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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
3章 なつなの初恋
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ライナスの秘密

この話では、ライナスの本性が描かれています。

彼は本来、女嫌いです。

ライナスがなつなちゃんに向ける表情とは、全く異なります。

彼のイメージを壊したくない方は、読まないことをお勧めします。

ですが、作中の半年間の様子などにも触れているキーの話ではあります。

その点、ご了承の上、お読みくださいませ。




明るく晴れ渡っていた空が、急に漆黒の闇に覆われていく。

それと同時に降り始める激しい雨と、まるで唸りを上げるように風が吹き荒れる。

そして不意に感じる、肌が戦慄くような濃密な魔力の気配。

『六属龍』の一角である僕ですら戦慄かせる、異質で強大なこの魔力は。

『龍王』もしくは『見えざる者』の、どちらかのものでしかない。

けれどこれは、むしろどちらのものでもあるような…



まるで、誰かのための怒りのような。

まるで、誰かの悲しみを表すような。

——もし、これが僕が感じた両者の感情の発露であるとしたら。




「きゃあ!!い、一体なんなんですの?!この天気の変化は…。それに、この風はどうしたことでしょう…」


そんな僕の思考を邪魔するように、唸る風を受けてがたがたと揺れる窓の音に悲鳴をあげた王女が、不安そうに外を見やる。

その姿は急に変化した天気を気にかけているようだが、この異質な魔力の気配には気づいた様子はない。

——それはすなわち、この王女が持つ魔力が常人の域を出ていないということ。


この世界に生きる全ての種族は、『龍王の半身』を除いて誰もが魔力を持つ。

しかしそこにはもちろん優劣がある。

我ら『龍』と『聖獣』は、比べるべくもなく。

しかし人には明確に優劣がある。

王族であっても貴族であってもいち民であっても、そこに貴賤なく、魔力の多さには違いがある。


そして自身が持つ以上に、強大な魔力にさらされた時。

ある一定の段階まで至れていない者は、その気配を感じ取ることが出来ないのだ。

『魔術師』と至れる者であれば——この異質な気配を感じ取れているだろう。





(もしや…サーナに何か?)



僕に不安そうな瞳を向ける王女に、安心させるような言葉を紡ぎながら、先程会ったばかりの彼女の姿を思い出す。


苦しそうに微かに眉根を寄せて、何かに戸惑っているような表情。

その柔らかな胸を華奢な手で握り締めて、まるで見たくないものを見たように、逸らされた瞳。

この半年間で、初めて見た彼女の姿。


それに酷く心が騒ぎながらも、優先しなければならない事情に、やむなく彼女をその場に残して、この執務室に引き上げた。

あの場にいた叔母上の、氷のように冷たい瞳など気にもせず。



思えば、きっと。

この時点で僕は、選択を誤っていたのだろう。

僕が何よりも優先しなければならなかったのは、サーナ――愛する彼女だったのに。












「…水龍様?」

「ああ、申し訳ない…。もう落ち着かれましたか?」

「はい、有り難く存じます。むしろ、はしたない姿をお見せしてしまって、お恥ずかしいですわ…」

「…お気にせず。では早速で申し訳ないのですが、王太子殿下はなんと?」

「はい。お兄様はどうやら、王族の直轄領へと殿下を遠乗りにお誘いしたいようですわ。まだ戻られてから、城下に来られたことはないでしょう?この国を知って戴くためにも、様々な場所を案内されたいとか。」

「なる程…そうでしたか。」


そう頷き微笑めば、目の前に座る彼女は頬を染め、恥ずかしげに上目遣いに微笑み返す。

そんな表情を見せられたところで、僕は何とも思わないのに、本当に浅慮で…愚直な女だ。





「お兄様は、白王宮を訪れる度に殿下に何度も求婚なさっているようなのですが。でも、なかなか頷いて下さらず…どうしたものかと悩まれているご様子で。」

「ほう…」

「王族と半身様ですもの、前例もないですし龍王陛下もきっと御反対なさることでしょうし…。お父様も宰相閣下も断固反対のようですから。でもお兄様は本気だと示すためにも近々、正式に求婚の証に、殿下になにか贈られるそうですわ。」

「!」

「それに、わたくし先程殿下とお話した際に感じたのですけれど…殿下もお兄様に好意をお持ちなんじゃないかしら。」

「は…?」

「仲がよろしくて羨ましいですわ、とお伝えしたら…嬉しそうに微笑んでいらっしゃいましたもの。きっと、殿下にはお兄様の愛が伝わっているのではと思うのです。でも、王族と半身様という間柄に揺れていらっしゃる…わたくしはそう感じ取りましたわ。」


そう語り、うっとりとした表情を見せる王女に、思わず表情が怒りに崩れそうになる。


サーナが、あの王太子に好意を持っている?


そんな筈はない。

最後にサーナとお茶をした数週間前に、それは迷惑そうに王太子の求婚について語っていた彼女を思い返す。



あの謁見から半年もの間続く、サーナへの王太子からの求婚。

それはもう、この白王宮でも麓の王城でも、周知の事実だ。


エドガー兄上いわく、過去の歴史の中でも、龍王の半身に恋をし、求婚した王族がどうやらいたらしい。

しかしそれも叶うことはなく、今回今度は王太子がサーナに求婚したことで、いよいよ王族の悲願が果たされる、と王城にいる貴族達が水面下で盛り上がっているのだ。



莫迦な話だ、と心中で呟く。

『王族の悲願』など、一部の貴族が吹聴した妄言に過ぎないのに。


龍王をはじめ、半身と我々六属龍は…王族との繋がりなど求めていないのだ。

龍も眷族も、そう理解している。

この聖域に住まう者全てに、王族からの権力の行使など、全く意味を為さない。


我々は、国王を、民を導く立場にあるのだ。

従わねばならぬ謂われも、道理もない。

そもそもの身分が違うのだから。


サーナは、とても聡明な女性だ。

王や僕達が何も言わずとも察し、自分の立場と存在の特別さを…とてもよく理解している。


けれど、彼女は人だ。

そして、同じ人に対して…優しく在るのだ。

不用意に傷つけることなく、拒否をすることなく、話し合いで済まそうとする。


その優しさが愛しく、そして…心を砕かれる人が憎らしい。

それは、その相手が異性であればより募る感情。


サーナに恋をし、愛し、初めて知った感情。

己が龍であることをより自覚した――独占欲の強さ。




この半年間、サーナの心を手に入れるために心を捧げ、尽くしてきた。


この世界の文字を読むことは出来ても、書くことは出来ないサーナに、執務の合間にそれを教え。

王の妨害を交わしながら、彼女をお茶に誘い、負担にならない程度に毎回愛を囁いた。


彼女に似合いそうな服や宝石も、自ら選び…サーナに贈った。


けれど、その品よりも。

執務の際に立ち寄った、野に咲く名もない花を摘み、贈ったそれを何よりも喜び。

嬉しそうに微笑んでくれたサーナが、愛しくて可愛くて――大切で。


僕の(つがい)が彼女で良かったと、何度この運命に感謝したか分からない。



そして、決心したのだ。

僕の初恋の邪魔をする王太子を、サーナの前から完全に排除することを。

サーナにその気がなくとも、あの王太子が彼女に近づき、愛を囁くことすらもう我慢ならなかったから。


だからこそ、この数週間。

サーナに会いたい気持ちを必死に抑え、そのためだけに自分の予定を調整し、行動してきたのだ。



この王女から王太子の言動を聞き出し、ことごとく叩き潰すために。







「…他には、彼女と何かお話になりましたか?」

「他に……あの、わたくしお恥ずかしいんですけれど、水龍様のお話を致しましたの。」

「…僕の?」

「殿下は水龍様と親しいご様子でしたし、水龍様のお召し物の好みだったり、色々伺えないかと思いまして…」

「……」

「それに殿下は、わたくしと水龍様の関係をお優しく見守って下さっているようですの。それでわたくし、恐れ多くもつい嬉しくて…」


王女から恥ずかしげに語られる内容を愕然としながら聞き、僕は唐突に理解した。


先程のサーナの表情の意味を。

この荒れ狂う天候の理由も。



この半年近くで、僕が囁く愛の言葉を、はにかみながらも受け入れてくれるようになった彼女。

僕が訪ねれば手ずからお茶を入れてくれ、王の辛辣な言葉からも守ろうとしてくれたサーナ。


それは、まだ彼女が自覚していない、僕への初恋。

僕を受け入れ始めているのだろう、彼女の心の片鱗。



そんなサーナの目の前で、僕は何をした…?



思えば今日、数週間ぶりにサーナの姿を見た。

思わぬ出会いに心が浮上し、声をかけたその場に、今日面会予定のこの王女がいたのだ。


思わずしかめそうになった表情を、サーナに見せるわけにはいかず、なんとか微笑みを貼り付ける。

そんな僕の腕に馴れ馴れしくも触れてきた、王女の手の感触が気持ち悪く、しかしサーナの前で叩き落とすわけにもいかず…渋々その手を取ったのだ。



もし、その全てのやり取りを――サーナが誤解していたら?



彼女は今、面会希望者の選別などの仕事の全てを請け負っている。

だからこの数週間、ほぼ毎日のように僕と王女が会っていることを、知っている。


もしその事実を、サーナが僕と王女の逢瀬だと勘違いしていたら?

(つがい)の意味を知らなかった彼女が、僕が王女に心変わりしたのだと、思い込んでいたとしたら?


全ての状況が、まるで仕組まれたかのように――その答えへと誤った導きを果たす。



そして、その誤った答えを確かなものにしてしまったのだ。

この女は。







「――全く、都合よく勘違い出来るものですね。彼女以外の人という者は…本当に愚かで、莫迦なものだ。」

「…水龍様?」


ああ、もういいだろう。

無理やり貼り付けていた窮屈だった微笑みを、引き剥がす。

そして何の感情も伴わない、冷えた眼差しを向ければ、王女は驚いたように瞳を瞬かせながら首を傾げる。



この女からは、もう引き出すべき情報はないだろう。

後は直接、王太子を叩き潰すだけ。






「裏目に出ました。彼女に見せたくないばかりに…あなたに優しくしていたことで、まさかこんな事態に陥るとは。」

「あ、あの…何を仰っているのか…」

「はっきり申し上げます。王女殿下、あなたに僕が心を砕いたことはただの一度もありません。あなたとこうして面会していたのは、全て王太子の情報を得るためです。」

「!え…」

「僕が生涯心を砕くのは、(つがい)である愛しい彼女だけ。その彼女に求婚する王太子が、いい加減邪魔なのですよ。全く忌々しい…」


王女は、まるで信じられないものを見て、聞いているかのようにその瞳を見開いている。


ああ、もう見ていたくもない…こんな女など。


途端に同じ空間にいることに苦痛を感じ、僕は裾をはらいながらソファーから立ち上がる。





(つがい)とは、なんのことですの…?お兄様が求婚しているのは、殿下……ま、まさか?」

「そのまさかですよ。(つがい)とは、僕達龍の運命の相手。彼女――サーナ以外に、僕が心を尽くす相手はいませんので。」

「そ、そんな…!で、でも水龍様はわたくしにお優しくして下さったではないですか!ですからわたくし、水龍様に愛されていると感じて嬉しくて。わたくしも心からお慕いして…」

「同じことを何度も言わされるのは好きではありません。…あなたになど、嫌悪感しか抱かなければ、心も食指も動かない。」


追い縋ってきた手を嫌悪に振り払い、冷たく見下ろすと、王女は息を呑み、震えながらその場に崩れ落ちるように座り込んだ。

そんな王女を見ることなく、僕は指で空気を震わせ、合図を送る。


そして、王女の前で跪き――直接触れるなど嫌悪しかなく、それを避けるため自分の掌を魔力の膜で覆い尽くしてから、乱暴にその顎を持ち上げ、瞳を合わせる。

大粒の涙を浮かべて縋るように媚びるように僕を見るその碧眼も、すぐに色を失ったようにくすんでいく。


その様を見ながら柔らかく囁くように、王女へと告げる。






「——あなたは今日まで、兄の相談に乗り…僕に助言を求めていただけのこと。殿下への兄の想いを叶えたかっただけ。」

「わたくしは、お兄様の想いを叶えたかった…だけ。」

「けれど、僕からあまりいい助言は貰えず…あなたは結局、見守ることにする。だからもう、僕とは会う必要がなくなった。…そしてあなたは、僕のことなどなんとも思っていない。ただ、殿下に近しいから…会っていただけ。」

「わたくしは、水龍様と二度とお会い致しません。あなた様を、なんとも思っておりません…」


色のない碧眼で虚ろに僕と視線を合わせ、繰り返すように呟いた王女のその満足いく答えに頷き、躊躇いなく手を離す。

すると王女はくたりと座り込み、それと同時に響くノック音。

入室を許可すると入ってきた眷族に、淡々と告げる。





「王女殿下は、気分が優れないようだ。別室で少し休んでいただいてから、お帰りいただくように。」

「かしこまりました。」


恭しく頭を下げてから、王女を支え部屋を出て行く眷族を見送り、締まった扉。

そして僕は焦りに険しくなる表情のまま、窓から外を見る。



雨と風は、嵐となり吹き荒んでいた。

まるで、彼女の苦しみと悲しみを知らしめるように。







「一刻も早く、サーナに会わなければ…」


そう呟くと僕は踵を返し、急いで部屋を後にする。


彼女の元へ、その誤解を解くために。




廊下の窓という窓に、まるで僕に怒りと罵声を浴びせるように――雨音が響いていた。









はい、ライナスやらかしちゃったの巻です。

ライナス達最上位の属龍は、魔力を人に流し込み…記憶や感情の操作を行えます。

でもそれをなつなちゃんにしないのは、なつなちゃんから愛して欲しいからです。

偽りではない愛をライナスが求めているからです。


さて次回から、いよいよライナスの苦行週間がスタートします。

月間にならないといいね?ライナス(笑)

まあ、レイさん達と…そしてなつなちゃん次第かな。




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