なつなの夢と孤独
「また、スケールの大きな話だなあ……そんな大きな愛情、受け取る身にもなって欲しいよ。」
どこか他人事のように呟く私に、レイはどこか戸惑うような瞳を向けてくる。
そんな彼の身体を抱き直して、私はため息をついた。
「万物全てって、考えても分からないなー。私はただの人間だから、受け取れる愛情だって多くないんだよ。多情じゃないつもりだし。」
「……なつなは、嬉しくないのかい?」
「嬉しい?どうして?」
「万物全てに愛されるということは、世界を思い通りに出来るということだよ。なつなが願えば、彼らはその全ての望みを叶えるだろう。君の敵になる者は全て排除するだろう。だから…」
「それが分からないって言ってるの。私の何を持って、愛される要素があるの?私は日本で普通に暮らしてた、23歳のただの人間です。何に惹かれるのかすら分からないのに…」
そう言ってまたため息を漏らした私に、それを漸く本心からの戸惑いだと受け取ってくれたのか、レイはまるで言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「彼らにとっては、なつながなつなであればそれだけで理由になるんだよ。君が何の力も持たない人間だからこそ、彼らはより庇護欲にかられるんだろう。なつなの魂に、惹きつけられてもいるからね。」
「はあ…なんか理屈じゃないって、きっとこういうことを言うのね。今、唐突に理解したわ。」
「……」
その、諦めの感情が込められた言葉に、レイはどこか不思議そうな瞳で私を真っ直ぐに見た。
「……なつな、聞いてもいいかな?」
「なに?」
「君は、何故そうして全てを受け入れられるんだ?僕に初めて会った時もそうだ。あの神から、自分の半身が人ならざる者だと聞いていたとしても、君は僕を見ても…ある意味では戸惑わなかった。」
「それは…」
「君がいた世界では、龍は想像の産物だろう?初めて見た筈だ。」
「……」
「それに、君の力についてもそうだ。普通はそうして、すぐに受け入れられる筈はないんだ。なつなだって、今言っていただろう。万物全てに愛されるなんて、普通じゃないことだと。なのに、何故君は受け入れられる?」
「……」
「君は……なつなは、何を諦めているんだ?」
どこか確信めいたその問いかけに口をつぐんだ私から、レイは視線を逸らさない。
その瞳を見つめて、暫くののち。
私は細く息を漏らして、近くのソファーへとレイを抱えたまま座り込んだ。
「私ね、いつからだったか分からないけど…夢があったの。」
「…夢?」
「そう。絵本や物語に出てくる、ドラゴンとお姫様。大体どの話でもドラゴンがお姫様を守るんだけど、でも時々…お姫様がドラゴンを護るの。そんな2人の関係が羨ましかった。」
「ドラゴン…」
「ずっと、ドラゴンに何か親近感みたいなものを感じてて。ドラゴンや龍が出てくる絵本や物語を、両親に買ってってせがむくらい、夢中で。いつか、ドラゴンに会ってみたいって…叶う筈もない夢を持つくらいに。何でこんなに惹かれるんだろうって不思議だった。——でもその理由が、今日レイに会って分かったの。」
「……」
「レイが私の半身だったから。だから物語に出てくるドラゴンに…無意識にあなたの面影を見ていたのね。」
そう言ってその背中を撫でると、彼は何も言わずに身を任せてくる。
それに促されて、私は話し続ける。
「私…ずっと自分の環境に違和感を感じてた。」
「違和感…?」
「うん…違和感。優しい両親、口うるさいけど甘やかしてくれる兄さん。友達もいたし、仕事も大変だけど充実してたし…平和な国だった。でも…」
「……」
「心を開けなかった。ずっと、のけ者にされてるみたいで…怖くて、寂しくて、たまらなかった。」
世界に、たった1人きりな気がした。
抱き締めてくれる母の腕。
頬ずりしてくれる父。
どこに行くにも手を繋いでくれた兄。
温かいのに、優しいのに。
戸惑って、どこか緊張して。
愛想笑いしか浮かばない私。
手作りのおやつ。
温かい、いい匂いがするご飯。
美味しいって、感じなかったのはいつからだろう。
一時も休まない心、昼間は周囲の状況に過敏に反応しながら愛想よく過ごすからか、夜は疲れからぐっすり眠れる。
でも、夜中にふと飛び起きる。
それはいつも苦しさと、何かに差し迫られるような焦りと。
飛び起きる度に実感する1人きりの、部屋。
声を殺して泣いた夜は、数えきれないほど。
「いつからか、多くを望まなくなった。私にとっては家族は他人で、甘えようとも思えなかったから…。甘えたくないのに甘えて、関わって欲しくないけど関わらなくちゃいけなくて…。ずっとそんな日々だったから、だからいつからか諦めるようになったのかもしれない。自分の幸せも、我が儘も。叶えて欲しい願いは、絶対に叶わないって知ってたから。」
「なつな…」
「でもね?あの神様に出会って、私はこの世界に生まれる筈だったんだって聞いて…漸く、違和感の理由が分かった。私…きっと知ってたの。私には、レイがいるんだって。」
「…!」
「あなたが傍にいないことが不安で、怖くて…会いたくて会いたくて、きっと戦ってたんだ。レイに会えるように、会いに行けるように…」
私が甘えたい人は。
傍にいたい人は。
あの世界にはいなかったから。
だから、レイに会って。
抱き締めた瞬間、初めて安心出来て。
心から、安らげた。
「だから、レイ…。これからはいっぱい甘やかしてあげるからね。だから私も、甘えさせてね。」
「なつな…」
「こうやって、抱き締めさせてね…」
ぎゅっと抱き寄せてそう言った私に、レイは少しの間身を寄せてくれたけど。
「――僕も、なつなを抱き締めてあげたい。」
「え…」
不意に強く光が瞬く。
腕の中に抱き寄せていたレイの身体が熱を帯びて、反射的に腕を離す。
ふわりと離れていく重さ。
途端に切なくなって、手を伸ばそうとした、瞬間。
1人掛けのソファーごと、包まれる身体。
「レ、イ…?」
私の背を超えそうなほど、大きな身体。
白銀の鱗が、月明かりを受けて、艶やかに煌めく。
包み込まれる翼の感触は、さっきまでと変わらないのに。
「この日を、ずっと待ってた。君のために、大人になれる日を。」
少し、低くなった声。
でもその声は変わらず穏やかで、優しい。
「なつな――僕のお姫様。もう君を1人にはしない。僕だけが君を甘やかしてあげる。」
だから、僕だけに甘えてね。
そう言って微笑んだ彼は――絵本や物語に出てくるドラゴンよりも。
遥かに綺麗で穏やかな、愛しい龍でした。
レイ、大人の階段を登りました!(違う)
なつなちゃんの孤独は、きっと計り知れないと思います。