理事長
さて、時は経ち、俺と毬はC.D.Cの部屋に到着した。
「はあ?なんたって孤立狼で脳電使いの大城毬20歳身長169,8cm体重53,3kg適正審査950操悪魔『ヘベルメス』座天使『サンダルフォン』主天使『ヘルエムメレク』と同化しているもう一度言うが孤立狼で脳電使い、大城毬が涼治、お前と一緒に此処に来たんだ。」
と、部屋に入った瞬間長ったらしい説明を聞かされた。
「他人紹介ご苦労さん。何でそんなに詳しいんだよ。」
「孤立狼の情報は、全てこのカンニングペーパーに書いてある。」
空で言った訳じゃないのかよ。
「わーストーカーだー。」
そう考えるのが当然だし、そう思われても仕方ない。
さて、この通り……ってこれじゃ分からないな。
爽の表情から推察するに、毬の事を歓迎はしていないだろう。
ま、当然と言えば当然だな。
他の連中はっと。
セナリアはまるで関心が無いのか、こちらをちらと見て“あらお帰りなさい涼治。何かお菓子でも買ったの?”と言ったきりこっちを見向きもせず紅茶を飲んでいる。
確かにおまけで付いてきたんだけど、お菓子って。
俺が得たのは単に紙飛行機だけだ。
次にジェイカーさんは、失笑気味に俺達のやり取りを見ている。
金石は相変わらず林檎……じゃなくてあれはトマトか?
トマトの皮とか剥く必要性皆無だろ……。
ま、それらは置いといて、肝心の紳さんはどうだ。
あの孤立狼狩りに熱心な信教徒は……ってあれ?
睨むとでもしそうだなと思っていたが、いつもと同じだなどっからどう見ても。
「私が毬さんに牙を剥かないのが不思議ですか涼治君?」
得心いかない様子の俺に、紳さんは話し掛けてくれた。
「へ?あ、いや、まあそうですね。孤立狼狩りを生業にする貴方が、孤立狼を前にしてやけに余裕だなと。そう思ったんです。」
「私は常にこうあると自分では思っていますがね。実を言うと、毬さんとは不可侵条約の様な物を結んでいるんです。彼女は基本的に善人や、そうでなくても一般人を無闇矢鱈に殺したりしませんから。やっても“遊ぶ”までです。ならば看過してもなんら問題ない。」
遊ぶって。
何をどう遊ぶんだよ。
「私と紳君は仲良しなんだよー。」
「はいその通りです。」
ニコニコと笑い合う二人。
……笑ってるんだけど、なんだろうなこれは。
和やかな雰囲気では決してない。
寧ろ冷たく、触れれば切れそうな雰囲気を纏っている、とでも言おうか。
結局の所何が言いたいのかといえば、これは俺の考えすぎ、杞憂なのかもしれないが、何かこの二人の間には他人では絶対に解決する事が出来ない深い確執があるのではないだろうかと、これが言いたかったんだ。
当然その真偽は定かではないし、だからといって言及していい物でもないだろう。
ここは一つ大人の対応。
都会の無関心を決め込もう。
[都会の大人達はかなりの無関心、というより関心を最早持っておらぬか。江戸の頃の義理人情は一体何処に行ってしまったのでござる。]
……俺はお前のキャラ設定が何処に行っちまったのかが心配だよ。
もう関心津々だよ。
「おほん。」
とジェイカーさんから咳ばらいが一つ。
「話も、完全に纏まってはいませんが、取りあえず一段落付いた所で、そろそろ理事長室に向かいましょうか。」
言いながら扉を開けてジェイカーさんは外、元い廊下に出た。
それに続き皆も部屋から出ていく。
最後に残った俺の手に自分の手を絡ませた毬も。
「お前は本当に一体何なんだ。」
「いいじゃなーい。スキンシップスキンシップー♪」
スキップしながら皆の後を追い掛ける毬に若干引っ張られながら、俺も背中を追い掛ける。
と、そこで今更ながら、今更ながらに聞くべき疑問が頭に生じた。
「あのジェイカーさん。」
「はい何ですか?」
ジェイカーさんは律儀にも止まり、俺の隣に来て歩を共にする。
「今更何ですけど、なんで理事長に呼ばれたんですか?今まで我関せずだった人が、なんでいきなり干渉を?」
「その物言いだとまるで理事長を疑っている様だね。」
はははと笑いながら言われ、確かにそうだと俺も思わされた。
「何、大した事じゃないよ。何でも理事長が代わったらしくてね、その人は前の理事長に比べて好奇心が大きいらしく、我々C.D.Cの面々に会いたいとおっしゃられたらしいんだ。」
「いや、いやいやいやいや!大した事ですよね理事長交代って!」
理事長の交代を知らされない学校って一体なんなんだ!
[学校全体無関心の塊という訳だな。嘆かわしいというか何というか。]
「君はW.W.S一年目だから驚くのも無理ないね。この学校の理事長はぽんぽん代わるんだ。その度通知なんて、言ってはなんだけど面倒だ。それに、そんな事をしなくても、それなりに力を持つ者、またはそれなりに情報収集能力を持つ者なら簡単に知る。何故ならW.W.Sの理事長はイコールでこの世に於ける魔術師の中で最強なんですからね。」
「いやいやいやいや。なんですからねって!またさらっと凄い事口にしてますよねジェイカーさん!」
[最強と言われては会わぬ訳にはいかん。私はこれでも名を冠す者の中で最強と謳われているのだからな。]
これでもとか言うのもお前には合わないぞ。
「一般人にとってはどうでもいい事ですから知らなくて当然でしょう。」
「いやまあそうなんでしょうけど……。“最強”ですか。なんか胡散臭い感じはしますね。」
「そうですね。しかし強いのは確かでしょう。前理事長を倒すか殺すかしている筈ですから。」
「物騒な話ですね。……ってちょっと待ってください。」
理事長とはつまり学生にとって模範となる存在、だと思う。
本当なら学長とか教頭とかがそうで、理事長ともなると寧ろ象徴的な物に過ぎないかもしれないな。
いやでも何にしても、学生にとって重要な存在である事には相違ない筈だ。
ならば、強さだけではなく、当然人間性も重視されるべきだろう。
「力だけで決まるんですか理事長って。」
「人間性、社会性、協調性。およそ人間社会で生きる上で此の上なく重要なそれらは、いやはや、魔術師の世界ではまるで重要視されない。それは力を持つ者が生きる世界では当然の事なのですよ更月君。」
「それってかなり不味い事ですよね……?理事長に勝てば理事長になれる。そんなのはモンスターな親でなくても口出ししたくなりますよ。」
「ま、そうだね。常識で言えば当然でしょう。ですが更月君。今更ですが、魔術師と人間を同列で考えるのは愚行です。愚考なんですよ更月君。わざわざ乖離した我々と、普通を貫く者達を同列にしてはいけない。そんな考え方をしていては生きていけませんよ。」
「……。」
確かにそうかもな。
俺は、人間、普通を貫く者達の中で18年程生きてきた。
ならばやはり、この世界の考え方を受け入れるのはまだ無理なんだろう。
けれど納得するしかないんだな。
[無理に納得する必要はない。世界に埋もれたとしても、独自性は尊重されるべきだ。というより寧ろ私はこの世界の考え方を否定したい。受け入れたくなどない。]
……なんで。
[力こそ全て、などと言っていては野生と変わらぬ。原始と変わらぬ。人間が人間として生きていく上で、その考え方は愚行だ。愚考なのだ。だから貴様は、納得なんてしなくていい。]
でも俺は魔術師で……。
「さ、着きましたよ更月君。」
「え?っと……。」
考えと悪魔との話に深く入り過ぎて、俺の目の前に扉があったのに気付かなかった。
「此処が理事長室ね~。案外簡素でがっかりだなー。」
未だに俺の手を掴んでいた毬が正直な感想を漏らした。
「扉は、かもしれませんよ。私も理事長室には入った事がありませんから分からないですけどね。」
ドアノブに手を掛けるジェイカーさん。
……一体どんな奴が居るんだ中に。
心の準備もままならないまま、ジェイカーは扉を開いた。
「ハーイジェイカー・リットネース。」
「……私の名前はジェイカー・リットネスです。勝手に間延びさせないで頂きたいですね理事長。」
中に居たのは銀髪を頭の後ろで縛った男だった。
見た目は少し幼い青年という感じだが……これが理事長?
[うむ。やけに若い理事長だな。]
こういう魔術の学校の理事長ってのは、白い髭を蓄えて、長い白髪の爺さんだっていう先入観があるよな。
[髭や髪は知らんが確かに老人がやっているというイメージはある。それはさておき、奴にはジェイカー・リットネスが言った通り、W.W.Sのの理事長を語るだけの力はある。]
確かに強そうだ。
「そっちは更月涼治とセナリア・ベイグラント、それに、ははは、毬までいたか。最近見ないと思っていたが、C.D.Cの連中と組んでいたとはな。」
「悪いー?」
「いーや悪くない。別にお前を強制したい訳ではないからな。」
文字通りというか何というか、手を組んでいるな俺と。
「毬、あいつ……いや、理事長と知り合いなのか?」
やり取りからすりゃそうなんだろうけど。
「知り合いだよ~。だってー、この人がライノセンスだもーん。」




