登校再開
……朝だ。
[朝だな。]
……。
平日、只今の時間は午前7時45分。
俺は一応学生だ。
ならば、学校に行かなきゃならないだろう。
[そうだな。どうするのだ今日は。]
……行くよ。
行かなきゃならない。
そろそろ行かないと、セナリアやジェイカーさんに怪しまれるだろ。
[4日の休み程度なら風邪で誤魔化す事も出来るか。]
5日以上ともなると少し難しいからな。
よし、行こう。
手早く準備を済ませて家を出る。
朝飯はコンビニで買って食べる事に……いや、繁華街で食べようか久しぶりに。
あそこにある喫茶店、ウェルダンシングのモーニングはとても美味いんだ。
バターを塗ったトースト、炭火で炙られた自家製の分厚いベーコン、程よい固さの黄身を持つ目玉焼き、外はカリカリ中はほこほこしたハッシュドポテト、野菜が嫌いな
俺でも美味しいと思えるコールスロー、そして外国の有名ブランドから直輸入しているココア。
しかもこれでワンコインだと言うのだから驚きだ。
経営が成り立つのがおかしいレベルで安い。
……うん、俺の乏しい表現力じゃこれ以上説明出来ないが、美味そうだろ?
涎が分泌過多になっているのを感じながら俺は歩を進める。
もう我慢ならない。
早く、一秒でも早くあのモーニングが食べたい。
逸る気持ちを抑えぬままW.W.Sの門を潜ってすぐに左に曲がる。
曲がって500m程進んだ先にあるのが、そうウェルダンシングだ。
扉を開けた瞬間、珈琲の香りが漂ってきた。
「おや、いらっしゃい。久しぶりだね涼治君。」
「どーもですマスター。何時ものモーニングで。」
「はいよ。7分程待ってくれ。」
「はい。」
馴染みのマスターに挨拶してから俺は、指定席であるカウンターの一番隅に座った。
やっぱり此処は落ち着くな。
[ふむ。私も此処の空気は気に入っている。]
あんたに気に入られるなんてよっぽど良い店だよな。
「はいモーニングお待ち。」
「待ってました!」
先ずはココアを一口。
うん、美味い。
ココアの甘さの中にほんのりカカオの苦みを感じる。
苦いのは嫌いだが……だがだがそれが良いのだ!
[テンション高いな。]
仕方ないだろ。
やっとありつけるんだからな。
ベーコンをトーストに乗せて、さあ食べるぞという時にマスターが話し掛けてきた。
「そういえば、昨日はジェイカー君が来たな。」
「え?ジェイカーさんが?」
「うん。何でも君を探していたようなんだが、此処には数日の間来ていないと言ったらローストビーフのサンドイッチを買って帰ったんだ。」
「そうですか……。」
ベリネに入ったメールやコールは全部無視していた。
電源落としても良かったんだけど、そうすると電子マネーしか使えない店に入った時面倒だからな。
ベーコントーストを食べつつメールを整理していく。
凄い一杯来てるな。
[見ようとしなかったから全て未読だな。]
ああ。
どうしたらいいか分からなかったから……ん?
差出人の名前が無いメールだ。
197通の未読メールの中に一通だけ、そんなメールがあった。
迷惑メール……なんてのは既に遺物と化している。
プロテクトが凄まじく厳重になったからな。
だから迷惑メールではないと思うんだけど。
[開いてみれば良かろう。プロテクトを通過したという事はウイルスが含まれている心配は無いだろう。]
確かにそうだな。
意を決して、という程気合いを入れる訳でもなく、俺はそのメールを開いた。
って本文何も書いてないじゃん。
添付ファイルに画像があるだけだ。
何の気無しに画像ファイルをいてみると、それは何処かの風景の画像だった。
……何だこれは。
[……!]
湖が正面にあり、その先には山々が連なっている。
……ん?
湖のほとりに誰かいる。
男みたいだ。
項垂れている。
背中しか見えないから何をしているのか、どんな表情をしているのか分からない。
ただ、良い顔をしているとは思えない。
泣いている様に見える。
なあ、あんたはどう思う?
[……さあな。]
全く、誰がこんなメール寄越しやがったんだか。
ハッシュドポテトの欠片を口に入れて咀嚼嚥下。
「御馳走様でしたマスター。今日も美味しかったです。」
五百円玉をカウンターに置いて席を立つ。
「ありがとよ。また来てくれ。」
「勿論。」
扉を開けて外に出る。
日差しに目を細めるが、嫌な感じはしない。
今の季節に似合う気持ちのいい日差しだ。
[今日は授業を受けるのか?]
どうしようかな。
もう受ける必要無いしなー。
取りあえず校舎に向かうか。
……それにしても、やっぱメールとコールのシカトはダメだったかな。
[一社会人という観点で見れば駄目かもしれん。だが私から言わせれば貴様などまだまだ餓鬼だ。駄々をこねたくなる気持ちがあるのは当然だろう。]
いや別に駄々をこねている訳じゃ……大体あんたから言わせれば世界中の人間は餓鬼だろ。
[確かにそうだな。]
ちょっと気になったんだが、あんたにも子供の頃はあったのか?
[……さてな。貴様は生まれた時に自分の事を子供と認識していたか?]
んな訳ないだろ。
[だろうな。次に1年前の今日、何をしていたか覚えているか?]
1年前って言うと普通の学校に通っていた頃だけど……何をしていたかは覚えていないな。
[つまりそういう事だ。仮に私に子供の頃等という時期が存在していたとしても、私はそれを認識していない。更に、私は1億年前の今日何をしていたかを覚えていない
。認識していれば子供の頃があったかもしれないが、先に挙げた二つの条件がある時点で子供の頃は無かったと考えるべきだろうな。]
ふーん。
ま、悪魔だしな。
子供で生まれて成長するなんて事はないか。
悪魔とどうでもいい話をしている内にC.D.Cの部屋に着いた。
ドアノブに手を掛けるが、その手に力を入れる事を躊躇う。
[さっさと入れ。別に入った瞬間殺されるという訳でもないだろう。]
そりゃそうだが。
仕方ないと、手に力を入れようとした瞬間、ドアノブが動いた。
それは俺がいる反対側、つまり部屋の中のドアノブを誰かが動かした事を意味する。
扉が開く音と、彼の声が殆ど同時にした。
「やあ更月君久しぶり。」
「お、お久しぶりですジェイカーさん。」
扉を開けたのも、声を発したのもジェイカーだった。
「さ、そんな所に立ってないで入ってください。」
「……はい。」
招き入れられるがままに俺は部屋に入る。
中には馴染みの連中が顔を連ねていた。
爽、紳さん、金石、そして……セナリア。
何食わぬ顔で……なんて言うとあれだけど、何時もと同じ様に紅茶を飲んでいる。
「この3日4日程姿を見なかったけどどうしたんです?差し支えなければ教えてほしいんですが。」
「すみません、ちょっと体の調子が悪くて。コールとか無視しちゃって申し訳なかったです。」
「いえいえ。調子が悪かったのなら仕方ありませんよ。登校出来るという事はもう良いんですね?」
「はい。頗る快調です。」
もともと調子が悪かった訳じゃないし。
[精神的には参っていた様だがな。]
それは否定しない。
「それは良かった。そろそろ本格的に動こうと思っていたからね。」
「ライノセンス勢に対して、ですか。」
「そういう事です。芽部にも来てほしい所ですが、彼女は彼女で行動していますからね。今何処にいるかも不明です。」
面倒な奴だな……。
「では行動開始に向けて会議を始めましょう。」




