血みどろ
「へえ。そんな事があったんですか。」
「はい。私も詳しい事は分かりませんが、ライノセンスと芽部が戦闘を行ったのは事実です。」
食堂で、ジェイカーさんに奢ってもらった食事を摂りつつ話を聞く。
三日程前、理事長室でライノセンスと愛星芽部が戦ったらしい。
おかげでW.W.S第一校舎の最上階にある理事長室は天井に穴が空き、床には焦げ目と大量の血痕が残った。
勝敗は、何とライノセンスの勝利。
監視カメラの映像によれば、愛星芽部は左足を無くし、腹部を切り裂かれ、そして頭を潰されて息絶えた……かの様に見えた。
だが愛星芽部の、死体ではないのかもしれないが、それは忽然と姿を消してしまった。
あの状態で、剰え頭を潰された奴が超スピードで動けるとは思えない。
「恐らくロストルケミスの術式兵装なんだろうけど、私も彼の事についてはそれ程詳しくないのでね。」
「……生きているんですかね。」
「自力で消えたのなら生きているでしょう。今何処にいるかは全く分かりませんが。」
……しかし、こうも容易くW.W.S最強が敗れるとは。
[ふむ。確かに映像を見る限りでは愛星芽部の負けだ。だが、殺られた……いや死んでいないのかもしれんが、その時奴は絶対防御神である“規律に纏いし堅牢なる
装甲”を使っていない。これはあくまでも推論だが、愛星芽部はわざとライノセンスの攻撃を受けた。]
何のためにだ?
[ネビロスとサリエル。どちらもあまり情報が人間界に露呈していない者共だ。彼奴等の術式兵装は、私ですら名前しか知らぬ。愛星芽部がそれらの効力を知らなくて
も当然と言える。だからだ。]
……だからわざと攻撃を受ける事でそれを確かめたって事か。
[推論だがな。]
あいつの性格……まあ大して接していないが、からすると確かにやりそうではあるな。
でも、ロストルケミスだっけか?
そいつがネビロスとサリエルの情報を持っているかもしれないぜ。
[何だ知らんのか。ロストルケミスは―――]
<はぁいはーい。説明はそこまで。>
「は?」
「ん?どうしました更月君?」
「いや、ベリネにコールが……。」
<ジェイクもいるし調度良いわぁ。今からベルサが殺された研究所に来て頂戴。>
<は?いやちょっとま―――>
……通話は切れた。
[やはり生きておったな。]
ああ。
死んでも殺しても煮ても焼いても埋めても死にそうに無い奴だしな。
「更月君?」
「生きていましたよ愛星芽部。……ベルサーチさんが死んだ研究所に来いだそうです。」
「成る程。では早く食べて行きましょう。」
早送り―――
さて、俺達は飯をさっさと食べて研究所の前にいた。
古びた扉は半開きになっている。
中から音が聞こえてくるという事も無く、光が漏れてくるという事も無い。
それは此処が現在使われていない事を示している。
「早く入って来なさいなぁ。待つの飽きたわぁ。」
いや、音ではなく声が聞こえてきた。
「……行きますか。」
「そうだね。」
半開きを全開にして中に入る。
……これは。
[血痕だな。つまり奴は大怪我を負ったまま此処に来たという訳か。やれやれ、化け物染みた奴だ。]
同感だね。
血が垂れている所を見ると、“回復”や“超回復”、“修復”は使っていないんだろう。
考えられない。
「はぁーいジェイク。それに涼治。」
「こんにち―――」
「ん?どうしたんですかジェイ―――」
ジェイカーさんの挨拶が途切れる。
俺の言葉も目の前の“それ”を見て途切れた。
目の前に……言葉にするのも嫌になる状態の人間らしき物が椅子に座っていれば、そりゃ言葉だって途切れるだろう。
「……こんにちは芽部らしき人。ご機嫌麗しく無いようですね。」
「いやぁそんな事もないわよ?結構面白かったからね。」
口らしき穴がもごもごと動き言葉を紡ぐ。
その度にそこから血が垂れて本当にグロテスク。
視界にプロテクトを掛けたい気分だ。
「酷い言われようね。そんなにグロい?」
「鏡があったら囲んでやりたいレベルでグロい。」
無いから出来ないけども。
「芽部、貴女はまさかワレラなのですか?」
「はぁ?冗談よしてよ。あたしはあんな死体もどきじゃないわよ。」
「ですがそれ以外に考えられない。貴女の負っている傷、それはどれ一つ取っても致命傷と呼べる物だ。そんな状態でへらへらと会話出来るのはワレラくらいしかいま
せん。」
ワレラは人間にとっての致命傷を受けても動ける。
痛みは感じるが死ぬ事は無いと。
さすがに頭を飛ばされればその限りではないが、失血死などはしない。
それを踏まえると、愛星芽部がワレラだという事は何気に有り得る。
「だからぁ違うって言ってるでしょうがぁ。まぁ確かに、何回か環を循環はしているけど。」
「“環”?」
「とにかく、あたしは魔術師ではあってもワレラではないの。」
「それについては分かりました。ですが早い所その見た目をどうにかしてくれませんかね。話し合いをするために我々を呼んだのでは?」
「それもそうね。じゃぁ二人共後ろを向いて頂戴。こっち見たら首ちょんぱぁ。」
俺の頭と体は別に険悪な訳ではない。
寧ろ仲が良い方なので、まだ離れ離れにはなりたくないだろう。
という訳で俺は大人しく後ろを向いた。
ジェイカーさんの頭と体もその様で、やれやれといった具合に肩を竦めつつ後ろを向いた。
背後で小さく“わ”という言葉が聞こえた気がした。
「もういいわぁ。こっち向けー。」
後ろを向くとそこには……。
「……何ですかその格好は。」
「んふふ。似合うかしらぁ。」
似合うも何も、芽部は一糸……いや糸より少し幅が広い、言わば紐だな。
三紐くらいで見たら昔の条例に引っ掛かりそうな所だけを隠している。
「良い格好でしょ。発情しちゃうんじゃない?」
「しないから。そんなまな板体形には少し興奮するくらいだから。という訳でさっさとまともな格好をしろ今すぐにだ。」
「致し方ないわねー。」
芽部が指を鳴らすと何故か煙が起こって彼女の姿を隠した。
それも三秒程で収まって、晴れた先には浴衣を纏った芽部がいた。
「……突っ込まないでおきましょう。それで、我々と一体何の話をしようと言うのです?」
「ベルサーチを殺した奴を探してるでしょ。」
「今更貴女が何を知っていようと驚きません。その通りです。」
「そう。あたしはあたしが知らないどうでもいい事以外の全てを知っている。当然ベルサーチを殺した奴の事もね。」
「何だと!」
芽部の言葉を聞くと同時に俺は芽部に詰め寄っていた。
「誰だ一体!答えろ芽部!」
「分かったからぁ。七歩くらい下がって。」
「く……。」
逆らっても仕方ないので後ろに下がる。
冷静になれ冷静に。
「よしよしいい子ね。じゃぁ教えてあげるわ。ベルサーチを殺したのは―――」
「……。」
「……嘘だ。」
芽部から答えを聞き、ベルサーチさんは何も言わず芽部を見つめ、俺は乾いた声しか出せなかった。




