偽物逆臣
「という訳です。私と更月君、紳と爽君のツーマンセルでライノセンス勢の調査に当たる。彼等も……セナリアが入った事でメンバーが全員揃った筈だ。外に出る時は必ずこの組み合わせで出る事。そして金石は出来るだけで良いのでライノセンス勢の財を横取りして下さい。この際倫理性や法律は無視で行きましょう。良いですか皆さん?」
皆真剣な面持ちでそれに対し無言で頷く事で了解を示した。
「よろしい。では解散としましょう。更月君、街に出ますよ。」
「分かりました。」
そして向かった先は第三地区。
第四地区の東に位置する地区だ。
これと言って特筆する事の無い地区ではある。
第四地区の入口である門に面しているという事以外は。
「第四地区は確かにライノセンス勢にとって重要な地区ではあるでしょうが、まさか一日中あんな所にいる訳にはいかないだろう。つまり、何処か他の地区に潜伏している。第四地区への出入りも考えると、第三地区に潜伏していると考えるのが妥当ですね。」
「成る程。だから第三地区に来たんですか。」
「そうです。魔術師が多く住んでいる事も加味すると、他の地区に潜伏しているとは考えにくい。」
確かに。
木を隠すなら森の中。
魔術師を隠すならその住家。
此処なら大きな事件でも起こさない限り見付かる事は無いだろう。
「あ。」
「どうしました?」
「……セナリア、いえ、ベイグラント家はライノセンス勢に協力しているんですよね?あの家に匿っているという可能性は?」
「それなら心配ご無用です。ベイグラント宅に行った際に全ての部屋をチェックさせてもらいましたからね。」
……それ凄く死亡フラグ。
一人で敵に加担している奴の豪邸を調査するなんて危な過ぎるだろ。
「隠し部屋などがあればその限りではないですが、ベイグラント家はあくまでもサブナクの提供が目的ですから。それ以外は鐚一文提供していない。だからあそこにいる可能性は無いと見て良いでしょう。」
「それは分かりましたが、次からは俺でも誰でも良いから一緒に連れていって下さいね。危険ですから。」
「ははは。すみません。っと、あれは何でしょう?」
「あれ?……またか。」
くどい。
非常にくどいが、あれだ。
空を飛ぶ白い物体。
通称紙飛行機。
「やっほー♪」
「おや、毬じゃないですかやっほー。」
「いや真似しなくていいですからジェイカーさん。」
例によって例の如く、大城毬の御登場だ。
白いワンピースをその痩身に纏い、白い鍔広の帽子を被り、黒髪をポニーテールにしフリフリ揺らしながらこちらに歩いて来る。
……ふむ悪くない。
[あれは敵だと言う事をしっかり覚えておけ。]
承知している。
「あれー?涼治、鼻血が出てるよ~。」
「……今日は暑いしチョコとピーナッツを食べ過ぎたからな。」
「チョコとピーナッツは何の根拠にもならないからー♪」
「ぐぬぬ……。」
手の甲で鼻血を拭ってそのままにする。
後で洗わなければ。
「何をしに来たんですか毬。貴女ももうライノセンス勢にちゃんと戻ったのでしょう?」
「うん、そだよー。……妙ちゃんと左宇君はもう行ったから。思い残す事は無いんだー。」
「よく分かりませんがそうですか。それで?」
「ライノセンス達が何処にいるか探してるんでしょ?」
……こちらの行動は筒抜けか。
いや、予想くらいつくか。
もう話も大詰めだしな。
「その通りです。」
「予想通り第三地区にいるよー。ライノセンスは相変わらず理事長室にいるけどねー。」
「な……。毬、あんたの事は変な奴って認識してたが、やっぱり変な奴だな。」
わざわざ敵から答えを教えに来るなんておかしいの一言に尽きる。
「あははー♪そうかもね。」
「……裏切り、という訳ではありませんよね?」
「裏切るも何も、私は面白そうだからライノセンスの方にいるだけでー、別に仲間とかじゃないんだよ?」
落ちてきた紙飛行機をキャッチしながらそんな事を言う。
なんか前にもそんな様な台詞を聞いた気がするな。
[そうか?私はそんな覚えが無いが。]
……勘違いかな。
「ネフィリムとスマタカシは同じ家。草春は一人。私はセニャリアーと一緒よー。」
「せ、セニャリアー?セナリア?」
「そーだよー♪」
「あはは。そうかそうかー♪集約。結合。実現。影に形を。“影の王冠”。」
久しぶりにルビを振りながら“影の王冠”を召喚し、毬の喉元に切っ先を突き立てる。
「……それで、あいつは何処にいる?あんたは何処に住んでいる?早急かつ早急に答えろ。」
「とにかく早く答えろーって訳ねー。そりゃ教えてほしいよねー。“元”仲間だしねー。」
「あんたの間抜けな話し方に付き合っていられる程今の俺は寛容じゃないんだ。」
[ふむ。熱くなっているが冷静でもある。中々良い。]
だろ。
[止めようとしない所を見ると、ジェイカー・リットネスも分かっている様だ。]
だな。
[……熱くなるのは良いが、私の台詞にはちゃんと答えろ。]
だな。
[……。]
「んー教えなーい♪……取り戻したい。」
「ならその綺麗な肌を切り裂くま……で……?」
何だ……?
毬が小声で何か呟いた後、俺の体が動かなくなった。
いや、違う。
「更月君?」
「く……!なん、でだ」
ジェイカーさんが疑問の声を上げるのも、俺が声を荒げるのも当然だ。
俺の体は意思と反して“影の王冠”を毬の首に向けるのを止め、更月涼治という男の首に刃を宛がったからだ。
[……そうか。やれやれ私も気付かないとは情けない。]
何にだ……!
[貴様は大城毬と会う度に“盗みし九十九代の録音”に触れていた。それが答えだ。恐らく既に本への記述は終わっているであろうな。]
何の話かてんで分からないが、これだけは分かる。
俺、結構ピンチ。
「あははー。危ないねー。“影の王冠”切れ味良いよねー。」
「ぐ……!毬、てめえ……!」
クソ!
こんなアホみたいな台詞しか吐けないなんて情けない!
「そこまでです毬。」
「っ。ジェイカーさん……。」
俺が“影の王冠”を毬に向ける代わりに、ジェイカーが“炎の柱”を彼女に向けていた。
「いやー殺さないから~♪まだ早いのよ。」
「お、って危な!」
ふと、俺の腕から力が抜けて“影の王冠”が首から離れた。
「いきなり力を抜けさせるな!危うく首を切りそうになった……。」
「んふふー。前にも言ったでしょ?私達は敵同士だって~♪」
「……そういやそうだったな。」
お互いにニヤリと笑う。
全く、変な関係だ。
「んじゃー頑張って探してねー。探さなくてもまた会う事になるだろうけどね~。」
「はい。ではまた。」
「じゃあな。絶対にあんたらの野望は打ち砕く。」
「はいはーいがんば~♪檻という地獄。縛り付ける魂の悲鳴。“水仙煌めく蘭重の間”。」
毬は空間の術式兵装を使い、消えた。
「何をしに来たのでしょうね彼女は。」
「さあ。あいつのやる事はいつも意味不明ですから。さ、第三地区の捜査を進めましょう。」
その前に手の甲に付いた血を洗わなきゃな。




