vsウィールハート
「はあ……はあ……はあ……。」
「ぐ……。よく、やった。俺に、げほっ。負ける様では面白くない……。」
センマイカの腹を貫いているのは俺の腕。
この世で最硬度を誇る悪魔の鎧を纏ったそれだ。
“攻撃”星百。
無理矢理引き出したそれで殴った結果がこれだ。
貫く気なんてなかったのに。
こんな……惨たらしい殺し方なんてしたくなかったのに。
「ふ、くくく。君は相変わらずだな。」
「……え?」
「勝ったのは更月涼治。死ぬのはセンマイカ。だと言うのに、君は……まるで嬉しそうな顔をしない。それでは敗者に対して失礼だとは思わないのか?」
「……勝ち誇れって言うのか。人を殺しておいて喜べって言うのかよあんたは!」
「ふん。殺し合いとは常にそういう物だ。全く、そんな甘さではライノセンスには勝てないぞ。」
「喧しい……!」
「……さっさと腕を引き抜け。そして次に行け。」
「……。」
「……そういう事か。」
「何がだ。」
「誰が言った言葉だったか。誰かを、殺しておいてのうのうと生きていられ……く。生きていられると思うな。つまり、君は死ぬのが怖いんだ。ドルイトス、そして俺。君は既に二人を……二回ずつ殺している。四回の殺しを君は犯した。」
「煩い……。」
「……くくく。のうのうと生きていられると思うなよ更月涼治。」
「あ……。馬鹿野郎……!」
腕は引き抜かれた。
過去同様、“静止線”を使って。
血は噴き出さないが、代わりにセンマイカの体が消えた。
左腕にも血は付いていない。
“防具”を解いてその場にへたり込む。
「死ぬのが怖い……。」
[死は恐れる物ではない。]
「え……。」
[死などは常に隣にある物だ。そしてそれが牙を剥くのは死ぬ一時のみ。それまでは、死は寧ろ貴様を守る物なのだ。]
「守る、物。」
[その一時以外では牙を剥かない。それまでは死なない。]
「だから守る物なのか。」
[その通りだ。]
……しかしだとしてもいつか訪れる一時は確かにある訳で。
認める。
俺は死が怖い。
死にたくないんだ。
[自らが生きる道は、自らを死に堕とそうとする者を殺す事だが、その実、誰かを殺す事は自らが殺される機会を増やす事になる。正しくジレンマだ。]
相手だって当然死にたくないから、必然その闘争は苛烈を極める。
痛い、苦しい、辛い。
なんで俺達は、こんな不自然な事をしなくちゃならないんだ……。
[……涼治。]
「……ひっく。初めて、だな。あんたが俺、を。名前で呼ぶなんて。でも違うんだぜ。俺は嬉しくてこんな状態になってるんじゃ、ない。」
自然と涙が零れてきた。
虚しい。
泣くのなんて何時以来だろう。
そんな感情何処かに捨ててきた筈なのに。
[……誰が言った言葉だったか。“喜怒哀楽の一つでも欠けたらそいつはもう人間じゃない”。所詮人間は感情の生き物だ。それを切り捨てて生きていくなど不可能。貴様は人間なのだ。喜んで、怒って、哀しんで、そして楽しむ。そうして最後は楽になるものだ。それでいい。お前は、泣いていいんだ。]
「ぐす……。ははは。あんたに優しい言葉を掛けられるのも初めてかもしれないな。」
[そんな事はない。私は慈愛の象徴として崇拝されている。]
あんたの冗談を聞くのも初めてかも。
「……よし。」
涙を拭いて立ち上がる。
泣いていたってしょうがない。
泣いてもいいけどそれは立ち止まってもいいって事じゃないからな。
[分かっているではないか。ならば進め。このふざけた空間から早く脱しろ。]
了解。
“んー……。”
「なんだ愛星芽部。不満げな声だぜ。」
“カロス・バベルの通称って『言葉を忘れる塔』なのよ。”
「バベルなんて名を冠してりゃ俺だってそれくらい分かる。」
“なんで言葉を忘れるかって言うと、その人のトラウマを抉って、更に戦わせる事で心神喪失させるからなのよ。大抵の奴は2、3階でボロボロになって4階で終わるの。”
「……確かにボロボロになりかけた。だけど、俺には信頼出来る友人がいる。誰より近くにな。だから俺は負けない。トラウマにも、誰にもな。」
“そっかぁ。それは面白くないねー。ん……そうでもないかも。”
「は?」
“ちょっとばかし決心するのが遅かったぁって話。”
[上だ。]
上……!
悪魔に言われ上を見た瞬間、床をぶち抜く音と共に何かが落ちてきた。
「ち……!」
間一髪、瓦礫と何かを避ける。
「何だ一体!」
「ん?おお、何時か会った餓鬼じゃねえか。」
「は?」
目の前に立っているのは男。
大体20歳くらいだろうか。
どうやら相手は俺に見覚えがあるらしいが、生憎こちらには無い。
[……いや知っているぞ。]
そうなのか?
[ああ。この気配は知っている。ジェイカー・リットネスが殺した赤、ウィールハートとか言う奴だ。]
「え。ウィールハート?」
「あれ?俺の名前知ってんだな。」
「ウィールハートって……。いやいや、あんたはなんか丸い塊だったろうが。」
「あ?ジェイクに聞いてねえのか。……ま、いいけどよ。」
「……っ!?」
左腕を鋭い刃が掠った。
気付くのがあと少し遅かったら、今頃俺の腕は瓦礫同然になっていたな。
「説明なんてんなめんでー事はしねえぜ?知りたきゃジェイクに聞くんだな。尤も、あいつも話したがらないとは思うが。」
「その腕……。確かにウィールハートらしいな。」
男の左腕が鋭く、そしてどす黒い赤の刃になっている。
あれは、俺がこいつと会った時に見たそれと同じだ……!?
「いっつ!……なんだ?」
左腕が痛い。
[不味いな。奴の体は腐っている。いや、何故かは知らんが今は腐っていない様だが、腐らせる力は健在の様だ。]
左腕を見てみると……あー畜生。
傷口がどんどん広がっている。
これは痛くて当然、だな。
[痛いかもしれんが、取りあえず傷口周辺の肉を抉れ。]
……マジで言ってんのそれ?
[当たり前だ。このまま放置すれば骨まで壊死しかねんぞ。]
「く……ええい止むなし!集約、結合、実現。影に形を。“影の王冠”。」
「ほおー。」
“影の王冠”を召喚し、更に“影の手”を出す。
“影の王冠”で直接となると難しいからな……!
“影の手”で肉を削いでいく。
早く気付いてよかった。
これなら薄皮の下1mmくらい抉れば十分だからな。
「中々男らしいじゃねえか。気に入ったぜ更月涼治。前に戦った時より強えみたいだし、なんだわりかし楽しめそうじゃねえか。こんな所に呼び出された時はどうしたもんかと思ったがな。」
「ふん。よく喋る野郎だ。」
“回復”星五十。
今俺が使える“回復”の最大値を傷口に掛ける。
“回復”は補填は出来ない。
ただ傷口を癒すだけ、つまりは傷口を塞ぐだけ。
削いでしまった肉はまた後でなんとかするとしよう。
この空間から出れば治るのかもしれないけど。
取りあえず出血は止まったし今はこれで十分だ。
「準備はいいな?ならいくぜ。」
「……遅いよあんた。」
「はあ?って、おいおい。」
“影の王冠”とは影その物。
これを使う事に慣れた俺は、一段階上の使い方を覚えた。
ま、影に“影の王冠”を潜ませるってだけのもんなんだけど。
“影の手”をウィールハートの影に潜ませておき、そして出現させた。
突如現れたそれにウィールハートは反応出来ず“影の手”に捕らえられたという訳さ。
「対峙して敵意を発している時点で勝負は始まってんだ。油断したあんたが全面的に悪い。」
「は。確かに確かに。俺が悪いな。……あひゃひゃはぁはははは!だから何だってんだ?お前が有利になるのか?そりゃ馬鹿げてるぜ。」
「強がってんじゃねえよ。あんたの体を“影の手”で切り裂く事だって出来るんだ。」
「そうだったか?忘れたなそんな糞みたいな事は。」
「そうかよ。なら痛感しろ。小さな事にこそ重大な真理が隠されているって事をな!」
“影の手”に一気に力を掛ける。
当然縛り上げる中心に収束する様に。
ボンレスハムみたく縛られていたウィールハートは、慈悲も得ぬまま輪切りにされる筈だった。
そう、筈だった。
「……おいおい。なんで切れない。」
「は!はははははぁああぁはははは!お前こそ、小さいのに分かりやすい大きな真理を見逃してんじゃねえか。馬鹿かお前!あははははぁぁぁああ!」
「何だと……!」
一々カンに障る野郎だ。
[どうやら完全な人型になっているのと関係がありそうだな。]
人型ね……。
「さすがに分かっただろうが、俺は完全に人だった頃の形を取り戻している。加えてウィールハートとしての体。それらのおかげで今の俺は完璧でアルティメットでイモレテルでインフィニートなんだよ!あひゃははははは!」
「ち。何が完璧で究極で不滅で無限大だ。馬鹿はあんただ。人間に戻ったのなら殺せるじゃないか。」
「は。何にも聞いてねえなてめえ。人の話はちゃんと聞けよボケが。ウィールハートとしての体も持ってるつってんだろうがよ!」
「な、クソ!」
“影の手”がいとも容易く破られる。
「はっはっはぁ!そらいくぞぉぉぉぉおおお!」
「く……!」
右から来る斬撃を“影の王冠”でふせ―――
「げ、ない!?」
鉄と鉄がぶつかり合う激しい音。
そして散る火花の閃光の刹那。
俺は吹っ飛んだ。
「あが……ぐ!」
そのまま壁に激突した。
更に言えば、俺の体は減り込んだ。
「……やれ、やれだ。バトル物で壁に減り込むってのは、よくある事だけど……。これ相当痛え、げっ!ごぼ!」
吐血……?
いやいや、これもよくある事だけど……。
口の中が切れた訳じゃない。
完璧に血を吐き出した。
[大方背骨が折れたかで、それが内蔵を傷付けたんだろう。]
冷静だな。
[未だに咄嗟の“防御”が出来ぬとは。情けない。]
確か、に。
「ぐ……ううう!」
左手と両足を使って何とか壁から脱出する。
背中が非常に痛い。
「っ……。ま、待っててくれるなんて優しいな。」
「なに、刃を研いでいただけだ。さて、俺は医療について詳しくねえが、どっかの骨が折れたろ?動けるって事は脊髄損傷とかじゃねえんだろうけど。」
「さあね。」
息を吸うのが痛い。
つまり傷付けられたのは肺か。
肺に傷が付いて吐血するのかは知らないから、もしかすると他の部位も傷付いているのかも。
背中ぶつけて肋骨って折れるのか?
[私が知るはずないだろう。医療に精通していないのでな。]
「余裕がねえのは確かみたいだな。ち、詰まんねえ野郎だ。」
「……はあ?何なんだよいきなり。」
「あの程度の攻撃でそんなんじゃ詰まんねえって言ってんだ。」
「嘗めてん、じゃ……ねえよ!」
“攻撃”星五十全て脚へ。
背中の痛みに耐えつつウィールハートに突進する。
「はああああ、く……。」
「だーかーらー詰まんねえっつってんだろうがああああああ!」
「な!?うわああああああ!」
加速を超えられた。
“攻撃”星五十の速さを上回ってウィールハートはおれの後ろに回り込んだ。
そして痛む背中を蹴り飛ばされた。
かなりの勢いで飛ばされ、壁に激突した。
次は前からとはね……。
痛む体を押してなんとか立ち上がる。
左腕をぶらぶらさせながら。
「あーあーあー。左腕まで逝っちまったか。こりゃますます糞だな。」
「喧しい……。」
壁に激突する瞬間、手をクロスして体を守ったのが仇になった。
「ったく、なんたってここの、壁はこんなに厚いんだよ……。」
「うーん。ジェイクとタメ張れるくらい強えと思ってたが、どうやら見込み違いだったみてえだな。」
「……あの人と、比べるな。」
どうする。
どうすればいいんだ一体。
[奴の硬さを突破するには一点集中が肝心だろう。更に、脆い箇所を突くのも肝要だ。いくら硬いとは言っても脆い部分はある筈だからな。]
簡単に言うな。
それをどうやって見抜くって言うんだ。
[私の目を使えば或いは可能だろう。]
……成る程その手があったか。
「準備出来たか?」
「あんたと対峙した時点で出来ている。余計なお世話は止めろ。」
「そうかい。なら遠慮しない。」
「く……!」
ウィールハートが突っ込んできた。
この表現の仕方もいい加減有り体過ぎて詰まらないが許してくれ。
俺の目の前に来た瞬間飛び上がり、そのまま上から斬撃を繰り出してくる。
両手の刃でX字斬り。
“影の王冠”で防ぐが、その重い攻撃の前では片腕を使用しての防御なんて無いに等しかった。
「はっはっはぁああああ!軽い防御だなぁぁぁぁあああ!」
「がは!」
なーんて間抜けな声を上げちまったが、仕方ないだろ。
脚を刃に換えたウィールハートが蹴ってきたんだから。
おかげで俺の腹には深い切り傷が付けられた。
「まだまだまだまだまだあああああ!」
「う……あ……!」
両手をモーニングスターよろしくトゲ付きの球体に換えてボディーブローを何度も極めてくる。
切り傷はどんどん広がり、何度も刺さるトゲがそれを手伝う。
「おらああああ吹っ飛べぼんくらあああああ!」
「うああああ!」
左の頭に上段回し蹴りを極められた直後に、その回転の慣性を残したままの右脚で左脇腹を蹴り飛ばされる。
そして俺はまた吹き飛んだ。
右半身を地面と同化するんじゃないかと言う程擦りつつ、廊下を滑っていく。
終点の壁までは行かず途中で止まるが、それでも十分過ぎるダメージはくらった。
「く……そ。う!おえっ……。」
ばしゃばしゃと俺の口から血が混じった吐瀉物が流れ落ちる。
「いた……い。」
腹の傷は最早致命傷と言っていい程広がっている。
満遍なく、そして深く。
既に内臓まで壊死し始めているのか、体の奥底が有り得ない痛みに襲われている。
「……。」
「死んじまったか?ま、それでも仕方ないレベルの傷だわなそりゃ。腸が腹から飛び出して汚ねえったらありゃしねえ。こりゃ笑う気にもなんねえぜ。」
「な……ら、口を、ごぼっ!とじ……ろ。」
「あー?なんだ生きてんじゃねえか。ったく、愛星とか言う奴も酷な事するな。こいつが俺に勝てる訳ねえってのに。」
「やってみなくちゃ分かんねえだろ!っつ……!」
「あーあー声を張り上げんなよ。腹が裂けてんだから。つーかよ、なんでまだ生きてんのお前。それ普通に死ぬレベルだろうが。」
「そこらの奴とは……気合いが、違うんだよ。」
立ち上がるだけの気力は最早残っていないけど。
……段々、体が冷たくなってきた気がする。
[奴の言う通り、そして貴様が考える通り致命傷だからな。]
は……冷てえ野郎だなあんたは。
[この空間は言わば仮装現実。これが解かれれば貴様の体も元に戻る可能性が高いから冷静なだけだ。]
ああ、そうかい。
でもよ……今此処で、息……絶えたら、どうなるんだ。
[それは分からぬ。]
そうか……。
「ふん。どうだ更月涼治、負けを認めるか?」
「……くや、しいげど……。あんたの勝ち、だよ。生殺与奪が相手に移っちまった……以上、俺に勝ち目は無い。」
「は。良い考え方だ。そういう考え方が出来る奴は引き際も弁えているってもんだ。良かったな。お前、長生きするぜ。」
ウィールハートの言葉は最後まで俺に届く事は無かった。
俺の意識は……途絶えた。




