敵する力を持つ、天虎(てんこ)の子。

思わず血が騒ぎ、僕はそれを抑えるように足を踏み締めた。






《——此処から去れ。我が主を、お前になど会わせはしない》


初めて聞いたその声は、幼さを残しながらも凛とした響きを持っていて。

常からサーナのみに意識を向け、関わりなど持つことのない天虎の言葉に、息を呑む。

それは、僕に向けて言葉にする程の怒りをこの子供が持つ程のことが、サーナにあったのだ。






「…コハク殿、教えて下さい。サーナに、何があったのですか?」

《気安く主の名を口にするな!主が授けてくれた名を、お前になど呼ばれたくはない!》

「…っ、」

《何があったかだと…?惚けるつもりか!この嵐を見て気づかぬと、知らぬとは言わせぬ。この嵐は、主の苦しみと悲しみを知った『見えざる者』達の怒りだ。それを…!》

“――コハク、ここは僕に任せて”


天虎の叱責に茫然と耳を傾けていれば、その天虎を諌めるように、銀の猫が歩み出る。

それに天虎は見る見る矛を収め、困惑するように彼を見下ろす。





《シオン様、でも…》

“ここは僕が適役だろう。龍王とのこともあるしね。キミはなつなのところへ。龍王やシェリアが傍についているが、キミがいればより安らかに眠れるだろう”

《……分かりました。では、そのように》


神の言葉に渋々な様子で頷き、踵を返す前に僕を鋭く睨みつけていった天虎の後ろ姿を呆然と目で追っていれば、そんな僕に向けられる、強い害意。

天虎のそれより研ぎ澄まされた、まさに神に相応しい圧倒的な存在感に、僕は何も出来ずに立ち尽くすしかない。





“水龍。僕はあえて今キミに聞こえるように、サーナの――なつなの真名の一部を呼んだ。何故だか分かるかい?”

「…いえ。」

“それは、水龍。キミの立ち位置を思い知らせるためさ。なつなにとっての、キミの『立ち位置』をね”

「…!」

“キミ達属龍は、サーナの真名を知らない。けれど侍女であるシェリアも、龍王もコハクも僕も――なつなの真名を知っている。その違いが分かるかい?”

「……」

“なつなにとって、キミはまだ真の信頼に値しない立ち位置にいるんだよ。キミに捧げられ、信じ始めた愛を…容易く疑えるくらいにね”


そう冷たく宣告した神の言葉に、愕然とする。

王や、守護を務める神や聖獣はともかく――自分の叔母上までも、サーナの真名を、彼女から教えられている事実。

そして僕自身の、サーナの中での立ち位置。


そして、疑問が確信に変わる。

僕はサーナに疑念を抱かせてしまったのだ…僕が彼女に囁く愛も、想いも全てを。






“まあ、それも時間の問題だった筈だ。なつなは、キミ達属龍が好きだからね。大切にされていることを、あの子はちゃんと分かっている”

「……」

“だが、水龍。キミは選択を誤った。あの王太子が気に食わなかったんだろう?なつなが彼の話をする度に、目障りだと…瞳がそう語っていた”

「…ええ、目障りでした。」

“僕もそれには大いに賛成だったからね、キミの狙いに気づいていたが…キミにしてはやり方が浅慮だ。恋は人も龍も盲目にも、莫迦にもするね”


そう言って尾を揺らす神に、何も言い返せない。

そんな僕を見上げ、神は更に責め立ててくる。





“キミはまず、なつなとの関係を確かなものにするべきだったんだ。それはそれで僕達には気に食わないが、なつなが苦しむより…泣くよりもずっといい”

「…っ…!泣いて、いるんですか…?」

“今は龍王が眠らせたから、涙は止まったが…明日起きて思い出せば――泣くだろうね”

「…っ、」


ああ、やはり。

泣かせてしまったのだ…僕とあの女のせいで。





“水龍、なつなが何故…泣いているのか分かっているのか?”

「え…?」

“コハクが何故、キミに襲いかからなかったか分かるかい?あの子はキミを八つ裂きにしてやりたかったんだよ、本当は。あの子には、それが出来る力がある。…でも、出来なかった。何故だと思う?”

「……サーナの、ためですか?」

“惜しいな。なつなの、心を護るためだ。なつなは、今日気づいた。自分の初恋に…キミを想う心に”


告げられた内容に、目を見開いた。


待ちに待った、瞬間。

なのに何故、今この時なのか。

今知っても、彼女を抱き締められない…愛し合えない、自分のせいで。





“キミが尽くしたお陰で、なつなは気づけないまま、水龍に恋をしていた。気づかなくても、ゆっくり育てていた愛に――キミが自分で水を差した。その瞬間からのなつなの動揺と苦しみは…僕でも計り知れない”

「…っ、」

“あの王女については、キミが自分で解決したようだから、彼女によってなつなが煩わされることはもうないだろう?”

「…はい。もうあの女には会いません。」

“そうか。——ならば水龍、僕から伝えることは残り1つだ”


今までの鷹揚さは影を潜め、威厳ある声がそう僕に告げ、不意にその尾が空中で弧を描く。

すると空中に紙片が現れ、神の声と共に開かれていく。







“龍王からの勅命状だ”

「!」

“『水龍ラーヴィナス、龍王の名の下に命ずる。我が半身サーナへの、今後一切の接触を禁じ、自身の私室への謹慎を命じる』”

「…!!」

“『真名と血に誓った誓約を破りしことは、万死に値するが――サーナのために、命までは取らない。サーナへの接触を禁じることが、何よりの痛みとなるだろう。此れより期限は、サーナが君を許し…会いたいと望むまでとする』”

「…っ…」

“『この勅命は、守護者シオンによって告げられた時より有効とする。火急の用向きならば私室を出ることは許す。しかし我が居室に近づくこと、まかりならぬ。なお、サーナの気配も追えなくする。二頭の守護者によって。以上』”


告げられた内容に、呆然と目の前の神を見る。

神は、空中に浮かぶ勅命状を僕の前まで移動させると、真っ直ぐに視線を絡ませる。

そこに、神の慈悲はなかった。






“水龍、一切の接触を断つよ。なつなの心を護るために。だからあの子がこの城のどこにいるのかも、キミには把握出来ないようにする。あの子の心の傷は、キミ以外の属龍に癒やす手伝いをして貰うからね”

「…っ…!」

“嫉妬なんて、する権利はないよ。…それよりも水龍、キミはなつなに感謝した方がいい。今も、なつなはキミを護っている。『見えざる者』達からね”

「え…?」

“水龍、キミは何故今も無事で済んでいる?『見えざる者』に、理性などないんだよ。彼らは、なつなの心を傷つけたのが誰なのかを知っている。そんな彼らが望むのは…キミの『死』だ”

「!」

“そんな彼らから、なつなはキミを護っているんだよ。——傷つけられても、キミを愛するが故にね”


その言葉に、僕は初めて…後悔した。

自分の心が満たされることを優先し、サーナを一番に思いやれなかったこと。

そんな彼女に、護られている自分に。



心で、サーナを想う。

あの日叔母上の前で泣いた彼女を思い出し、胸が強く締め付けられた。








「――サーナのことを、よろしくお願いします。」


それしか言えない自分が、情けなかった。


けれど、会う資格がない。

彼女にとっては、それが誤解であったとしても裏切りのようなものだろう。

彼女には何も知られたくないからと、何の説明も出来ずにいたのだ。

彼女にとっての真実は、あれだけ自分に愛を囁いていた男が、ある日から突然自分に会いに来るのを止め、熱心に別の女に会っていたのだから。


俯き、手のひらを握り締める僕に、神はふっと息を吐いた。





“キミに頼まれる謂われはないけれどね。…だが、引き受けよう。——僕はね、水龍。キミが嫌いではないんだよ”

「え…?」

“キミは難しい男だけれど、なつなを想う心は一途で…何より澄んでいる。キミが司る水のように”

「……」

“だから、賛成も反対もしない。何より大切なのは、なつなの心だからね”


そう言って、もう用は済んだと言わんばかりに踵を返し、去っていったその背を、唖然と見送りながら。


僕はその先にある居室を、名残惜しい思いでずっと見つめていた。








さて、女々しいライナスの誕生です(笑)

そして、今回は二頭の守護者に出張っていただきました。

コハクは、なつなちゃん至上主義なので、ホントはもうライナスに爪を立てたくて立てたくて仕方がなかったんです。

でも、嫌われたくないから断念(笑)

シオンは、ある意味中立ですね。彼は神様なので、器がデカすぎるんです。


さて、暫くの間、2人には会えない期間を作っていただきます。

レイさん、権力行使しまくり(笑)


次回からなつなちゃん視点に戻ります。

他の属龍も出せたらいいなー。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ