焦燥感
“……詰まんないなぁ。”
「何がだ?もしかして俺が何の苦労もなく草春を消して3階に着いた事か?」
“そうだよ。可哀相ねー草春。大して活躍してないから出したげたのに、あっさり消されちゃうなんて。”
「ふん。」
噂に聞いていた言葉を忘れる塔とはこんな物か。
大した事はない。
この分なら7階まで辿り着く事は難しくなさそうだ。
“本当にそう思っているなら勘違いも甚だしいわね。まだ2階までをクリアしただけよ?此処からが辛く、元い面白くなる所。ほら、次の相手が来たわよ。”
「面白くなる、ね。それは楽しみだ。次は一体……誰が……。」
……悪趣味な女だ。
同意だ。
我も彼と一戦交えるなどしたくない。
「久しぶりライノセンス。その様子からすれば分かりきった事だが、元気そうだな。」
「おかげさまでな。センマイカ。」
“にひひ。面白くなるのはこれからぁ。優越感、達成感に続いて得る物。それは焦燥感だよ。じゃあスタート!”
スタート!じゃないだろ。
そんな明るく仕切られても返事に困る。
「此処に呼ばれるのはそう、二度目だ。一度目はあの甘ちゃんの更月が来た時だった。」
「……センマイカ、そこを通してくれ。」
「何故?俺はお前と戦う為に……いや違うな。戦わされる為に此処に呼ばれた。なら戦わねばならんだろ。」
「そうなるよなやっぱり。」
さてどうしよう。
俺は俺という存在、ライノセンスがまともにセンマイカと戦えるとは思えない。
本当の仲間だったのだから。
しかしそうも言っていられないだろう。
此処で死んでは元も子もない。
それは分かっている。
だけど……!
「く!」
天井より突き出てきた金の糸を躱す。
柵の術式兵装である“静止線”。
それは、センマイカを大地に引き止める為の物でもあった。
「止めろと言っても止められる訳ないか……!十月九日完全殺人。“最上たる所以の鎌”。静止する魔力の胎動。“月の支配”。」
「中の者を殺す鎌に魔術封じか。やっとその気になったなライノセンス。」
「やりたくはない。だが俺は先に進まなければならないんでな。」
アルマロスは智天使、ヒエラルキーに於て第二位。
つまり“最上たる所以の鎌”でセンマイカを9回斬れば、アルマロスは消える。
たった9回だ。
センマイカがそれで痛みを得る事はない。
割り切れ。
「そうか。それで良い。そういう事なら俺も本気でいけるからな。止めるだけ。ただそれだけで私の欲望。“静止線”。張り付く静止の合一。“私意たる粘性”。」
「……ああ。それで良いんだ。」
“攻撃”星九十脚へ。
一気に加速してセンマイカに迫る。
「単調な攻撃程防ぎにくいと、そうは思わないかライノセンス!」
対するセンマイカは“攻撃”の星など殆ど持っていない。
俺からの単純な逃走は図れない筈。
だからこその“静止線”と“私意たる粘性”なのだが。
左足が地面に付いた瞬間に感じた若干の違和感。
分かっている。
何も考えないまま“月の支配”を地面に投げ付けそれを解除。
速度を緩めずにセンマイカに突進する。
「流石。“私意たる粘性”が掛かった事を一瞬で見抜くと同時に解除とは。だが、これは予測出来たか?」
「予測なんてしなくても防ぐ事は可能だ。」
目の前に現れたのは金の壁だ。
“静止線”が幾重も幾重も幾重も折り重なって出来た金の壁。
しかもそれは徐々にだがこちらに迫って来ている。
……いや、俺からも迫っているからこの表現は少しおかしいのかもしれない。
それはそうとして、早く準備をしなければ危ない。
「“月の支配”4枚。」
“月の支配”は魔術を封じる。
張り付けた対象にその類の物が掛かっていれば、それはたちまち解除される。
しかしそれにも有効範囲という物がある。
札を中心に半径5m程かな。
当然それだけあれば人一人に掛かった魔術を解除するのは簡単だ。
だが今回の場合、魔術は掛けられたというより行使されている。
金の糸が壁として無数に出現して俺を飲み込もうとしている。
半径5mだけ消した所で、残りの糸に囲まれるのが落ちだ。
「なら話は簡単だ。消すのではなく防ぐ。」
しゃがみ込み、自分の周りの床に4枚の“月の支配”を張り付ける。
“魅惑”で隠す必要はない。
金の壁が徐々に迫って来る。
そして壁は俺の下に到着した。
が、到着しただけだった。
方陣に触れた糸はどんどん消滅していく。
俺を覆うべく収束してきた糸もまた然り。
「しかし、大丈夫だと分かっていてもあの圧迫感は嫌な物だ。」
「だろうな。」
「……さてセンマイカ。君の必殺技も訳無く消し去った。此処らで終いにするというのはどうだ。」
「何だその冗談は。ユーモアの神であるお前らしくない詰まらなさだ。刃を交えた物事は、命が散らなきゃ終わらない。ま、俺はもう死んでいるから散るもくそもないんだが。」
それこそ詰まらない冗談だ。
あそこまで強情だと、中の者を消した所で折れてはくれないかもしれない。
だが、一筋でもあるのなら、その希望に縋るのは悪くない。
「ライノセンス。大概甘いなお前も。」
「とても全人類を殺す奴には見えないよな。そんな事は俺が一番よく分かっている。」
「けど、やるんだよな。」
「……ああ。勿論だ。」
“月の支配”を一枚破って方陣を解く。
「“最上たる所以の鎌”。やりたくはないが、決めさせてもらう。」
「来いよ。」
センマイカが言い終わるかどうかのタイミングで一気に詰め寄る。
「“速攻”×2。」
「……。」
5連の斬撃を2回。
計10回センマイカを切り付ける。
これでアルマロスは消えた筈だ。
「……これで中の者は消えた。お前の負け―――」
「主人公になれるくらい甘いよ、お前。」
声にはならなかった。
悲鳴を上げる程の痛みではなかったから。
「ち……!何故だ!」
「此処に呼ばれるのは最高の状態の人間だ。“人間だけ”だ。」
「そういう事か……。」
左腕から血が垂れて床を汚す。
“静止線”が皮膚から飛び出したせいで出来た切り傷からそれは出ている。
1回だろうが10回だろうが関係なかった。
そもそも殺すべき対象がいなかったのだから。
とか、そんな事はどうでもいい。
「……殺す。“栄光の手”ああああああ!」
「それでいい。」
俺は刃を振るう。
人を殺す為に生み出された刃を。
我を忘れながら斬撃を繰り出し、センマイカを血祭りに上げる中、俺は耐え難い程の焦燥感に苛まれた。




