第四地区-赤と白-
「っと。」
「ウアアアアァァアァア!」
ブンブンと振るわれる、体を変化させ作られた刃を軽々躱す。
大した事はない。
爽君の太刀筋に比べればこんな物は子供の戯れ事レベルだ。
更月君にすら劣る……いや、この言い方は彼に失礼ですね。
今の更月君なら、ウィールハートを一閃の下に伏すなど造作もないでしょう。
殺すだけなら、ですが。
いや、殺すというのは語弊がある。
切り捨てるだけなら簡単、ですね。
奴を殺せるのはネクローシスである私だけだ。
「降り注ぐ契約の対価。“契約の天使”。」
「ア!?ガアウアアアア!」
火の矢が赤に突き刺さり、その体を灰にすべく燃やしていく。
「痛みは無いだろ?だってお前は……既に人じゃない。」
そして、罪悪感だって無いんだ。
「ウ……ガア……。」
ウィールハートは燃えカスになった。
人ならば途中で絶命していたであろう火を受け切り、燃えカスになって尚奴は生きている。
「当然“契約の天使”で殺せるなどという甘い考えは持っていません。しかし良い機会だ。全ての矢を試させてもらいましょう。まず水。」
キラキラと、光とも電気とも違う光を放ちながら、ゆっくりと矢が降りて来てウィールハートの残骸に突き刺さった。
「ウガアアアァァア……ア?」
「水は癒し。水の矢が刺さった者はあらゆる傷の修復を施される。お前の直りが遅かったので勝手に直させてもらった。」
「……アエウアアァァア!」
回復したウィールハートが再び体を剣とし、こちらに突っ込んで来る。
「全く、意志疎通出来ないというのは厄介ですね。そこは“ありがとう”なり“余計なお世話だ”なり言う所でしょう?ま、それも有りがち過ぎて大概ですが。重力。」
続いて降りるは重力の矢。
どす黒い光を放ち、重力で後押しされた矢が水の矢のスピードとは桁違いの速さで降り、ウィールハートの頭部……人間なら頭があるであろうそこに突き刺さった。
「ウウエウア!」
それと同時にウィールハートの体は煎餅になり地面に張り付いた。
「赤い煎餅ですか……激辛と言った所ですかね。あまりそそりません。」
「アアエアァァアアァァア!」
「安心しろ。その重みは矢が消えれば自ずと無くなる。あと2秒の辛抱だ。はい終わり。」
矢が音も無く消え、そこには地面に突っ伏すウィールハートだけが残った。
「ウウ……アウエアイゥゥゥアァァア!」
「次、電気。」
「アグアガアアアァァアァァア!!!」
電気の矢は、光の矢程ではないが、かなりの速度でウィールハートに突き刺さった。
電気の矢は破壊。
刺さった部位に電気が流れ、そこから更に電気が派生し周囲の組織をぶち壊す。
「ア……ガガガ……。」
「言うなれば、神経に過剰な電気が流れ暴走、そして組織が耐え切れず破壊される、と言った所ですね。今の貴方は痛みを感じないだろうが、痛覚のある人間がこれをくらえば一撃で廃人と化すでしょう。」
「く……ぐううう……!」
ウィールハートは体を煎餅から元の形に戻そうとしているが、どうも上手くいかないらしい。
……何故だ。
それはどう考えてもおかしいだろ。
恐らく電気が邪魔をしているんだろうが、それではおかし過ぎる。
ウィールハートの回復は、電気信号を用いる物ではない。
よくは知りませんが、不死身の肉体を持つ者の中には、奇跡の様な回復を主とする者と、まだ現実的な方法で回復する者がいる。
ウィールハートは前者。
自動修復が出来るのは当然で、更に自らの意志で修復を制御する事も出来る。
さながら、形を自由に変えて継続出来る形状記憶合金の様に。
対して後者は主に電気パルスによる回復をする者だ。
普段より多い電気信号を送る事により細胞を活性化、欠損部位に元の形を取り戻させるという物だ。
確かにどちらも人間離れした所業だと言えるが、やはり後者は現実的だろう。
ウィールハートは確かに刃を作ったり、形状記憶合金に例えたりしたが、その体は鉄という訳ではない。
そして現実的でもない。
だとするなら何故……。
[危ないよ。]
え?
「ううううあああぁあぁあぁ!」
「っ!?」
体がまだ完全に直っていない状態のウィールハートが突進してきた。
完全に油断していた私は地面に押し倒され、ウィールハートは馬乗りになる。
つんと……?
……そういえば。
これもおかしい。
私は、いや考えてもいませんでしたが、鼻があの死体のせいで慣れたと思っていた。
だが違う。
これだけ近くにいればいくら何でも―――
「ぐ!?は……!」
「あああぁあぁあぁ!」
腹を殴られた。
馬乗りになっているのに腹を殴るなんて辻褄が合わないと思うかもしれませんが、忘れてもらっては困る。
ウィールハートに、腕脚頭などという概念は無い。
あるのは体だけで、腕はどこにでも出せる。
所謂ワンインチパンチ、ほぼ零距離からの打撃。
だと言うのにこの威力。
体の中で既に加速していたのだろう。
便利な体だが……。
「ああ!うああぁあ!ああああ!……あ?」
「……忘れたかウィールハート。魔術師には“防御”がある。その程度の打撃は虫に刺されるより軽い。そして、いい加減私の上から退け!人ならざる血。人ならざる力。人ならざる姿。降り立つ白よ紅に染まれ。“神の代理人”。」
「ぐうあ!?」
殴られるタイミングに合わせて“神の代理人”を召喚する。
切れそうな鎧に放たれた打撃、打撃を放った拳紛い。
拳は切られた。
驚いたウィールハートに“攻撃”星五十を掛けた右張り手をお見舞いしてやる。
殴ると体に腕が突き刺さりそうですからね。
体の左側に痛々しい痕を付けながらウィールハートは吹っ飛び、私は立ち上がった。
「ぐ……が……。」
「……。」
よく考えればこいつの挙動はさっきからおかしい。
正に挙動不審。
ウィールハートに痛覚は無い。
奴が傷付けられた時にあげるのは悲鳴じゃない、怒号だ。
よくも俺の体をぶった切りやがったな、と。
怒り、吠え、そして哭く。
それは人間でもそうだろう。
傷付けられれば、悲しむ前に怒る。
人間の本質など、所詮は衝動的なのだから。
「……ウィールハート。お前まさか―――」
「ふ……ぐぐぐぐ。あははははははは!」
ウィールハートが初めて“あ”“い”“う”“え”“お”“が”“ぐ”以外の言葉を口にした。
「やはり……。お前は、脳を取り戻している。」
そして……人間性も。




