寵愛vs溺愛
「……はぁ。ライナス、余計な真似を…。折角、サーナが君のことを忘れてくれたのに。」
「忘れられては困ります。そのように仕向けられたようですが…忌々しい。」
「それが王に対する態度かな?」
「求婚を権威で邪魔するなど…無粋にも程がありますよ、王。」
重なり合う、剣呑な視線。
交わされる棘のある会話。
その会話の中心人物である私は、ただただレイに抱えられたまま、何も言えずに小さくなるだけ。
「君は女性が好きではなかったよね?それなのに、サーナが君の番?僕の半身が現れた衝撃を、勘違いしているだけじゃないのかな。」
「あり得ませんね。番とは、獣が魂で引き寄せられるもの。僕もやはり獣だったのだと、唐突に理解しました。」
「――ああ、本当に失敗した。昨夜の内に、数日間人払いをすれば良かった…。そうしたらサーナを君に会わせなくて済んだのに。」
「まあ、時間稼ぎに過ぎませんね。僕はいつ会おうと、サーナを愛するでしょう。これは避けられない運命ですから。」
そう言って陶然とした表情で微笑んだライナスさんに、レイは心底嫌そうに表情を歪める。
私はそんなレイを見つめながらも、口を出したら余計私の気持ちもこの場も混乱しそうで、口をつぐむしかない。
そんな挙動不審な私の様子に気づいて、レイははっとしたように私を見る。
「ああ、サーナ。ごめんね、気づけなかった。そもそも君はまだ昨夜、この世界に還ってきたばかりだったのに。身支度もさせてあげずに、こんなことに巻き込んでしまってごめんね。」
「ううん…それはいいんだけど。」
「ああ、ライナスのことは気にしなくてもいいよ?番なんて、男の一方的な想いなんだ。女性がそれに応える義務なんてないんだからね。」
「そう、なの?」
「そうだよ。だから、サーナはサーナの心に従えばいいんだ。君が誰の傍にいたくて、誰に甘えたいのかもね?」
柔らかく微笑みながらそう言ってくれたレイに、私は無意識にこのことを重く捉え、構えていたことに気づいて。
そっか、そうだよね。
義務感で応えるなんて、ライナスさんにも失礼だもの。
それに、今日初めて会ったんだし。
「ありがとう、レイ。私、突然でビックリして…考え過ぎてたみたい。」
「いいんだよ。サーナはこの世界に還ってきたばかりで、まだ全然この世界のことを知らないんだから。ゆっくり知っていけばいいんだ。」
「そうだよね…」
「それに、言っただろう?僕だけに甘えてねって。サーナも、僕を甘やかしてくれるんだよね?」
「うん、やっと出来たホントの家族だもの!」
そう言って首に腕を回して抱きつけば、レイの手で優しく髪を撫でられて。
その仕草にほっとして、私は深く呼吸を繰り返す。
だから気づかなかった。
私の見えないところで、勝ち誇ったような眼差しでライナスさんを見つめるレイと、忌々しげに舌打ちをしかねない様子で、ライナスさんがレイを見ていたことにも。
「さあ、サーナ。湯浴み場へ案内しよう。昨夜はあのまま一緒に寝てしまったからね。」
「うん、ありがとう。あ、でも服とか…」
「そうだね。君は嫌がるかもしれないけど、侍女を呼ぼう。着替えの準備だったり…女性には女性の方がいいだろう?」
「た、確かに…。あ、でも1人で入れるから!メイドさんに洗わせるとか止めてね!」
「分かっているよ。君がいた世界では、自分のことは自分でするようだしね。着替えの準備だけをさせよう。」
「良かった、ありがとう。」
ほっと息を吐き出してから、私ははっと気づいてライナスさんを振り返る。
目があった瞬間、それまでレイを見つめたまま冷たく鋭かった瞳が、急に柔らかく熱を孕んで私を捉える。
その変化に狼狽えつつ、私は言わなければならない言葉をかける。
「あ、あの…ちゃんとご挨拶が出来なくてすみません。でも、その…私を番だっていうのは、冗談じゃないんですよね?」
「当たり前です。あなたと目があった瞬間、恋に落ちました。サーナ、あなたは紛れもなく…僕の愛する番です。」
「うう…。あ、あの…私あんまりこういうことを言われるの、慣れていないので。お手柔らかにしていただけると、助かります…」
「おや、では初恋もまだ?」
「ま、まだです…」
不意に問われた内容に頬を染めて小さく呟いた私に、ライナスさんはそれはそれは艶やかな、色気たっぷりな表情で微笑んで。
私は思わず、反射的にまたレイに抱きついてしまった。
「ああ、王よ忌々しい…。そうしてサーナに縋りつかれるのは僕だけでありたいのに…。――だが、今はいいでしょう。サーナ?」
「は、はい!」
「僕も、初恋がまだだったのです。けれど今日あなたに出会い…初めて恋を知りました。」
「は、はあ…」
「あなたの初恋も、僕であるように尽くしましょう。真名に誓って。」
「え、えーと…」
「湯浴みをされたいのでしょう?王ではなく、僕が案内しましょう。ああ、使い勝手が分からないかもしれませんね。一緒に入りましょうか?」
「!?!」
にっこりと笑って落とされた爆弾に、私の脳内処理の許容量はオーバーせざるを得なくて。
無理やりレイの腕から降り、飛びかかりそうな勢いでレイを見る。
「レ、レイ!お風呂どこ?!」
「え、ああ…あの扉の奥にあるよ。造りは…」
「だだだだいじょーぶ!な、なんとかするから!!」
そう叫んで、脱兎の勢いでその扉に向かって走る。
追い縋るように聞こえるレイの声に構わずたどり着いた扉を乱暴に開けて、鍵をかけて。
ずるずると、その場に座り込む。
彼の誠実な言葉と色っぽい表情が、ぐるぐると頭の中で回る。
「は、反則だよー…カッコ良かったり色っぽかったり…。どうしたらいいか分かんない…!」
ドキドキと激しく脈打つ胸と熱を持って赤くなっているであろう頰を押さえて、はあ、と息を吐いた。
「『真名に誓って』――ね。どうやら本当にサーナを愛したようだね、ライナス。」
「僕が女性が好きではないことも、冗談が得意ではないことも知っているでしょう?」
「――サーナを傷つけないと誓うか?」
鋭い眼差しでそう問いかけた王に、彼は心からの忠誠の意を示す。
「水龍ラーヴィナス、その真名と血に誓って。」
跪きそう言ったライナスに、レイは舌打ちをしながら忌々しそうに彼を見下ろす。
「――ああ、本当に忌々しい。絶対に、サーナは渡さないからね。」
「ご随意に。それはサーナの心が決めることです。」
「真名を捧げて貰えなかったくせに、強気だね。」
「あなたが阻止したのでしょう。それに、楽しみは先に取っておいた方がいいですし。」
「ああ、僕の可愛いサーナが、還ってきたその日に、こんな男に見初められるなんて…」
「諦めて下さい、龍も聖獣も人も彼女を愛します。——まあ、他者の愛など全力で叩き潰しますがね。」
そう言って、にっこりと微笑んだライナスの表情に、レイは自身の半身を憂いながら湯浴み場へと続く扉を眺めたのだった。
ひとまず、引き分けというところでしょうか?(笑)
なつなちゃん、お気の毒に…。
次回は、神様ご帰宅です。
あるお土産を連れて。
そろそろ彼の名前をなつなちゃんに決めて貰おうかなー。