やーやーやー
にしてもW.W.Sって変な学校だよな。
理事長の顔が知られていないなんて。
[それなりの力の持ち主なのだろう。大方、誰かに狙われるのを恐れて、若しくは面倒に思って身を隠しているのだろう。]
ふーん。
色々と大変そうだな、とか考えながら空を仰ぐ。
何でこんな事をこのタイミングでしたかは知らないが、いずれにしても俺はこの時点で捕まっていたんだろう。
俺の目に、空をふらふらと行く白い物体が映った。
「ん?なんだあれ、ってげ!」
[なんだ気色の悪い声を……ああ。]
やばい。やばいやばいやばい。
逃げよう。何処に?
隠れよう。何処に?
何しよう。分からない。
悩んでいる間に、どうやらやばい者は接近していたらしい。
「やーやーやー♪りょーうじ君♪」
「ぐ……。」
あたふたしている俺の肩に、掛けられる声と、ぽんと叩く手が一つ。
その手は女らしく白く、細く、それでいて白過ぎず細過ぎず。
つまり美しい手だった。
「美しい手だなんていやーん♪恥ずかしいよー。」
「え?俺口に出してた……?」
恥ずかし過ぎる……。
いや、いやいやいや。
こんな事してる場合じゃない。
さっさとこの場を抜け出さなければ。
「じゃ、俺急いでるんでこれでさよな―――」
「んっふっふー。“脳電”。」
ピリリと刺激。
……ふざけるなよこいつ。
「可愛く“脳電”なんて言ったって免罪符にはなんねえぞ!さっさと解除しろ!」
「可愛いだなんていやーん。」
「なんで棒読みになった……。」
「だって~当たり前の事に過剰に反応したって仕方ないじゃない。」
「そりゃ確かにそうだが。」
確かにそうだし、加えて言えば可愛いと発したのは俺だ。
あまり文句を言えない。
「……何しに来たんだ。」
だから代わりに、こちらも当然の問いを発した。
「散歩だよー。」
「散歩だあ?にっくきライノセンス勢の一員であるお前が、何でこんなW.W.Sの近くを我が物顔で散歩してんだよ。」
「そんな邪険にしないでよー。私泣いちゃうよ~。」
ヘラヘラしながら言われてもな……。
「目的は?」
「言わないよー。」
「ふん。つまり目的があるんだな。」
「……あー!嵌められた~!」
馬鹿め。
俺を相手にしたのが貴様の運の尽きだぜ。
「くー、年下の癖に生意気な!」
「生憎、俺の辞書に“年功序列”という言葉は無くてな。」
尊敬出来る人には当然敬意は払う。
しかし、まあなんだ、無能に払う敬意なんて売り切れてる。
「いいけどさ~別に。でも目的は言わないよ?言ったら1000割方怒っちゃうからねー君。」
「それもう怒ってんじゃねえのか俺……。そんな事聞いたら、ますます聞きたくなるんだが。」
「言ったでしょ。真実なんて霧の向こうに置いといた方がいいって~。」
「……驚いた。」
「ん?何がー?」
「いや、存外に記憶力あるんだなと思って。ともすれば、あんたが俺を記憶していない可能性があるとすら思ってたよ。」
「……君さ、私の事けっこー馬鹿にしてるよね~。」
実際さっき“馬鹿め”とか言っちゃったしな心の中で。
あんまりそういう事してると、とか言いながら、動けない俺に毬が近寄って来る。
「な、なんだよ……。」
「悪いガキにはお仕置きなんだよ~?」
……そこは普通悪い子じゃね。
悪いガキとか言われてもな。
「嬲られたい?焦らされたい?責められたい?縛られたい?切られたい?いっそ殺す?」
「いやいやいやいや!“けっこー”怖い!怖いから止めて毬さん!」
表情がまるで無い顔で迫られ身じろぎ(動けないから出来ないけど)してしまう。
「あれ?君こそ記憶力無いんじゃないかな~?」
「は?!何で何がどうしてそうなった!」
「私、これでもライノセンス勢なんだにょ?君を殺す理由はそれだけで十分だよ~♪」
噛んでるし。
にょって。可愛いじゃない。
[やはり貴様は大物の馬鹿だな。殺されるやも知れぬこの状態で、そんな事を考えるとは。]
……は!
そうだった。
「いや、お前面白い事以外興味ないだろ……?俺を殺したってプチプチを潰したって大差無いぜ?」
「私プチプチだーい好きだけど?」
「う……。」
「……なーんてね。冗談だよ涼治君。君を殺しても仕方ないよ。」
と言うや否や、俺にディープな口づけをしてから毬は離れた。
「なんだよお前は!キス魔か!アメリカンか!サキュバスかー!?」
「ぬっふっふー。ごちでした!」
「俺の純情を弄びやがって畜生……。」
「良いじゃなーいギャグパートだし。ギャグパートのちゅーは数えなくて良いってライノセンスも言ってたよー!」
「な……!お、お前!ライノセンスとか言う奴に、言ったのかよ!」
「うん。不通でしょーこれくらい。」
お前への俺の怒りがな!
と、そこでタイムリミットが来たのか、“脳電”の縛りが消えた。
「やっと動けるようになった……。くそ、これじゃ適当な話を書いてサボってるだけじゃねえか。」
何で未だにW.W.Sに着いてねえんだ俺は。
「にゃっはっは~。ごめんごめーん。じゃ、行こっか♪」
「は?行けば?何処に行くか知らんが、俺はお前とデートする程暇じゃない。」
「んー?違うよ涼治君。」
「はあ?」
意味不明な事を言われて同じ様な返事をしてしまった。
これじゃ俺が頭悪いみたいじゃん。
「涼治君が私に付いて来るんじゃなくてー、私が涼治君に付いてくんだよ~♪」
「はい?」
「涼治君が私とデートするんじゃなくてー、私が涼治君とデートするんだよ~♪」
「はう!?」
何この子やばいんですけどが。
「じゃない!は、はあ、はい、はうとか!俺は五十音揃える気とか無いから!大体、あんたは俺が何処に行くか知らねえだろ。」
「W.W.Sでしょー?」
「それは知ってたんじゃなくて推察だろうが。何時、何処へ、誰が、何を、何故、どの様に。5W1Hを完璧に述べられたならば付いて来る事を許可してやろう!」
「良いでしょーう。今日、W.W.S理事長室へ―――」
「待てーっ!」
「わー。なに~?」
「何で理事長室に行くなんて知ってやがる!」
「だって私もそこに行くんだもーん。」
「はえ?」
孤立狼がW.W.Sに入るなんて……いや、真っ向切って入っている人が二人もいたな。
いやでも、彼らは、爽は違うけど、紳さんはW.W.Sの人だしな。
「あれ?言ってなかったけー私。いちおーW.W.Sの人なんだよー?」
「……いやまあ予想はしてたから驚かないけど。」
「はおって言ってよそこはー。」
不満そうにぷくっと頬を膨らませる毬。
……だからやばいって。
「どんだけビックリしても、はお何て言う奴いないと思うけどな。言いにくいし。」
「そだねー。じゃあ改めて言うよ~5W1Hー」
ああ続けるんだねこの子……。
「今日、W.W.S理事長室へ、君とかC.D.Cの人達が、んー……何をは難しいからパスね。理事長に会うために、歩いて行くのー。」
「概ね、というか合ってるな。」
何をってのは確かに難しいからパスでいいだろう。
「……はあ。仕方ない、一緒に行こうぜ。」
「わーい!恋人繋ぎ~♪」
「暑苦しいわ……。」
と言いつつも手を離そうとはしない俺であった。
非常に冷たい毬の体温を手に感じながら、俺はW.W.Sに向け再び歩を進め始めた。




