出会ったその日にプロポーズされました
「ん……」
窓から差し込む朝日に、不意に目が覚める。
今まで感じなかった光に身じろぐ私に、その光を遮るように広がる翼。
その動きに私は、不意に光を感じた理由を知った。
「おはよう、レイ。」
「おはよう、なつな。」
交わる視線、穏やかに細められるエメラルドのような瞳。
私の覚醒を促すために動かされた翼でまた包み込まれて、私は抗議するようにすり寄った。
「私、いつの間にか寝てたみたい。」
「僕もだ。こんな風に穏やかで満たされた気持ちで眠ったのは、今日が初めてだよ。」
「私も。…でも、酷くない?まだ朝早い気がするんだけど…」
こちらの世界の時間の流れは分からないけど、差し込む朝日の眩しさにそう漏らして見上げれば、どこか申し訳なさそうにうなだれながら、レイは囁いた。
「ごめんね、なつな。実はもう、あまり時間がないんだ。」
「あ、もう仕事?」
「そうじゃない。ただ、もうすぐここに人がくる。君の寝顔を見せたくなかったから…」
「?メイドさんとか?」
「メイド…?」
「あー…えっと、侍女っていうんだっけ?」
「ああ、侍女か…。そうではないよ、もっと厄介な…」
レイがそう言いかけた最中、隣りの部屋から聞こえてきた扉が開く音。
予期せぬ物音にびくりと震えた私を包み込みながら、レイは深いため息を漏らす。
そうしてレイが顔を上げた気配を感じた時、それと同時に聞こえた声。
「王、おはようございます。早速ですが、本日の謁見予定者の確認を…」
どこか冷たく響く、微かに低いテノール。
でもその声は突然途切れて、その後に何かが落ちるかすれた音が響き渡る。
はっと息を呑む気配に居心地悪く身じろぎすれば、レイはそんな私を落ち着かせるように頰をすり寄せて、そのまま抱え込んだまま口を開く。
「――ライナス、今日の予定は全て中止だ。もう、謁見の必要はないからね。」
「王、そのお姿は……あれ程半身に会うまでは成体にはならないと仰っていたのに、何故…」
「僕の望みは叶えられた。彼女によって。」
「彼女…?」
「ごめんね、サーナ。身支度の時間もあげられなかった。不躾な男のせいで凄く申し訳ないんだけど…顔だけ出して貰えないかな?」
そう囁かれて、私は慌てて目や口元を擦り、目ヤニやよだれの跡がないか確かめる。
そんな私にレイがくすくすと笑いながら、大丈夫だよと囁いてくれて。
そんなやり取りをレイの背後で戸惑いつつ見つめている気配を感じ取りながら、私はおずおずとレイの翼越しに顔を出す。
「あ、あの…おはようございます…。」
「!!」
そう声をかけると、これでもかと大きく見開かれる瞳。
そんな彼の姿を見て、私も目を見開く。
深い海の青を思わせる髪と、サファイアを彷彿とさせる瞳。
長い髪は緩やかに編まれて、左肩から胸へ向かって垂れ下がってる。
服装は、シンプルな薄いブルーの長袖シャツに黒のパンツ。
正面からその姿を見たのは初めてだけど、間違いない。
そこには確かに夢で何度も見た、まさにイケメンな彼の姿が会った。
「サーナ、きっと夢で見たことがあるよね?彼はライナス、僕の補佐を務めてくれている。」
「この人も、龍なの…?」
「そう。彼は最上位の水龍――魔力を水へと変える。」
「水龍…」
「でも、サーナ。信頼は出来るけど、あまり近づいたらダメだよ。ライナスは女性に冷たいから、君を無意識に傷つけるかも……」
「――王、少し口をつぐんで戴けますか?」
レイの言葉に耳を傾けていたところに、突然傍で聞こえた低いテノール。
それに驚いて顔を上げた瞬間、ふわりとした浮遊感。
すぐ傍でレイの驚いたような息遣いを感じたけど、私はそんなことに構っていられない状況に陥っていた。
「あ、の…?」
危なげなく、私を抱える力強い腕。
細身の身体のどこにそんな力があったんだと言いたいけど、彼が龍であることを思い出す。
まるで子供のように片腕へと座らされて、必然的に見下ろす形で交わる瞳。
戸惑う私を、2つのサファイアが見つめてくる。
その瞳に、何やら甘やかな熱が孕んで見えるのは、私の気のせいだろうか。
「サーナ、と言いましたか?」
「え…?」
「あなたの名です。王はサーナと呼んでいました。」
「あ、はい。そうですけど…」
「サーナ……サーナ。太陽を意味する名は、あなたにとてもお似合いです。」
「あ、ありがとうございます…?」
うっとりとした表情で私の名を何度も呟いて、そう言った彼に更に戸惑いながらも、私は助けを求めるようにレイを見る。
でもレイも私同様に酷く戸惑った様子で、私を取り返そうとしかけた腕がそのままだ。
するとその時、私の頬に触れる手のひら。
愛しむように柔らかく撫でた後、レイを見ていた瞳をまた彼に戻される。
まるで、咎めるように。
「――サーナ、僕を見ていて下さい。他の誰も、その瞳に映してはいけません。」
「え…と、」
「まるで夜空の漆黒を映したような瞳、柔らかな漆黒の髪…どうして初めて出会った男が、僕ではなく王なのか…嫉妬で焦がれてしまいそうだ。」
「あの…?」
「サーナ…きっとあなたの真名もまた、美しい響きを奏でるのでしょう。ああ、早く『真名の誓約』を紡いでしまいたい…」
「真名の…誓約?」
「!ライナス、君は…!」
次々と零れる甘さを含んだ言葉に、戸惑いしか浮かばない私に構わず、続く会話。
目の前にいる彼が言った、『真名の誓約』という言葉に、レイが強い反応を示した、その時。
またふわりと浮く身体。
あっという間に絨毯の上に下ろされて、床の感触に足を踏みしめた――刹那。
取られる左手、跪く人影。
「僕の名を――真名をあなたに捧げます。僕の名は、『ラーヴィナス』。」
あれ、何これデジャヴ?
と感じる間もなく、ちゅ、と微かな音と共に、手の甲に感じた感触。
「サーナ。僕の番。どうか結婚して下さい。生涯、僕はあなたを愛し続けましょう。」
――え。
これってもしかしなくても、プロポーズですよね?
しかも、夢で何度も見たとはいえ、初対面のイケメン水龍に?
あの、それよりつがいって―――なんですか?
漸く登場しました、水龍ライナス。
ああ、何故こんな残念なイケメンに…。
レイが激しく戸惑っていたのは、彼が180度豹変したからです。
さて、次回龍王vs水龍、ファーストバトルの開始です(笑)